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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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終戦の日 ~ ルメイとメディアと靖国神社

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 カーティス・ルメイという米国の軍人がいた。米陸軍航空軍司令官ヘンリー・アーノルドに爆撃の腕を認められ、日本を爆撃する集団の司令官に就任した人物である。ルメイは東京大空襲を指揮し、10万人の日本人を焼き殺し、原爆投下においては計画を指揮した。そのルメイに対し、日本国は勲一等旭日大綬章を授与している。推薦人の一人は、小泉純一郎の父(小泉進次郎の祖父)、小泉純也だ。理由は日本の航空自衛隊育成への貢献である。

 通常、勲一等旭日大綬章は天皇から直接“親授”されるものだが、昭和帝はルメイに対しては勲章を授けていない。理由はどうであれ、臣民を虐殺した米国人に勲章を与えることなど、昭和帝の御心が許さなかったのだと忖度する。同じく勲一等旭日大綬章を授与された米国海軍のアーレイ・バークは、死に際して、自国や諸外国から授与された数多の勲章を脇に置き、旭日大綬章のみを遺体の胸につけたという。同じ勲章でも、意味も重みもまったく違う。

 きょう、日本は75回目の終戦の日を迎えた。カーティス・ルメイの勲章が象徴される戦後日本の価値観は、新聞やテレビといった守旧メディアの衰退によって、ひと頃よりは失せてきた印象がある。思想空間を覆っていた自虐史観は、ゆっくりとではあるものの、その支配力を弱めている。その傾向のひとつが、日本の戦争責任の対象とされてきた「アジア諸国」が、実は中共と朝鮮だけであるという認識だ。台湾を筆頭に、他のアジア諸国は概ね親日的である。しかし、多くの日本人はそれすら知らされてこなかった。

 戦後メディアの呪縛からの解放が進むにつれ、日本は変わっていくように思う。しかしいま現在は、まだ、その呪縛はきつく日本人を縛り付けたままだ。武漢ウイルスを材料にした政権批判はその最たる例である。実際、日本は諸外国と比べ、まぁまぁ上手く対応しているほうだ。国民の理性や高い行動倫理も助けになっているのは確かだが、メディアの総攻撃に遭いながら、我が政府はなんとか防疫と経済を両立させようとしているのは評価すべきことである。問題は、マスメディアが正しい情報を発信するという責務を忘れ、ひたすら政府を攻撃するだけのために、国民の財産である電波を使い続けていることだ。

靖国神社


 安倍総理は今年の終戦の日も、靖国神社参拝を見送ると報じられている。このイシューでは、メディアが中共や朝鮮にご注進報道を続け、ひとたび参拝となれば総攻撃をかける。米国との友好な関係や、中共の暴政、南鮮の反日言動など、今年のこの日は総理の参拝にとって良いタイミングだったはずだ。2013年の12月に靖国を参拝する前、総理は「第1次安倍政権で任期中に参拝できなかったことは痛恨の極みだ」と述べていた。その痛恨の極みは、2013年12月のただ一度の参拝で払拭されたのだろうか。

 日本の守旧メディアは、日本の未来志向を妨げる戦後民主主義の代表格だ。だが、いつまでもメディアのせいにばかりしてはいられない。首相に参拝を求め、参拝を称賛する声が大きいことがわかれば、総理は自ずと参拝に踏み切る。その環境を作っていくのは国民の側なのだ。いつまでもルメイへの勲章授与を是とする日本であってはいけない。重要なのは主張と協調のバランスであって、声が大きい対象におもね続けることではないのだ。

 先の大戦において、戦場に斃れ、戦禍に遭われ、また様々な状況で命を落とされた先人に対し、御霊安かれと、心よりお祈り申し上げます。


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[ 2020/08/15 07:20 ] 史観 | TB(0) | CM(14)
嗚呼、無残!
 小泉純也については鹿児島の朝鮮部落出身との噂があり、純一郎はハーフ、新次郎はクオーターと思われる。

