私的憂国の書

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古館、報ステ降板 ~ 「番組は偏る。だが全体的に程よいバランスで番組を作った」

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 民主党が政権を取る前の野党時代、長妻昭は「ミスター年金」と呼ばれていた。「俺に任せれば、年金問題はすぐに解決する」とばかりに、長妻は自民党政権を批判し、民主党の広報的役割を担っていた。ところが、政権をとった後に厚労大臣に就任して以降は、その威勢はどこへ行ったのかと訊きたくなるほど大失速。慎重な発言が多いことから、「ミスター年金」どころか「ミスター検討中」と揶揄された。民主党の例のマニフェストは、空手形だったことが簡単に判明してしまったが、この長妻という議員も、民主党最大の空手形のひとつである。

 その長妻が、昨日を以って報ステを降板した古館伊知郎について語っている。

古舘氏きょう降板「政府批判する方消えていく」 長妻氏 (朝日新聞)

 きょうの「報道ステーション」で古舘さんが最後。私もかつてマスコミの端くれにいたので気になるのは、テレビから政府批判を強くする方が、どんどん消えているような気がすること。批判を忘れた国は必ず大きな過ちを犯すというのは、70年前の戦争の反省だ。

 立憲主義をないがしろにする動きがある。民進党の三つの旗印「自由、共生、未来への責任」。この自由は権力からの自由という意味合いも強い。言論の自由、報道の自由が侵されないよう我々も戦っていかなければいけない。(記者会見で)


 民進党の議員は、発言の中に必ず「立憲主義」ということばを入れろと指示されているのか、なんでもかんでも立憲主義と結びつける傾向があるようだ。

 放送界においての言論の自由は、それが公共の電波を使用する既得権益の享受者であるがゆえに、社会的責任を伴う。そのひとつの制約が放送法第四条だと思うのだが、放送局が一般の人々と同じ倫理観で「なんでもかんでも自由」を謳歌するのであれば、放送の公共性などあってなきものに等しい。

報ステ


 昨日、古館伊知郎が報ステを降板した。「テレビから政府批判を強くする方が、どんどん消えているような気がする」というのは、TBS News23の岸井降板とも絡めてのことだろうが、政府を批判するキャスターが良いキャスターというわけではない。政府を批判するのがキャスターらの仕事だというなら、そのスタートラインからおかしい。それを是とすると、批判するために番組を構成するという前提ができてしまうからだ。そんなものは報道番組でもなんでもなく、ただのプロパガンダ散布番組でしかない。

 戦前のメディアの代表格である朝日新聞は、戦争を煽ったメディアの急先鋒だった。長妻は、戦前のメディアを批判するが、戦前のメディアが間違っていた点があるなら、それは政権批判をしなかったことではなく、誤った方向に世論を誘導したことにある。或いは、言論機関の責務を忘れ、戦争を叫ぶ世論に迎合したことだ。

 古館は、降板の挨拶の中で、こう語った。

「つるんつるんの無難な言葉で固めた番組なんて、ちっとも面白くありません。人間がやってるんです。人間は少なからず偏っているんです。だから、情熱を持って番組をつくれば、多少は番組は偏るんです。しかし、全体的に程よいバランスに仕上げ直せばいいのではないかという信念を持っております」


 人間、誰しも偏るというのはその通りだろう。だが、報ステという番組が「全体的に程よいバランス」で作られていたかというと、そんなこと全くない。報ステは、政治的に、極度に偏っていた。古館自身も偏っていたし、喋らせるコメンテーターもそうだった。彼らには反自民、反安倍という明確な基軸 ―― いわゆる「角度」があった。放送電波という公器を、そういう宣伝を流すスプリンクラーとして使ったのだ。その罪は重い。

 古館や岸井の降板は、市場原理によるものではないのかと思う。要するに、なんでもかんでも政府の批判だけしていれば報道番組が成り立つ時代が終わったのだ。極端に左傾化していた大衆が徐々に真ん中に戻りつつあるなかで、彼らの軸には古臭さが漂ってきた。以前ほど“ウケない”ことを、さすがの放送局も気づいたのではないか。

