FC2ブログ

私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  > 

丸山氏への議員辞職勧告決議に「ブーメランになるかも」とビビる野党の愚

← 応援クリック、ありがとうございます。

 戦争はすべきでないもの、また、してはならないものだと思うが、議論してはならないものでは決してない。北方領土返還問題に関し、元島民に「「戦争しないとどうしようもなくないですか」などと言った発言が糾弾され、衆院での議員辞職勧告決議案が議論されている段階だ。発言が出てきた経緯から見ても、この発言は「軽い」と言わざるを得ないけれど、もし「戦争に言及した」というだけで辞職を求められると、言論がしぼむ。「戦争=悪」というステレオタイプの尺度で発言を断罪することは、会ってはならないことだと思う。

 丸山氏はまさに四面楚歌の状況である。所属していた維新が、政敵ともいえる立憲民主党に議員辞職勧告決議案の共同提出を呼び掛ける始末で、このような炎上の状況下で手を差し伸べる者は皆無だ。立民は、他の野党にも共同提出を呼び掛け、調子に乗って維新に対して与党にも呼び掛けるよう求めたそうで、弱者がもっと弱い者にマウントするという、見たくもない光景が現実になりつつある。

丸山穂高


 さて、その議員辞職勧告決議案なるものだが、与野党には慎重論もある。とりわけ野党の慎重論の中身が滑稽だ。

丸山議員への「辞職勧告」 与野党が対応苦慮 (テレ朝ニュース)

 北方領土問題で「戦争」に言及した丸山衆議院議員に対して辞職勧告決議案の提出が検討されていますが、与野党ともに慎重論があり、対応に苦慮しています。

 (政治部・原慎太郎記者報告)
 決議案はこれまで刑事責任を問われた議員に出されることがほとんどで、失言での勧告となれば異例となるため、自民党内には慎重論が根強くあります。丸山議員はツイッターで「言論の自由が危ぶまれる」として議員辞職しない考えを明らかにしています。これに対して、ある自民党の幹部は「あのタイプは自分で辞めることはない」とあきれ顔です。衆議院の議院運営委員会では丸山議員について話題は出ましたが、決議案に関して結論は出ませんでした。ただ、自民党としても丸山議員の発言を容認できず、辞職勧告以外の方法も検討する方針です。
 国民民主党・原口国対委員長:「議員の身分に関するものでありますから、基本、非常に慎重であるべきだと思うが、衆議院としてけじめをつけないといけない問題だと思う」
 一方、野党でもどの党が主導して提出するかを巡り、駆け引きが続いています。ある野党のベテラン議員も、失言による勧告という前例を残せば「ブーメランになるかもしれない」と述べていて、決議案のハードルが下がることを懸念しています


 拙ブログでは昨日、「発言自体は法に抵触するものでない以上、、発言のみで辞職勧告を行うことは行き過ぎだ」と書いたが、その考えに変わりはない。記事が示す通り、議員辞職勧告決議は、過去の経緯では、刑事責任を問われた議員に出されることがほとんどであり、発言を理由にバッジを外せというのは酷な要求に思える。同時に、その要求をするのが同業者の国会議員であるから、勧告する側の議員にも同様の責任が求められる。

 ある野党のベテラン議員が「この決議案を前例とした場合、ブーメランになるかも」とビビっているという。旧民主党系の議員であれば、脛に傷はいくらでもついているはずだ。発言の主も恐らく旧民主党系の議員だと勝手に想像しているのだが、失言は何も与党、保守議員に限らず、野党の議員にも数多あるのだ。メディアがそれらを取り上げないだけであり、ネットを情報源とする層には周知の事実だ。

 普段、自分を律することができない者が、他者が自身を律することを求めてはならない。菅直人も鳩山由紀夫も、要職にある在任中に外国人献金、故人からの偽装献金など数々の不正が発覚したが、議員辞職どころか総理の職を辞してもいない。法に抵触した者がそのような対応をした経緯がある限り、法にも触れていない丸山氏を辞めさせるのは筋違いではないか。

 有田芳生は、「日本の国会議員として完全に失格であることを国際的に公言したからには、即刻辞職しなければなりません。戦後の出発点を真っ向から否定する暴挙です。戦後最悪の国会議員でしょう」と断罪したという。有田ごときに「戦後最悪の国会議員」と言われる筋合いもない。こういう発言には反吐が出る思いだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
当ブログはブログランキングに参加しています。ご面倒ですが、是非ともバナークリックをお願いいたします。
にほんブログ村 政治ブログへ
バナーが表示されない場合はこちらから。
人気ブログランキング | にほんブログ村 政治ブログ | FC2 ブログランキング

