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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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原爆忌 ~ 「過ちを繰り返しませんからという誓い」というプロパガンダ

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 昨日6日は、広島原爆忌の日だった。73年前の昨日、広島に、無差別殺戮を目的とした爆弾が投下され、当時の広島市民35万人を遥かに上回る、56万人の人が被爆したという。当然ながら、一般市民の殺傷を目的とした攻撃は、当時の戦時国際法と照らし合わせてみても、国際法違反である。

原爆ドーム
原爆ドーム(2017年3月 ブログ主撮影)


 先の大戦中、ニューギニア戦線で日本軍と対峙した豪の将軍、トーマス・ブレイミーは、こう演説している。

「諸君らが闘っているのは奇妙な人種である。人間と猿の中間にあると言っていい。文明存続のために我々は最後まで戦いぬかねばならない。日本人を根絶しなければならない!」


 ブレイミーはネット上では米国の将軍と記載されている記事が多いが、正確には連合軍に属するオーストラリアの人物である。米国人であれ豪州人であれ、日本人とは肌の色が違うのだ。戦時中であるから、少々狂気が混じった言説が飛び交うことは理解できる。ただし、この発言は、特定の民族の殲滅を目的化した点において、ナチスのホロコーストと同列に語られるべき暴言だ。戦後、日本を裁いた極東軍事裁判の裁判長が、このブレイミーと同じオーストラリアから派遣されてきたのは、まことに皮肉な現実である。

 原爆投下当時、その当事国である米国の様子を伝えた記事が、毎日新聞にあった。

チョムスキー教授:人類は核戦争に着実に近づいている (2005年8月5日 毎日新聞)

 フィラデルフィアで林間学校に参加していた16歳の時だった。ラジオで原爆投下を知った。周囲の子どもたちは歓声を上げた。私は我慢できず、一人で森の中に入り数時間戻らなかった。もっと衝撃を受けたのは、ポルノ映画との触れ込みで50年代にボストンで上映された「ヒロシマ」という題の映画で、被爆者が沸騰した川に飛び込む映像を見ながら、観客が大笑いしていた光景だ。米国はアパッチ、ブラックホークなど、自ら虐殺した先住民の名前を兵器につける国だ。もしドイツ空軍が戦闘機を「ユダヤ人」などと名付けたら、どう思うだろうか。(抜粋)


 こういう現実を、一般の米国民は知らないだろう。米国は、原爆投下による大量殺戮という歴史の汚点を、「戦争を早期に終わらせるため」というプロパガンダによって封じ込める国だ。東京裁判で出てきた南京事件も、米国の戦争犯罪を覆い隠す「替え玉」のような性質を持っていたと言われる。

 日米開戦時の米国大統領で、原爆の開発を推し進めたフランクリン・ルーズベルトは、英国のロナルド・キャンベル大使に対し、「劣等アジア人種」の品種改良というとんでもない提案をしたという。キャンベル大使が本国に宛てた書簡に書き残している。「インド系、あるいはユーラシア系とアジア系を、さらにはヨーロッパ人とアジア人種を交配させ、それによって立派な文明をこの地に生み出していく。ただ日本人は除外し、もとの島々に隔離して衰えさせる」という内容だったそうだ。いま、支那がチベットや東トルキスタンでやっていることと、発想は同じだ。ただ、日本人だけが人間扱いされていない。人間でない者を殺すことに、ルーズベルトは躊躇すらしなかったのだろう。大東亜戦争も極東軍事裁判も、こういう差別と偏見の上にあったという現実を、我々日本人は認識として持つべきではないか。

 ところが、日本という国には、この戦争犯罪を「彼らの」ではなく「自分たちの責任」と吹聴する向きが多い。昨日の広島での式典を伝えていたNHKノアナウンサーは、「広島市民の皆様は、 過ちを繰り返しませんからという誓いを受け継いでこられました」と解説したそうだ。こういう戦後民主主義的な歴史観は、WGIF(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)に代表される米国の洗脳計画の産物だが、「日本が過ちを犯した故の原爆投下」が是認されるのなら、歴史認識などいくらでも操作できるものだということになる。

