私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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カリモフ大統領の死去とテレ東の教育勅語批判

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 ウズベキスタンのカリモフ大統領の死去が、2日、発表された。日本のメディアはカリモフの独裁体制に批判的だが、技師出身であるカリモフが大統領になれた精神的な背景に日本人の存在があったことは、あまり知られていないし、報じられもしない。ポイントは、1966年4月、タシュケントの建造物の3分の2を崩壊させた直下型大地震で、びくともしなかったナヴォイ劇場、そしてその建立に携わった日本人たちにある。

 3年前の拙ブログ・エントリー「せがれ、ご覧、あの日本人の兵隊さんを。」から引用する。

5月13日 参議院予算委員会 中山恭子議員の質疑より

中山恭子委員 麻生大臣は、ウズベキスタンでは、Taro Asoと呼ばれて大変尊敬されていらっしゃいます。カザフスタンのナザルバエフ大統領にもお会いになっていらっしゃいますが、中央アジアの国々での日本人の動きについて、ひとことお話いただけませんでしょうか。

麻生副総理 カリモフという大統領がおられるんですが、1997年だったと思いますが、日本の閣僚として初めてウズベキスタンという国に行きました。大統領と接見があって、我々同友会から数十人同行されたと記憶します。

 「子供の時、毎週末、日本人捕虜収容所に連れて行かれた」。ご存知かと思いますが、45年から46年にかけて、シベリアからウズベキスタンに2万5千人捕虜が移送されております。そのことを言っておられるんだと思いますが、

「その捕虜収容所に連れて行かれた。母親が私に言った台詞は毎週末同じだった。『せがれ、ご覧、あの日本人の兵隊さんを。ロシアの兵隊が見ていなくても働く。人が見なくても働く。お前も大きくなったら、必ず人が見なくても働くような人間になれ。』 おかげで母親の言いつけを守って、今日俺は大統領になれた」。


カリモフ大統領


 なかなか一緒に行った私より、もっとご年配の方が多かったもんですから、非常に感激をしておられましたけれども、これは徹底して、この人が大統領でおられたために、色んなところにこの点は徹底して、今言われたナヴォイ劇場の話だと思いますが、これはナヴォイ劇場はその捕虜が建てたものですけれども、これはウズベキスタンの大地震の時に、このナヴォイ劇場だけが倒壊しないで残った。したがって、そこには、「日本人捕虜」と書かず、「日本国民」と書き直されて、我々は捕虜にした覚えはないので、日本国民によって建ててもらったということが書いてあるんで、これはウズベキスタンという国という中央アジアの中において大勢力ですけれども、この国において、日本人が非常に定着し、日本の文化というものが広まっていった基の基はその2万5千人にのぼる捕虜収容の、捕虜収容所に入れられた方々のひとりひとりのご努力の結果、今日の日本・ウズベキスタン関係、出来上がった基礎は、そこにあると、私も、伺った時そう思いました。

中山恭子委員 ありがとうございます。日本の文化のすばらしさをみんなでもう一度誇りを持って過ごしていきたいと思います。委員長、大変ありがとうございます。


 カリモフだけではない。ウズベキスタン中央銀行副総裁のアブドマナポフという人物も、子供の頃、日本人の働く姿を見たと言い、友人と一緒に日本人の宿泊所の庭先に、自家製のナンや果物を差し入れに行ったというエピソードもある。

 捕虜という身でありながら、勤勉さを失わず、責任感を持って仕事に取り組む日本人の姿は、ウズベキスタンの人々の心を打った。その日本人たちの行動の基礎には、現代日本で批判的に語られている教育勅語があったと、私は思う。

 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。(教育勅語の口語訳)


 テレビ東京が、園児が朝礼で君が代を歌い、教育勅語を復唱する大阪の塚本幼稚園を取り上げ、日本会議と結びつける批判的な報道をしたと、ネットで話題になっているようだ。教育勅語を「戦前の軍国主義の象徴」と断定し、民主主義の敵であるように言われているが、それは一面的な解釈にすぎない。カリモフやアブドマナポフが見たのは、その戦前の教育で育った日本人である。戦前がすべて悪ならば、ウズベク人が心を動かされた日本人の姿を説明できない。