[ 2019/05/17 07:09 ] 政治 | TB(0) | CM(13)

戦争に対する言及の自主規制は、我が国の防衛力の低下を誘発する

← 応援クリック、ありがとうございます。

 日本維新の会の丸山穂高衆議院議員が袋叩きにあっている。丸山氏は国後島へのビザなし交流の訪問団に参加した際、元島民の団長に対して「戦争でこの島を取り戻すのは賛成ですか?反対ですか?」、「ロシアが混乱している時に取り返すのはOKですか?」、「戦争しないとどうしようもなくないですか?」などと畳みかけ、その音声を録音したデータが出回った。

 この発言を、朝日と毎日だけがが社説で断罪するという、非常に分かり易い構図だ。朝日は、「平和国家・日本の国会議員として失格で、速やかに議員を辞職すべき」、「「不適切」というレベルを超えた問題発言」、「非常識極まりない」、「見識を欠き、自らを律することもできないのでは、国会議員の資格がない」と言いたい放題。毎日も「あまりの見識の無さにあきれるほかない」、「時代錯誤も甚だしい」と糾弾している。大阪W選、衆院補選で連勝した「改憲勢力」としての維新の勢いを削ぐ狙いもあるのだろう。

丸山穂高


 丸山氏は四面楚歌の状況にある。反日左派メディアだけならまだしも、当の維新も、辞職勧告決議案の衆院への提出を与野党に呼びかける方針だという。所属していた政党すら、自ら「丸山包囲網」を組織しようとするのだから、八方塞がりだ。恐らく、維新と丸山氏との間には、この事案以前に、何らかの確執があったのではないか。党の代表選をめぐって橋下徹とバトルした経緯はあったが、それだけではないと推察する。

 個人的には、丸山氏の発言には功罪があると考える。奪われた領土は戦争で取り返すしかないというのは、極めて現実的な視点に基づく。佐藤栄作は、沖縄を武力ではなく協議(話し合い)で返還させたことでノーベル平和賞を受賞したが、これは国際社会では稀有な例である。英国が、長期に渡る協議で埒があかなかったフォークランドを武力で奪還した例にもある通り、領土紛争の究極の解決方法として、戦争が有効なオプションのひとつであることには変わりない。ただ、罪の部分は、発言の余波に対する想像力に乏しかった部分だろう。だがしかし、発言自体は法に抵触するものでない以上、、発言のみで辞職勧告を行うことは行き過ぎだろう。武力に関する言論を封殺することは、防衛能力を低下させる要因でもある。従って、私は、丸山氏に対する辞職勧告決議には明確に反対だ。

 こういう議員を袋叩きにする勢力に、立憲民主党がフリーライドした。立民の辻元清美がこんな発言をしている。

「こんな議員がいたのかと背筋が凍る思いをした。憲法9条があってよかったと思った。変な方向に行きかねないような発言をする議員がいるということは、きちんとした歯止めがないと、どういう方向に行ってしまうのか分からないということだ」

辻元清美


 辻元のような人物が、いまだにバッジを付けている現実に、こちらのほうが背筋が凍る思いである。旧民主党系の議員連中は、自分に甘く、他者には厳しい。立民得意の便乗商法だが、大量の逮捕者を出している関西生コンと自身との関係について、まともな説明すら拒否する辻元に、他者の議員辞職を求める資格すらない。発言のみで議員辞職が可能なら、旧民主党系には辞めなければならない(もしくは辞めなければならなかった)議員は数多存在する。さしずめ、「皇室は生理的にやだ!近くで空気吸いたくない」、「天皇には伊勢にでも行ってもらって、特殊法人か何かになってもらう」などという発言も、少なくとも懲罰の対象となるはずだろう。

 ネットには、「国会議員が戦争を肯定するなど、言語道断」という言説も流布されている。しかし、少なくとも丸山氏は戦争を推奨したのでもなければ、肯定したわけでもない。また、戦争に対する言論を自主規制すれば、我が国の抑止力も低下する。丸山氏の発言も配慮を欠いたものだったかもしれないが、安直な言葉狩りも慎むべきだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
当ブログはブログランキングに参加しています。ご面倒ですが、是非ともバナークリックをお願いいたします。
にほんブログ村 政治ブログへ
バナーが表示されない場合はこちらから。
人気ブログランキング | にほんブログ村 政治ブログ | FC2 ブログランキング

[ 2019/05/16 07:07 ] 政治 | TB(0) | CM(10)