 報ステは、4月11日から新体制で再開するという。古館のかかわりがどの程度番組に反映されていたかを知るには、良いサンプルになるはずだ。


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[ 2016/04/01 07:23 ] メディア | TB(1) | CM(13)
古館一郎の最後っ屁は自爆宣言
人間は少なくとも誰しも偏る。と云うお言葉。
だから色々な意見を聞いて多角的に判断する必要に迫られる。

正に放送法が示す精神。
古館一郎は去り際の最後の言い訳染みた決め台詞さえも自爆だった。
こんな無教養な偏向の塊が司会で有る事自体が報道としての責務から逃げてる。
自民、政府批判有りきの歩るく放送法違反古館一郎の最後っ屁は自爆宣言だった。

新たな偏向司会者が出て来るだけだろう。
言っとくが自民も支持したくない政党に変わり無い。
その自民と存在自体が憲法違反な宗教政党公明が出したヘイト抑止法は逆差別法で日本人差別公認法だ、これまた反日勢力、左側お得意の憲法違反案件で、法の平等の精神とは著しく掛離れた悪法だ。

[ 2016/04/01 08:09 ] [ 編集 ]
政府批判?
ルーピー長妻のおためごかしコメントは見苦しいね。
自民批判を政府批判とすり替え、自分たちの政権担当時に
ぱよちんブサヨの古舘が何かと政府擁護したことをスルーしている。

政府批判が必要不可欠なら、古舘がかつて自分たちルーピー集団にも厳しかった
というエピソードを列挙しなくちゃ。
自民を批判するけどルーピー集団には超甘では
誰がどう見ても偏向キャスターだろ。
全体的に程よいバランス?
政策への反対意見ばかりの番組がか?
冗談はオマエの容姿だけにしろよ!
[ 2016/04/01 11:12 ] [ 編集 ]
古館氏は
番組の締めの所で
「浪花節だよ人生は」の一節を取り出し
「人の情けに つかまりながら 折れた 情けの 枝で死ぬ 」と言って
「これから もう一度生き返って~」

🎵「 過ぎた 偏り 反日誘導 停波恐れて お払い箱 」浪花節だよ〜〜
もう二度と 画面に 登場しない事はを 祈るばかりです。
[ 2016/04/01 11:16 ] [ 編集 ]
悪口ですから
まともな批判ならいくらでもしたら良い。政治を検証批判するのがメディアの真骨頂であろう。
が、彼等が己褒めする「批判精神」はイコール「悪口」でしかない。
安倍総理の何がそんなに憎いのか?
悪口レッテル貼りに熱中しすぎて彼等自身が足許を見ていない様に観察致します。

悪口大好きや下らない番組好きな人を除いて、殆どの聴取者がTV離れを起こしているのは各調査で明らかです。
番組がつまらないし下らないからTVを見ない。TVの売れ行きが家電の中でも芳しくないのは機器の所為ではなく中身を見たいという「需要」がないから。
番組が売れなければスポンサーは付きませんし放送局は収入が減る。ならばニーズにあった商売道具に替えるのは当然の事。
売れなくなった人材が売れない自分の素地を検討もせずに、世間が、内閣が、圧力が、と犠牲者ぶるから、堂々巡りで引かれ者の小唄を唄う羽目に陥った、としか思えません。

古館ニュースは殆ど観ていなかったので最後だったのも存じませんでしたが、その言葉、言い訳がましい男ですねえ。
ニュース番組を「面白く」というならば、娯楽物と違って、実に細かな周辺下調べや地道で謙虚な姿勢があって初めて生じる余裕の部分にその面白さが出たのではないか、と思いますが、彼の言い分は言葉遊びで「面白く」する、したかった、様ですね。それ、誹謗には通じやすい道です。
[ 2016/04/01 15:48 ] [ 編集 ]
言葉を裏切る「公平性」
>人間は少なからず偏っているんです。

