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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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世界を驚かせた試合後のロッカールーム ~ スポーツマンシップ以上のものを示したサッカー日本代表

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 実に残念で勿体ない敗戦だった。サッカー日本代表が昨日未明、ベスト8をかけてベルギーと対戦し、2点リードを奪いながらも追いつかれた後、ロスタイムに3点を献上し、初のベスト8を逃した。グループリーグ最終戦で、リードを許していたポーランド相手に、「フェアプレイ・ポイント」を考慮したパス回しをして時間を消費し、他力本願的なかたちで決勝トーナメントに進んだことで、国内外から批判が噴出した。だが、我らが代表のベルギーとの戦いは、その批判をかき消すほど勇敢なもので、海外メディアも概ね好意的に伝えてくれているようだ。

 下馬評では圧倒的不利だった日本が、後半早々に立て続けに2点を取ったときは、希望を持つなというのは無理な要求だろう。しかし、相手はやはり世界ランク3位の、一部では優勝候補筆頭ともいわれる強豪で、日本チームはその実力を真正面から受け、持ち堪えることができなかった。ベスト8への距離からすれば、延長でも勝負がつかず、PK戦で敗れた南アフリカ大会のパラグアイ戦のほうが近かったかもしれない。だが、相手方の主将アザールをして「負けてもおかしくなかった」と言わしめたほど、その相手をあと一歩のところまで追いつめた。代表は胸を張って帰国していい。

 このワールドカップサッカーの期間中、世界的に話題となったのが、やはり、日本サポーターによる試合後のごみ拾いだ。サッカーの世界大会ではおなじみとなったこの慣習は、このロシア大会でも当たり前のように行われた。コロンビア戦ではコロンビア・サポーターと一緒にゴミ拾いを行う微笑ましい光景も見られた。こうしたささやかで地味だが、初出場のフランス大会から積み重ねてきた行動が、日本に対する共感を呼ぶ。サポーターにも感謝したい。

 さて、ベルギー戦敗戦後の日本代表の行動が、世界中から驚きと称賛を呼んでいる。この写真だ。

日本代表のベルギー戦後のロッカールーム


 これが本当に試合後のロッカールームかと思うほど、綺麗に掃除され、正面の棚の上にはロシア語で「スパシーバ(ありがとう)」というメッセージが書かれた紙も残されていた。これは、大会関係者がツイッターで投稿した写真で、オリジナルのツイートは現在見られないものの、大反響を呼んでいる。

 世界は驚くが、ある記事を読んでみると、代表は毎試合後、ロッカールームを掃除してから退去しているという。サポーターはカメラに写るが、試合後の選手のロッカールームをメディアが捉えたことは記憶にない。この大会関係者のお陰で、日本人の表には見えない振る舞いというものが、世界の共感を呼ぶこととなった。

 参議院議員の山田宏氏が、Facebookでこの記事を採り上げ、吉田茂元首相のエピソードを紹介している。

このニュースを見て吉田茂元首相のエピソードを思い出した。
元首相が都内のある有名ホテルのトイレに入ったが、中々出てこないので従業員が見に行くと、元首相がハンカチで洗面台を拭いていたそうだ。
「総理、そんなことは私どもが」と慌てる従業員に対して、吉田元首相はこう諭したという。
「君、お客が汚した洗面台の水滴を、一々従業員が綺麗に拭いて回るホテルを一流とは言わない。
一流のホテルとは、自分の汚した洗面台は自分のハンカチで拭くのを当然とする客が、常連客としているホテルを言う」と。
一流の会社、一流の地域、一流の国。
一流とは何かを考えさせられる話。


 日本代表は、試合には惜敗した。我々サポーターが悔しいのだから、選手や監督、関係者の悔しさ、無念さはきっと次元が違うものだろう。だが、彼らは敗者でありながら、試合内容とともに、世界から尊敬を集めた。そして、日本的な行動というものを世界に知らしめた。

 日本代表は、ポーランド戦終盤のボール回しで、スポーツマンシップを欠くと批判された。南鮮のスポーツ紙「韓国スポーツ」は、日本がベルギー戦でボール回しをしなかったから負けたという論調を展開し、南鮮KBSの論説員は、ベルギーが逆転ゴールを決めた瞬間「ありがとうございます」と叫んだという。品格とか規律、規範というものが彼の国にはなく、我が国にこそあるということだ。我らが代表の試合と試合後の振る舞いは、サポーターのゴミ拾いと相まって、批判を払しょくするに余りあるものだったと言えるだろう。

 胸を張って帰ってこい。そして、4年後、もっといい景色が見られるよう、頑張ってもらいたい。


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[ 2018/07/04 07:08 ] 愛国 | TB(0) | CM(19)
立派にサムライで在れ
吉田総理のエピソードは存じませんでしたが、麻生副総理が総理の頃だったか、<洗面台を使った後の水の拭き取りをするのが当たり前の事だと思って来たが、案外する人が少ないので意外だった>と何処かでお話になったのを覚えています。