 私は何も、米国を恨めと言っているわけではない。ただ、日本人なら、正確な情報に基づいたまっとうな歴史観を持ちたいと言っているだけである。正確な情報に基づいた歴史観を持てば、北朝鮮の核を国交正常化と対話のセットで放棄させるという理想論がどれほど現実離れしたものかは、自ずとわかるはずだ。歴史上、唯一の被爆国という立場を利用し、核廃絶を訴えよという主張がある。声をからして訴えれば北朝鮮や中共が核兵器を捨てるなら、私もその声を発する側に加わるだろう。だが、核を放棄させることができる唯一の方法は、やはり「力」でしかない。

 唯一の被爆国だからこそ、核保有の是非を真剣に議論する方が健全であり、それ以外に「平和を愛する諸国民」に対峙する方法はないと、私は考える。


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[ 2018/08/07 07:09 ] 史観 | TB(0) | CM(22)
戦時中のプロパガンダについては、大日本帝國においても、アメリカ人を悪く宣伝していたかと思う。

大日本帝國の空軍が、広島に原爆を投下したエノラ・ゲイ号を打ち落とせなかったことが、今の日本国における国防の原点としてあるべきことだろう。

つまり、国際法上の禁止条約や外交上の中立国があったとしても、備えるべきは最悪のシミュレーションに基づき、万全を期すものでなくてはならない。日本国民に害が大きく及ぶのならば、即時停戦を外交すべきだろう。例えば、イージスアショアの必要性。日本国民を護るための備えとして、必要ではないだろうか。

『ヒロシマ わが罪と罰』(G.アンデルス、C.イーザリー、篠原正瑛訳、ちくま文庫、1987年)には、広島攻撃の際、指揮官機の機長として原爆投下の命令を下したクロード・イーザリー氏の苦悶について、記されている。

広島原爆忌の日、世界各国から慰霊に訪れた方々もいる。日本人に対する、反日活動…それがどうした!今は、日本人に味方もいる。日本人にとり大切なことは、誰かがではなく、おのおの、どうありたいか、どうあるべきか、かと。
[ 2018/08/07 08:23 ] [ 編集 ]
>もしドイツ空軍が戦闘機を「ユダヤ人」などと名付けたら、どう思うだろうか

いやー、ここには笑った笑った。
笑い事では済まないのだが。
ドイツやってくれないかなー(チラチラッ)
[ 2018/08/07 08:33 ] [ 編集 ]
正確に言えば、
>大日本帝國の空軍
は存在しませんでした。
陸軍航空隊、海軍航空隊です。

ささいなことですが、こんなことから主張の説得力は低下します。
[ 2018/08/07 09:32 ] [ 編集 ]
初めまして
児島襄 著「天皇と戦争責任」の最後の方に

広島の原爆記念碑には、次の文字が刻まれている。
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰り返しませぬから」
「東京裁判」のインド代表判事R・パルは、この碑文を見て激怒した、
とつたえられる。

広島の惨禍は、米国製の原爆を米国機にのった米国軍人が投下したしたために
発生した。戦時国際法が禁止する無差別爆撃の結果である。

それなのに、まるで自分たちが悪いから「天罰」をこうむったといわんばかり
の「卑屈」な態度をとるのは、なぜかーーーというのである。

判事は、戦争を犯罪とする法理は存在しないという立場をとり、「東京裁判」で全員無罪論を唱えたことで、よく知られている。

上記、ご存じとは思いながらつい、コメント申し上げました。

[ 2018/08/07 11:57 ] [ 編集 ]
反日NHKですが『アナザーストーリー』のディレクターはまともなようです。
「チェ・ゲバラ」の回で、広島を訪れたゲバラが『なぜこの碑文には主語がないのか』と怒ったと知りました。
ゲバラが反米であった事を差し引いても当然の怒りでしょう。
それを設置してしまうのは論外ですが、その碑文に疑問を、怒りを感じる日本人が少なからずいるのは残念ですし、大きな問題だと思います。
[ 2018/08/07 17:57 ] [ 編集 ]
斥候さん
>正確に言えば、>大日本帝國の空軍は存在しませんでした。
陸軍航空隊、海軍航空隊です。

…すいません。おおざっぱな性格のため、おおざっぱな表現をしてしまいました。レッドバロンさんにも、言葉の定義については、何度も指摘されたことがありまして、恥ずかしいかぎりです。
(^^;)〉