 戦前はすべて悪であるというレジームから、そろそろ脱却すべき時ではないのか。



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[ 2016/09/04 09:40 ] 教育 | TB(0) | CM(13)
教育勅語のその後には、(以下、口語訳)「どんな時代においても通じる誤りのないおしえであり、又、国の内外を問わず外国で実施しても決して道理に反するものではありません。」と続きます。

このエピソードを初めて知りましたが、全くその通りだと思い直しました。
人種、宗教を乗り越えた境地、真理に近いものを感じます。
日本人の誇りですね。

小学校の教科書に早く載せればいいといつも思うが、それが出来ない所に日本の様々な問題の原因が凝縮されている。
[ 2016/09/04 10:01 ] [ 編集 ]
日本国において既に6つの素晴らしい憲法があります。日本国は、6つの素晴らしい憲法を復活させて、日本国の憲法を6元憲法にするべきです。
(転載)

里美です。

日本国において既に6つの素晴らしい憲法があります。日本国は、6つの素晴らしい憲法を復活させて、日本国の憲法を6元憲法にするべきです。
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日本国は、次の2つの理由から、憲法改正して1元憲法にしてはいけません。
・憲法改正する際に帰化未帰化在日の韓国人・共産シナ朝鮮族・共産シナ人を利するための「新しい人権」「新しい環境権」などのトンデモナイ条文を入れようとする動きもあり、どこの国の憲法か分からない憲法ができる可能性があること。
・日本国において既に6つの素晴らしい憲法があること。

それゆえ、日本国は、次の6つの素晴らしい憲法を復活させて、日本国の憲法を6元憲法にするべきです。
・推古天皇12年(604年)十七条憲法=日本国固有(=理の精神と合議の原理))←旧暦換算
・慶応4年(1868年)五箇条の御誓文=日本国固有(=理の精神と合議の原理)←旧暦換算でも新暦換算でも慶応4年
・明治15年(1882年)軍人勅諭=日本国固有(=理の精神)
・明治22年(1889年)(旧)皇室典範=日本国固有(=日本国の悠久の伝統文化)
・明治22年(1889年)大日本帝国憲法=1874年スイス誓約同盟基本法(=1874年スイス憲法=理の精神と合議の原理)と当時のドイツ南西地方の諸ラントの諸基本法(=理の精神と合議の原理)をベースにし、当時のプロイセン基本法(=理の精神と合議の原理)によって条文内容を明確化←統帥権を天皇陛下から内閣総理大臣へ移管させるための改正は必要です。
・明治23年(1890年)教育勅語=日本国固有(=理の精神)
[ 2016/09/04 10:21 ] [ 編集 ]
日本皇国の明治23年(西暦1890年)教育勅語の英語版、ドイツ語版、ノルウェー語版(ノルウェー書籍語版またはノルウェー新語版)、フィンランド語版、ハンガリー語版、インドネシア語版、エチオピア語版など
日本皇国の明治23年(西暦1890年)教育勅語の英語版、ドイツ語版、ノルウェー語版(ノルウェー書籍語版またはノルウェー新語版)、フィンランド語版、ハンガリー語版、インドネシア語版、エチオピア語版など
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英国、米国、ドイツ、オーストリア(欧州)、スイス、ノルウェー、フィンランド、ハンガリー、インドネシア、エチオピアなどの上流階級の各家庭において各々、日本皇国の明治23年(西暦1890年)教育勅語[dt.: Das Reskript betreffs der Erziehung vom Jahre 1890]の英語版、ドイツ語版、ノルウェー語版(ノルウェー書籍語版またはノルウェー新語版)、フィンランド語版、ハンガリー語版、インドネシア語版、エチオピア語版などが掲示されています。
[ 2016/09/04 10:41 ] [ 編集 ]
教育勅語現代語訳
教育勅語現代語訳

私が思うには、我皇室の先祖が国を作られ始められたのは、はるか昔のことで、代々築き上げてきた徳は深く厚いものでした。
わが国民は忠義と孝行をを尽くし、全国民が心を一つにして、世々にわたって立派な行いをしてきたことは、我国の優れたるところであり、教育の根源もまたそこにあります。

あなたたち国民は、父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は仲睦まじく、友達とは互いに信じあい、行動は慎み深く、他人に博愛の手を差し伸べ、学問を修め、仕事を習い、それによって知能をさらに高め、徳と才能を磨き上げ、進んで公共の利益や世間の務めに尽力し、何時も憲法を重んじ、法律に従いなさい。