最後に、居直りの言い訳を強弁しているように聞こえます。視聴者等からの批判を真摯に受け止める意志を放棄したかのよう。自分のくちで言ってしあっては客観評価を拒否する態度になります。

偏向かどうかを自己評価するにしても、客観的な評価基準を示さねばなりません。短いコメントやフリップを示したくらいでは、できないことです。

それならば、第三者に任意に選んでもらった専門家に基準になって評価してもらう。それを何人か、折に触れて行うなどすべきでした。
そんなことをやってきたか。お友達お仲間の報道娯楽番組になってこなかったか。
それをしないから、批判が出てくるのだと思う。

客観性、公平性を装うのは悪質。左翼思想がベストだと思うのなら、当番組の報道のスタンスは、左翼思想です、と明言公開すればいい。日本が進むべき理想の国は米国なら米国、ソ連ならソ連と基準を示せばいい。
そういうこともしない。公共の電波を使って、できもしないカッコつけなどしないでもらいたいものですね。
[ 2016/04/01 22:57 ] [ 編集 ]
したり顔詐欺
報ステは原則見ないですが、ドラマやサッカーの試合の後、間髪をおかずに報ステに流れ込むので、時々無理やり見せられます。

古舘のしたり顔を眺めただけで気分が悪くなって、そのまま我慢して聞いていると吐き気がする。とても見続けられたものではありませんが、まさか、皆様の周囲に、今時、報ステを見て、世の中の動きを知ろうなどという愚か者はおりませんでしょうな。

あれは日本人の清明、闊達な精神にヘブライズム風の原罪意識を負わせようというバテレンの陰謀で、おまけに妖術としてもひどく出来の悪い類です。だいたいそれを語る古舘以下、本物のバテレンと違って、良心があるような顔をしていないではありませんか。つい最近までただ1人ですが、まともそうな顔をしていたショーン・Kというのがおりましたが。それが整形ってあなた、コメンテーターの顔まで捏造とは。さすがは朝日、他に申すべき言葉を知りません。


同じ政治宣伝でもゲッペルスの演説にやられたというなら多少は同情の余地はありますが。彼は大戦末期にドイツの少年が1人でパンツァー・ファウスト(対戦車ロケット弾)を操り、ソ連の戦車を撃ち破ったという演説をした直後に、ナチスの幹部から
「しかし、それは現実でない」と言われ、即座に
「しかし、それがあるべき現実なのだ。」と言い返した人物です。同じプロパガンダでも凄味があります。


「おれおれ詐欺」がまかり通る甘い日本の社会だからこそ、古舘がキャスターで通用してきたのです。

彼のやってきたことは政府批判ではなく、国家の否定です。国際共産主義運動は消滅したのに、いまだにその指示に忠実な人間が日本のマスコミにはウヨウヨしているという天下の奇観。

誰があんなものに免許を与えたのか?その人物の名は田中角栄。彼は数量化できない物はまったく理解できない人物でした。戦後日本の欠陥、欠落そのもののような。
[ 2016/04/01 23:31 ] [ 編集 ]
無責任ですから
こはる様のおっしゃる「悪口ですから」は、全くそのとおりですよね。
「何がそんなに憎いのか」といぶかしんでおられますが、原因は、憎しみではなく、偽善者だからだと私は思います。

多くの「進歩的文化人」が共謀して撒き散らし、日本人の多くが、この偽善者精神に操られていると思います。

偽善者=善人願望+無責任

「善人願望」自体は悪くないと思います。問題は「無責任」。

偽善者たちは、彼らが同情を寄せる「憎悪の権化となっている人々」たちを救うのは、同情なんかではなく、まずは個々人が責任感を持つことだと認めねばならない。

この「責任感」が備わって実行している人は、それなりにマトモに暮らせていける社会、また、そういう人を育てる社会、そういう社会にしようといということに、今の日本はなっているハズ。

そうなっていなければ「そうなってないじゃないか」と物申すのが、本来メディアが果たすべき役割。
だから、メディアが監視・批判すべきは、「政府」だけでなく、それぞれの人の「責任感」も含めた社会のはず。

