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民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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第二の国歌があれば理想? ~ Webronzaのトンデモコラム

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 朝日新聞グループに、Webronzaというネット媒体がある。元外交官の佐藤優氏が推薦コメントを寄せていて、「朝日新聞のベテラン記者や編集者が執筆者を厳選している」と持ち上げているのだが、朝日の記者や編集者が人選すると言うこと自体、「バイアスかかってますよ」という宣言みたいなもので、これが推薦コメントになること自体が奇怪に思える。

 さて、そのWebronzaには「それでも「君が代」を歌いますか?」というテーマで“朝日が厳選した執筆者たち”がそれぞれの持論を展開しているのだが、4日に掲載された「「君が代」とは別の「第二の国歌」があれば理想だ」というコラムが2ch等で話題を呼んでいる。執筆者は大阪大学名誉教授の三島憲一という人物。「安保関連法の廃止を求める学生・学者・市民の共同行動」などでもスピーチをしている左傾斜型の学者である。内容は朝日が喜ぶような「君が代否定論」だ。

「君が代」とは別の「第二の国歌」があれば理想だ
野球観戦に耳栓は持って行きたくない
(WebRonza)

成熟度を示す球場の観客

 ときどきプロ野球の試合を観戦に行く。多くの球場では試合開始直前に「君が代」が演奏され、スタンドの観客も一緒に歌う。たいていの方は口パクのようだが、演奏前に「ご起立ください」とのアナウンスがある。
 小生はもちろん立たない。野球と「君が代」となんの関係があるのだろう。歌うと贔屓のチームが勝つなら歌ってもいいが。

 われわれの子供の頃は、大会社につとめているエリート・サラリーマンたちでも「君が代」を「ああ、相撲の歌か」と言って笑っていた。

 しかし、日本の市民の成熟度を示すのは、10人にひとりぐらいだろうか、あるいは、もっと少ないか、ひょっとしてもっと多いかもしれないが、やはり起立の要請に応じない観客が結構いることだ。

 ビールを飲みながら座ったまま雑談を続けている女性同士の観客もいる。

 いや、成熟度を最もよく示すのは、そういう観客に「なんで、あんた立たないんだ!」「国賊か!」「中国の手先か!」などとなじる人を見かけたことがないことだ。起立しない側も身構えずに、スマホで他の球場のスタメンをチェックしながら、質の悪いスピーカーから流れる音楽が終わるまで気楽に座りっぱなしでいられることだ。

 いろいろな考えの人がいることを皆さん、直観的に知っているのだ。うるさく言えば、価値観の多様化である。

 あるいは、皆さん、早く儀式を終わらせて、そのために高い入場料を払っている試合に入りたいだけのことかもしれない。これも価値観だ。

 昔は、演奏そのものも「起立」もなかった。多分アメリカの球場の慣行を真似たのだろうが、いつの頃からか、すべてのスタジアムではないが、「相撲の歌」だったのが、「野球の歌」になってしまった。

 もちろんこの流れにはある種の力が働いていよう。そして、「国賊か!」という叫びが ・・・続きを読む(残り:約3391文字/本文:約4156文字)


 朝日新聞に金を払うつもりはさらさらないので、残りの765文字について、書かれている内容は不明だ。だが、記事のタイトルと3391文字の内容を考えれば、執筆者の意図は想定の範囲内だろう。

 執筆者の三島は、君が代不起立が「日本の市民の成熟度」だという。成熟とは、精神が十分に発達した状態のことを言う。言葉尻を捉えるつもりはないものの、執筆者は、起立して君が代を歌う側こそ精神の発達が不十分だとでも言いたいのか。加えて、君が代を不起立で無視する輩を咎めないことが成熟というのは、咎めない側への甘えであって、起立しない側への肯定を意味するわけではないことを、執筆者は考えるべきだろう。