 ルメイ如き日本人にとって最悪の敵将軍に勲章、しかも最高位の勲一等旭日大綬章を授与するなど以ての外である。

 この推薦者が純也というのは、日本人としての心のない朝鮮人の所業であると確信した次第。嗚呼!
[ 2020/08/15 16:24 ] [ 編集 ]
英霊や先祖を偲ぶ日
朝には「海行かば」を聴き、英霊の遺書を読んでいました。
日本を守る為、家族を守る為に戦って散華されたことに
感謝の念は尽きません。

英霊の遺書を読む度、胸に迫る思いとともに
当時、私が男として生まれていたならば、どうしただろうと
考えるのです。たらればの話は、無駄なものですが。

愚鈍で鈍重な私が、戦闘要員としては
使いものにならないと即刻、撥ねられることは
必定であったとしても、彼らの代わりに
なりたかったと思うのです。

こんなにも利発で家族思いの心優しい有為の若者に
行かせるのは、忍びないと思ってしまうのです。
私など碌に世間の役に立たないまま齢を重ね、靖国神社に象徴されるような
先の戦争のことを何も知らないまま安逸に過ごして来た月日だけに、
余計にそう思うのでしょう。

ましてや、当時の日本人の肉親や親しい者同士の
引き裂かれる思いは、いかほどであったかと思うと涙が滲みます。

先人は、愛する人や愛する山河を守って戦い、散華されたのです。
銃後を預かる女たちも、悲しみをこらえ、
戦いに向かう男たちの護国の志を誇らしく、
その姿を有難く胸に刻んで、見送ったのでしょう。

男は男らしく、女は女らしくあったその時代を懸命に生きて、
国を護り、国を繁栄に導いてくださいました。
そのお蔭で、私たちが今、生きていられるのです。


百田尚樹氏は、今日の戦歿者追悼国民集会の提言として、
ビデオでお話しなさっていました。

憲法を未だに変えられない日本に続いて、
お話の最後の箇所です。

「こんな私たちを見て、靖国神社に眠る英霊たちは
 どう思っているでしょうか。
 私には彼らの声が聞こえるような気がします。
 かつて俺たちは命をかけて日本を守ってきた。

 いま君たちは、憲法を変えて日本を守ってくれと。
 そういう声が聞こえます。
 私たちの手で、私たちの国の憲法を取り返しましょう」


[ 2020/08/15 19:27 ] [ 編集 ]
百田尚樹氏のメッセージ
この発言の文字起こしが
以下のメルマガで為されています。
メルマガ「週刊正論」令和2年8月15日号

【百田尚樹氏が靖国神社ネットライブで伝えたメッセージ】
戦後75年を迎えた15日、東京・靖国神社で「戦没者追悼国民集会」
(日本会議・英霊にこたえる会の共催)が行われました。
作家の百田尚樹氏が集会にビデオメッセージを送ったので
要旨を紹介します。
          ◇

先の戦争では約310万人の日本人が亡くなっています。
そして230万人の方が戦場で命を失っています。
靖国神社にはその英霊たちが祀られています。

個人的な話になりますが、私の父、母方の叔父3人は
大東亜戦争に従軍しております。
幸せなことに父も3人の叔父も
無事生きながらえて祖国に戻ってまいりました。
そして私が生まれました。
もし父があの戦争で命を失っていたならば、今の私はありません。

230万人が祖国に戻ってくることはできませんでした。
もし生きて帰ることができれば、戦後の幸せな日本で
幸せな生活を送っていたかと思うと、非常に残念でなりません。

忘れてはならないのは、現代に生きる私たちはそうした英霊たちの
犠牲のうえに生きていることです。
彼らは私たちのために亡くなったのです。

例えば、硫黄島の戦いでは、約2万人の守備隊が玉砕しました。
彼らは水も食糧も弾薬もないなかで、アメリカ軍を相手に戦いました。
アメリカ軍は戦いの前にこの島は5日で占領できると踏んでおりました。
しかしながら、日本軍の守備隊は1カ月以上も持ちこたえ、
アメリカ軍を苦しめたのです。