そしてもしもの危急の事態が生じたら、正義心から勇気を持って公のために奉仕し、それによって永遠に続く皇室の行方をより良くなるよう助けなさい。
これらのことはあなた方の祖先が残した良い風習をほめ称えることでもあります。

このような道は、実に我皇室の祖先が残された教訓であり、その子孫と国民が共に守っていかねばならないことであり、昔も今も変わらず、国の内外をも問わず、間違いのない道理です。
私はあなた方国民とともにこの教えを胸中にしっかりと刻み守り、皆一致して立派な行いをしていくことを切に願っています。
http://bouzup.blog.jp/archives/1060747804.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
以上が教育勅語の現代語訳です。
此れの何所に問題が有ると云うのか?甚だ疑問だ?
テレ東の反日サヨク気質、偏向気質を良く表した放送に頭隠して尻丸出しのサヨクの正体と馬鹿げた妄想を見る。
民進、共産と同じ穴の狢テレ東。
反日サヨク的には教育勅語を持ち出して戦前の軍国主義(実は左翼的)がー!軍靴の足音がー!と何時ものお題目に結び付け騒ぎだしテレ東が持ち上げ続けたシナ様の為に働く気満々なのが良く分かる。

ブサヨに付ける薬無し。ブサヨは病気

民主主義とは国民国家である事が前提で其の前身が封建国家で有る事が必要である。国家=共同体、公共という意識が無ければ上手く行かない制度だからです。
民主主義は普遍的な価値観では無いが、国情や地域、宗教に合わせて如何民意を反映させるかが問題だ。
そもそも民主主義より其れ等の特性の方が依り古く時代や歴史に合わせて少しづつ進化した物であるからだ。
西洋型民主主義にも陰りが見えるが左翼的価値観の暴走がそうさせてる節も有る。
[ 2016/09/04 11:31 ] [ 編集 ]
戦前の政治や教育が何でも軍国主義になるという可笑しさ
テレ東は、NHKやTBS、テロ朝、フジ等に比べれば緩やかですが、それでも日経系列のキー局なので、経済も財務省寄りな面があり、特亜に対して、非常に親和的です。

したがって、アカヒなどに比べれば緩やかと言っても、左翼に分類されるのは間違いないでしょう。

毎回、サヨク(パヨク)が日本会議と安倍首相を必死に結び付けたがろうとしてますが、正直、日本会議は、ボランティア程度の力しか持っていない政治団体に過ぎないのに、そこまで恐れるのは、彼らの活動がサヨク(パヨク)にとって余程都合が悪いのでしょうね。

内容は、お決まりの「教育勅語=戦前の教育=軍国主義」という、単純な戦前悪玉史観による「レッテル貼り」ですね。

とにかく「戦前=悪」という考えから来る、戦前のものは何でも軍国主義に結び付けようとする、一種の「病気」だと思っています。

教育勅語自体は儒教臭い面もあるのですが、共産・無政府主義者等でも無い限り、誰も否定するような内容でもありません。

むしろ、模範とするべき、優れた教育内容ではないかと思っています。

カリモフ大統領が独裁制を敷いていたといっても、国によっては、特亜のように、国民の民度(教養)があまりにも低すぎて、民主制になっても、個々人が政治に対しての基礎的教養や責任感も無く、我儘勝手な意見ばかり述べ、その責任を一切負おうとしない衆愚政治になりかねないような国も存在するわけで、そういった国では「独裁制」の方が遥かに安定する場合もあるのです。

従って、必ずしも民主制の方が良いというわけでもないのです。

政治に対する基礎的な教養が無い者が政治を行うというのは、医療知識が無い者が医療行為を行う程に危険なものです。また、その責任を負おうとしない者が行っても同様です。民○党を見れば、その惨状が分かると思います。





[ 2016/09/04 11:46 ] [ 編集 ]
カリモフ大統領のご逝去を心から悼み ウズベキスタンの今後も平和であることを祈ります。

カリモフ大統領の「独裁」がなければウズベキスタンはイスラム原理主義者が跋扈する国になっていたかもしれません。
元がソ連圏でしたので、今でもロシアの影響はあるでしょうが、大統領への国民の信頼は大変厚く、イスラム圏ではあっても街中でコーランをスピーカーで流すことは厳禁され、服装も品度を保てば自由だと、仕事で訪れた事がある家人が申して居りました。