 三島は、君が代という国歌に対する態度の様々を「価値観の多様化」と表現する。これは、日教組をはじめとする戦後左翼の「君が代強制は特定の価値観の否定」、「強制は思想・信条の侵害」という、いつもの常套句だ。しかし、君が代や日の丸は、思想や信条などと別次元にある普遍的なもので、こんなことを外国人が聞いたらいい笑いものだ。小説家の浅田次郎は、以前フランス人記者から、「日本ではなぜ国旗・国歌が社会問題になるのか」と聞かれてハッとしたという。こんな議論をしているのは、世界広しと言えども日本ぐらいなものである。

 三島のような国歌否定論者にとっては、君が代は「日本のアジア侵略を正当化した憎き歌」というのが建前になっている。だが、仮にほかの歌が国歌になったところで、彼らはやっぱりそれを否定するだろう。要するに、君が代は象徴であり、彼らが忌み嫌うのは国家であり、国家のもとで特定の歌が「国の歌」になると、それはやはり「価値観の強制」になるからだ。単に君が代をスケープゴートにしているだけで、彼らの真の敵は国家なのだ。

 過去に記事にしたのだが、平成14年、第六十九回日本ダービーの生中継で国歌が流れる際、NHKは足慣らしをする馬の尻を次々と映し出し、それが国家が終わるまで続いたという。君が代斉唱時に馬の尻を映すのも価値観ということだろうか。


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[ 2016/04/06 07:16 ] メディア | TB(0) | CM(15)
韓国人・共産シナ朝鮮族・共産シナ人が他国へ大量移民かつ他国を人口侵略して他国を乗っ取るときに使用する韓国語常套句「価値観の多様化」「共生」等を使用している時点で、終わっています。
韓国人・共産シナ朝鮮族・共産シナ人が他国へ大量移民かつ他国を人口侵略して他国を乗っ取るときに使用する韓国語常套句「価値観の多様化」「共生」等を使用している時点で、終わっています。
[ 2016/04/06 10:55 ] [ 編集 ]
今でこそ国立大学の教職員は国家公務員でなく独立行政法人の団体職員だが、
みなし公務員であることに変わりはない。
国の公務を執行する者が国歌にいちゃもんを付けて不問にされる
日本の言論の自由度は世界中のどの国より高い。
しかも名誉教授だとサ。
名誉を授ける国をけなし、名誉を貶める。この感性やいかに?
[ 2016/04/06 11:44 ] [ 編集 ]
四月は何かと移動の多い月です。
会社の入社式では 社歌を歌い、学校では校歌を歌います。
また国事の際は国歌斉唱「君が代」は一般的な慣わしだと理解しています。

世の中には「君が代」にl強いアレルギー反応を起こす人もいるし
只々 反日の為に「国歌、国旗」に反対 〜マンセ〜も居る。
また別の角度からー
1922年〜1945年まで尼崎汽船が「君が代丸」が韓国済州島から大阪までの
定期航路があり 大阪〜済州島を自由に往来していました。
しかし戦後1948年に済州島で大虐殺事件があり事件前28万人が一気に3万人に減り
殆どの人が日本に避難あるいは密入国した経緯がある、帰らず一部居着いたのが在日です。

一説には当時、済州島は流刑の島で「赤狩り」と称し韓国保安隊等々が
一気に粛清しようとしたのでしょう ?

日本国内においても在日の犯罪率は異常に高い
凶悪、凶暴のDNAは隠せません!

第二の国歌など不要です。
どうしても君が代が嫌いなら 「海行かば」お勧めします
カラオケで発散して下さい !三島さん ?