小林よしのりの「権力と戦う人間の方が上質だ」という薄っぺらい佐藤浩市擁護を嗤う

← 応援クリック、ありがとうございます。

 佐藤浩市の「安倍総理揶揄インタビュー事案」についた火が一向に消えそうもない。映画「空母いぶき」の公開日に設定された舞台挨拶には、佐藤の名前がなかった。制作側が忖度したのか、佐藤自身が遠慮したのかはわからないが、漫画誌でインタビューを受けるほど映画の中心的存在を演じた佐藤の不在は、彼の「反体制ごっこ」の中途半端さを物語る。まぁ一応は、「えらいこと」になっているという自覚はあるのだろう。

 この事案、一般紙は全く取り上げず、報道の範囲はスポーツ紙、タブロイド紙に留まっている。論戦にいち早く参戦したラサール石井が、百田氏の「三流役者が、えらそうに!!」というツイートに噛みついたというので、石井のツイッターを見に行ったのだが、私のアカウントは彼にブロックされていた。はて、私はラサール石井に向けたツイートを発した記憶がないのだが、恐らく「ブロックすべきネトウヨ・リスト」的なものがパヨクに共有されていて、私もその中の一人だったのだろう。どうも“アチラ側”の人々は、多様性を重んじる割には寛容さに欠けるようだ。ウーマン村本に関しては、取り上げるだけ無駄だ。

空母いぶき ~ 佐藤浩市インタビュー


 俳優の黒沢年雄氏は、「今回の佐藤君の安倍総理に対すると思われる揶揄とも取られる発言は、まだ彼が若い部分があるという事で許してやって下さい」とブログに綴っている。ブログの最後には、「日本の為、国民の為に頑張って頂きありがとうございまーす」(ママ)という、佐藤が言う「体制側」に対する感謝のことばもある。だが、還暦を目の前にした立派な大人を「若い部分がある」と擁護することには、かなり無理があるようにも思える。

 青木理、テレ朝の玉川という、いつものお馴染みメンバーもこの問題で佐藤を擁護しているが、極めて内容に乏しいので今回は割愛。今回取り上げるのは、今や反安倍のイデオローグとなった感がある、小林よしのりだ。

佐藤浩市は男である

わしは佐藤浩市を「三流役者」とは思わない。 権力に対する批判精神を持っているのは立派なことだ。
権力に追従する人間と、権力と戦う人間なら、権力と戦う人間の方が上質だと思っている。
権力を揶揄する精神がバッシングされる国は、全体主義の国であり、独裁国家である。 ネトウヨは中国や北朝鮮が大好きなのだろう。
ナチス・ドイツが彼らの理想ではないか?(抜粋)


 あまりに薄っぺらい論説とも言えぬような書きっぷりだ。パヨクによくある、「とにかく“反安倍”という価値観のみで連帯する」というパターンとしか思えない。

 佐藤浩市の発言は、「権力と戦う」などという格好を付けた立ち位置すら意味しない。彼が批判さるのは、権力を揶揄したからではなく、ある特定の権力の側にいる人物の、「難病」という部分を揶揄したからである。権力に抗うなら、そのポイントを政治信条や政策面に絞るなら、その抗いは成り立つかもしれない。しかし、佐藤は、安倍総理の持病である、難病の潰瘍性大腸炎を取り上げ、総理を揶揄した。こんなもの、「権力と戦う」なんて大それたものではない。

 それを「上質」とする小林よしのりの判断力も、極めて品性に欠ける。パヨクやアベガー陣営は、もっとマシなイデオローグを探すべきだろう。

 ちなみに、この映画に出演した市原隼人氏が、舞台挨拶で、素晴らしいコメントを残した。

「日本人として日本で活躍する俳優として、この作品に巡り合えて心から誇りに思います。そして、大切なもののために命をかけることがいいことなのか、悪いことなのか、美しいことなのか、まだわかりません。ですが、自分の中に湧き出る大和魂や愛国心を掻き立てられました。とても貴重な作品となりました」


 前列に並ぶ佐藤浩市の、このコメントが語られる最中に見せる表情は、果たしてどう解釈すべきだろうか。ぜひ動画を参照していただきたい。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
当ブログはブログランキングに参加しています。ご面倒ですが、是非ともバナークリックをお願いいたします。
にほんブログ村 政治ブログへ
バナーが表示されない場合はこちらから。
人気ブログランキング | にほんブログ村 政治ブログ | FC2 ブログランキング

[ 2019/05/15 07:07 ] 社会問題 | TB(0) | CM(11)