開戦の詔勅、終戦の詔勅。いずれにおいても、《陸海將兵》とあります。
http://www.geocities.jp/taizoota/Essay/gyokuon/gyokuon.html

大日本帝国は、昭和天皇の詔勅にあるように、陸軍と海軍のみで、空軍は存在していません。つまり、陸軍航空部隊と海軍航空隊。陸軍航空部隊は、1945年には、航空総軍なので、先のコメントでは、《空軍》ではなく本土防衛を担う「航空総軍」と、記すべきでした。


さて、ここからは私的な考察になります。

昭和21年(1946)11月3日公布の日本国憲法第九条2には、《前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。》とあり、空軍に言及があります。

大日本帝國では、終戦の詔勅におかれましても《陸海將兵》とありますから、空軍という軍がなかったことは明らかです。では、大日本帝國憲法改正においても、《陸海軍その他の戦力は、》で、日本人ならば十分なはずです。

ではなぜ、日本国憲法では、大日本帝國に存在していない空軍に、言及しているのか。

ウィキペディアによると、《1947年9月18日、アメリカ陸軍航空軍が空軍となり、陸軍から独立した。》とあり、日本国憲法公布のおよそ一年後、アメリカで空軍が創設されています。つまり、日本国憲法第九条2の空軍とは、GHQの影響力下、関連性は当然ながらあったものと思われます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E8%BB%8D

外国人の憲法改正への関与は、内政干渉ですから、日本人ならば、憲法九条は護憲ではなく改正すべきではないかと。
[ 2018/08/07 18:25 ] [ 編集 ]
この碑文を作った者は誰なんだろう。
アメリカ人が言うなら納得は出来るね。
不特定多数では意味はなし。
[ 2018/08/07 18:31 ] [ 編集 ]
⊛この碑文を作った者は誰なんだろう
「原爆死没者慰霊碑」のwikiに答えがあるよ。
[ 2018/08/07 19:28 ] [ 編集 ]
日本の自立 (メディアが太平洋戦争と言わず大東亜戦争と報道する時)
『日本が経済的にも、国際政治的にも独立し、正当な世界を主導する日本を主張する。』
という命題に対して何が、誰がそれを妨害しているのか?

独立とは物質的独立と精神的独立の両面が有ります。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E7%AB%8B

先ず経済的自立という点では日本は半独立していると言えるでしょう。
しかし何故半なのか?
それは強力な力に対して影響を受けるからです。
それが今の米国トランプ大統領による「アメリカ・ファースト」です。
この理屈無しの力に対して日本は忖度するのです。
つまり厳密に言えば独立していないという事です
また、中国に対しても独立していません。

この本質は日本が『安全保障を米国に握られている、頼らざるを得ないから』です。
此れこそ日本の戦後が米国により誘導され、『正しい歴史認識』が出来なかったツケとでも言うものです。

経済的自立とは基本、どの国の干渉も影響も受けず経済活動をし自国経済を維持する事でしょう。

次に精神的自立ですが、此処に日本を正当に評価されない様々な妨害があります。

https://www.sankei.com/politics/news/180807/plt1808070005-n1.html

その妨害とは、中国や韓国、在日、反日工作組織などによるものですが、此処で問題なのがメディアなどの洗脳された日本人が結果協力している事です。

そんな協力者は多数いますが、殆ど反日偏向メディアである朝日、毎日などを活動場所としています。

https://www.sankei.com/west/news/180807/wst1808070075-n1.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BC%E6%B8%AF%E4%BA%8B%E4%BB%B6

日本が行ったとするフェイク報道を盛んにするより事実を少しでも伝えるのが正しいメディアではないかと思いますが、反日偏向反安倍メディアにとってはそれは闇の中。

広島の「主語の無い」加害者と被害者を逆転させる倒錯した自虐史観そのものの碑文。
そんなものがまかり通っていること自体、『正しい歴史認識』のさよく・在日による妨害に寄与しているというものです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86%E6%AD%BB%E6%B2%A1%E8%80%85%E6%85%B0%E9%9C%8A%E7%A2%91