[ 2016/04/06 14:39 ] [ 編集 ]
現実を見よ
「君が代」が国歌では無かった頃のほうが日本は自由で平和で豊かだった。
「君が代」を強制するようになると景気は悪く、キナ臭く、権力が横暴になる。
だから国歌の強制を嫌う人種が居ても不思議ではない。
1400簡単なことだ。
[ 2016/04/06 15:21 ] [ 編集 ]
>「「君が代」とは別の「第二の国歌」があれば理想だ」
第二国家、準国家と云えば海ゆかばでしょうね。
海ゆかば水漬く屍

山ゆかば草むす屍

大君の邊にこそ死なめ

かえりみはせじ

鎮魂の思いを込めて、先の戦いで散っていった英霊の為に歌うのも良いかも知れませんね。
朝日の旭日旗に似せた社旗とセットなら効果の程は??

http://www.youtube.com/watch?v=YNtpZDJ4lEg
反日勢力お得意の何時もの自爆ネタかね。
オマケ
同盟国アメリカの準国家
ゴッド・ブレス・アメリカ
http://www.world-anthem.com/march/god-bless-america.html
[ 2016/04/06 21:54 ] [ 編集 ]
フランクフルトへ帰れ
「日本におけるフランクフルト学派研究の第一人者」三島憲一センセイ。
西欧マルクス主義、知識人向けのマルクス主義だそうで、鼻持ちならない見下した態度と、否定することそのものがインテリだと勘違いしているのではないか。
否定することは誰でもできるが(ケチをつけて悦に浸るだけ)、代替を示せないないのが特徴。否定し続ければ、インテリを証明したつもりでいられて自己満足できますからね。私は、否定のための否定は知性ではないと考えます。

>だが、仮にほかの歌が国歌になったところで、彼らはやっぱりそれを否定するだろう。
・・・そのとおりでしょうね。
肯定できるのは何か、代替は具体的になんなのか、三島みたいなのは示さないことでしょう。自分は否定される側に立ちたくないんですよ。卑怯で惰弱で退嬰的なセンセイですわ。天皇陛下のもとの日本国でのうのうと暮らしてきながら、無神経なやつだと思います。
[ 2016/04/06 22:01 ] [ 編集 ]
相も変わらぬ、進歩派知識人(笑)の非常識
阪大不名誉教授の三島某は何を言っているのか?

外国には第二の国歌どころか、第三、第四…の国歌まで、他にも30や40くらいの愛国歌は普通にあるぞ。

ことに英・米・独は愛国歌の宝庫。イギリスの場合は有名な行進曲「威風堂々」のメロディを用いた「希望と栄光の国」が有名。他にも「ルール・ブリタニア」(英国は統治する!)
それと、余りにも愛国的過ぎて(!?)国教会で一時演奏禁止になった I vow to the my country. (ホルストの「木星」のメロディによる)、「エルサレム」など、名曲が目白押し。

毎夏BBCプロムスの最終日には、巨大なロイヤル・アルバート・ホールを埋め尽くした老若男女がユニオン・ジャックとイングランド旗を振って、しばしば涙しながら「希望と栄光の国」を歌う光景が見られます。あの沈着冷静なイギリス人がですよ。

アメリカも God bless Amerika (これは良い曲です) リパブリック讃歌、Beautiful the Amerika、 星条旗よ永遠なれ、など一杯ありますな。

ドイツは「ラインの守り」「我が祖国」「ヴェスターヴァルトの歌」 「我は捧げり」などなど。さすがに老舗だけあって、愛国歌、国民歌はざっくざく。

ただし、外国においても、国歌以外に公式の場で演奏する「野球の歌」や「フットボールの歌」があるという話は、寡聞にして知りません。

1949年、戦後初めて来日した米球団サンフランシスコ・シールズと読売巨人軍の試合が後楽園で行われました。その際、君が代の演奏も行われましたが、起立していたのは見渡す限りの範囲で、ウチの親父と取材の腕章を付けた新聞記者だけだったそうです。

父は映画「カサブランカ」にて、「ラインの守り」をがなりたてるドイツ将校に対抗して、店にいるフランス人全員が火のごとき勢いで演奏禁止の「ラ・マルセイユース」を合唱する光景を見て、同じ占領下でも日本人の気概のなさを深く慨嘆しておりました。