吉田総理の周辺警護と秘書役の為にご両親が東京生活だった頃は、麻生家の御祖母様が副総理の生活一切を厳しく躾られたと、その前に話しておられましたので、家庭の躾の賜と思って居たのですが、それだけでは無かったのですね。
コンサート会場の化粧室などでは水回りを拭き取って去る方は、やはり多くは無いですが居られます。

南アW杯だったブラジルW杯だったか、映像の覚えはないのですが、ドレスルームの「発つ鳥跡を濁さず」の日本チームの話題が少しだけ聞えて居ました。やはりFIFAの担当から出た美談だったか。
良いお話なのに何故日本の報道はそれを報じないのか?かなり不満でした。

今朝、チャンネルを選んでいたら偶然そのニュースもあったのですが、映像は試合前の各自のユニフォームが下がったロッカーとサポーターなどを中央のテーブルに整理されて満載した場面だけで、メッセージとは全く合わないもので終わりました。
チャンネルを確認したらTBS。
またやってる、と思ったのですが、TBSが映像を持って無かったのかも知れませんね。

私は前にも書きましたようにポーランド戦の10分には不満でしたが、あれがルール内の事で今までも他国がして居た試合も見ていますが、正々堂々戦ってよ!と思って居ました(ルール内ですから堂々ではありますが)。
他所様はどうでも、日本がアレをするとは思ってなかった、というのが正直な感想です。敗れても美しいサッカーを追求する(筈)の日本、と。
勝たなければその先が無い。戦えなければ美しくも出来ない。というのは解るのですが・・・
でも、トーナメント一戦目で払拭されました。
実に美しい試合の95分でした。
ベルギーもアンフェアな事は仕掛けなかったので、両国の優れた試合だったと思います。(川嶋GKの眼前にシューズの裏を見せた、ちょっとばかり怖い場面はありましたが)

審判団がセネガルが主軸と聞いたのですが、「報復的」なことは一切無く、気持ちよくサッカー観戦を楽しめました。

他国の試合も観て、チームが一団となっている国が勝ち進めている気もしました。
スペイン、アルゼンチンは選手もベンチも国歌を口を閉じて歌えず、それは今までには覚えの無い両国の画面でしたので、チームが気の毒に感じ、あれだけの強豪なのに敗退したのも、国家事情があるのかな?と思います。

その点、日本チームはようやく君が代を晴れ晴れと歌い上げる様になって、こんな当たり前の事を国が指導しなければ出来なかった過去を恨めしく思います。一回戦争に負けただけなのに・・・ネ。

日本サポーターのゴミ拾いも恒例のことでしたが、渋谷の狂喜乱舞の跡にはゴミの山、というニュースが一戦目の後に出たら、次回からは始発電車が出るまでの間にゴミ拾いしていた学生が居て、と。
ベルギー戦の夜明けには綺麗な道路が映っていました。ニコッ!

選手とスタッフご一同は、想いはそれぞれありましょうが、世界が称賛する事も多かったのですから、鳩胸状態wでお帰り戴きたいです。

[ 2018/07/04 08:33 ] [ 編集 ]
元祖国賊
>一流のホテルとは、自分の汚した洗面台は自分のハンカチで拭くのを当然とする客が、常連客としているホテルを言う

???
なんか、眉唾なエピソードですなw
元祖国賊の吉田ならではの牽強付会な解釈に見えますよ。
当方の見立てだと
コイツはサンフランシスコ条約締結後、最優先に行うべきだった
占領憲法破棄を怠った事なかれ主義の役人気質に満ちた国賊です。
[ 2018/07/04 08:57 ] [ 編集 ]
>吉田元総理のエピソード

日本代表のロッカールームの話の素晴らしさに比べ、
何か釈然としない、なるほどとはとても言い得ない変な逸話だと思います。

YASU様の言われる様に、あの時点なら、新憲法破棄が可能でしたね。

>審判団がセネガルが主軸

こはる様の情報にはいつも感心しつつ、コメントを楽しんでおります。
(ST様との競演創作劇場も秀逸ですね。)
[ 2018/07/04 11:16 ] [ 編集 ]
時代背景
run様
ありがとうございます。
管理人様が本職の傍らでこのブログの更新を続けて居られる(「御修業」と私は申して居ります)のに触発されて、と申したいのですが、実質、虚仮の一念w状態ですけれど、お邪魔し続けて居ります。
ST様の創作とヒネリを私も楽しみにしております。ST様もご多忙な本職をお持ちですけど、「次ま~だ?」の心持ちですw。

セネガルは日本がフェアプレイポイントで進出することになって、セネガルサッカー協会(というのか?)がFIFAに日本のポーランド戦をも問題にしてポイント制の廃止を申し出た、らしいのです。
抗議文の本文そのものを読んで居りませんので、ネット情報だけですが、それに依ればポーランド戦の時間つぶしが問題なのかポイント制が問題なのか、はよく判りませんでした。

