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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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新元号発表を前にあれこれ言う残念な人々

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 明日、新元号が発表される。「そもそも、元号って要る?」という元号否定派も存在するようだが、そういう人々は、元号がなくなることの不便さを理解していないか、もしくは天皇のご存在そのものを否定する革命派だろう。大化の改新を「646年改新」とか「飛鳥改新」と呼ぶのは不便だ。大正デモクラシーは「1910年代~1920年代デモクラシー」と呼ばなければならない。明治維新は一体どうなるのか。

平成


 元号というのは、日本人が時代を認識するためにはかなり便利なものなのだ。おっさんくさいダジャレを言うと、「昭和だね」とたしなめられる。日常的な会話の中にも、元号は根強く存在するのだ。戦後、進歩的文化人から元号の否定論が出たが、福田恒存はそれをきっぱりと否定している。

元号

 元号廃止の動機の一つは天皇制廃止、もしくは軽視の意図であるが、これは開花主義と同じで、君主制は保守的であり、共和制は進歩的であるといふ何の根拠も無い浅薄な考へ方に基づいてゐる。そして同様に元号廃止は歴史、伝統の断絶と文化の荒廃を齎(もたら)す。エリザベスス朝文化、ヴィクトリア朝文化と同様に、元禄、天明の文化と言はねばならぬ歴史的事実があるのだ。それを西暦一本で片附けろと言はれたら不便極まり無い。試みにこの私の文章の江戸、明治、大正、戦前をすべて西暦で表記しなければならぬとしたら、どうなるか考へてみるがいい。第一、クリスチャンでない日本人、ユダヤ人、アラビア人が何でクリスト教紀元にのみ附合はねばならなぬのか。現在、国際法と国内法と両建てで行かねばならぬ限り、西暦と元号の両建ては改めて問題にするまでも無く当然の事であらう。

「日本への遺言―福田恒存語録」より


 共産党は今でも元号廃止論を是としている。志位和夫は「元号は、時をも君主が支配するとの考えからきている。国民主権の原則になじまないと考えている」と主張するが、我が国の皇室が国民を「支配」したことはない。元号を廃止したからといって、国民主権が強化されるわけでもなく、民主主義が発展するわけでもない。共産党の元号廃止論は、福田恒存が言うように、「天皇制廃止」の一里塚である。元号がない国が国民主権を実現しているというなら、彼らのお里の中共の例を挙げて、具体的に述べてみたらいい。

 元号は是とするが、その元号の選定に関し、時の政権に絡めて「これだけは嫌!」と叫ぶ陣営もある。文学者の内田樹は、Twitterで元号に「安」や「晋」が入るなら、二度と元号を使わないそうだ。


 内田のような人のオツムのなかでは、安倍総理が独裁的支配者と定義されているのだろう。だから、仮に元号に「安」が入れば、それは安倍総理自身が望みによるものか、もしくはその希望を忖度した上での決定だというシナリオが、勝手に形成されているのだ。まぁ「勝手にどうぞ」といったところだが、文学者にして、この大人げなさ。イデオロギーはいい大人を幼稚にさせるものだ。「韓国が嫌いならキムチ食べるな」、「中国が嫌いなら炒飯食うな」と言っているようなものである。

 改元がこれだけ話題になるというのは、元号が日本人にとって不可欠のものであることの証左だ。どんな元号になるか楽しみに待ちたいが、決定後、志位や内田のコメントを聞いてみたいものだ。


日本への遺言―福田恒存語録
日本への遺言―福田恒存語録



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[ 2019/03/31 07:25 ] 史観 | TB(0) | CM(14)
日本国は問題だらけ
http://ponko69.blog118.fc2.com/blog-entry-5251.html

『元号』に噛み付くさよく・在日連合のその根底には『元号忌避』が有り、その上部に『中国奉り』があるとでも言えるのでしょう。

『元号』は基本、中国古典からの引用でも、日本独自のものからの引用でも、欧米出自のもの(まあ有ればですが)でも選択肢は広く有って良いものではないかと思えます。
但し、それが日本の元号である以上多数の日本国民に好意的に認められるものが望ましいし、何か次世代に希求するものを現しているものが良いのではないか考えます。

