私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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靖國神社放火(?)事件と分祀論への危惧

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今朝未明、靖國神社で放火と見られる事件があった。
午後一番に市ヶ谷でアポがあったので、少し早めに会社を出て現地に向かった。(この突発的行動のせいで、昼食をとり損ねた。)



私がついた時は既に普段通りの落ち着いた靖國に戻っており、制服警官と報道関係者が数名いる程度。
放火された場所は特定できなかったが、報道カメラが撮影していた場所から、本殿に向かって左側の神門の一部と思われる。



火のないところに何とやらと言うが、この神門の周りは石とコンクリートしかなく、火種になりそうなののは皆無だ。従って、原因は放火としか考えられない。
Twitterに放火の予告らしき投稿があったらしいが、Twitterで呟かれている容疑者らしき人物の出自にかかわらず、警察は必ずこの不届者を見つけ出し、罪を償わせて欲しいものだ。

神社は御霊が眠る、神聖な場所だ。
靖國神社の場合は、戦争等で国のために散って行った方々の御霊を祀る場所という特殊性があり、戦勝国に戦犯扱いされた方々も一緒に祀られていることから、折に触れて政争・外交の具とされてきた。
しかし、主に特定アジア国からの横槍と罵詈雑言の数々は、明確な宗教干渉であって、取りあう必要がないことは、過日ブログで書いた通りだ。
http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-765.html
日本人は日本のやり方で死者を弔う。
もしそのことを否定するなら、それは中韓による宗教干渉だ。
キリスト教がイスラムの風習、習慣、作法を批判することなど、聞いたことがない。
前原氏の主張は、例えば、キリスト教徒がイスラム教徒の立場を慮るあまり、キリスト教の流儀を変えるべきだと主張するのと同じだ。

私が危惧するのは、このような事象を契機に、再び愚の骨頂とも言うべきA級戦犯分祀論なるものが浮上する可能性である。勿論、神道において、御霊を分祀するという滑稽な作業ができるはずもないのだが、あたかも分祀が可能であるように説き、それが政治の取るべき方向性であるかのように発言するものがいるからである。
最近の代表格が前原誠司氏である。
前原氏は今月12日、「政治が分祀を求めることはないが、自主的判断で措置が取られることを望んでいる。そうなれば天皇陛下、首相が参拝していただける環境が整う」と発言し、靖國神社に圧力をかけた。
靖國神社がこの発言を取りあうことはないだろうが、現下の政権与党の政策責任者がこのような御粗末な認識しか持っていないのだから、 見通しは楽観視できるものでない。

兎に角、一刻も早い犯人確保を願う。


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[ 2011/12/26 15:16 ] 政治 | TB(0) | CM(0)
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