硫黄島の戦いは絶対に勝てない戦いでした。
にもかかわらず、なぜ彼らは1カ月も耐え抜いたのか。
それは自分たちが1日生き延びれば、東京の空襲は1日延びる。
それだけ日本人の命が助かる。
そう思って彼らはあの地獄の島で戦い抜きました。

靖国神社にはそうした英霊たちが246万6千柱祀られています。
私は靖国神社に足を踏み入れる度に、深い悲しみと同時に、
英霊たちに守られているという幸せを感じます。

それなのに朝日新聞をはじめとする左翼メディアによる靖国神社は
軍国主義の象徴、という間違ったイメージに惑わされている日本人が
少なくないことが非常に残念です。
靖国神社を戦争神社と言って憚らない文化人や学者もいます。
彼らは果たして日本人でしょうか。
少なくとも日本人の心を持っているとは、私には思えません。

しかし、何よりも情けないのは、中国、韓国が靖国神社を
外交カードとして使い、そしてそれを恐れる政治家が
靖国神社参拝をしないことです。
安倍総理もこの7年間、靖国神社参拝をしておりません。
これは非常に悲しいことです。

明るい話もあります。
最近、靖国神社を参拝する若者が増えているということです。
彼らは英霊たちの孫、ひ孫にあたると思います。
英霊たちはそんな若者に、明日の日本を頼むぞ、と
声を掛けていると思います。

英霊たちが命をかけて守ってきた日本が、いま大きな危機を迎えています。
北朝鮮による核ミサイルの威嚇、度重なる中国による領海侵犯。
情けないのは、日本はそれらの国に対して、
毅然とした態度をとることができません。
長らく続いた平和ボケ、そして反日メディアの跋扈、
原因はさまざまありますが、一番大きな理由は
日本国憲法にあると思います。

戦後の占領期に占領軍によってわずか1週間でつくられた
日本国憲法が、いま、私たちを苦しめています。
日本国憲法によれば、日本は自分たちの国を自分たちの手で守ることが
できない、そう書かれているのです。
こんなバカな憲法はありません。

そもそも日本国憲法は国際条約違反なのです。
ハーグ陸戦条約によれば、戦勝国は敗戦国の法律を変えてはならないと
あります。
しかし、アメリカ軍は法律どころか、国の基本ともいえる憲法を
変えてしまったのです。
これは許されざる行為です。

しかし、74年前の日本はその理不尽を受け入れざるをえない状況でした。
敗戦により国は占領され、主権を失っていたからです。
サンフランシスコ講和条約により、日本は主権を回復し、
独立を果たしました。
にもかかわらず、日本政府も国民も日本国憲法を破棄、
あるいは改正しようとはしませんでした。

いまそのツケが現代の私たちに大きくのしかかっています。
北朝鮮により多くの同胞が拉致されても取り返すことができず、
中国が度々領海侵犯をしても断固とした態度をとれないのは
すべて日本国憲法のせいです。

こんな私たちを見て、靖国神社に眠る英霊たちは
どう思っているでしょうか。
私には彼らの声が聞こえるような気がします。

かつて俺たちは命をかけて日本を守ってきた。
いま君たちは、憲法を変えて日本を守ってくれと。
そういう声が聞こえます。
私たちの手で、私たちの国の憲法を取り返しましょう。

[ 2020/08/15 19:38 ] [ 編集 ]
>ルメイは東京大空襲を指揮し、10万人の日本人を焼き殺し、原爆投下においては計画を指揮した。そのルメイに対し、日本国は勲一等旭日大綬章を授与している。

○とても難しい話だと思う。管理人さんの考えと違う考えも、私にはあるのかもしれない。正しい答えなど、ないのかもしれないが、いろいろと考えさせられた話ですので、この場を借りて、コメントさせていただきたいと思う。

