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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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原爆の惨禍を繰りかえさせないためには、原爆を落とさせない「力」を持つしかない

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 昨日8月6日は、広島に原爆が投下され、多くの日本人が犠牲になった日だった。原爆投下の8時15分、私は通勤電車の車中にいたが、ほとんどの乗客がスマホを見ていて、祈っている人は見当たらなかった。原爆による大規模な無差別殺人など、普段の生活とはかけ離れたものなのだろう。少し寂しい気がした。

 今年は武漢ウイルスの影響により、記念式典の規模は大幅に縮小されたが、その式典でスピーチをした松井一実広島市長は政府に対し、核兵器禁止条約への署名・批准を求めた。理想としては100点だが、日本の安全保障は理想のみに立脚しているわけではない。対岸には中共、北朝鮮といった核保有国がある。南朝鮮は北との統一を模索しているが、もし南北統一が実現すれば、統一朝鮮が核保有国になる。日本が核兵器を保有しない限り、対岸との均衡を保つのは在日米軍の核の傘だ。

 この日、例年通り、第九条の会を中心に反政府運動、反核運動が広島で行われている。彼らは8時15分の黙祷の時間、原爆ドーム慰霊碑前で、寝転がるダイ・インを敢行している。ダイ・インとは「死亡している状態を模倣することにより行う抗議の一形態」と定義されるが、8時15分に相応しい行動であるとは思えない。式典では参列者の間隔を2メートル程度開けていたが、このダイ・インはまさに「蜜」だ。彼らは主義・主張となると、社会的に責任ある行動をとれない「子ども以下」だ。

九条の会ヒロシマ
第九条の会ヒロシマ


 原爆は悲劇であり、犯罪だ。米国が同盟国であっても、彼らのやったことが戦時国際法に違反する行為であり、犯罪的な無差別殺戮であったことは認識してもらわなければならないし、その認識を促すべきだ。だが同時に、理想とは裏腹に、我が国は隣国の軍事的膨張によって危機に置かれ、米中対立という新しい構図による混乱の最中にある。

 尖閣に対する中共の挑発に対し、河野防衛相は「自衛隊としても海上保安庁と連携し、必要な場合にはしっかり行動したい」と、踏み込んだ発言を行った。現実には、力による現状変更を阻止できる最も有効な手段は、やはり「力」なのだ。9条を唱えていれば領土、領空、領海が守れるのであればいい。しかし、そんな理想は、敵性国家には通用しない。

 75年前の広島に投下された原爆はウラン型だった。一方、その3日後の8月9日に長崎に投下された原爆はプルトニウム型だった。米国は日本人を相手に、この2つのタイプの原爆を「実験」したのだ。昨日のねずさんのブログでは、この事実をこう解説している。

一方、同時期に原爆の開発をしていた米国は、報復のおそれのない日本に対し、「実験」と称して広島長崎に原爆を投下しました。
人類史上、「過ち」を犯したのは、果たして誰なのでしょうか。

日本はなぜ実験に使われたのか。
その答えは、「日本に報復能力がなかったから」です。
私たちは、そこから大切なことを学ぶ必要があると思います。


 この「日本に報復能力がなかったから」という解説は正鵠を得ている。相手に手出しできない者は、相手の思うままに蹂躙されるのだ。それが国際社会の現実だ。

 「原爆の惨禍を二度と繰り返さない」のであれば、日本が「原爆を落とさせない力」を持つしかない。

 原爆によって命を奪われた同胞に思いを馳せ、今一度謹んで哀悼の意を表し、黙祷を捧げたい。


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[ 2020/08/07 07:07 ] 史観 | TB(0) | CM(8)
子ども以下
原爆ドーム慰霊碑前のダイ・インの画像を見て思うのだが、
核兵器を保有していない日本での行為は見当違いなのでは・・・

憲法第9条についても、

「私自身(C.ケーディス)が書くことになった第9条の目的は、
日本を永久に非武装にしておくことでした。
しかも上司(マッカーサー・ホイットニー)からのノートでは、
戦争の放棄は『自国の安全保障のためでも』となっていました。
この部分は私の一存で削りました。どの国も固有の自衛の権利を
有しているからです・・・」

このように自衛権を否定していたアメリカは冷戦激化で肯定に変わり、
第9条の破棄と再軍備を要請してきた。

アメリカの都合で真逆になる第9条に固執する思考が分からない。

それは中・朝・ロにとって好都合の第9条を変えさせない為なのか。
[ 2020/08/07 10:34 ] [ 編集 ]
ダイインは朝鮮総連の前でやれっての
反戦平和や核廃絶を叫ぶことに異論はないけど、
何でここで、ダイ・インなんだ?