本来あった紙漉技術も途絶えそうになって日本の技術を学んで居るなど、元日本兵の振る舞いが未だに親日関係を結んでいるのは確かな事の様です。

各地にある日本兵のお墓は現地の人々に依って大変綺麗に手入れされている写真も見ました。
そこに恭子先生が率先して桜の苗を植え、その桜を見た現地の人々が街路樹にしようと今も増え続けているそうです。

カリモフ大統領は強権を発動する所と民政への穏やかさは使い分けておられた様に感じます。
それでもアフガン・原理主義者と策動連携する勢力が途絶えず、とみに昨今近隣のキルギス、タジキスタンでもISが蠢いて居る中での突然のご逝去は、御本人さまにとってもウズベキスタンの国民にとっても非常に不幸なことだと推測致します。

教育勅語が悪くて戦前の日本が暗い時代だった、と歴史を学ばない者程云いたがる様で、そういう人に出会ったら笑い飛ばしてあげましょう。
暗い時代ならばモダンボーイやガールが街を闊歩する姿はあり得ません。
和服の大正から昭和の初めの柄は大変斬新で、日本文化が注目されるようになった現在世界のファション界が影響されている程です。
ただ、貧富の差は大きかった様で、日本を批判したがる者達はそういうマイナス面にしか目が向かないのであろうと感じます。

人間のあり方は、残念ながら現在の我々が遙かに仰ぐに値する「一般大衆先人」だった様に感じますし、その元は日常の人間教育にあったことが、逆説的に今の日教組を在らしめていると思います。
[ 2016/09/04 15:56 ] [ 編集 ]
一億総白痴化機関
昨夜のNHKのドラマ「戦艦武蔵」もひどいものでした。
ドラマの中では脳天気な若者に、もし日本がまた戦争をしたら、死んでいった武蔵の乗組員の願いを裏切ることになる、と語らせています。おいおい、戦争は我が国の単独行為で起こるものなのか!?

12チャンネルと並んでNHKにとっても教育勅語の「一旦緩急あらば義勇公に奉じ」の教えはさぞや邪魔なのでしょう。

しかしながら、国土防衛の任に立たない国民を抱えた国民国家とは、すでに言葉の矛盾であります。そのような国が存在すること自体がおかしい。

ウズベキスタンの大統領が亡くなりましたが、彼へのマスコミの独裁批判も含めて考えてみると、スエズ以東の世界で、とにもかくにも西欧型の民主主義・法治国家を実現しているのはイスラエルと日本だけでありましょう。イスラエルはある意味でヨーロッパそのものですが、日本は奇跡的な偶然からそのような社会を実現しました。歴史的、社会的な条件が整わない他の国で民主主義はしょせん無理なのです。

日本とイスラエルは似ています。国民の能力において極めて高く、文盲率は限りなく0、また近隣諸国からその存在を抹殺したいまでに憎まれている立場において。

日本はキリスト教国以外で初めて近代社会を造り出しましたが、明治国家の重鎮たちはそのことの不可能性にも直感的に気がついていました。それで何をやったかというと、私見ですが、天皇の存在を主なるイエス・キリストの存在にまで高めてしまった?。

戦前の小学校はプロテスタントの質素な教会の佇まいによく似ています。小学校の先生たちは「天皇教」の牧師、或いは宣教師といった按配です。十字架のある祭壇の代わりに両陛下のご真影、聖書=すなわち神の言葉を伝える代わりに教育勅語を奉読しました。いかなる辺鄙な教会、粗末な分教場といえども、神の聖なる光を分かち持っているという意味では、平等な存在でした。

戦前は四大節などの重要な学校行事においては必ず勅語の奉読があったそうです。モーニング姿に身を正し白手袋を嵌めた校長が、一語読み間違っても進退伺いレベルであるという緊張しまくりで、全身全霊を込めて奉読を務めたそうです。もちろん、行事に参列する父兄も紋付き姿の礼装でした。今のTシャツにジーパン姿の父兄が参加する全校説明会とはだいぶ違いますな。戦後は「学校現場」という位ですから、現場の土木作業員と同じような格好を教師や父兄がしていても当たり前です。すでに教育の場に聖なる光など微塵も差してはおりませんから。

かくも厳粛なる勅語奉読というイメージを持っていた私の恩師が京都の三高に入ったら、校長がズタボロに間違って勅語を読んだそうで、さすがに高等教育機関は違うと感心したらしいです。(笑)

