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「慰安婦は職業」撤回、大阪ヘイトスピーチ防止条例… ~ いまだに閉ざされている日本人の言語空間

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 いわゆる慰安婦について、自民党の桜田義孝・元文部科学副大臣が14日、「職業としての娼婦、ビジネスだった。これを何か犠牲者のような宣伝工作に惑わされ過ぎている」と発言した件で、同氏は「誤解を招くところがあった」として、その日のうちに自身の発言の撤回に追い込まれた。

桜田義孝


 桜田氏の発言は、政治家として、タイミングを逸したものだったかもしれない。しかし、「慰安婦は職業としての娼婦、ビジネスだった」という指摘は、断固正しい。概して高給取りであり、中には兵士との連帯感を持つまでに至った売春婦も存在した。現在の価値観に照らし合わせ、「気の毒な存在」とレッテルを張ることこそが、この問題に対する思考停止の根源なのだ。「何か犠牲者のような宣伝工作に惑わされ過ぎている」とは、まさにその思考停止に一石を投じる発言だったはずなのだ。

 これに対し、TV番組に出演した河野洋平は、「全く勉強していないというか、知識がないというか。こういう時に、こういう発言を平気でするセンスは全く理解できない。あってはならないし、政治家として失格だ」と、桜田氏をこき下ろした。不勉強のまま、事実関係もあいまいなうちに南鮮と妥協を図り、不用意な談話を出した国賊に、居丈高にそのようなことを言われる筋合いはない。政治家として失格なのは、河野の方ではないのか。

 大阪市では、ヘイトスピーチ防止条例が成立した。朝日新聞によれば、定義と運用は下記のとおりである。

 条例は、規制対象のヘイトスピーチについて、「特定の人種や民族に属する個人や集団を社会から排除することや、憎悪、差別意識をあおる目的で行われる表現活動」と定義した。

 法律専門家らでつくる審査会が表現内容を調査し、ヘイトスピーチだと判断すれば、市長が表現者の名称を公表する。


 このヘイトスピーチ防止条例は、保守派が法案阻止で団結した「人権擁護法案」と瓜二つである。防止の対象とするものの定義も曖昧で、人権擁護法案では市町村長の推薦を受けた人権擁護委員を委嘱、または第三者委位会の設置という運用が主張されていた。いずれにせよ、言葉狩りを正当化する条例が、日本人以外の勢力が少なからず力を持つ大阪で成立したのだ。用意されているのは、地方を足掛かりに、やがて国への影響力を持つという、外国人参政権にも似たシナリオだ。

 慰安婦の実像を描写した表現が批判を浴び、在日外国人に対する批判がヘイトとして言葉狩りを受ける構図 ~ 私にはこれが、昭和21年11月25日付でCCD(民間検閲支隊)が発布した「検閲指針」文書の焼き直しに思える。拙ブログでは、2年前の3月に書いたエントリーで、このGHQの検閲指針をつまびらかにした。GHQの言論統制の中に、このような項目がある。

削除または掲載発行禁止の対象となるもの

(8) 朝鮮人に対する批判
朝鮮人に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。


(詳細はこちら


 GHQの検閲という言論弾圧は、今から70年前のものだ。彼らGHQは、日本人から、東京裁判への批判、憲法を米国人が起草したことへの批判、連合国に対する批判、占領軍兵士と日本女性との交渉などにかかわる“ことば”を消し去ろうとした。朝鮮人にたいする批判は、連合国や東京裁判への批判と同列に、その時に禁止されたのだ。

 いわゆる慰安婦の実像描写や、ヘイトスピーチ防止条例などは、そのGHQによる検閲の焼き直しを、当の日本人がやっている(自主規制)ということではないか。

 国内の守旧メディアは、いまだに自主検閲を行い、その検閲指針から外れた表現があると、たちまちそれを弾圧しようと試みる。政治家として、いわゆる慰安婦たちの素性と旧日本軍とのかかわりを明確にするという点で、昨日の中山恭子氏(日本のこころを大切にする党)の参院での質疑が理想的であるといえる。しかし、間違ってもいない言論を封殺してしまえば、いつまでたっても本質論にはならない。日本において、ヘイトスピーチ防止条例なるものが日本人のみに不利に働くようなら、そんな条例は言葉狩りと逆差別の温床となる。

 日本人の言語空間は、戦後70年を経ても、いまだに閉ざされたままだ。

閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本 (文春文庫)
閉された言語空間
占領軍の検閲と戦後日本
江藤淳



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[ 2016/01/19 07:15 ] 社会問題 | TB(0) | CM(30)
事実を握りつぶそうとする偏向メディアと偏向野党
中国、北朝鮮、韓国などでは事実を語る事が出来ない。
と日本は民主主義国で発言は自由だと言われながら、事実を語る政治家への言論弾圧は異常です。