○戦争の責任を問うのであれば、自国民の安全保障や国家主権のためとはいえ、国際法を無視して、満州やパールハーバーで先に大規模な軍事行動を仕掛けた日本側、つまり実権を握っていた軍部や大本営などに、多くの同朋の日本人を死なせることになった責任や、多くのアメリカ人を戦争で死なせてしまった責任もあるのではないだろうか。

○先の戦争の深い反省なしには、日本の未来や改憲なども、語ることはできないであろうし、アメリカと共に歩むべき未来において、同盟国として真の友情を築く礎とは何か、その思いも時に揺らいでしまうのではないだろうか。

○戦時中、マッカーサーさん、ニミッツさん、ルメイさんは、母国のアメリカにとっては最高の軍人だったのかもしれないが、敵対していた日本にとっては、最悪の軍人だったといえるだろう。最高の戦果は、最悪の所業。英雄か侵略者かは、国の立場により異なるものだと思うし、また、戦後の叙勲により、戦時中の戦績まで、評価したり正当化される話ではないと思う。

○先の戦争に限らず、軍事的な作戦行動は、一個人の考えのみで動くものではなく、すべて国軍としての命令で動くものだと思う。そのため、ルメイさんに限らず、勲一等旭日桐花大綬章のマッカーサーさんの叙勲もそうだと思うが、先の戦争の軍人としての戦績は考慮されずに、戦後の日本での活動を考慮して、叙勲されたのではないだろうか。

○戦後、個人として、どのように考え、どのような働きをしたのか。日本や国際社会に、どのような功績を残したのか。そこに主眼を置いた叙勲ではないだろうか。

○先の戦争の敵側の軍人の叙勲を、手放しで喜ぶ人は、日本人のみならず外国人の場合でも、まずいないと思うが、かといって、戦後の日本にとり、どのような貢献をしてきたかは、軽視できない話ではないだろうか。

○戦時中、日本を徹底的に破壊したのはアメリカだが、戦後の日本の復興、生き残った日本人による立て直しには、アメリカ人の協力なしには、成し得なかったのではないだろうか。

○日本人のみの力では、平和条約により、国際社会へ復帰することすら、ままならなかった現実がある。今の日本国の貿易立国としての礎は、国際社会の復帰なしには、あり得ない延長線上の話であるし、今、豊かな日本国ゆえにアジア諸国にも、少しずつであるが、恩返しもできているのではないかと思う。

○戦後の日本国復興の苦労に報いるという思いにより、日本人と外国人の方々は、叙勲されているのではないだろうか。先の戦争は、甚大な被害であったが、それを立て直して復興するのだから、その苦労もまた大きかったことは、想像に難くないだろう。

○仮にルメイさんの叙勲を是としないならば、当然ながら、後に原爆を開発することになるアインシュタインさんの1921年のノーベル物理学賞についても、被爆した日本国としては、人道上、原爆開発者は受賞にふさわしくない人物のため、取り消すよう強く抗議しなくてはならないだろう。しかしながら、その抗議が、正しくないことは明らかではないだろうか。

○過去に学ぶことは、新しい未来をつくるためには、最もたいせつな礎(いしじ)ではないかと思う。しかし、過去に思いを馳せるあまり、心まで当時の人々の感情の渦中へと囚われてしまえば、今と未来の人々の進むべき道を、見誤る危険性もあると思う。

○ルメイさんの叙勲、マッカーサーさんの叙勲、いずれも戦後の叙勲であり、個人の叙勲ですから、それはそれで良い話、誇るべき勲章、美談ではないだろうか。私的に思うのは、ニミッツさんも、戦後、三笠や東郷さんの件で尽力された方なので、叙勲されていてもおかしくないと思う。
[ 2020/08/15 22:26 ] [ 編集 ]
カーチス・ルメイに御手づからの叙勲を拒否された昭和様に、戦後も残る日本国の名誉心と無念のうちに亡くなられた民草への思し召しを有難くをお示し戴けた思いが致します。

