私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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教育勅語は戦前回帰? ~ 民進党が辿る旧社会党の道

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 せっかく一昨日に森友問題を総括してやったのに(笑)、民進党ら野党はまだこの問題に固執しているようだ。民進党参院議員会長の小川敏夫は30日の会見で、「(森友問題は)ずっと続けます。安倍総理は自分や夫人が関わっていれば辞めると言ったわけですから辞めるまで(追及を)続けるというのが私の考えです」と述べた。ここでも、安倍総理の「違法性のある土地の不正取引に関わっていたら」という発言を曲解し、歪曲して引用している。確か同じ党の江田憲司が「「森友一色」はテレビであって国会ではない」と、さもバランス重視の国会議論をしているようなデマカセを言っていたが、議員会長がこんな調子だから、全く説得力がない。

小川


 民進党は4日、国対委員長がテロ等準備罪の審議入りを、法案とは関係のない枝葉末節な理由で拒否すると発言し、またもや議論の前に嫌がらせを画策している。民進党のHPでは、「テロ等準備罪」ではなく「共謀罪」とタイトルをつけている。印象操作に躍起なのが見て取れる。

 一方、政調会長の大串は、教育勅語を槍玉にあげ、「安倍政権の戦前回帰」などという、誰も相手にしないようなデマを拡散しようと試みている。

教育勅語答弁書「安倍政権の戦前回帰の動きを如実に表すもの」大串政調会長 (民進党HP)

 政府が教育勅語を「憲法などに反しないような形で教材として用いることまでは否定されない」とする答弁書を閣議決定したことについて、「安倍政権の戦前回帰の動きを如実に表すものではないか。教育勅語は戦後衆参両院で排除・失効の確認を決議した経緯があるもので、安倍政権であらためて肯定していく動きは戦前回帰以外の何ものでもないという感がある」と問題視。「憲法や教育基本法に抵触しなければいいとあるが、これが具体的にどういう意味なのかを国会で論議しなければならない。そこがあいまいなままでは教育勅語がなし崩し的に教育現場に蘇ることになりかねない」と指摘した。(抜粋)


 この閣議決定に関しては、蓮舫も大袈裟にリアクションしている。

「驚愕(きょうがく)した。教育勅語は衆参両院で戦後すぐに失効が議決されている。戦前に戻るかのような使い方をしてはいけない、と政府は言うべきだ」


 大串も口裏を合わせたように発言していることから、彼らのプロパガンダのキーワードが「戦前に戻る」と示し合わされた結果だと言える。

 民進党のリアクションを見ていると、彼らの思考の立脚点になるポイント、即ち彼らの前提がいくつか見えてくる。要するにこういうことではないか。

  • 戦前は悪であり、戦後が善だという前提
  • 教育勅語が戦争の一因となったという前提
  • 皇室と国民の関係性を支配者と被支配者の階層・身分制度とする前提

 戦前は悪であり、日本は戦後、憲法9条を手に入れ、戦争を放棄したから平和国家となったという前提が、思考停止を招く。この思考停止が、教育勅語というものを冷静に分析することを放棄しているのだ。これら3つはすべて、戦後GHQが日本を占領・統治したときに植え付けた思想である。民進党がGHQの占領政策の推進者であることの証左である。こういう思想は、かつての社会党の党是と何も変わらない。戦前が悪なら、古くからある伝統はすべて捨て去ればよいのか。GHQが日本に与えた価値観を妄信することは、武士道や神道も含め、日本人の価値観をすべて捨てろと言っているのと同じなのだ。

 倒閣のみを党是とし、思想敵には戦後民主主義を妄信する民進党は、本質的には、政界で既に淘汰された社会党の継承者である。彼等の辿る運命も恐らくそれと同じだ。こんな政党に、一時だけでも、政権を担当させたこと自体が悪夢である。


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[ 2017/04/05 07:51 ] 政治 | TB(0) | CM(7)
東京に居る時ゃ 社会と呼ばれたの
神戸じゃ 民主と名乗ったの
ハマの酒場に戻ったその日から
あなたが忘れてくれるの待つわ
民進は民主とは違います♪
[ 2017/04/05 08:11 ] [ 編集 ]
yasu
>教育勅語は衆参両院で戦後すぐに失効が議決されている。

仮にも国会議員なんだから正確に言おうな。
教育勅語はGHQ占領下の衆参両院で戦後すぐに失効が議決されたから
事実上無効だ―とね。色付きの文字色付きの文字
[ 2017/04/05 09:07 ] [ 編集 ]
訂正
教育勅語はGHQ占領下の衆参両院で戦後すぐに失効が議決されたから決議は事実上無効

[ 2017/04/05 09:12 ] [ 編集 ]
敗戦利得者団体
ところが、この世に朝日毎日東京という新聞ガミがある以上、大串議員の戯言も相手にして貰える様ですよ。

謂わば戦前恐怖症ですね。
自国の歴史をしっかり学ばないとこういう恥を晒す事になる、よい見本です。
村田蓮舫氏には日本の戦前などを云われたかーないですわ。御祖母様のご仏前で聞け!