公的な仕事だけに発言に注意することは当然であっても、事実までが槍玉に挙がることは逆に大きな問題であると思います。
しかも直ぐに政治家が謝罪、取り消しと腰砕けになる。
そんなさっさと謝るならば最初から言うなよと言いたくもなる。

信念を持って謝罪無しで事実を発言して貰いたい。

また事実を闇に葬ろうとしているのが、事実を伝えるべき使命を持つメディア(偏向メディア)であり、政治家(野党)であるということです。


[ 2016/01/19 08:42 ] [ 編集 ]
日本では事実を言って多数から批判される。
絶対に日本は20万どころか一人の朝鮮人も
強制連行して慰安婦にはしていない。
売春婦だと言ったらなぜいけない。日本軍相手の
売春婦以外の何物でもない。

韓国では事実でないことでも日本を批判することには
国を挙げてやっている。
韓国は日本に対してヘイトスピーチどころか讒言で
相手を貶める犯罪をおかしている。

日本人自身が売春婦と言ってはいけないなど思っているなら
日本人は馬鹿だ。



[ 2016/01/19 08:43 ] [ 編集 ]
大阪市民にも疑念の声が挙がっている。
慰安婦問題が国際社会に波及する人権問題へと膨らんだ事により、これに言及する日本の政治家は内向的な日本人の気質が外圧という得体のしれない現実と責任に飲み込まれている縮図を実感すると思う。その消化は事実を遠吠えとして捉えられ、批判を避ける為に処理される謝罪を要求される。
日本的な常識は最早通用しなく、平和的な解決よりは歴史を上書きしていく方が都合がいいという事に理解を示した方が得策かもしれない。韓国が時間をかけて進めていくのなら、日本はより時間をかけて対処と真実を示す他に慰安婦問題の見通しはない。

大阪在住もふまえてヘイトスピーチ関連に話を移せば、今回の件はおおさか維新の会が主導的に行っているが何の異論もなく野党側は可決に至っていた。大阪では報道もそうだがこの条例を深く掘り下げる情報番組がなかった。そこまで言って委員会や正義のミカタなど保守的な立場の意見が強い番組でさえ取り扱われなかった。差別表現として捉えかれない懸念もあるのか放送業界にはタブー扱いされてるままかもしれない。
何故に条例に至ったかは根幹にある要因になった在特会が焦点にあり、それが象徴される事件が京都朝鮮学校50年間の公園不法占拠抗議だろう。経緯を書くのは長くなる為、調べてもらいたいが京都市政や京都府警など当事者達に関わらなければならない人達の責任を全く言及出来てはいない。この点から大阪市政の人権啓発の取り組みにどれだけの公務員を要していたのか?なのに本当にヘイトスピーチの深刻化が酷かったのか?を市民レベルに伝えきれていないのは何故か?に疑問の声は大きい。それよりは大阪市政の説明責任の所在を在特会側に投げた感は否めないのもあるくらいだ。
今後、私だけじゃなく賛同する仲間と大阪法務局などに見解を聞くなどしてみるつもりだがおおさか維新の会にも詳細の説明を聞いてみたい。
[ 2016/01/19 09:50 ] [ 編集 ]
樋川誠一「大阪市日本人言論弾圧条例(=日本国憲法が禁止している特別裁判所の設置に相当=日本国憲法違反)を廃止しましょう」
樋川誠一「大阪市日本人言論弾圧条例(=日本国憲法が禁止している特別裁判所の設置に相当=日本国憲法違反)を廃止しましょう」

平成28年1月18日
樋川 誠一 ‏@seiichi_hikawa 1時間1時間前
[平成28年1月15日に大阪市議会において成立した]大阪市のヘイトスピーチ抑止条例[=大阪市日本人言論弾圧条例=日本国憲法が禁止している特別裁判所の設置に相当=日本国憲法違反]を廃止しましょう。禁止行為が曖昧となり易い同制度は、言論萎縮や制度の恣意的運用を招き易く、もしろそれが目的とも警戒されます。反日的在日系が以前より導入を狙う人権擁護法案と同様の危険が有ります。関連 http://goo.gl/P4VElP
[ 2016/01/19 10:22 ] [ 編集 ]
民間人が慰安婦は職業としての売春婦と言ったら訴えられるのかな。訴えられたら、強制連行の証拠を出してくれと言ったら出て来るのかな?慰安婦の証言の証拠や嘘だという証拠も出て来て、整理されて行くのかな。誰かにやって欲しいね。
[ 2016/01/19 10:56 ] [ 編集 ]
SEALDs琉球の国際班と広告班として「入管法制上、安全保障法制上および憲法上禁止されている『外国人の政治活動』」をしている金成獻(韓国籍)の日本国永住権(または日本国特別永住権)の取り消しおよび日本国への定住、永住、特別永住、帰化の禁止を緊急要求されたい。
SEALDs琉球の国際班と広告班として「入管法制上、安全保障法制上および憲法上禁止されている『外国人の政治活動』」をしている金成獻(韓国籍)の日本国永住権(または日本国特別永住権)の取り消しおよび日本国への定住、永住、特別永住、帰化の禁止を緊急要求されたい。

