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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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3.11の教訓 ~ 皇室、自衛隊、政治、メディア

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 東日本大震災から7年を迎える。震災を経験したのが、被災地から離れた首都圏であったぶん、私個人はまだ恵まれていた。7年前に起こったことのなかで、震災後の日本に残された教訓は山ほどあるが、あえて個人的に挙げるとすれば、天皇、自衛隊、政治、メディアの4つになる。

 震災後、江藤淳の政治論文を読んでいたら、関東大震災の際に昭和天皇(当時、摂政宮)どのように反応され、対処されたかの詳細を見つけた。その詳細は、「関東大震災のときの摂政宮と、東日本大震災のときの今上陛下」というエントリーに記したが、東日本大震災の折に今上陛下が行われたことは、関東大震災の時の昭和天皇のそれを、まことに忠実になぞっておられるようで、非常に興味深く、ありがたかった。私は「日本における皇室の静かだが底知れぬ力」と書いたが、皇室と国民の紐帯こそ、日本の歴史そのものであると、強く感じた。

被災地を訪問された天皇皇后両陛下


 もうひとつは自衛隊だ。震災のおける自衛隊の獅子奮迅の活動は、多くの人々の称賛を集めた。災害における救助は、自衛隊の重要な任務のひとつだが、もちろん、任務のすべてではない。サヨク政党は「自衛隊を災害救助隊に」と、まるで日本に対する軍事的脅威がないようなことを言うが、平和ボケもここまで行けば、嘲笑するしかない。まあ、サヨク政党のことなどどうでもよいが、とにかく震災時の自衛隊は、自衛隊が国民とともにあることを強く印象付けたことは、不幸の中にあって幸いな面のひとつである。

祈りを捧げる自衛隊員


 政治に関しては、利害のうちの害しかなかった。当時の首相は菅直人で、震災のそのとき、菅は外国人献金問題で、退陣寸前だった。しかし、震災が起きたことを奇禍とし、政権を延命させた。その後の東電福島第一原発に関する対処をはじめとする愚かな対応は、見るに堪えない者だった。震災が与えた教訓のひとつに、ロクでもな政治家を国会に送ってはならない、ロクでもない政党に政権を預からせてはならない、というものがあるだろう。

最早氏に体、菅直人


 もうひとつは、マスメディアである。特に左派系において、イデオロギーそのものを紙面にふんだんに埋め込むメディアの正体が、やはり震災を通じて再認識された。とにかく原発に反対の姿勢を取る左派メディアの、東電に対するバッシングは、朝日新聞の「吉田調書」誤報問題の根本である。朝日はこの誤報に関し、2014年9月に記事を取り消し、謝罪という全面降伏に追い込まれた。しかし、朝日等の吉田調書と同類のイデオロギ―偏重報道は、いまもまだ続いている。報道に関する限り、問題は何も解決していない。

吉田調書


 震災に対し、被災者の方々が互いに譲りあい、助け合いう姿も、国内のみならず、国際社会への称賛に繋がった。民度ということばを使うのが安っぽい気もするぐらい、被災していない国民に勇気を与えたのが、彼らの姿だ。

 今日、政治や時事ネタを書くことはやめておきます。震災で亡くなった方々に謹んで哀悼の意を表するとともに、被災地の復興がより前に進むことを心よりお祈り申し上げます。


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[ 2018/03/11 07:23 ] 未分類 | TB(0) | CM(3)
やっと、日本国は、ここまできた。
民主党政権が、国民からノーを突き付けられてから、約7年。民主党の政治家たちは、民主党を廃止し、民進党と名前を変え、今、立憲民主党、希望の党などに移籍している。そこまでして議員を続けている方々は、今、森友問題で安倍政権を倒閣しようとしている。

この約7年、安倍政権は良くやってくれたと、上から目線で申し訳ないが、ひとりの日本国民として思う。震災後、日本経済を立て直し、安全保障上の懸念にも、臨機応変に対処してきた。

その安倍政権を倒閣しようとすることは、傷み忘れもいいところではないだろうか。

安倍政権には、問題もあるだろう。しかしながら、やっと、日本国は、ここまできたのだ。みんなで、安倍政権を支えていこうではないか。
[ 2018/03/11 19:19 ] [ 編集 ]
7年前の3月11日に日本人は変わらぬ日本人でした
掲載された、雪まじりの酷い天候のなか、自衛隊の方々の黙祷の画像には、
胸が締め付けられる思いです。
7年前のこの日の多くの人の悲しみが甦ります。

西村幸祐氏のツイッターを見ていると、
この震災時、地震発生を受け緊急出航する海上自衛隊艦艇の
写真が載せられていました。
これを見たとき、涙があふれて仕方がなかったのです。
こうして、自衛隊の方々は日本人を助けるためにいち早く、
動いてくれるのだと。
全く時代背景、状況は違うとはいえ、大東亜戦争当時、
戦艦大和が沖縄を助ける為に向かった姿とだぶったものでしたから。

そして吉田昌郎所長の勇気ある行動を思い出し、
その他の多くの他の人を助ける為に自己犠牲を厭わなかった
人たちのことも次々と頭に浮かんだものでした。

色々な動画や記事を読みながら、あの極限の時、
日本人が自分の命を投げうっても肉親を助けたい、同胞を助けたいと
本能的に動いた気持ちが、理解できるような気がしていました。

日本人は、後の日本人が信じられるからだと思ったのです。
他人であっても、日本人ならば、犠牲となる者の心情を汲み取って、
残された人々をきっと守ってくれるだろうとした日頃は意識に上ることのない
大きな信頼が、そこにあるからだと。

大東亜戦争開戦前昭和16年9月6日、
後に続く者を信じた永野修身海軍軍司令部総長の言葉にある通りです。
「戦わざれば亡国必至、戦うもまた亡国を免れぬとすれば、
 戦わずして亡国にゆだねるは、身も心も民族永遠の亡国であるが、
 戦って護国の精神に徹するならば、たとい戦い勝たずとも
 祖国護持の精神が残り、われらの子孫はかならず再起三起するであろう」

特攻隊の方々は、植林をされることが多かったそうです。
自分が植えた苗木が、十年後、二十年後に大きくなり
子孫たちが愛でてくれる事に思いを込められてのことだと。

先祖に繋がる私の只今の命が、子孫に繋がっていく永遠を
心の奥深くに感じていらしたのだと思います。
ですから、日本人は靖国神社を徒や疎かに出来ないものです。

天災に遭われ、他の人を助けてご自分の命を失くされた方、
命の危険を顧みず福島原発の復旧作業に当たれた方々、
国や国民を守って散華された方も等しく日本人の麗しい心を
お持ちでした。


***
石垣市長選、
中山氏が当選され、安堵いたしました。
本当に嬉しいニュースでした!
[ 2018/03/12 00:09 ] [ 編集 ]
日付が変わりましたので、ちょっと沖縄・石垣市長選に触れたいと存じます。
祝、再選。多分。

現地のお話では中山氏の過去のスキャンダルも掘り起こされ、元自民党県議も立候補者となるなど、気懸りな点がありました。
TVでは未だ選挙速報は出ませんが、ネットでは当選だと。
そうであって欲しいと存じます。
[ 2018/03/12 00:12 ] [ 編集 ]
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