そういう事情が関係したのか、前から決まっていた審判団なのかは存じませんが、本国の協会がそうであれば、もしや意地悪?と気にはなったのです。
試合を観て、要らぬ憶測で羞じております。



サンフランシスコ条約は、昭和26年(1951)9月に関係国が署名し翌年4月28日に発効になりました。
ですから、朝鮮戦争(1950年6月~1953年7月休戦)のまっ最中の日本の独立です。
吉田総理は米国に朝鮮戦争への日本軍出兵を強く要請されましたが、「日本の自衛権しか認めない憲法を貴方方が制定したのだから出来ないよ~(私的感覚言語です)」と占領憲法を逆手にとって断り、せめて日本海軍が得意とした機雷除去をして欲しい、という妥協点で、その時日本は武装解除されていましたが元海軍将兵の志願を以て機雷掃海だけを担当したそうです。
日本は戦後ですのに数人の犠牲者が出ました。

一国の独立ですから憲法を自主的に制定出来れば最上だったとは思いますが、半島の戦争中に九条廃した憲法を持てば、即参戦要求が連合軍から出され、その時敗戦国の日本軍が最前線に立たされた筈だと、思います。
そして、戦中に焼け野原になった国土に建つバラックの群れと国民の食料事情を合わせて考えると、総理が経済重視に傾いたもの止むを得ない事だったろうと、私は推測致します。

後年に元総理ご自身が後悔されている発言を記した書もありますので、満足して憲法に手をつけなかった訳ではなく、経済と防衛を天秤に掛けてその時の日本の状況に沿った選択だったと、むしろ戦後日本の恩人のお一人だと私は考えております。

歴史は現代からの理想やタラレバでは語れないのではないか、と思って居ります。
なにせ、私の世代は小学校時代の二年間だったか(朝鮮戦争が終わって数年後)、”米国有志の好意で贈られた脱脂粉乳”を栄養の為として給食された経験があり、その不味さったら無いものでした。今でも牛乳は見るのも避けたいトラウマです。
米国では畜産牛馬の餌だったと後になって知りました。そういう時代もありました。
[ 2018/07/04 14:28 ] [ 編集 ]
なんか、ありがとうございます。
こはる様とrun様にまた~?と言われて出てまいりました。
いやぁ、でも、いつもいつも思いつくものでもありませんで……w
まあ、それでもとにかくひねり出してみましたw


「試合後の日本のロッカーが使っていないように綺麗だと!?」
「どうしてやつらは清掃員の仕事を奪うようなマネをするんだ?」
「だから鬼畜と言われるんだ!」
「しかし、海外では絶賛されているようで、癇癪起こるな」
「確かに、だが、ウリの代表チームにあれができるか?」
「できないだろうな……清掃員の仕事を増やすのは得意だが……」
「しかし、日本ばかりが賞賛されるのは気に食わない、ウリの代表チームもなんとか……」
「ロッカールームを汚さない方法か? ひとつだけあるぞ」
「おお! そうか! 一体どうやって?」
「出場しなければ良いんだ……」
[ 2018/07/04 15:00 ] [ 編集 ]
ST様
最後の一行は当に 神の言葉 で御座りまする。
サッカー好きの世界の人々を不快にさせない為にも、クリック!



[ 2018/07/04 17:21 ] [ 編集 ]
同じ日本人として
5月中旬からポーランドに仕事で2週間滞在した。
ポーランド訪問は6年前から数えると4度目で、ホテルも同じ、食事をするレストランも同じ、立ち寄るビリヤード場も同じで、こちらも相手の顔を覚えていたり、向こうもこちらの風体(ちょっと太めなサスペンダー男の日本人)を見て思い出してくれているようだった。
滞在先のホテルは全部で50室くらいの小さなホテルで、朝食のバイキングはとってもおいしいし、従業員は皆が愛想良くいつもニコニコ挨拶をしてくれるので、何度滞在しても心地よく癒されていた。
そんな彼女らに何かしてやれないかと思い、今回は和柄の折り紙で鶴を折り、「Thanks to you」のメモと枕銭と一緒に毎日置いてみた。3日目まではは何事もなく受け取ってくれたのだが、4日目に「Thank you too!」のメモが枕元に置いてあった。
まさか、ルームメイクから返事があるとは想像していなかったので、本当に心が温まり滞在がとても楽しくなった。最終日には10羽くらいの折鶴と予備のプレゼントとして持っていった抹茶ラテのスティックに、お礼の手紙を添えて置いてきた。
その他にも、立ち寄ったスタバで皿の上に置いて出てきたり、ボウリング場で誕生パーティーをしていた中学生にプレゼントしたり、ビリヤード場やレストランのウェイトレスに渡したり、色々な場所で鶴の折り紙を手渡したら、皆が日本の鶴の折り紙を知っていてとても喜んでもらった。
日本チームは「スパシーバ」のメッセージとともに、ジャパンブルーの折り紙で追った鶴を置いてきたと報道されていた。
折り紙は海外に持っていっても嵩張らず、市販の折り紙ケースに入れておけば皺にならず、海外で手軽な日本を象徴するプレゼントとしてとても良いものだと思う。
[ 2018/07/04 19:11 ] [ 編集 ]
>経済と防衛を天秤に掛けてその時の日本の状況に沿った選択だったと、むしろ戦後日本の恩人のお一人だと私は考えております。