ですから安倍首相が「日本独自のものから・・・・・」と言ってもそれに噛み付く理由が分かりません。

故に最初に戻り、日本独自のものを嫌うからこそ反発すると推測出来ると言うことです。

戦後70年以上経った今でも日本を嫌う日本居住民が多数居ますが、その内訳が日本人でありながら『DNA的にも国籍的にも日本人でありながら自虐史観に毒され反日活動を正義の戦いなどと勘違いした異常脳の方々』、『日本国籍ではあっても特定国出自の偽装日本人、また日本人を騙る特定国人たち』であると思えます。

昨今、政府自民党の怠慢により日本各地が中国支配地域に色変えしています。
以前からの中国人増殖地域以外にも埼玉県川口市など「キューポラのある街」どころか「中国人支配の街」へと変貌した様です。

https://tokyodeep.info/nishikawaguchi-in-chinese-2018/

経済面でもシャープが台湾企業(中国生産)の鴻海精密工業に買われたり。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B4%BB%E6%B5%B7%E7%B2%BE%E5%AF%86%E5%B7%A5%E6%A5%AD

https://ironna.jp/article/2872

将来的にも利益を生むだろうというディスプレイ部門の生産企業である「ジャパンディスプレイ」などをまたまた中国に売り渡す日本政府の無策。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%A4

https://buzzap.jp/news/20190207-j-display-china-taiwan/

因みに「ルネサス」も同様です。
https://www.renesas.com/jp/ja/about/press-center/news/2018/news20180925.html

この将来的に必要である分野を現在特定国の安値攻勢で敗退したからと言ってその相手側に安売りする先にあるのが特定国による利益の確保、独占です。

これまた日本が中国・韓国に利益を与えたと言えるでしょう。
潰すべき相手に利益を与える。
昔からそういう事を官民しているのが日本です。
そんな所得を元に中国は空母を作り、国防費を年々増大させている。

つまり『お人よし日本国』は自分の首を自分で閉める。
おいおい、マゾかぁよぉ日本はぁ?

多数保守系諸氏に余りにもこういうマクロを捉えない視野狭窄的将来の見通しの悪さを感じます。

中国を締め上げれば韓国、北朝鮮など尻尾を振ってやって来る。
日本が中華圏を離れた象徴的なあの言葉「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙なきや」

https://yaplog.jp/hibiki_only_29/archive/30
[ 2019/03/31 12:16 ] [ 編集 ]
ばかだね
かつて徳川家康は、国家安康の文字に、家康の名を分断し呪詛するものとの難癖をつけて大阪冬の陣を起こし、豊臣を追い詰め、滅ぼした。

自らの手で戦国の世に終止符を打ち、自らの手で揺るがぬ太平の世を、今、何が何でも実現させる決意でそれを行なった。


「僕は元号擁護論者ですけれど、新元号に「安」が入っていたら(「晋」でも)、死ぬまで二度と元号を使いません。」

目的は?

駄々っ子か。

勝手にすれば。

ばーか。
[ 2019/03/31 17:30 ] [ 編集 ]
「安」「晋」は世界に一人?w
「平成」=平らかに成る 願いの元号でしたが、日本が直接関係する戦争は無いものの天災人災の30年の後ですから、何卒安らかに、という気持ちが元号に入っても良いと思います。
漢字は表意文字ですから願望の意味ある文字が用いられるのは当たり前。

「安」「晋」ならば安倍総理、と思い込んでいるらしきバカには「いい加減ノー天気というかつくづく平和じゃのー」以外に言うべき言葉がありません。
まるでこの世にその文字使用の人間が安倍総理以外に居ないと思っているかの様。アホじゃ。

志位サンの認識には、何時代の天皇観なのか?「時をも支配する」? いくら共産党員でも粗雑過ぎでしょ。とこれも呆れます。
天智天皇が日本で初めて時計(水時計だったか?)というものをお持ちになったそうですが、それで「支配する」宣言はされていません。刻を計る、知らせる、役所仕事の元になりました。
刻々過ぎるだけの時間を「支配する」意味が解りません。
御在位の期間を「支配」と言う意味なら、志位サンは日本史と日本語の学び直しが必要ではないかしら。

元号を制定して何が困るのか?使いたくなければ使わない方法も選択できる世の中ですのに。
権威、権力を持つ民の上の存在には何が何でも「圧政者」でない筈が無い、と思って居る日本共産党員の正に代表者ではありますが、そうして国の中に権威者権力者を国民から分離させたがる邪念は、昭和様がお隠れになった1989年の歳の末に既に国際的に崩壊している事を、認めるべきではないか?と思います。