佐藤浩市の稚拙で安っぽいイデオロギー

← 応援クリック、ありがとうございます。

 ある時点まではその人が関与していた作品等を好意的に捉えていたとしても、その人の一言で幻滅を覚え、その後一切興味を持てなくなることがある。例えば、私はアニメを観ることは少ないけれど、宮崎駿作品は好意的に見ていた。だが、氏が沖縄のサヨク運動に加担するような発言を含めた思想を披歴したことで、彼の作品には、一切興味が持てなくなった。坂本龍一の音楽も、彼の思想や運動を知ってからは興味が持てない。自分の狭量さも原因なのだろうが、やはり著名人の発言には一般人のそれとは次元が異なる重さがあるのだろうと思う。

 私は佐藤浩市という俳優には、好意的な印象を持っていた。だが今後、彼に対する見方については、大きく方向転換することになるだろう。今月24日に全国公開される「空母いぶき」という映画作品で、佐藤浩市は首相を演じている。ストーリーは、中共の工作員に尖閣上陸を許し、日本がことなかれ外交で事態の収拾を図ったことで中共が味を占め、中共が日本侵攻を開始するというもの。先島諸島が奪われ、話し合いの意思が見られない中共に対し、内閣総理大臣が日本史上初の防衛出動を命ずるという筋書きだ。

 佐藤浩市はビックコミックのインタビューで、首相役についてこう語っている。

ー総理大臣役は初めてですね。

最初は絶対やりたくないと思いました(笑)。
いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には残ってるんですね。
でも監督やプロデューサーと「僕がやるんだったらこの垂水総理大臣をどういうふうにアレンジできるか」という話し合いをしながら引き受けました。
そしてこの映画での少し優柔不断な、どこかクジ運の悪さみたいなものを感じながらも最終的にはこの国の形を考える総理、自分にとっても国にとっても民にとっても、何が正解なのかを彼の中で導き出せるような総理にしたいと思ったんです。


 佐藤は1960年生まれというから、私は同世代である。私はもちろん演技者ではないが、私たちの世代に「体制側の立場を演じることに対する抵抗感」なるものがあるとは思えない。彼を育てた芸能界、映画界にはそういう風潮があるのかもしれないが、一般論としては、我々の世代を代表して語ってもらうのは迷惑だということだ。

空母いぶき ~ 佐藤浩市インタビュー


 インタビューは続く。

ー総理は漢方ドリンクの入った水筒を持ち歩いていますね。

彼はストレスに弱くて、すぐにお腹を下してしまうっていう設定にしてもらったんです。
だからトイレのシーンでは個室から出てきます。


 「佐藤浩市、炎上」の最大の原因はこの部分の発言にある。彼は前段の発言で、首相のキャラクターをアレンジしたと公言している。私は原作を読んでいないが、これは彼が演じたい首相のキャラクターを、映画用に設定したということだろう。そして、こともあろうに、「ストレスに弱く、すぐにお腹を下す」首相像を持ち込んだ。様々な持病や病的な症状の中で、「お腹」を持ってきたところに、佐藤の悪意がある。もし彼が、これは安倍総理を揶揄しているわけではない言い訳するとすれば、あまりには白々しいと言わざるを得ない。

ーこの映画からどのようなものを受け取ってもらいたいですか。

僕はいつも言うんだけど、日本は常に「戦後」でなければいけないんです。
戦争を起こしたという間違いは取り返しがつかない、だけど戦後であることは絶対に守っていかなきゃいけない。
それに近いニュアンスのことを劇中でも言わせてもらっていますが、そういうことだと僕は思うんです。
専守防衛とは一体どういうものなのか、日本という島国が、これから先も明確な意思を提示しながらどうやって生きていかなきゃいけないのかを、
ひとりひとりに考えていただきたいなと思います。


 これほどまでに戦後民主主義への妄信ぶりを見せつけられると、呆れる以外のリアクションが取れない。日本を「戦後」という状態で、「戦後という価値観」を持ったまま保存したいようだが、日本が戦後でも国際社会は常に動いている。「戦後でありることを守っていく」ということは、そういった日本の安全保障にかかわる外敵要因のことを考えないことと等しい。そういう古くてカビの生えた、安っぽいイデオロギーを振り回すことで、佐藤は自分の出演作に対し、自ら営業妨害をかけているようなものだ。

 思想や信条を持つのは自由である。ただ、自分の配役を利用して、特定の政治家を揶揄するのは如何なものかと思う。佐藤自身は安倍総理を揶揄したものではないというかもしれないが、それを信じる人は少数派だろう。この映画を観に行こうと思っていたが、どうもシラけてその気が失せている。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
当ブログはブログランキングに参加しています。ご面倒ですが、是非ともバナークリックをお願いいたします。
にほんブログ村 政治ブログへ
バナーが表示されない場合はこちらから。
人気ブログランキング | にほんブログ村 政治ブログ | FC2 ブログランキング