「戦後日本の恩人」ですか?
ならば歪んだ戦後民主主義が蔓延する現代日本のあさましい姿を
是とするのでしょうか?
それに国賊吉田が占領憲法に手を付けなかったことを本当に悔いていたら
戦後初の大勲位菊花大綬章をしゃあしゃあと受けたりするかなぁ~?
当方にとっては武士道を公然と否定して見せたクズにしか見えませんなwwwww
[ 2018/07/05 09:02 ] [ 編集 ]
yasu様の吉田茂観は度々拝見して居りますので、貴方様と私のこの件に関する見解は何処までも平行線なのも承知の上ですw
yasu様が、重光葵氏であったらとお考えのことも忘れては居ません。


前にも申した様に思いますが、
昭和様が吉田元総理の為にお歌を詠じられたのが二度。戦後は臣下に対する御心中を表に出される事のなかったと言われる昭和様の、これは他には例のないことだそうで、吉田氏に対して御想いを詠まずには居られなかった御心配りだと承ります。
他に、高齢になった氏へ杖を下賜されるなど、陛下がお立場上お出来になる範囲でご配慮もされています。

現在は随分事務的に勲章授与されていますが、戦後初の大勲位菊花大綬章は陛下が下されたのですから、御辞退すること自体が無礼というものではないかしら。
かほどに昭和様がご信頼して居られた吉田総理を「国賊」と罵倒するのはyasu様のご自由ですが、
少なくとも昭和様は何度も御本人にお会いになっておられますから、直接にその赤心を感じ取られたのが数々のご厚意の基になっている、と私は考えます。

総理の座にある内に自主憲法を制定出来ればyasu様にこんなに罵倒される事もないでしょうが、ならば、吉田氏が背負った時代よりもはるかに平穏な今までの総理はどうでしょう?彼らも「国賊」と罵倒されるのでしょうか?

国防は政治の第一義と思いますが、それでも、民を食べさせる事に事欠き、ようやく生還出来た元兵士を又戦場に送り込まされる危機の時代を思えば、そのチャンスを捨てざるを得なかった方々の立場は、私は理解したいと思います。
民の困窮を無視して餓死者を山と野や畑に曝しても主義を最優先させた幾つかの赤色革命政府に似た真似は、吉田茂氏には到底出来なかったことだと想います。
[ 2018/07/05 15:10 ] [ 編集 ]
天国泥棒
戦前、浪人中の吉田茂の元にはそれでも千客万来、ひっきりなしに訪問客があって、その中には吉田の自由主義的かつ親英的な立場に鉄槌を下そうという右翼の壮士達が混じっていたそうです。応接間が塞がっていたので、彼らは書斎に通されますが、驚いたのは天井の高さまで積み上げられた漢籍の質量。これは大変な人なのだというのが壮士達にも一目瞭然で理解できて、鉄槌どころが、当人にも逢わずにすごすごと帰ってしまったそうです。ご子息の吉田健一氏が総理大臣とかいう権力に人が群がるのは世間の常であるけれど、そんなものに満足するには父は文明の側の人間であったと述懐しておられました。

吉田茂は亡くなる直前にカトリックに改宗したのでした。昭和陛下から頂いた鳩杖をつきながら天国への道を掠め取った手腕はさすがと云うべきか。こはる様のコメントを拝読しながら、今の麻生副総理に通底する素敵なヒールぶりを懐かしく思い起こしていました。

[ 2018/07/05 21:14 ] [ 編集 ]
吉田元総理のエピソードは、
キレイにする必要がないにこしたことない、
という話で、
オレもボランティアでゴミ拾いしたときに、
誰かから賞賛されたいのではなく、
ゴミ捨てないでくれと、
ただそう思うので、
なるほどと思って読んでました。

こはるさんは、直感力の優れている方だと、
オレは思っていて、
10分ぐらいで、一丸となって、パス回しをした日本と、
10秒ぐらいで、一丸となって、点を取りに来たベルギー。
その差、4年後までに、詰めなくては、
ベスト8は、まだ遠いと感じた試合でした。

[ 2018/07/05 22:17 ] [ 編集 ]
占領憲法の破棄はできたのか ?
SF条約の締結後に占領憲法の破棄は困難だったと考えています。
占領憲法を破棄して新憲法を作るなら、その時点では旧軍の国賊奴らが多く
はびこっていて新憲法に旧軍の既得権を盛り込もうとしたと考えられます。
国民の強い抵抗を受けたのでないでしょうか。