第二の国歌はやはり「海行かば」をおいて他にありませんでしょう。

戦時中の特攻隊の出撃シーンを思うと余りにも悲しい曲ですが、しかし音楽としての気品と格調、日本の歴史そのものを思わせる厳粛さにおいて、これに勝る曲はけっして現れないでしょう。

昭和15年信時潔の作曲ですが、昭和の精神がここまでの高さに達していたことの、無形のモニュメントでもあります。音楽後進国の日本とはいえ、この曲だけは世界中のあらゆる愛国歌、国民歌に優ります。日本の近代文化の奇跡としか言い様がありません。

もちろん、野球や相撲の歌向きではありませんが。(笑)
[ 2016/04/06 22:07 ] [ 編集 ]
「君が代」を嫌うのは、彼らが日本人のメンタルを持ち合わせないエセ日本人だからであって、日本国が千代に八千代に続くのが面白くないからでしょうね。そう考えるとわかり易いですよ。

何十年も前の話ですが、小学校に入学して初めて音楽の時間に習ったのが君が代だったと記憶しています。
なので数年前に、若い人で国家を歌えない人がいると知って本当に驚きました。

国家が流れている時に起立を無視しているのが許容されるのは、成熟してるからとか、価値観の多様化とか、見当違いの持論を展開しているこの赤い学者さんは単に世間知らずな上に、周りの人が誰も「その意見はおかしいから黙っておきなよ」と教えてくれない孤独な人なのだと思います。

ちなみに「名誉教授」っていう肩書きは、大学に飼われて長らく教授をしていれば勝手についてくるものなので、特別な貢献をしたエライ人なんだと思わないで下さいね(^^)
[ 2016/04/06 22:13 ] [ 編集 ]
ボウフラ共が湧いて出る国
歴史の断絶から引き起こされる数々の醜い思想。人間、自らの歴史を失うと自分が唯のボウフラになっていることにも気付かないものなのでしょう。これ以上恥ずかしい存在の人間が居るでしょうか、この広い世界に。

今日の世迷言:国賊?いや、そうじゃない。おまエラはそんな大層なもんじゃあない。唯のボウフラだ。ボウフラ共よ、早く我が国の歴史から消え去れ。おまエラは醜悪なだけの存在だ。
[ 2016/04/06 22:59 ] [ 編集 ]
人間らしさとは何かを考えてます
以前から、おりに触れては「人間を人間たらしめるもの」は何なのかを考えています。

容易に否定されるのは、いわゆる「人間くささ」といわれる「四角四面に、論理通りに判断しない側面」「損得勘定に従わぬケースがある側面」。
これは「論理に支配されきらない」というだけのことで、人間以外でも生き物はすべからく持っている側面。むしろ人間から離れるほど増す傾向すらある。人間らしさではなく「生き物くささ」「ナマものっぽさ」と表現する方が適切だと思います。

「ルールを理解した上で、敢えて情をとる」という、朝鮮人が大好きな人間っぽさも、実は人間よりゴリラやチンパンジーの類人猿の方がそれを重んじた社会だし、あるいは、メスを賭けたケンカに敗けたオスを敢えて選ぶメストカゲなどの例を見れば、それはむしろ獣性と呼ぶ方がふさわしい。

最近発覚した、中一少女を誘拐し2年に渡って監禁していた千葉大の学生などは、いわゆる「学問的知識」を身に着ける知能は平均的だったのかもしれないが、やってることは人間にもとるのは明らか。このことから、学問的知識の量やそれを身に着ける能力たる”知能”も、あるいはその証たる学歴や職歴も、それ自体は人間らしさを決定づけるものではない。

人間を人間たらしめているものとは何か。

私なりに近づいている結論は「以下3つの要素全てを備えるということ」です。

(1)”人智を超えた、聖なるもの”と”魂の尊厳”への畏怖
(2)自身と愛する人を生かし育んでくれる社会への感謝と誠意ある参画貢献欲求
(3)真理を信じつつ、事実を広く正しく認識する目と、その結果を知識に濃縮し、柔軟に適用する知性