こんなものも日本の精神性の独立を妨害しているものの一つです。

[ 2018/08/07 19:43 ] [ 編集 ]
言論すべし。
日本の国は、長い年月を武士によって守られてきて、その魂は明治以降も脈々と受け継がれきましたが、先の戦争でその武士軍団は大量にいなくなったという事なのだと思います。後に残されたのは、従順でよく働く百姓、経済第一主義の商人、技術を磨く職人。政治家といえども何か事なかれ主義で、言論で戦う気概すら感じられません。「過ちを繰り返しませんから」というこの主語のない誓いを、腑に落ちないと心の内で反発しながらも、多くの日本人は黙っています。そうして何も言わない事につけこんで、声の大きな中・韓人が、日本人の振りをして贖罪意識をこれでもかと植え付けていき、いつの間にか、メディアを乗っ取り、日本人が日本の為に何か正しい事を言えば、徹底的に叩かれるようになりました。人権・差別・謝罪の言葉に黙ることなく、政治家は勿論のこと正しいと思った事はどんどん発言していくべきだと思う。

[ 2018/08/07 22:50 ] [ 編集 ]
思い込んだこと
あの碑文をはじめに写真で見たとき、私は何の疑問も無く米国から贈呈されたものだろうと思い込んで居て、随分後になって広島の人の手に依るものと知り、ハ~~~~~~???でしたw

広島の人達が落された原爆に 自ら誤ったことをした、としか受け取られない碑文を「慰霊碑」としてあの場に置き続け、ご遺族どこからも疑問や改変を表明されないのであれば、被爆していない他所の人間が何を言う事も無いのかも知れませんが、それでも「違うでしょ?」と思い続けています。

大英帝国時代の植民地政策の一つが、英国にとって都合の良い「植民地人種」をつくるために人種交配もしていたそうで、米国はその英国の鏡の様な国ですから、真正面から現在の中共の周辺国へのおぞましい政策に介入したくは無いのかもしれません。言えば返ってくるモノが歴然と在る訳で。

現実の世界はそうしたもので、同盟国であっても相手国が多大な犠牲になってもコチラを助ける国は絶対無いし、右手は握手しても左手は拳を(イザと言うときのために)用意しているのが当然なのだと平素から認識するのは大切だと思います。

白人は400年の植民地時代を終えさせた日本人が憎くて仕方がないし、その前に日露戦争で大ロシアを破って被植民各国に希望を抱かせた日本は「悪」でなければならないのだろうと思います。
近世まで手掴みで食事をしていた野蛮白人に日本言われることじゃあないのだわw
豪州はWW1後の日本軍の捕虜待遇の良さを知っていて、開戦早々に大量に降服した国ですから、余計に居丈高になりたかったのでしょうね(と思ってあげよう か?)

昨日NHKで放映された「夕凪の街 桜の国 2018」ドラマは、こうの史代さんの原作に現代2018部分をプラスしたものでしたが、原作でもドラマでも私的に印象的なのが、原爆投下10年後の市内の一角で

  ぜんたいに この街の人は 不自然だ
  誰もあの事を言わない
  いまだにわけが わからないのだ

  わかっているのは「死ねばいい」と
  誰かに思われたということ
  思われたのに生き延びているということ

(そして、亡くなる時の想いの言葉)
  嬉しい?
  十年経ったけど
  原爆を落した人はわたしを見て
  「やった!またひとり殺せた」
  とちゃんと思うてくれとる?

という主人公のつぶやきです。
落した人はしっかり最期まで見届けろよ!それが責任というものだろう、という思いが伝わる、静かにして重い重い言葉だと感じました。

当日の被曝者である原民喜氏の「夏の花」。竹西寛子氏の「五十鈴川の鴨」。
よろしければお勧めしたい御本です。
[ 2018/08/08 00:05 ] [ 編集 ]
こはるさん
>広島の人達が落された原爆に 自ら誤ったことをした、としか受け取られない碑文を「慰霊碑」としてあの場に置き続け、ご遺族どこからも疑問や改変を表明されないのであれば、被爆していない他所の人間が何を言う事も無いのかも知れませんが、それでも「違うでしょ?」と思い続けています。

…広島平和都市記念碑について、すこし調べてみました。碑文を考案したのは、広島大学の英文学者、雑賀忠義教授です。
https://kotobank.jp/word/%E9%9B%91%E8%B3%80%20%E5%BF%A0%E7%BE%A9-1645337

英文学者なので、日本語はもとより、英文訳にも主眼が置かれた碑文、ということになります。ウィキペディアによると、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86%E6%AD%BB%E6%B2%A1%E8%80%85%E6%85%B0%E9%9C%8A%E7%A2%91