旧日本軍の上層部は当に「出世互助会」と「失策隠蔽結社」そのものと言えましょう。
戦略に政治状況を織り込んだ「戦争設計」がまるきり出来ず、目先の勝ち戦のみを
餓鬼的に求めて痴呆的に戦域を拡大。 当然の如く惨敗が続くことになりますが
作戦の失敗を隠蔽し、また見直しなど考えることなく前線の将兵をすり潰すことに
勤しんでいのですから。

これは事後から見た結果論として旧軍を誹っているのではなく、事前の戦争設計に
基づいた戦略を一顧するだけで旧軍の「出世互助会」ぶりが理解して頂けるのでは
ないかと思えます。

事前の戦略とは、盧溝橋を嚆矢として始まった支那事変への対処法。
この時、作戦計画(戦略構想)を立てたのが石原莞爾中将と云われています。

☆ 動員兵力は4個師団まで(最大6万人?)。
   ソ連、米国との戦争にも備えねばならず、支那との諍いは極力抑え、日本の
   国力と兵力を涵養すべき時との理由。 

☆ 守備(制圧)範囲は北京と天津(北京近くの港街)、およびその周囲。
   北京は高さ5m程の城壁で囲まれた城塞都市であり部分的に補強し周りに
   出城をつくれば強固な守りが可能。 また満州からも港からも近く支那の大軍
   に囲まれても補給線(兵站)の確保が容易。
   そして、北京と天津を制圧していれば蒋介石は北京と天津までもが満州国に
   併合されることを思慮せざるを得ず、交渉に応ずる可能性が高い。
   
☆ 上海などは邦人の撤収で内陸へは侵攻しない。
   莞爾さんは張学良が30万人以上の兵(馬賊?)を擁する満州を実質一日で
   制圧し満州建国の礎を築いたそうで、その理由が解っていたからでしょう。

   満州は露により鉄道、電話、通信、道路等のインフラが整備され、その後
   日本もインフラの補修・整備に尽力しています。これに因り軍隊の早い移   動展開が可能で、通信網を使えば司令官が現地に居なくとも指示が可能。

   しかし支那はインフラが整備されていません。 持久戦に持ち込まれたら
   補給線は伸びて妨害され易く、苦戦が続くことを避けようとの瑛慮でしょう。

莞爾さんの構想は現時点から見ても極めて優れた戦略と思えます。
ところが、旧軍の出世亡者奴らは上海事件が起こるやいなや、莞爾さんを更迭、
100万を超える大軍を支那に送り込むことになります。

結果は御覧じろ。 上海の揚子江に浮かぶ欧米船舶の「誤爆」、「南京大虐殺」、
戦わず逃げるだけの蒋介石は堤防を決壊させ数万人の被災者を作り出し「小日本
鬼子の暴虐である」と世界に広報。

当時、支那は列強国が虎視眈と狙う最後の草刈り場。 日本が100万を超える
大軍を派兵し「暴虐」を繰り広げれば警戒どころか憎悪され敵視されるのは当然の
ことでしょう。 支那事変は毎年3~5万人の戦死者を出すことになります。
天皇も国民も停戦を望むのですが、東條愚機のセリフは、、、
「今ぁ・・いくさを止めればぁ~ これまでのエイレイに申し訳がぁ~~~」
 
「ほっほぅ、、ならば戦を続けることによって生じる英霊に及ぶ思考は無いのか?」
と言うしかなく旧軍の奴らの出世互助会思考には呆れ果てることしかできません。

そして、支那事変に区切りを付けることなく対米英戦争に入ります。
米英が油断し態勢を整えるまでは勝ち戦ですが、半年経ち米英が身構えたとたん
ミッドウェーの大惨敗。 56はこれを陸軍にも政府にもひた隠しにしてガダルカナルに侵攻。 そして悲惨極まる惨敗。

餓島方面軍の司令官であった今村均陸軍大将の言葉に互助会の無能無策の体が
全て言い尽くされています。 (以下 要約)

【餓島の敗戦は戦(いくさ)ではなく飢餓の自滅。 兵に百日以上も食を与えず草の
根だけを口にさせ敗戦させたのは軍中央部(大本営?)の過誤によるもの。
補給を考えることなく戦術だけを研究し教育していた陸軍多年の弊風が累を為し
制空権を失いかけている時期に、こんなに祖国から離れた敵地に近い小島に兵を
つぎ込む過失を中央は犯したのだ・・・】

(今村さんは「陸軍」と言っていますが、圧倒的に愚56海軍の過失でしょう。
 制空権を失えば制海権を同時に失い、陸軍では対処できないのですから)

この後、飢餓の自滅を続けて本土決戦となりますが、ダイホンエイは具体的な
降伏案すら作れず、「一億玉砕ぃ~」と責任逃れの馬鹿の一つ覚えを喚くだけで
天皇に丸投げとなります。 昭和天皇が、自身の打ち首・獄門を承知の上で内閣に
降伏を勧められたからこそ「終戦」となったのでしょう。

一般国民は旧軍へ強い侮蔑があったはずです。 ただ、それを声高に言えば
国賊らの妄言に黙って耐え、無情を承知ながら英霊となった者達をも罵ることに
なりますから「人」としての慎で黙して言わなかったと思えます。