この3つを一言でいうと「謙虚さ」、西洋では「信仰心」とも言われることです。
ローマ法皇が戦前・戦後を通じた日本を称賛するのは、そのためだろうと私は理解しています。
「責任感」ともかなり共通するものだと思っています。

この3要素を意識した上で、日本の皇室と国民の関係史を鑑みながら君が代を聞いたとき、これより日本の国歌にふさわしい国歌はないと私は思っています。


三島某のように、君が代の良さを解せぬ者は、まず、真に人間らしいこととは何かから考え直し、自らの身に照らしてみるべきだと思います。

自身の人間らしくなさに気付いたなら、その時点から、何歳であっても遅くないから、人間らしさを身に着けて行く人生を歩んでほしいものだと思います。
[ 2016/04/06 23:39 ] [ 編集 ]
意地でも【日本「市民」】と書くアカヒの編集者
何故ここまで「国民」ではなく「市民」という言葉を使用する事に拘泥するのか分かりませんが、彼らの頭の中には「国」という発想が無いのでしょうね。

したがって、「国歌」の存在も「国」があってこそなので、本音では「いらない」と思っているのだと思います。

君が代の斉唱に強硬に反対するくせに、それを認める事が「価値観の多様性」、「成熟度」などとは、お笑いですね。

アカヒに自覚があるのかわかりませんが、アカヒが「国賊」、「中国の手先」というのは事実ですね。

アカヒは日本「市民」などと書く前に、自らが引き起こしてきた問題の数々の「責任」をきっちり取ってもらいたいものだと思います。
[ 2016/04/07 00:46 ] [ 編集 ]
4100字を費やして耳栓か
国歌「君が代」が何故か嫌いで第二の国歌が欲しいと書く学者は、既に日本では「海ゆかば」が第二に位置して扱われている歌曲である事をご存知ないのでしょうね。
球技試合で「海ゆかば」を流されたらエライこっちゃ、ですが。

場を考えたら、多分この手の人ならパチンコ屋の曲とでも言うであろう「軍艦マーチ」が良さそうです。

「君が代」の原詞はご存知古今和歌集の”詠み人知らず”(地下人がこの和歌を朝廷に奉った事を嘉して朝臣名を賜ったという説もありますがその名を浅学にして存じません)。
それから幾つかの詞展開をして鎌倉初期辺りの和漢朗詠集で現在の歌詞が成立して居る、という筈の、大変古雅で日本人の心の歴史に根差した和歌と言えると思います。

世界の海を征して決して奴隷になるまいぞ、という英国の決意の副国歌や、自国の貴族や既存指導者の血に塗れて前進しようという仏国国歌とは違って、なんと穏やかに聖上の弥栄を願う平和な歌詞であることか。

「海ゆかば」は万葉集の大伴家持の長歌から詞を採ったもので、両歌共に古典をも辿れる、日本の子供も自国を誇りに思える歌だと思います。


この学者サン。安保関連法に反対で市民表記ならば大まかにその思想が伺えます
が、国家意識も国防意識も欠如している人なのでしょう。
その点で、WW1に自分の考える革命の早期実現の為に自国の敗北を画したレーニン思想に似たものを感じます。レーニンの様に確たる意志と計画性は感じられませんが自国毀損論者でしょう。
[ 2016/04/07 01:53 ] [ 編集 ]
【在日支配の完成】
菅義偉という人物を通じた在日支配の完成→ http://this.blog.jp/archives/57919109.html
[ 2016/04/07 04:07 ] [ 編集 ]
上記、「憂国の士」なる人物は、保守を装う反日工作員です。
各地に貼りまくっています。
[ 2016/04/07 06:52 ] [ 編集 ]
安倍総理攻撃が身を結ばないと次は安倍内閣分断工作の様で、そちらさん選挙まで大変ね。同情はしないけど。
[ 2016/04/07 08:08 ] [ 編集 ]
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