西暦は年数の経過を計算するには便利ですが、日本人にとって元号はまた別の価値観だと思います。特に明治以降は一代様一元号と定められましたから、明治以降将来の国史を学ぶにも大変便利な措置だと言えましょう。

たしかロシアにも西暦とは違うロシア暦があるとか。世界各民族それぞれの国家の特性を人為的に失うべき理由はありません。
敢えて長い民族の伝統を絶えさせるなら、それは「革命」とか「謀反」と言うべき行動ではないかしら。
[ 2019/03/31 18:03 ] [ 編集 ]
改元から、孫の命名を連想するなんて・・・なんて、失礼な・・・
私は、二人目の孫がこの九月に生まれるので、
男女20余りの名前を考え、独り、悦に入っている。

日々、お茶とお水をあげながら、神々と、
原始・古代、縄文から連綿と続くご先祖様にも、感謝を申し上げている。

私の父母は二人、その祖父母は4人、その祖父母の父母は8人・・・・
千数百年で、一億人。その後の、千数百年で、一億人の一億倍・・・

膨大なご先祖様の途切れない継続、お陰様を以て、今の私が在る。

日々、コースを様々に変えて楽しむ散歩の途次
目にする寺社にも、礼拝し、感謝を捧げている。

今日この頃、元号が変わることに何やら華やいだ気分を感ずる。
我が祖国の新たな「呼び名」を待つ楽しい気分・・・

内田某、「『安』のつく元号ならば、一生使わない」って・・・
駄々っ子みたい。
公言の必要があるのかね・・・黙って、ソウするがいい。

「安政の大獄」「文永・弘安の役」「慶安の御触書」「安芸の国」・・・
言い換える工夫って、馬鹿げてません・・・

安穏・安全・安保・安心・安産・安打・安否・安定・保安・安泰・・・
これらも、できれば、言い換えたいのかね・・・ガンバって。

「安眠」できますか・・・

安倍晋三さんに、そこまで支配されているのって、
アホらしさの極み。哀れ・・・
[ 2019/03/31 18:21 ] [ 編集 ]
どんな元号になるのかな。
私は、明日の発表にわくわくしています。
どんな元号になるのだろうと。
楽しみにしているのですよ。
[ 2019/03/31 19:26 ] [ 編集 ]
元号とともに歴史を刻んだ日本
常日頃、日本語の「なつかしさ」にまつわるものが、
最上のものだと考えるところがあります。
懐かしいという感情が引き起こす対象は、長い歳月を経た得難いもの、
若しくは長い歳月を想起させる奥深いものだと考えるのです。

懐かしさの源泉は、近くは父祖たちが生きた時代、
遠くは日本の歴史そのものだと言えます。
例えば、私が小学生の頃、「明治は遠くなりにけり」と
中村草田男の俳句を引用した新聞記事が出ていて、
ああ、明治という時代を背負った人が亡くなり、
明治が遥か遠くになっていくのだと、
子供心に寂しさを感じたことを思い出すのです。

また、私たちには今、まさに咲き誇る桜を堪能できています。
父祖たちが桜を育てることに丹精を込め、
桜の美しさや凛々しさを愛でる日本人の心が
連綿と繋がれてきた歴史だと言えます。

元号とて同じこと。
長い歳月を経た伝統文化や自然や風土が、日本の歴史を形づくり、
感性や情緒といった奥深いところまで、日本人のDNAを決定して
来たのだと思えば、徒や疎かには出来ないものです。
元号と共に、歴史を刻んできた歳月の重みは、
普段、国民が殊更意識せずとも計り知れないものです。

その有難さに思いを致すことなく、今々のイデオロギーか何かで
元号は不要だと言い放てる人たちの酷薄さ、底意を持ったさもしさ、
更には、日本に生存できることの感謝知らずには言葉がありません。
[ 2019/03/31 21:31 ] [ 編集 ]
歴史と伝統
そもそもの話、元号は中華文明圏では自明の事でした。
五胡十六国の時代、元号が入り乱れていました。
朝鮮では、日本に併合されるまで、清の元号を使用していました。