今、昔に比べれば憲法改正が表立って語られるのは戦争世代の多くが鬼籍に
入ったからのように思えるのですが・・・
20年前は憂国のジャンヌ・ダルク様だって角材を抱えて「ニッテイ打倒」と雄叫びをあげられていたようでございますから・・・
[ 2018/07/05 22:36 ] [ 編集 ]
末田軍曹殿
あ、ちょっと違う。角材組じゃないしベイテイとかハンスタとは言ったけどニッテイとは言わなかったよ~ン。ワタクシ、自分の国が好きでしたし今でも好きですから略さない。
変扱いされていたけど、その組をしながら時々靖國参拝してたの。流行のミニのワンピースなんかでw。
変装じゃあないですよ。参拝には汚れのない物に着替えなさい!!!と子供の頃に鬼親が言うモンで、単なる習性でした。


補給路確保に命を張らない軍隊が、何故日本に出来たのか?物凄く不思議です。
日清、日露関係本を読むと、時の将校達はその確保の為に敵の情報や地形、天候調査などにしっかり時間を掛けて戦って居た様ですのに、何故先輩達の跡を踏まなかったのか?
ああいう組織は勝利した先輩達を崇め研究するものではないのか?と。

それと、陸軍は餓島進出の計画は無かった、というかガダルカナル島という存在も知らなかった。海軍が戦線確保のためには島の占領が絶対必要なのだ、みたいに口説いて陸兵を送ったら補給船の安全確保が無理になって陸兵がトンだ事になってしまった。
という説を今よりは未だマシだった頃のNHK報道番組で聞いた覚えがあります。 真相は解りません。
陸海軍の連携、情報交換をする気のない軍って、他にあるのかしら?


何か忘れて居る、と引っかかって真夜中になっちゃいましたが、
自主憲法が独立直後に出来なかった事のもう一つの大きな原因ではないかな、と思うのが
シベリア抑留からの最後の帰還船が昭和31年(1956)なんですね。
サンフランシスコ平和条約に署名しなかったソ連各地に、同胞が未だ沢山拘留されていた時点で、その人質を無視して占領憲法を破棄し一国の健全な当然の条項を持つ憲法制定に動けば、国内の赤色グループのご注進で抑留同胞はどうなるか?
国の経営者なら考慮しない筈もなかったろう、と思います。

昭和31年は第三次鳩山一郎内閣になっていました。

バロン閣下
吉田茂氏は早くに亡くなられた夫人がクリスチャンだったので亡くなる直前に改宗されたそうで、あのお姿からはちょっと遠い、可憐なw印象を受けました。
[ 2018/07/06 03:55 ] [ 編集 ]
軍曹殿
20年前・・・ いいのよオ。そう云うことにしておきませう。www


ツキクサ様
人間取り柄はあるもので、ホント勘だけなの。
若い時分には直感で結構儲けちゃったのですよ。お馬様で。
ですが、勘はその内鈍るものだと知りました。で、儲けた分だけ負け続けた処でギャンブルはオシマイにして、差し引きゼロ。
[ 2018/07/06 07:33 ] [ 編集 ]
こはるさま
>補給路確保に命を張らない軍隊?
日清・日露の戦いは戊辰戦争を生きぬいた実績や気概の有る者が将官になって
いますから軍隊としての統制がそれなりに取れていたのではないでしょうか。
昭和の佐官・将官はガッコ優等生でしかありませんから紙テストの成績と口頭試問
に威勢がよい奴ばかりが集まり、「ヘイタン、、そんなもなぁ、劣等のすえ助二等兵
にやらせておけぃ、、」だったのではないかしらん。

正直、私めもよく解りません。 日本人の特性? 性質が淡泊で負けを潔く認め、
勝った方も殿様とその息子の首を切ってお終いにするぐらいなので持久戦という
概念が日本人の血肉になっていないのかもしれませんねぇ・・・
私自身、「スイス民間防衛」なんてのを見て有事に備え食料は一年分の備蓄を
義務付ける、なんてのを知ってはおりますが、我が家には二日分があるか無しで
ございますから。

>ガ島進攻
56の独断専行による進出と理解しております。 ガ島は米豪のシーレーン近くに
位置し航路遮断がやり易いとの思惑かと。米国は資源+農業国であり米豪ラインが
遮断されても戦局が左右されるものとは思えません。
愚56のパフォーマンス、「海軍は頑張って闘ってるよぉ~」のアピール。 
民辛ゴキの「モリカケ自己顕示」と同じと思っています。

米国が愚56の思惑を超えて強く反撃したきたのは?
米豪ラインを遮断されることよりも豪州を部分的にでも占拠されることを嫌ったのだと思われます。 豪は英国の食料供給地でもありましたから英国の戦局を動かす恐れから米英豪が腰を据えての反撃になったのかと。