原爆ドーム慰霊碑は原爆の犠牲者の厳粛な鎮魂の場であって、
政治的プロパガンダ広宣の場ではないはず。
ましてや8月6日においておや。

核兵器反対を唱えるなら何で北朝鮮に向かってやらない?
おきまりの日本だけが加害者の妄想に凝り固まっているから?

あさって向いてアピールしてるのわからない?
広島にも朝鮮総連はあるから、その前でやったらどうよ。


[ 2020/08/07 14:28 ] [ 編集 ]
とかくこの世は住み難い
物資不足の戦時中とは云え、当時の日本国民は外出時や出勤時に、どこにでも寝そべるに不自由のない服装はしていなかったのが、幾枚もの映像で偲ばれます。
極力清潔に身を整え出勤して理不尽な地獄そのものの劫火に遭った方々に対し、その「ダイ・イン」はふざけているとしか思えません。

左巻きは何事につけても海外スタイルを真似る事しか出来ないオリジナリティの無い集団で、今回のソレも、人の苦しみ哀しみ慰めに極めて表面的にしか寄り添えない僕たちです。このスタイルがここしばらくの流行りなのよ、と白状している様なもの。
それでも自己満足なのでしょうけれど、実に不作法。
追悼式典の傍でこのような愚行を披露するのは、表現の自由云々等ではなく、死者とご遺族様方への冒涜です。

それは例えば自衛隊の、困難な事態にある海外への派遣式典に出席しお見送りする御子達を含むご家族方のすぐ傍で、人の心を逆撫でするシュプレヒコールを叫ぶのとそっくりの、人非人でもあります。
彼らの叫ぶ「平和」の中身が掛け声だけの空っぽだからこそ出来る行いだと思います。

8月6日、9日、15日は思想主張の日にするべきではない筈。


核廃絶は世界の理想です。が、理想と現実の乖離の大きさの前で核不保持の国々が「核廃絶署名」に名を連ねても、実効性は限りなくゼロに近いのは誰が見ても分かる「理想論」でしょう。

安倍総理は式典のご挨拶で
 (前略)<現在の様に、厳しい安全保障環境や、核軍縮を巡る国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です>
 <本年、核兵器不拡散条約(NPT)が発効50年を迎えました。
同条約が国際的な核軍縮・不拡散体制を果たし続ける為には、来るべきNPT運用検討会議を有意義な成果を収めるものとすることが重要です。
 我が国は結束した継続の取り組みを各国に働きかけ、核軍縮に関する「賢人会議」の議論の成果を活用しながら、引き続き積極的に貢献して参ります。> (後略)

核世界の現実に苦慮する被爆国の総理の、被爆者への御誓いの言葉の実現に希望を持ちたいと思いつつ、周辺のアブナイ輩国への対応の万全を冀いたく・・・複雑。
[ 2020/08/07 14:44 ] [ 編集 ]
ダイ・インは正当な抗議に非ず
昨日の広島原爆忌に際しては、拙者も犠牲被害の各位への弔意とお見舞いの意
を新たにしたく思います。それを踏まえた上で、これからの我国の平和を持続
させる為にも、引き続いての日米同盟を軸とした 貴記事の通り「原爆を遣わ
せない力」を独立国として持つ必要を感じます。