歴史の様々な過程を経て、元号は日本に残り、受け継がれています。
確かに、世界的視点では西暦が使いやすいのは事実ですが、これまでも併存してきたのですから、元号は存続すべきですね。
西暦と元号の変換が、と騒ぐ人たちがいますが、今まで何をしていたんでしょうね。そんなものは、とっくの昔に折り合いがついていたからこそ、昭和も平成も、何の問題も無く過ごしていたんですが。

欧米の価値観ではない、日本の価値観を貴ぶべきものと、愚考いたします。
[ 2019/04/01 04:13 ] [ 編集 ]
寂光院の庭から
ほととぎす 治承寿永の御国母 三十にして経読まず寺  

ご存じ、与謝野晶子が大原寂光院の歴史的情景を詠んだ歌ですが、なんと美しいことか。治承寿永の御国母と呼ばれて建礼門院徳子の名が隠れていることに気が付かない御仁は、残念ながら日本人に生まれた価値がありません。静かな寂光院の庭に遠く源平の争乱の剣戟の音がこだましてきます。年号がなければ不可能な表現でありましょう。井上靖の「天平の甍」も素敵です。天平の響きには当時の国際社会の風が吹いています。

永禄年間といえば川中島の霧の中から現れ出でる「毘」の旗や桶狭間に急ぐ信長の姿が見えてきます。天正少年使節なんてのもありましたね。ここの読者諸兄には余り好まれないであろう癖のある悪文書き=大江健三郎の「万延元年のフットボールはタイトルに興味を惹かれます。

降る雪や 明治は遠くなりにけり 

の名句は、雪の積もった母校の小学校を見ているうちに時間を超越して昔となにも変わらないと思い始めた作者がふと我に返り、いや、明治という懐かしい時代は永遠に過ぎ去って、二度とは帰って来ないのだという喪失感を詠ったものだそうです。このような懐かしさや寂しさこそ、一つの時代を真に共有した人だけが持つ豊かな体験から発したものなのではないでしょうか。平成もまさに終わらんとしています。令和が晴れやか時代になることを祈りつつ。
[ 2019/04/02 20:15 ] [ 編集 ]
青木明→中原明→栗原明→栗原薫→カオル
何度も名を変え、あちこちのブログに「些細な誤変換指摘をお許し下さい」と誤字・誤変換を指摘するコメントを書き続ける「カオル」。
一見腰を低くした丁寧な言葉を使いながらも裏の自分のブログでは「傲慢なことを言うと、他のブログはつまらない。アクセス稼ぎの記事ばかり。」と、二枚舌を使う。
相変わらず他のブログタイトルをパクッた「東北老紳士..」なるブログを書いているが、古希を過ぎたのだからいい加減にこれらの行いは止めたらどうなのか?
[ 2019/04/03 14:27 ] [ 編集 ]
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[ 2019/04/03 14:46 ] [ 編集 ]
訂正
与謝野晶子の歌

経読まず寺→経読ます寺 です。せっかくの名歌を打ち間違ってすみません。晶子が寂光院を詠んだ歌にはもう一つありまして、

春の夜に 小雨そぼふる大原や 花に狐の ぬる寂光院

というのですが、こちらも素敵です。


失われた時と人への愛惜の心なくして、祖国の歴史のあろうはずがありません。

[ 2019/04/03 20:04 ] [ 編集 ]
さはさりながら
平家物語 大原御幸(文治二年 春過ぎて夏にもなりぬ頃)より
 女院御歌  
   思ひきや深山の奥にすまひして
          雲井の月をよそに見んとは

   いざさらば涙くらべんほととぎす
          われも憂き世に音のみぞなく

後白河法皇が大原寂光院を訪れて建礼門院にお会いになる場面ですが、平家一門滅亡の経緯は経緯としても、よく「門を閉めて!塩撒いて!!」にならないのが、お偉い!と思うとらこだす。

  


 
  
[ 2019/04/04 00:34 ] [ 編集 ]
さんしろう 外はそぼふる雨だから 下女膝枕に 惰眠むさぼる
[ 2019/04/04 12:19 ] [ 編集 ]
詠み人しらずと言へる御方へ参らす

あら嬉し 万歳寝するさんしろう 下女も添い寝の春雨のころ
[ 2019/04/04 13:28 ] [ 編集 ]
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