「戦力は根拠地から戦線までの距離の二乗に反比例する」が鉄則です。
米豪の戦力が日本より下でも持久戦になれば勝てません。 56がチョッカイを
出してみるのはいいですが思惑どうりに行かなければ手仕舞いするべきでした。

そもそも豪州の目前に在るガ島まで出張って米豪英のシーレーンを遮断する等のリスクの高いことは想定していません。 開戦前に戦争全体のシナリオを描くために秋丸機関の名称でシンクタンクを作りシナリオを作成しています。
 
之に依ればよれば戦域は日本からパレンバン油田まで東・南シナ海を囲む形とし、
その布陣が終われば速やかにインド洋に出て豪英間の補給線と援蒋ルートを海上
で遮断するものでした。  今、見ても理に適ったシナリオであり実行出来ていれば
「ポツダム宣言」の受諾は避けられたと思われます。

ところが、愚56は秋丸シナリオを見ていないのか無視したのか解りませんが、、、
かってな独断専行をやり味方の背中撃ちをやっておおりますわ。
因みにミッドウェーの大惨敗の時、56の大和や護衛艦は空母群から600k余り離
れた所に待機していたようです。 救援に駆けつけるにしても24時間以上かかり
ます。 何故、こんな、怠慢きわまる臨戦姿勢を?

戦闘に参加したことにすれば手当と参加勲章が貰えたようです。 戦闘に勝てば
当然の手当てと言えますが、高みの見物的な愚56の怠慢ぶりからすれば秋丸
シナリオを無視するぐらいは、ブタがブ~と鳴くのと同じことかも知れません。

>陸海軍の連携
世界の軍隊も概して陸軍と海軍は仲が悪いと云われています。 予算の取り合いに
起因するのでしょうか。 予算が多ければ多くの企業が蜜を求めて寄り集まり、
「閣下のお好みは山吹色の落雁でございますか? それとも太夫さまでしょうか?」
となり軍全体がハッピーになるみたいですから。

しかし日本の大戦期の陸海軍は米英相手ではなく陸対海で戦争していると評された
ほど異常のようでした。 この理由は全く見当がつきません。 
薩摩の海軍、長州の陸軍に起因する犬猿の仲を引く次いでいたのでしょうか。
それとも当時の軍人が民辛ゴキと同じで仲間割れしか出来ぬ資質の集合だったの
かもしれません。

最後に話が飛びます。
昭和の軍人上層部は、それぞれが理想とするイメージの天皇には忠誠を誓おうと
していたのでしょう。 でもそれは民辛ゴキが喚く「人権・平等」みたいなものであり昭和天皇の苦境を忖度し敬おうとするものではなかったと思っています。
なぜなら、2.26から敗戦まで「君臨すれど統治せず」をひたむきに守ろうと
された天皇をムゲにし続けてきたのが昭和軍人としか言えませんから。
[ 2018/07/06 20:48 ] [ 編集 ]
民辛か石破か
雨の大被害が広がっている模様ですが、皆様は如何でしょうか?
ニュースを見ていますと、とんでもない広域水害で、気象庁の警報は見た事のない色で記されています。何があっても、助かりましょうね。
なつこ様、兎に角ご無事でありますように!

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
末田軍曹殿
お説最後尾の段から先に申しますが、これは全くかつての西軍ゾ。それも風見鶏なびき諸藩ではない「玉」奪取認識の奴ラ。
いつまででも言ってやるのだ。

いろいろな場面でお引きの「民辛ゴキ」の例は、実に分かり易いです。(管理人様はゴキが嫌い。四文字の音声すらもだそうですが、世間に慣れないと生きては行けませんから、時々言って差し上げるのも優しさ、ということで「民辛ゴキ」)

五十六さんは、ならば何故あんなに持ち上げられていたのでしょう?戦時中の国葬ではなかったか?
どう考えても、日本軍が出張るのは赤道以北迄よね、と思って地図を見ますと、パレンバンとラバウルはギリギリ以南。飢島は更に南。
ちょっと昔は「日本陸軍が悪で海軍は悪くない」風潮でしたが・・・やりきれませんね。

飢島もそうですが、私がずっと不可解なのが仰る通りのミッドウエー海戦です。「海戦」と言ってイイのかどうかも疑問なぐらいの不思議なたたかい。
当時の海軍の中にはWW1のマルタに派遣されて、日露時よりも進歩した海戦と欧州国家を多く経験した将校達が居た筈ですのに、随分風通しが悪い。

でもコレ、民辛ゴキより石破に似てない?