それにしても「左」の原爆忌を政治利用しようとの意図は相変わらずですね。
抗議の意図があるにせよ「死の表現」たるダイ・インの挙は、拙者も不快に思
います。確か作家・曽野綾子さんが主張されていたと記憶しますが、大筋では
貴記事に近いご見解でした。「露骨な死の表現よりも、謙虚かつ静かな祈りの
方が、犠牲各位への礼儀にもなろう」という事だと思います。恐れながら、今
回貴記事も拙リンク致したく お届出の次第であります。
[ 2020/08/07 15:12 ] [ 編集 ]
次代の若者への教育改革を!
 日本人独特の感性なのか、原爆を落とした相手を責めるのではなく、落とされた側の責めを重んじることに本当にやるせない思いで一杯である。

 ”安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから”の碑文を見ても、被害者の苦しみや悔しさへの配慮を欠き、被害を被った側に原因があった為の懺悔の言葉としか思えないのが素直な感想だろう。

 また被害を被った広島や長崎の首長の歴代が反日左翼で占められていることも納得がいかない。

 左翼独特の、政府対庶民の対立構造を煽り、悪の政府に対立する反政府勢力が庶民の味方である風を装い選挙を優位にしてきた実績ではないかと確信する。

 そもそも、原爆の被害者を利用して反政府活動する輩の根性が気に入らない。
 泉下の原爆被害者の歯ぎしりが目に見えるような憤りを感じる。

 一度、WGIP洗脳に罹ったバカ者は一生その意識から覚めることはないと思うから死滅を待つ以外方法が見当たらない。
 現状では増えていくばかりのこの呪縛に縛られる次代の若者を少しでも減らすために、一刻も早く教育の改革が最重要且つ喫緊の課題だと確信する。
[ 2020/08/07 21:00 ] [ 編集 ]
なんてことを言う
今さら悔やんでも仕方ないことなのだが、
1975年10月31日、日本記者クラブ主催「昭和天皇公式記者会見」
での天皇発言

「原爆投下はやむをえないことと、私は思っています」

これをテレビでも見て愕然とした思いがあります。
昭和天皇は日米戦争をどう考えていたのだろう。

FDRの娘婿カーチス・B・ドールが戦後になって語ったこと

「ホワイト・ハウス、1941年11月25日の運命的な会議の記録を
読み返してみたら、岳父ルーズベルト大統領および側近たちの戦略は、
平和を維持し保証することではなく、事件を組立て、引き起こさせて、
アメリカを日本との戦争に巻き込むという陰謀にもっぱら関わっていたと、
私は悟ったのです。
それを知って私の心は張り裂けんばかりでした。
これは裏口からヨーロッパの戦争に入ることを可能にする計略でした」

戦前も戦後も情けない日本ですね。






[ 2020/08/08 11:02 ] [ 編集 ]
それですね
広島生まれで、被爆2世でもある私にとって「日本も核兵器を備える」といういきなりの手段論は、安直すぎると思え、数ある手段の中の一つとして論理的に否定はしないものの、どうしても賛同できかねる気持ちがありました。

9条で不戦を標榜するという方針が役に立ったのは朝鮮戦争、せいぜいベトナム戦争の時代まで。
その後は誰も相手にもしない。湾岸戦争のときなどは、日本を世界からの搾取標的にしただけでしかなかった。

かといって、有効な方針案も浮かばず、鬱々とした感がありました。


しかし「核兵器が使えない社会」という方針は抵抗ありません。夢物語とも思えません。

具体的にどういう手段・戦術でそれを実現するかというのは、相変わらず難題ではあろうと思いますが、9条論のような、既に無効が判明済の方針ではないと思います。

この方針であれば「自己の存在意義を失い、自らが朽ちていくのを待つだけの外務省職員」にも、やる気を起こさせることになるかも。
あるいは、やる気のないヤツは入省を希望しなくなり、国と国民を愛する優秀な者だけが入省するという結果につながっていくかもしれないと思いました。
[ 2020/08/08 13:47 ] [ 編集 ]
>ダイ・インとは「死亡している状態を模倣することにより行う抗議の一形態」と定義されるが、8時15分に相応しい行動であるとは思えない。

○ダイ・インは、表現の自由かもしれないが、黙祷により鎮魂と哀悼の意を表するときには、みな黙祷すべきではないだろうか。
[ 2020/08/09 12:00 ] [ 編集 ]
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