別にルメイが居なくても、日本には復員され米軍にその技術を高く買われていた方々が居られたそうですから、いずれは空自は自らの手で発足したでしょうにね。
卑屈な日本人にはなりたくないモノです。

今では「ハル・ノート」の存在が世界にも知られて、<どんな小国でもこれを受け取ったら米国に宣戦布告するだろう>と言われているとか。

戦後の日本人が、日米の各項目に於ける比較に於いて敵う筈の無い相手に何故戦争をしたのだ、と功利的判断で批判をする時、戦争は勝ち負け予想の判断ではなく「国家の存亡」が懸るときの決断、という大事を忘れているように感じます。
この大事を忘れては、国家を護る国民の存在が無いも同然になってしまうのでしょうね。日教組などはそれを目的にしているのでしょうか。
[ 2020/08/16 01:59 ] [ 編集 ]
追記
日本もドイツも戦後復興には米国の支援がありましたが、日本については米国のガリオア資金、エロア資金による支援金は当初の無償の筈が1948年だったか?突然返済を要求されて、難航した交渉の末無償を含む幾つかの条件の下に妥結。
その妥結条件だった年数より3年前倒しで完済しているそうです。

他に世界銀行からの借款もありますが、これは東海道新幹線や東名高速道路、黒四ダムなどの幹線インフラの原資となったのだとか。こちらの完済は1990年までかかっています。
その借款をしながら、海外支援にも日本政府は励んでおります。
復員された方々や空襲被災者が衣食住全てに満足ではない時代に遮二無二働いて為された日本の、大変な自助精神だったろうと推測いたします。

米国が一旦叩き潰した日独に復興支援をしたのは、米国が対峙するソ連との冷戦の為であって、米国に敗れた日本とドイツがソ連共産圏になっては米国の国益に反する理由があったから、と指摘されてもいます。
それは米国の思惑として当然の事で、敗戦国の為とだけは言えない「恩恵」ではなかったか、と思います。

ルメイとは全く関係はありませんが、大東亜戦時には「黄色い」日系人だけが米国内の砂漠地帯など生活困難な地域に収容されて家屋家財は没収されてます。独伊系人に米国収容所生活があったのかどうか?

それでも日本人の習性というべきか、インディアン居留地の砂漠地帯に設営された収容所の人々は、収容所の外に灌漑用水を引き込む手仕事の工事をして何かと助けてくれたインディアンの為と自分たちの自給自足を補ったお話もあるのだと。そこは今緑豊かな耕作地に変貌しているそうです。御立派!
彼らは終戦となって収容所からは出られましたが、元の土地に帰っても自宅には他人が住みつき結局ホームレス。また一から始めた米国暮らしは私など想像に余ります。

恩があれば恩を思い、恨みではなく、事実は事実と押さえておきたく存じます。
[ 2020/08/16 07:42 ] [ 編集 ]
とらこさん
>別にルメイが居なくても、日本には復員され米軍にその技術を高く買われていた方々が居られたそうですから、いずれは空自は自らの手で発足したでしょうにね。

○いずれは…そうなのかもしれませんが、何年何十年もかかるような話ではないでしょうか。当時、隣国からの爆撃機が侵入しないようにするためは、日本領空の制空権確保の備えこそ、急務であったと思います。

○戦時中、ルメイさんは、日本を無差別爆撃しました。その痛恨の惨劇、日本人として胸が痛まぬ者はいないだろう。しかし、ルメイさんの空襲の軍事作戦の遂行能力の高さは、米国では高く評価されるであろうし、日本国の山本五十六さんの真珠湾攻撃に例えられるような、大きな戦果とされるかもしれない。

○戦後、山本五十六さんのような作戦能力の高い軍人は大方亡くなり、国防意識の高い軍人の方々も、その多くが戦犯として処刑されました。当時、国防能力も作戦能力も欠いていた、人材不足の日本国において、防空の専門家として、ルメイさんのような爆撃専門の軍人の助けを得たことは、悲しいジレンマであるが、戦後の日本人にとっては、僥倖であったのかもしれない。