《なお雑賀による碑文の英訳は「Let all the souls here rest in peace ; For we shall not repeat the evil」で、主語は“We”(われわれは)、これは「広島市民」であると同時に「全ての人々」(世界市民である人類全体)を意味すると、雑賀が1952年11月に広島大学教養部での講義などで述べている。》とあります。

2010/7/30付日本経済新聞には、《原爆慰霊碑の碑文英訳発見 考案者の広島大教授直筆》という記事があります。
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG3000P_Q0A730C1CR0000/

ここで着目したいことは、原作者の考案した英文訳が、複数あったことです。初めて発見された和紙で書かれた直筆には、

《和紙では「過ちは 繰返しませぬから」の部分を「for to repeat the fault we shall cease」と記述。市が碑文を発表した1952年7月ごろに使われた英訳の表現だった。

 一方、色紙3枚は市の公式訳と同じ「For we shall not repeat the evil」だった。》

とあります。雑賀さんの考えた英訳を、途中で差し替えた様子がうかがえます。考案者原案の英訳は、

「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」
「Let all the souls here rest in peace, For to repeat the fault we shall cease.」

という内容のようです。中國新聞に、詳しく掲載されてます。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=2704

その場合、少ない日本語のみでは、紙背の意味に広がりを見せるため、解釈はいくつかありますが、原文英訳に基づき、私的に意訳をするならば、

「すべての御霊よ、ここに眠り、靖らかであれ。
私たち人類は、終わりとすべきこの過ち、再び繰り返さないことを誓う。」

英語には詳しくありませんので、誤訳かもしれませんが、このような原文英訳から和訳を意訳することも、できるのかもしれませんね。
[ 2018/08/08 11:10 ] [ 編集 ]
ツキクサ様
お調べありがとうございました。

ですが、慰霊碑の献花台の直ぐ後ろに置かれた日本語の碑文は、犠牲になった方々の御霊の上に重石の如く覆い被さって居る様な気が、私は致します。
もっと正直に言えば、原爆死された方々を冒涜している碑文だと感じてなりません。個人的感情です。

核の無い日本で、外国語であれ日本語であれ、「二度といたしません」という誓いをしたところで、何ほどの真実性、具体性があるのか?という、疑問も感じます。
死者への誓いが、その様に表現されてイイ物なのか?という感情です。
[ 2018/08/08 19:53 ] [ 編集 ]
こはるさん

たしかに、疑義はある。ウィキペディアによると、

《当時の広島市長浜井信三は、米国アーリントン公園の無名戦士の墓の慰霊碑に感動し、広島の慰霊碑にもぜひ碑文を刻みたいと思ったが、この碑に盛り込もうとしたのは「誓い」と「祈り」であった。 石碑の碑文「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」は、広島大学教授の雑賀忠義が浜井の依頼を受けて提案、揮毫した。》とあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86%E6%AD%BB%E6%B2%A1%E8%80%85%E6%85%B0%E9%9C%8A%E7%A2%91

見晴らしのよい空の下、米国アーリントン公園の無名戦士の墓の慰霊碑には、次のように刻まれている。
《 HERE RESTS IN HONORED AN AMERICAN SOLDIER
  KNOWN BUT TO GOD 》
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E5%90%8D%E6%88%A6%E5%A3%AB%E3%81%AE%E5%A2%93#/media/File:Tomb_of_the_Unknowns,_with_U.S._Navy_sailor_and_woman,_May_1943.jpg

本当に、広島市長浜井信三が、米国アーリントン公園の無名戦士の墓の慰霊碑に感動して、広島にも作ろうと思ったのならば、もう少し違うデザインと違う言葉になっていた、そう思えてならない。