ちなみに、東京・竹橋(毎日変態が入って居るビルの下が地下鉄駅です)に近代美術館がありまして、パレンバンの落下傘部隊とアッツ島の玉砕描いた大作がほぼ常設されています。
素晴しい青空に白い落下傘の一枚と暗黒茶のみの一枚。機会があればご覧あれ。
[ 2018/07/07 03:20 ] [ 編集 ]
奇怪なプロ集団
ガタルカナルといえば、ウチの故郷の郎党が出征して多数の犠牲者を出したところであります。仙台の第二師団は宮城、福島の両県を管轄とする東北男児を集めた古豪部隊で、日清日露戦争以来、常に難敵と戦ってきて、熊本師団と並んで日本最強の定評がありました。それで一木支隊、川口旅団による攻撃が失敗した後、取って置きの切り札を投入する感覚でガタルカナルに上陸、兵力の過半を失いますが、おそらく弾に当たって戦死した人は僅かで、大半は飢餓とマラリヤに倒れたのではないでしょうか。

兵力の逐次投入はこれを厳禁する、というのはあらゆる戦術の教科書の第1ページに書いてあることです。最初から第二師団を持って行っておれば…常に後手後手に廻る趣味は大本営、参謀本部の通弊でした。やってはならない、と言うことを必ずやってくれる、という意味では今の民辛党と通底するものがあるかも。

吉田茂はいわゆる平和主義者ではありません。とくに対シナ政策の中では軍部よりも強硬といわれた人物でした。軍事力の裏付けなしに対シナ政策など展開できないことは誰より理解しておりました。ただ戦時中の経緯から、日本の軍事官僚に対する抜き難い不信感を抱いていたことも間違いない事実でありましょう。東条政権の時には東京憲兵隊によって逮捕までされています。このような経歴が戦後保守政治家として復活する時には大いにブ゜ラス材料として働くのですが、ご当人は政治家ですから,役に立つ材料は何でも利用したでしょうが、抽象的な国家の安全保障についてどのような考えがあったかは謎です。天国に行ってインタビューしたい気持ちもありますが、さて、あのオヤジさん、綺麗な女性インタビュアでも行かないと、受けてくれないのでは。

[ 2018/07/07 22:53 ] [ 編集 ]
こはるさま
愚56を国葬にした訳は、、、
解りません。 強いて考えれば、「名将56様は英霊におなりと相成った。 
このままでは負け戦になること必定。 シモジモはすべからく粉骨砕身いたせ」
を派手に広報したかったのではないでしょうか。

対米英戦の開始から56の足跡をたどってみれば不思議なほど戦場に出向いて
いません。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナルを巡る海戦、この後海軍だけの
航空機を使った強襲作戦?(イ号作戦)です。

ガ島の争奪海戦では小ぶりの護衛艦を出しただけで56はトラック島に浮かべた
冷暖房完備の大和でふんぞり返り楽隊の演奏付きの昼飯を喰らっていたとか。
戦艦に付いたアダナが「大和ホテル」、だそうで。

イ号作戦は徒に航空機と搭乗員を失っただけで戦果はありません。
そこで周りが強く諫めるにもかかわらず僅かの護衛機だけて自軍への巡察か
激励かに出かけ米軍に撃墜されることになります。 私は自死と考えています。

56は長岡藩「賊軍」の出自です。 日本を滅ぼすことで戊辰戦争の恨みを
晴らすつもりだったのかなぁ・・・とぼんやりと思っていました。
でもコメントを書いていましてハリー・ホワイトやゾルゲのようにコミンテルンの
ワンコだつた可能性も捨てきれんワィと思い直しております。


レッドバロン閣下
ご心配めされますな! 吉田茂は大磯の別荘に愛しい小りんさまとかが控えて
おられたのだとか。  不肖、私め、似たお名前の御方を知っております。
その御方は相手に合わせ自由に御歳を変えられる奥義を会得されておられる
ようでございますので、後日、吉田茂のインタビューをお願いしてみます。
[ 2018/07/08 00:34 ] [ 編集 ]
例え妲己サマでも出来ません
こりんさんは新橋芸者さんでしたから、口は堅く身は慎ましく、吉田総理は勿論秘書の和子さんにも選ばれて付き添われた方です。
年齢何百才なのか多分ご自分でも分からないであろう妲己サマでも、こりんさんの真似は出来ませんでしょうし、インタビューなんぞ、あの吉田氏の杖の先で「無視」と書かれてオシマイになるものと思われます。
妲己サマに出来なかろう事を誰一人、無理っ。

吉田首相は英国貴族的な処が強くお持ちだった様ですし、日本軍とのイザコザにも大変な怒りをお持ちで、とは承知なのですが、何と言っても残念なのはそれが作用してか、英国の捕虜となった方々への想いが足りなかった点にあると思って居ます。

今では私達も米英人の歴史的習慣的暗黒面の違いは知ることが出来ますが、外交官で英国駐在もされた吉田氏がご存知の英国はやはり氏がおつき合いされていた上層部のソレでしか無かったのか、と想像するしかありません。

会田雄二氏の「アーロン収容所」に詳しい日本兵捕虜への英国人の扱いと、英国側の報告を鵜呑みにして実態を知ろうとされなかった吉田首相の対応の文章を参考にしますと、「それは絶対ダメだったでしょう!」と申したいですね。


今回のW杯、どうなるの?贔屓のブラジルチームが敗退して脱力感いっぱいなのですが、惰性で見てしまう・・・バカな私。
[ 2018/07/08 02:33 ] [ 編集 ]
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