[ 2019/05/14 07:10 ] 社会問題 | TB(0) | CM(17)

護憲派はウクライナの最前線で「9条原理主義が無力である」ことを自覚してくるべきだ

← 応援クリック、ありがとうございます。

 女性初の東大教授の中根千枝氏が、このようなことばで日本人的な特性を表現している。

 「熱いものにさわって、ジュッといって反射的にとびのくまでは、それが熱いといくら説明しても受け付けない。しかし、ジュッといったときの反応は実に巧みで、大けがはしない」


 山本七平は、著書「空気の研究」のなかで、これを「情況を臨在的に把握し、それによってその情況に逆に支配されることによって動き、これが起こる以前にその情況を論理的体系的に論証してもそれでは動かないが、瞬間的に情況に対応できる点では天才的」という表現で解説している。

 現行憲法では国を守れないと薄々分かっている人も、例えば終戦の日に近づくにつれ、特定放送局が戦争の悲惨さだけをクローズアップするような放送でその人々を洗脳することによって、「戦争はしてはならない」「平和が何よりも尊い」というプロパガンダに拘束されてしまうのである。隣国に独裁国家があっても、毎日のように領海侵犯が起こって領土を脅かされようとも、動けない。尖閣沖で海保の船に体当たりする船長が出てきて初めて、その情況に反応するのである。

 従って、日本人が目覚めるのは「ジュッという熱さ」を体験することしかないように思われるが、それはあくまで受動的な覚醒を意味するし、それが領土への侵略など、何らかの代償を伴うものであったとするなら、受動的な覚醒は遅すぎるということになる。なかんずく、「9条を守れ」と叫ぶ人々は、そういう覚醒すら拒否する思考停止の集団なのだろう。

 そういう9条原理主義者たちに聞かせたいのが、ウクライナからの留学生、ナザレンコ・アンドリー氏の公開憲法フォーラムでの発言だ。

 「1991年、ウクライナがソ連から独立したとき、核兵器と100万人の軍隊があった。維持費がかかり、隣国に警戒されるとして、核兵器をすべて譲り、軍隊を20万人に縮小した」
 「ウクライナ人の多くも、『隣国に侵略されることは非現実的だ』と考えていた。今、平和ボケしていた時期を振り返ると、『戦争が一切起きない』と考えさせることも敵の戦術の1つだった」

ナザレンコ・アンドリー


 「日本の自称平和主義者を、ウクライナの前線に連れて行きたい。戦火で燃え尽きた村の廃虚、ミサイルが落ちている中で学校の地下に隠れる子供たち、戦没者のお墓を見せて聞きたい。『貴方が望んでいる日本の未来はこれなのか?』と」(zakzakより抜粋)


 ナザレンコ・アンドリー氏が説明する、独立からロシアの侵攻を許すまでのウクライナの動きは、日本の護憲派の主張と全く同じだ。彼は、「護憲派の主張は、ウクライナが犯した『過ち』と非常に似ている。戦争は言葉で止められるなら、その言葉を教えてほしい」と語る。全くその通りだ。北朝鮮を観てみれば良く分かる。彼らは経済規模では弱小国だが、核を持つことによって米国を揺さぶるまでになっている。北朝鮮の存続を可能にしているのは、経済でもなく、交渉力でもなく、「核兵器」という軍事力なのだ。隣国が核武装する中、自国を自衛隊すら認められない状態のまま日本を冷凍保存することによって、日本の存続が北朝鮮とは逆に、脅かされる方向に向かっていることに目を向けなければ、平和を語る資格など無い。

 「9条死守」、「改憲発議を阻止せよ」と叫ぶ人々は、国内で騒ぐだけでなく、ナザレンコ・アンドリー氏が言うように、ウクライナの最前線を観てみるべきだ。ウクライナは「ジュッという熱さ」を経験したが、その経験は、国を守るには遅すぎた。日本国民はその熱さを経験する前に、「巧みな反応」を促す覚醒を必要があるのだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
当ブログはブログランキングに参加しています。ご面倒ですが、是非ともバナークリックをお願いいたします。
にほんブログ村 政治ブログへ
バナーが表示されない場合はこちらから。
人気ブログランキング | にほんブログ村 政治ブログ | FC2 ブログランキング

[ 2019/05/13 07:09 ] 史観 | TB(0) | CM(6)
カレンダー
04 | 2019/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
Banners
人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ



憲法改正を実現する1,000万人ネットワーク 美しい日本の憲法をつくる国民の会
twitter
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