当初の広島の碑文の英訳、それが良いのか悪いのかはわからないが、途中ですり替えられている。無名戦士の碑文にあるGODと、広島の慰霊碑にあるevilとが対比されているようにも見える。日本人に対して差別的な意味が含まれている、そう読めなくもない。
[ 2018/08/09 08:23 ] [ 編集 ]
答えは決まっている
そもそも広島、長崎が原爆の被害にあったのも防空体制が維持できなくなってたからであって過ちを繰り返しませんというなら2度と被害が出ないくらいの国防体制を整えるべきだ。
活動家がわけわからないことを言っているがこの世が続いていく限り核兵器が無くなる時は核兵器を超える兵器が出来るか完全に無効化出来る兵器が出来るかしかない。
それとてより優れたものを開発していくからいたちごっこではある。
日本が取る道としてはあらゆる国防体制を整え、外交で時間を稼ぎながら核兵器より優れた兵器を開発、配備していくべきだ。
[ 2018/08/09 18:20 ] [ 編集 ]
バルダーさん

地球の地軸や公転軸が、人為的な衝撃力でズレてしまうと、
敵国のみならず、地球そのものが滅んでしまうだろう。

衝撃力の高い核兵器などのメガウェポンは、
国際的な管理と廃絶が必要ではないかと。
[ 2018/08/09 20:47 ] [ 編集 ]
ツキクサ様
浜井・広島市長のアーリントン感動で「広島」を語られるのも、何だかねえ、と思いません? 私、思っちゃったw
そこから間違いが始まっているのかも知れないな、と。

無名戦士の祈念慰霊碑文と一般民間人に突然もたらされたこの上ない残虐な死への碑文は、その「死に方」が完全に違うのですから、基準とするものも違う筈。
それと、犠牲者は圧倒的に日本人だった「広島」ですのに日本文と英文に違いがあるのも、一体誰のための碑文なの?と思うのです。

個人的には、残虐性において原爆と焼夷弾にどれだけの差があるのか?という気持ちもあるのですが、遺伝子への影響や何十年も経って「どうやら生きられそう」と思った途端の死、という点では明らかに原爆水爆の悪魔性に優るものは無いでしょうね。

結局広島に置かれている碑文は、わけの分らない内に死なねばならなかった方々への慰霊メッセージではなく、生存している人間への反原発運動(家)の「決意表明」だから、違和感が消えないのだろうと感じます。



[ 2018/08/09 23:22 ] [ 編集 ]
こはるさん

なるほど、と思いました。

慰霊碑は、犠牲者を哀悼するもの。
日本文に加え、英文を作る必要は、そもそもない。

その英文も、途中で変更されている。
今、外国人の読んでいる碑文は、
犠牲者への哀悼する文そのものではなく、
外国人向けに書かれた似て非なるものなのか?

そもそも、たしかに、無名戦士の碑文に感銘を受けるより前に、
自発的に弔わなければという、心からの哀悼こそ、
碑文などの動機としてあるべきなのだろうか。
[ 2018/08/10 19:03 ] [ 編集 ]
ツキクサ様
ツキクサ様がお調べ頂いた事で、ようやく「あれは慰霊文ではなく、撰文した側の決意表明なのだ」と私なりに納得できました。
ご遺族様方に異論がなければ、それでも良いのでしょうけど・・・ね。


でね、コレは全くの私信です。
小泉父は拉致問題には関心が無い人物です。あの当時、官房副長官で同行した安倍さんが「何も分ってない」と思わず嘆かれたエピソードがあります。
外交も、内政も、私は「それは困る!」ですw。どちらにしても小沢勧誘を断った理由が年齢的に無理、という事だそうですから、このままご隠居さんが相互によろしいのではないかしら?
子も、却下w。理由は今は証拠が無いので申せませんが、多分日本の為にはならない、のでは?と思われます。
個人的感想まで。
[ 2018/08/10 20:01 ] [ 編集 ]
こはるさん
>ようやく「あれは慰霊文ではなく、撰文した側の決意表明なのだ」と私なりに納得できました。ご遺族様方に異論がなければ、それでも良いのでしょうけど・・・ね。

…ご遺族様方にとり、慰霊の場があることは、大切なことに思います。しかしながら、碑文の英文については、当初の英文ではなく、途中で差し替えているのだから、疑義、抱かざるを得ないかと。元々の英文に戻した方が良いと、オレは思う。

政治的な話としては、アメリカ人にとり、日本人の恨みを取り除く、それは、プルトニウムを日本国外へと搬出させるという物理的な措置と併せて、精神的にももう恨みませんという決意表明をすることで、反米活動家が身動きとれないような環境にすることは大切なことかもしれません。

しかしながら、日本人の多くの方々は、アメリカ人が警戒するような恨みを抱き敵を取ろうとは、考えていないのではないでしょうか。その理由は、昭和天皇の終戦の詔にあります。

《惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス》
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/01/017/017tx.html

天皇陛下を強く敬う心を持ち、皇室を長年慕ってきた日本国民の多くの方々は、その思い、終戦の詔と同じではないかと。

もし、アメリカにテロが加えられるといったリスクがあるのならば、それは、生粋の愛国心ある日本人ではなく、日本に住んでいるが日本国民としての心が未熟な移民系の住民や、天皇に懐疑的な思想を持つ危険な反日活動家によるものではないかと。特に、中国、北朝鮮といった共産圏との関わりもある人達ならば、実力も備わるために、警戒すべきことかもしれない。あと懸念すべきは、皇室の権威が失われたときではないかと。日本人としての誇りを失うときがあるのならば、暴走する者や反米に共感する若者も増えてしまうのかもしれない。


>でね、コレは全くの私信です。
…小泉純一郎さんについては、一長一短、あるのではないかと、オレは思う。拉致問題と原発についてもそうですが、現状を打破する突破力なしには、改善は難しいのかもしれません。その結果、良い方向性へと進むように、安倍総理と周りの人たちで、フォローすることも多くなるのかもしれませんが…

小泉進次郎さんについては、まだ若く思想的な立ち位置がいまだあやふやであり、良く言えば自由な思想をお持ちなのかもしれません。安倍総理の下で、経験を積ませたほうが、将来、自民党のトップになった場合、それほど左派よりの政治にならずに済むのではないかと、オレは思う。良くも悪くも、近衛文麿元首相に、状況は似ているような気がします。
[ 2018/08/11 06:59 ] [ 編集 ]
ツキクサ様
現在の日本に実行力を持つ反米活動家が仮に居るとしても、それが原爆や焼夷弾惨禍への恨みが原点だとは、私には想像出来ません。
日本に原爆水爆を打ち込んだのが米国だから日本は復讐するだろう、と期待する側や怖れる側が居るのは確かなようですが、日本が核を持ったとしても、何処かの国に核攻撃する事はあり得ませんでしょ。
あり得ないものを誓う必要は日本の誇りに掛けてもするべきじゃない、と私は思います。

核(保有)は備えておく為の兵器であって使用する物では無いことは、今の世界、何処かのデブでも理解はしていると思います。
一発でも使ったら保有国の全てから飛んでくる事を覚悟の上なら使えるかも知れませんが。

それと、反日活動屋は何事にも緩い日本国内だから行動出来ているのであって、現場で射殺が当たり前の他国の脅威は彼らなりに弁えているだろうと思います。これを卑怯と言える気もしますがw。
ひと頃の赤軍のバカはもう出来ない時代認識ぐらいはあるだろうと、思いたいです。


可能性のある若手に党役員や大臣等の経験を積ませて地歩を固める政治家の育成は結構だと思います。
例えば、政治枠で超優遇された留学が出来ても将来のヒモ付きの心配が決してない人であれば、日本の国富が引き出されるなどの可能性は薄いでしょうから。という条件付きで。
[ 2018/08/11 17:22 ] [ 編集 ]
こはるさん
>あり得ないものを誓う必要は日本の誇りに掛けてもするべきじゃない、と私は思います。

…毎年、この時期は、日本人にとり、あまりに重い。ふつうに暮らしていた人々が、体ぼろぼろになりながら、仇をとってください、と泣きながら繰り返し訴えた言葉を、テレビを通じて聞いたことがある。碑文にいかようにかかれていても、生の肉声のほうが、言葉は重い。

碑文には、「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」とあるが、すでに長崎で過ちを繰り返している。そのようなあやまちある碑文でありながら、それでも日本人は、そこで慰霊をしている。

たしかに、平成の誇りある勤皇志士や、ふつうの常識を備えた日本国民ならば、日本政府や米国などの同盟国へのテロといった暴走の心配は、まったくないかと、オレも思う。

日本国民の意に反して、戦争へと巻き込まれてしまうリスク。日本人の保守的メンタリテイとは異なるような政治家や評論家が、言論の自由を理由に平和と人権を叫び、跳梁跋扈しているのは、日本人おのおのにとり、見ていて気分の良いものではないだろう。
[ 2018/08/12 10:49 ] [ 編集 ]
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