光市母子殺害事件の犯人に、未成年であったにせよ少年法で保護ずるに価するのかという論議は、そういう監視が行なわれた数少ない実例だと思います。

ただ、「人々の責任感」の監視・批判は、それぞれの個人の事情もあって、生半可ではすまない。ものすごい責任を伴なう。だから、とてもやりにくい。
それにひきかえ、政府批判は、とても気楽にイージーにできる。”個人の事情”に触れることなく、社会や政治に責任転嫁できるのだから、これほど楽なことはない。挙句の果てには単なる悪口になってしまう。

メディアのみならず、教師や弁護士、裁判官など、本来”個人の事情”を正面から相手にせねばならない職業の人ほど、「逃げこめるイデオロギー」に感化されやすいのではないかと思います。

無責任な人間が無責任な人間を再生産しているこの悪循環を断ち切る良い方法はないでしょうかね。
[ 2016/04/02 00:32 ] [ 編集 ]
左翼=無責任
この一言に尽きますね。

どんな人間でも、自分の意思(強権に抑圧された意思ではない)で決めた事に対しては、どんなことが起ころうとも責任を持たなければダメなのですが、彼らは自分に不都合なことが起こると、必ず「自分には責任が無い」、「私が間違えるはずが無い」、「悪いのはお前の方だ」などと歪んだ絶対主義、責任転嫁を繰り返し、結果的に無責任主義になります。

都合が良い時は「自分の手柄」、都合が悪い時には「責任転嫁」を繰り返すような人物を信用できるわけが無いのですが、こういった人物達は長年都合が悪い事をメディアが「報道をしない自由」を駆使していた為、公にばれる事は無かったのですが、近年はネットの発達などにより、彼らの化けの皮がみるみる剥がされて来ただけだと思います。

彼らが歪んだ選民意識のようなものを捨て去らなければ、このような愚かな無責任主義は無くならないのだろうなと思います。
[ 2016/04/02 01:14 ] [ 編集 ]
反日メディアの偏向体質
朝日の『報道ステーション』、毎日(TBS)の『NEWS23』という偏向番組のキャスター降板ですが、決してその偏向元である朝日や毎日(TBS)が悔い改めたわけではありません。

ご存知の様にこの二名の後ろには朝日で言えば立野純二、玉川徹、玉川徹なども控えていますし、毎日(TBS)には佐古忠彦、竹内明、膳場貴子、そしてなにより金平茂紀などが居ます。

新聞、テレビ局自体が左偏向45%体制なわけですから首の挿げ替えをしても中身は変わりません。

そういえばTBSの『NEWS23』の新キャスターは朝日の星浩だとか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E6%B5%A9

朝日と毎日の距離の近さが此処にも出ています。

そしてもう一つ、あの総務大臣の放送法に関しての当たり前の発言に噛み付いた面々。
田原総一朗、岸井成格、大谷昭宏、金平茂紀、田勢康弘、鳥越俊太郎、青木理。
その全てと言ってよいほど朝日、毎日のお抱えの発言者です。
毎日、その者たちの政治解説の声を発しそれが一般日本国民の頭に届くというもので、その偏向に国民も大きく影響され世論調査に結果が出るというわけです。

http://www.sankei.com/entertainments/news/160311/ent1603110013-n1.html

「偏ってるんです、私」
http://www.sankei.com/entertainments/news/160326/ent1603260005-n3.html

産経抄
http://www.sankei.com/column/news/160402/clm1604020003-n1.html

いわゆる、『会社ぐるみ』というやつです。

[ 2016/04/02 07:08 ] [ 編集 ]
反日メディアの偏向体質 - 変更
コピペを失敗したようで、
玉川徹、玉川徹と記載しましたが誤りで、

正しくは玉川徹、渡辺宜嗣です。
[ 2016/04/02 07:11 ] [ 編集 ]
倒せないから?
Alinamin2011様の偽善者と無責任に就いて考えて居ました。