○逆に、ルメイさんが強硬に日本国の再武装、航空自衛隊の結成に反対していれば、日本はその後、どうなっていたであろうか。米国の世論は、日本国の再武装を認めたであろうか。国内外において議論を尽くすとしても、そのために備えに遅れをとれば、日本国内において、空襲の惨劇が繰り返された可能性も、否定できないのではないだろうか。


>戦後の日本人が、日米の各項目に於ける比較に於いて敵う筈の無い相手に何故戦争をしたのだ、と功利的判断で批判をする時、戦争は勝ち負け予想の判断ではなく「国家の存亡」が懸るときの決断、という大事を忘れているように感じます。

○1923年のワシントン海軍軍縮条約において、ある程度、時々における戦力は拮抗したのかもしれませんが、国力や軍事力の潜在的なポテンシャルには、日本と英米では、当時すでに大きく差があったのかもしれません。先の戦争において、時が経つにつれて戦力差が大きく生じてしまった、いわゆる物量の差という敗因のひとつは、潜在的な国力の差、資源の豊かさなど、時系列で変化する軍事力や経済力の差を、開戦前に見誤ってしまったことも、敗因のひとつではないでしょうか。
[ 2020/08/16 12:29 ] [ 編集 ]
日本が真珠湾攻撃する1年前のことであるが、(1940)
12月9日のモーゲンソー財務長官の日記に、
ルーズベルト大統領に対して、「蒋介石政権に長距離爆撃機を供給して、
日本を爆撃するべきだと提案したところ、大統領が私に、チャイナが日本を爆撃するなら、それは結構なことだと、語った」
と記されている。

これが後の「フライング・タイガーズ」といわれるシェンノートの
「アメリカ義勇隊」になったのでしょう。

アメリカの航空兵が中華民国軍人として、青天白日旗のマークを付けて
日本の主要都市を夜間爆撃するという、しかも宣戦布告なしに・・・
実行日は真珠湾攻撃の1か月前という計画があった。
しかし、爆撃機を苦戦しているイギリスに回したため遅延していただけで
もし、予定通り実行されていたら真珠湾攻撃はなかったはずであろう。

それとアメリカ海軍情報部・極東課長アーサー・マッカラムの
対日八項目の行動計画「日本を戦争に引きずり込め!」1940.10.7
というのがある。その計画の中の4つを挙げると

*太平洋艦隊をハワイ真珠湾に移転する。
*巡洋艦を派遣し、日本領海侵犯で挑発する。その為に数隻の犠牲は厭わず。
*オランダ領東インドから日本への石油輸出禁止。
*アメリカから日本への石油輸出の禁止。

であるが、アメリカは日本を戦争に追い込むため着々と進めていたので日本が真珠湾攻撃をしなくても対米開戦は必然だったと思う。



[ 2020/08/16 13:19 ] [ 編集 ]
ツクノ様
航空自衛隊の発足は1954年だそうで、であれば52年の独立前後から、日本人人材で研究調査他手回しをしていただろうと思われます。
そこに様変わりした飛行機種の進歩情報を持つ米国の多大な協力を得たのは事実でしょうが、ルメイの発案で空自が発足したわけではないでしょう。

また人種差別的発言の記録が多く残るルメイが日本に空自の手助けをしたのは、ひとえに米国の為であって戦後になったから人間が変わったわけでもないと思います。
全てはそれぞれの国の国益の為。それに徹することができたルメイは米国の誇りではありましょうが、特に日本国が表彰するには余りにも彼の「功績」に付き纏う背景が怪しげに思います。

しかもその表彰は空自発足10年の後の事。五輪に湧く日本国民の意識の影で為された政治顕彰としか思えません。
過去は過去、功績は功績とするならば、その差し引きでマイナス決算しか私には出来ません。
当時の日本政府が日本国の勲章の価値を貶めた、と考えます。