初等、中等教育では日本国民としての自覚と誇りを身につけさせ、高等教育の場ではその日本の様々な矛盾や問題点を考えさせる、そこには顕教と密教の違いがあると言うべきか。

精神の発達段階に応じて教育の態様を変える、ごく当たり前のことを戦前の教育はやってただけですが、それれだけのことです。

なお「軍人勅喩」は教育勅語よりはるかに長文で、内容的にも難しいです。おまけに最初の検閲までに新兵さんは全語暗誦しておかなければならない。しかし帝国陸海軍の草分けから終焉の時まで、アレを暗誦できなかったという話は誰一人聞いたことがありません。もっともあれが出来なかったら、顔がなくなっちゃいますものね。

まあ、ゆとり世代の兵隊なんてのもおりませんでしたが。
[ 2016/09/04 18:24 ] [ 編集 ]
レッドバロン様のおっしゃる通り、教育勅語の中にある「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」が引っ掛かるんですね、アホどもには。
天皇が日本を牛耳っていると見れば、それは問題のある言葉なのかも知れませんが、実際はどうだったのか外国人にはわからんでしょう。国内のアホどもも、それを考えようともしない。

私見ですが、歴代全ての天皇全てが統治力に優れた人で(神で)あったのか。それはないと思います。では、何が?

それは縦の生命感を重んじた天皇家を、それぞれの時代に権勢を振るった実力者、そして一般庶民までもが我が事のように大切に考えてきた結果。(勿論、権力者はそれを利用したでしょうが)


とにかく世代を続ける事を第一に考えた結果、誰の為でもなく自分の誇りにかけて、危急に自分の命をかえりみずという行動が起きてくるものなんでしょう。

天皇陛下が我が身大事でなんて事はあり得ない話で、日本の国の将来を見た上のお言葉でしょう。

夫婦、子供3人の家庭に夜中強盗が入ったら、誰が家族を守りますか?
男であれば言われるまでもなく、我が身をかえりみず家族の安全を図ることでしょう。単純に考えてそれと同じだと思うんですが。

[ 2016/09/04 22:10 ] [ 編集 ]
メディアは、情報犯罪組織
管理人様、
3年前にウズベキスタンのナヴォイ劇場に関する記事を
書かれていたのですね。

私も何年も前の漸く、自虐史観から抜け出た頃でした。
先人の崇高な魂に触れたようで、あふれる涙を抑えることが
出来ないまま、ナヴォイ劇場建設にまつわる動画を見ていたのです。

史実を上手く纏められ、誇りある先人の魂が伝わる
上質な動画を作られた方に感謝しながら何度も拝見していました。
皆様も動画をご覧になられますようお願いいたします。

リメイク版国旗の重み~ウズベキスタンのナヴォイ劇場~
 https://www.youtube.com/watch?v=eGFyq04mn3M


更に、塚本幼稚園児の素晴らしい教育もご覧ください。
平成26年同期の桜を歌う会2 塚本幼稚園(2)
教育勅語・日の丸行進曲・日本・西村眞悟先生挨拶ほか

 https://www.youtube.com/watch?v=ORNRptWvKoo

園児の驚異的な暗誦力に舌を巻きます。
小さな頃からこうした教育を授けようと
尽力される方々の志を素直に有難く思ったものでした。

反日メディアの牽制は卑劣なものです。
レッテル貼りや印象操作など恣意的報道は彼らの特権だと
言わんばかりに日常茶飯行われています。
情報工作団体、報道暴力団体だと決めつけてしまいたいほどです。
[ 2016/09/05 01:53 ] [ 編集 ]
日本人捕虜美談の裏面
私の父は3年間シベリヤに抑留されていました。子供の頃夜布団の中で父に毎日のようにシベリアの話をせがんで聞かせてもらってました。
チタからイルクーツク、バイカル湖の話、森林伐採、食肉工場、鉄道建設、ロシア語の数の数え方などなど思い出せば、まるで当時のシベリアが目に浮かぶかのように私の脳裏に焼き付けられています。
今回の記事を目にし、次のことを思い浮かべました。

「働かざる者食うべからず」
ノルマに応じて黒パンが与えられ、ノルマを果たせないものは黒パンにありつけない。厳しいノルマ管理の中、寒さと飢えで多くの日本人捕虜が死んだと聞いてます。
どのような死に方だったかも聞いてます。