何処の世界にもどんな時代にも事の善し悪しはあります。その中の珠玉の事柄を大切に残して行くのが子孫の義務でもありましょう。
教育勅語はその一つだと、その内容を読めば全世界どなたも直感出来る筈の事です。まともな国のまともな国民なら。

野田民侵幹事長はスゴイ見解を表わしました。
「教育勅語は片言隻句を見ると共感する人もいるかもしれないが、トータルでは主権在君だ」ですと。
こ~んなトンチキの云う「女性宮家」論って一体何の為なんでしょ。

占領直後の国会決議の否定がどういうものか、少しは考えろ!と云いたいが、自分の頭で考えられたら恥ずかしくて今時反日野党は出来ませんね。

占領下の国会決議に依る否定事項が大事で、独立直後の日本国会決議と国民総意の「戦犯刑死は公務死」は無視できる彼らが、日本の国会議員で居られるのはどう考えてもオカシイと思います。
[ 2017/04/05 15:54 ] [ 編集 ]
一旦緩急アレバ
は、戦前世代が元気に活躍していた時代には有事を象徴する枕詞でした。宴席なんぞでも盛んに用いられていましたね。

ウチの親父は昭和17年現役召集、大東亜戦争をフルに戦わされましたが、入営に際しては勤めていた役所を退職しています。生還を期さず、という当時の日本男子の心意気ですが、現実問題としてまったく生活能力のない母親と病弱な妹を残して、心残りはなかったのか。どのように考えてみても、アメリカのレビュー映画や宝塚をこよなく愛した軟弱者の父親に、かかる高貴な行動を取らせた明治国家の教育的な遺産は偉大であります。

かかる誠忠無比の国民を動員した側の、外交や用兵のまずさは教育勅語の精神とは別問題でありましょう。
およそ国民国家で、国民が国家を守らなくて誰が守るというのか。

ロシアによるクリミア併合を受けて、スウェーデンでは徴兵制が復活し、バルト3国のうちリトアニアが追随しています。中欧のスイス、オーストリアが徴兵制を継けているのはご承知の通り。これら人口の少ないヨーロッパの国々では、四の五の言ってる暇はありません。

キケロの「義務について」の言う通り、この地上のあらゆる愛は国への愛に抱含される。この一語がなければ、教育勅語も、はなはだ締まりのない道徳律の羅列になってしまうのではありませんかね。
[ 2017/04/05 17:04 ] [ 編集 ]
つまりは愛国心がなければ教育勅語も、現行憲法でさえも唯の紙切れ、という事ですね。

海外の人間が驚くのは日本人の中に「愛国心」を忌避したがるウツケが居る事の様で。
[ 2017/04/05 18:07 ] [ 編集 ]
現代の教育に足りていないもの
現代の教育というのは、専ら「よくできる子」すなわち、「学校のお勉強」ができる子を「優秀」と見なす傾向がありますが、何か勘違いしているような気がします。

確かに、学校の勉強ができる事に越したことはありませんが、教育には「教科」の「勉強」以外にも、「人格」というか「人間力」を磨く事も重要なはずですが、そういったものを蔑にして、一体どうやって「立派な人間」になり得るのかと思います。

また、昔の方が「教養」や「品格」、「知力」、「体力」、全ての面において「現代人」よりも「遥かに高かった」と思いますが、試験勉強的な内容は、現代の方が難しいような気もしますが、何故が「凄い」と思うほどの人が少ないのが不可思議だと思います。

現代人に、芸術や学問、教養、哲学などを語る事ができる程の者がどれほどいるのか、体力、人格、人間力などが過去の者達よりも優れているのか、どうも、試験勉強的な物を詰め込みまくるような教育に偏りすぎて、そういった「本質的な勉強」というものをおろそかにしているような気がします。

教育勅語を、国粋主義的だと非難するものがいますが、ではどうして「戦前の日本軍人」などは、アジア人の植民地解放を願ったのか、支那の大陸内部やアジアで、日本人や満州人(支那人ではありません)、アジア人らを、国民党とソ連軍、連合国軍の横暴から必死で守ろうとしたのか、戦場でどれ程の窮地にたったとしてもあきらめずに、前進していったのか、敵の捕虜になっても敵の甘言に乗せられず、最悪自死する事も覚悟できたのか、そこをよく考えてみるべきだと思います。

朝鮮半島も、支那の満州も、日本のおかげで発展したわけですが、仮に国粋主義的な発想であれば、ここまで「他国の人」を助けようとする事も無かったと思います。

教育勅語の精神自体は尊いもので間違いないと思います。それを否定するものは「ヒトモドキ」としか思えません。
[ 2017/04/05 22:55 ] [ 編集 ]
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