朝鮮半島が休戦になった後で、日本の再空襲はどこの国に依るものとツクノ様は想定なのでしょうか?
[ 2020/08/16 20:14 ] [ 編集 ]
ルメイが名将?
キューバ危機の時、ソ連が敷設したミサイル基地への空爆を強烈に主張したのが、空軍参謀総長だったカーチス・ルメイの野郎でした。耳の痛くなるようなルメイの演説を聞かされて、閣議に出席していたロバート・ケネディ司法長官から兄大統領宛に一枚のメモ何渡ってきたそうです。
曰く、真珠湾を攻撃した日本の気持ちが初めて判ったと。米太平洋艦隊の司令部をハワイに進めたことが日本の開戦を誘発させたことを言っているのですね。さすがにケネディ兄弟には歴史的な知性が備わってました。万年好戦派はルメイの野郎で、あの時に米軍が空爆を敢行していたら、第三次世界大戦に繋がりかねませんでした。

ベトナム戦争の時も、北ベトナムを石器時代に戻してやる、と公言していた人物で、あれが名将なら、ヒムラー指揮下の、東部戦線で暗躍してユダヤ人やジプシーを殺しまくっていたナチス親衛隊の特別行動部隊の隊長たちも名将ということになります。殺害したのが、すべて民間人でも作戦と呼べるならですが。    

ルメイは米国が負けたら、自分は戦犯になって吊るされることを自認していた男で、ある種の確信犯というのか、米国の戦争は絶対正義でなければ許されない、強迫神経症ではなかったのかと思える人物です。南北戦争の時に、北軍のシャーマン将軍が南部連合を屈服させるため、「海への進軍」でジョージア州や北カロライナ州を焦土と化す無慈悲な作戦を実施したのに.「アメリカの戦争」の原型があるのかもしれません。騎士道精神などかけらもない、目的合理主義には徹した人殺しで、もちろん戦時国際法に明々白々に違反しておりますが、要するに勝てば良い。勝った結果、大量殺人の親玉でも、勲一等が貰える訳です。

昭和陛下が親授されなかったのが、唯一の救いです。昭和様は隅々まで、偉大な君主であらせられました.
[ 2020/08/16 20:19 ] [ 編集 ]
無差別攻撃の極悪非道な敵将軍!
 ルメイが人種差別のアメリカの将軍として、日本民間人を大量虐殺したことは、アメリカの規範では英雄であってもそれはそれで構わないが、被害を被った我が日本人がどんな償いをされたとしても我が国からの勲章はないだろう。

 しかも最高位の旭日大綬章など論外だ!
 これを消極的であっても肯定することは、東京都民の10万人の被害者の傷口に塩を刷り込むほどの悪行ではないか!
[ 2020/08/16 23:51 ] [ 編集 ]
ユーカリさん
>アメリカは日本を戦争に追い込むため着々と進めていたので日本が真珠湾攻撃をしなくても対米開戦は必然だったと思う。

○たしかに、日獨伊三國間條約(1940年9月27日調印)の後、アメリカは対日開戦を前提に、ありとあらゆる準備を行っていたようです。

○日独伊三国同盟の前、日本国内では、米内さんらを中心に、ドイツとの条約反対派の動きもあったため、日本とアメリカとの対立は、まだ決定されたものではなかったように思います。九カ国条約の遵守こそ、戦争回避の唯一の道であったのかもしれません。

(参考、日独伊三国同盟)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%8B%AC%E4%BC%8A%E4%B8%89%E5%9B%BD%E5%90%8C%E7%9B%9F

(参考、九カ国条約)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E3%82%AB%E5%9B%BD%E6%9D%A1%E7%B4%84#:~:text=%E4%B9%9D%E3%82%AB%E5%9B%BD%E6%9D%A1%E7%B4%84%EF%BC%88%E3%81%8D%E3%82%85%E3%81%86%E3%81%8B,%E3%81%A7%E7%B7%A0%E7%B5%90%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%9D%A1%E7%B4%84%E3%80%82