カリモフ大統領の見た日本人の働きぶり、それは一面の事実でしかないと考えます。
背景にはわずかな黒パンを得るためノルマを必死で果たそうとした捕虜たちの置かれた苦境があったのではとも思われます。
日本人のまじめな気質はおおいに称賛されてしかるべきとは考えますが、それを美談としてだけ取り上げられると、捕虜たちの置かれた境遇や彼らの胸の内が見落とされるのではないかと危惧します。
桜花や特攻で命を落とした我々の先輩を美談として語るのに似た、違和感を感じます。

父はシベリア抑留の栄養失調が原因で歯をすべて失いました。その父も亡くなって20年が過ぎ、戦争体験者がだんだんとこの世から失われる中、戦後生まれの私たちの中から、威勢のいい人たちがどんどんと増えていってるように感じます。戦争は二度としてはならないという戦争体験者たちの思いに深く心を寄せ、謙虚に世のあり方について沈思黙想すべきだと感じるのは一人私だけではないと信じます。
[ 2016/09/07 08:26 ] [ 編集 ]
伊福規様
ソ連軍に拉致拘留不当労働の末にとうとう帰国が適わなかった方々や南方の収容所で屈辱を耐え忍んだ方々の事は、今の日本で関心さえあればいくらでも(と言いたいぐらいに)知る事が出来ます。
それでも御本人の拘留実体験や武装解除される前までの忍苦は、文章や映像でとても「知りました」と言えるものではない、とも思っております。

ただ、無かった事を殊更に作って美談仕立てにしている訳ではなく、本当にあった日本人の誇り高い行いを現地の人々が見て、未だに語り継がれている事を、現代の日本人が知らない振りをする必要はなく、むしろ広く知るべき事のひとつであろうと私は思います。
彼らの振る舞いは一瞬のことではなく、拉致されていた年月を通じた長期間のことですから、「本物」だったと思います。
そういう先人の後輩である事に、感謝と誇りと自戒を持ち続けたいとも考えます。

人によっては口にもしたくない人も居たかも知れませんし、特にシベリアでは同胞日本人を裏切って我先に帰国を果たそうとした人も少なからず居たとも聞きます。
裏切られた人々の絶望感を別にして、それはどの世界にも何処にいても不思議では無い事だと思いますし、それを否定する者でもありません。
が、正しい行いをどのような環境にあっても誠意を込めてしていた日本人を知った事への感動と、それを称賛し、語り継いで来た現地の人々に私は敬意を表したいと思います。

そしてそれが何故「戦争を二度としてはならないと考えるか否か論」になるのか?そちらの方が分る様で分りません。

戦地にあって或いは武装解除後の「捕虜」収容先で、人として美しい振る舞いをしていた人々を美しいと感じ、論じる事が戦争への回帰であるかの様にねじ曲げて云われるとしたら、それこそ言論の自由の危機だと考えます。

こちらのブログに集まる多くの方々の無言の共通認識は、戦争にならないためにどうすべきか、攻めて来る相手にどう日本が対処するべきか、であって、どなたも”戦争したいね”等の不埒者は居りません。

言語に絶するシベリア抑留をされた伊福規様のお父上様に、戦後生まれの私如き者は何も申せませんが、ただただ、ありがとうございました。おかげさまで私共が日本人として生きて居る事が出来ております。と祈りたく存じます。
[ 2016/09/07 23:00 ] [ 編集 ]
卑しい韓国
年内の日中韓首脳会議で、朴首相が来るらしい。

普通だったらあんなに日本を毀損し世界中で告げ口外交した人は来日できるはずはない。
其れなのに、何もなかったかのように、来れるその神経。

責めて、慰安婦像を解体してから来てください。それは最低限の条件です。

日韓スワップ、五輪での協力、様々な産業の協力援助、それらをお願いしに来ても、一般国民は納得しません。
[ 2016/09/08 09:59 ] [ 編集 ]
つくづく日本人で良かったと、涙ボロボロで思いました
教育勅語、存在は知ってても、内容を知らなかった。
麻生副総理の、ウズベキスタンのお話も、知らなかったんだ。
載せてくれてありがとう。
教えてくれてありがとう。
[ 2016/09/11 13:47 ] [ 編集 ]
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