実際無責任なのです。全てがそこに行き着きます。が、それと彼等の願望が今の安倍内閣では充たされないからでは?とふと思いました。

「私たちは怒っています」と横断幕を掲げて、まるで子供が店内の床で欲望を満たすためにひっくり返って居る様な記者会見をしたメンバーの「内閣を3つ倒した」過去を強調する言動などから、そういえば第二次安倍内閣以前の総理は見事なくらい一年前後の内閣生命で、アレもコレも問題だとメディアが内閣打倒の悪趣味に陥って居たのに、今度はそれが出来ないで焦りまくっている居る様でもあり、とふと思いました。
それでも民主党政権には優しく、問題点には触れない様に気配りはありましたが、自滅されてはどうしようもない。

民主党政権でも言っていた放送法や保育所問題なのに、同じ事を安倍内閣なら大反対大批判大悪口のダブルスタンダード。
問題視しているのは中身ではなく、何につけても安倍政権そのものが狙いである様で、倒せた内閣の数を勲章にしたい輩には大層な不満であろうな、と。

好きでその職に就いて国民から選ばれた訳でも無いタダの業界人が、何の根拠があってか報道権力を振り回して、驕り高ぶっている姿の老いるほど醜い老い方はないなあ、と思います。
簡単に言えば、古館某も含めて勘違い人間なのかもしれません。
[ 2016/04/03 16:18 ] [ 編集 ]
目指すは機会平等。結果平等はインチキ。
>彼等の願望が今の安倍内閣では充たされないからでは?とふと思いました。

彼らの願望が今の安倍内閣で満たされていないのは事実ですね。
ですが、結論的に彼らの願望が満たされる状態は原理的に成立しないと思います。仮に、民主党が再び政権を取ったとしても。
それは、彼らの願望が満たされる状態が「結果平等が保証され行きわたった状態」だからです。

そんな世界は成り立たないというのが、20世紀のソ連の成立からベルリンの壁崩壊までの「実験」で明らかになった結論であり、人類が歩んだ歴史ですよね。

歴史も学ばず、自らの能力を鍛える努力もせず、庇護だけはほしいという、絵に描いたような無責任な人には、その結果平等の世界は楽園に思えることでしょう。

「世の中そんなにあまくない」と親から言われてきただろうに。
のみならず、1億人以上の多大なる犠牲によって、無理であることが実際に証明されたことを知れば、結果平等など聞くに価しない愚論であることは明白この上ないはずなのだが。

無責任の楽園たる結果平等を唱え、人々を再び悲劇のどん底に引きずり込もうとしているのが、日本共産党であり、中国共産党であり、小沢一郎であり、朝日などの反日メディア。
これこそ、歴史修正主義と呼ばれるべきもの、詐欺よりもっと罪深いと思いますね。
「表現の自由」だけが、処罰を免れる唯一の命綱。

そんな愚論にまんまと騙され、あまつさえ自らがその手先になることに生きがいを感じる、古舘のような、まさに「勘違い人間」。

愚かを通り越して、哀れですらあると思います。

目指すは機会平等で、結果平等はインチキであることを「勘違い人間」に解らせるには、どうすればよいものでしょうかね。
[ 2016/04/03 22:57 ] [ 編集 ]
中年以上の勘違い人間にはもう何を言ってもしても無駄だと思います。見放しw。相手にせず。

ただ、これからの日本人が今のままではあまりに惰弱で自己中で世界に通じないし、最悪亡国の徒集団になりかねませんから、そちらの建て直しが何よりも大事だと思います。

手段は教育勅語とそれに基づいた基本教育がやはり一番なのではないかと思うのですが、そういう事を「今更」「古くさい」「帝国主義だ」などと敬遠、抵抗するであろう若者の感性が問題で如何に上手に採用出来るか?知恵がドンヨリ湧きません。
[ 2016/04/04 00:30 ] [ 編集 ]
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放送免許はく奪実現 総務省はパブリックコメントを行うべきだ
TBSおよびテレビ番組関係者が放送法違反の指摘に対し、逆切れする現象続出のようなので、次なる措置を提言する目的で出稿することとした。
[2016/04/08 08:05] 美しい国への旅立ち
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