とらこさん
>当時の日本政府が日本国の勲章の価値を貶めた、と考えます。

○ルメイさんの叙勲された勲章は、一般人として名誉ある勲章です。しかし、軍人としてみれば、金鵄勲章(きんしくんしょう)ではないため、勲章の価値を貶める話にはならないのかもしれません。

○ただ、思うのですが、たしかに勲章には、名誉の意味はもちろんありますが、時の国際情勢を考慮した、政治的な意味合いもあるのかもしれません。そう考えると、叙勲は名誉、叙勲にふさわしくなければ、勲章の価値を貶める、と見なすのは、表面的な話になるのかもしれません。

○1962年、アメリカのケネディ大統領は、レジオン・オブ・メリット勲章を、日本の航空自衛隊の生みの親である源田實(げんだみのる)さんに与えています。ルメイさんの叙勲は1964年ですから、源田さんの勲章授与の2年後であり、1964年には、日本で生存者叙勲も始まりましたので、日米親善の政治的な意味合いもあったのかもしれません。

(参考、金鵄勲章)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E9%B5%84%E5%8B%B2%E7%AB%A0

(参考、レジオン・オブ・メリット)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88

(参考、源田実)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%94%B0%E5%AE%9F

>朝鮮半島が休戦になった後で、日本の再空襲はどこの国に依るものとツクノ様は想定なのでしょうか?

○当時は、ソ連。今は、ロシア、中国、北朝鮮、韓国が、要注意かもしれません。いずれにしても、スクランブルで戦闘機を牽制して、国家主権、制空権を確保することは、戦後の国防上、重要かつ必須の備えとなりました。弾道ミサイルや無人機の爆撃など、制空権を突破するような脅威も、要注意だと思います。


レッドバロンさん
>昭和陛下が親授されなかったのが、唯一の救いです。

○わたしも、日本国民のひとりとして、そう思います。
[ 2020/08/17 13:52 ] [ 編集 ]
魑魅魍魎の世界
ツクノさん
*蒋介石軍を日本軍と戦わせて対中武器輸出を増大させ、外貨収入を得て、
軍備拡張しようとしたドイツ。

*米内光政は陸軍と対決し、三国同盟に反対した平和主義者と伝えられたが、
石原莞爾がすすめた蒋介石との和平工作を潰した。
そして何故か米内は戦犯にならなかったこと。

*永野修身⇒米内光政⇒山本五十六の関係とF.ルーズベルト政権との密約?
永野はA級戦犯になり巣鴨プリズン入り、獄中で風邪を引いたら、
米陸軍病院へ転院させられ、死体となって返された。(口封じとの噂あり)



[ 2020/08/17 18:11 ] [ 編集 ]
追記
*井上成美が戦争に負けて国家が発展することもある、といったとおり、
日本は、戦争に負け経済発展をとげた。(それは相手がアメリカだったから)

*米内光政は蒋介石との和平工作を潰し、海軍機による重慶空爆をすすめる。
本土決戦を主張する陸軍を崩壊させたアメリカの原爆投下とソ連の駆け込み
参戦を天祐と言った。

*ハル・ノートを書いたのはソ連のスパイ、ハリー・ホワイト

*日米開戦(真珠湾攻撃)を決めたのは永野修身である。

*東条英機は真珠湾攻撃することを知らなかった。

*永野修身、米内光政、山本五十六、井上成美ら海軍エリートは、
ヒトラーと、ヒトラーと手を結んだ陸軍を毛嫌いしていた。

*チャーチルが「今度の戦争ほど、防止することが容易だった戦争は、
かつてなかった」と妙なことを言った。
それは工作が成功したということでアメリカを世界戦争に引き込まなければ、
イギリスはヒトラーの軍門に下るからだった。

*ルーズベルトの長女の夫が、「大統領と側近たちの戦略は、事件を組立、
引き起こさせて、アメリカを日本との戦争に巻き込むという陰謀だった」
と戦後になって語っている。





[ 2020/08/18 17:52 ] [ 編集 ]
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