*****
『41 r n』氏の平成27年8月28日付けのツィート記載内容の抜粋[若干加筆]を紹介させていただくと、
SEALDs琉球の国際班と広告班として金成獻(韓国人)は、 日本国永住権(または日本国特別永住権)を持っていますが、政治活動しているため、日本国永住権(または日本国特別永住権)の取り消し案件であり、日本国への定住、永住、特別永住、帰化の禁止の案件です。関係各所へ通報しましょう。
=====

【抗議書52円も送っていただきたい!】

平塚パラヤン男
[ 2016/01/19 11:46 ] [ 編集 ]
国連人権委に意見書を提出
「なでしこアクション」「史実を発信する会」と私と共同で、国連人権委員会に下記の意見書(本文・付属書)を提出しました。内容は実質的にクマラスワミ報告に対する反論です。

http://www.howitzer.jp/topics/page04.html

ご参考まで。
[ 2016/01/19 12:18 ] [ 編集 ]
敵を間違えてませんかね…
余命ブログさんも敵は南北朝鮮半島人であってGHQとかアメリカとは言ってないので…
[ 2016/01/19 15:37 ] [ 編集 ]
Re: 敵を間違えてませんかね…
> 余命ブログさんも敵は南北朝鮮半島人であってGHQとかアメリカとは言ってないので…

相変わらず名乗っていただけない(名前空欄)さん、
このエントリーのどこに「GHQとアメリカは敵だ」と書いてありますか?

よしんば余命さんのブログと見方が違っていたら、それだけで間違いなのですか?
論理的にご説明ください。
[ 2016/01/19 15:45 ] [ 編集 ]
感想のつぶやきにまで絡まれるのかなあ
「敵だ」と書かれていないから、敵視していない…なんて
管理人様のような文才のあるお方がそのようなことを仰るとは。。。

導入は韓国叩きで結論はGHQアメリカ白人、というブログは沢山あります。
論調はそれぞれあることは理解しています。

余命さんのブログは書籍出版され「予言」の的中確率が高い。
また筆者の関係者は「満州開拓団であちらから虐殺された方々の遺族」と筆者グループの背景も書いてある。
だから他ブログ記事を読む際にかなり比較の基準になります。

貴ブログも素晴らしいのですが、
過去あるお方(常連様ですが名前はあえて伏せます)が
「最後はアメリカの悪口で終しまい。その次がない」と苦言。
私も同意見で、残念だなあと感じることが多いので、その感想を漏らしたまでです。

名前欄に記入しなければ投稿できないなら書きます。
名前を書くことにどのような意味があるのですか?
「あ」「名無し」などの人や、名前を次々と変える人もいるでしょう。
議論したくない人もいます。
それは各投稿者の自由ではないでしょうか?
私にはコメント欄をすべて細かくチェックして本格的に議論するような時間と労力はありません。
ただ思いついたことを気軽に投稿しているだけです。
そのような投稿が禁止されているとは書いてありませんので…
また、他のブログでも散見されますが
相手が気に入らないと「おいお前、名前何ていうんだ?!」
そして叩く。しかも複数で。
…これって、民主主義の先進国の国民がすることでしょうか?
[ 2016/01/19 16:59 ] [ 編集 ]
切り貼り嘘の果てにコレか
誰か貴方に「コメント欄をすべて細かくチェックして本格的に議論」しようと言って居る人居ましたかね?

「時間も労力も」無いと書く割には屁理屈捏ねるか他人様が何処かで発言したり書いたりの文言を切り貼りして嘘宣伝する時間は余って居ると思えますが、何が目的でこちらにこられるのかしら?

民主主義の先進国の国民がする事は、人様のブログを訪問するには人並みに名乗るのが第一です。
貴方は他家を訪問するに名乗らないのでしょうか?そういう場合は玄関払いされて、それでもしつこければ警察沙汰ですけどね。

「相手が気に入らない」から名を名乗れ、と言って居る人もいませんでしたよ。
何度も書きますが、人の礼儀の第一歩です。
それに、余りにヘンチクリンな書き込みをされるので、それに対して意見を言うのに貴方の名前が書けない、と理由を書いてあげた人も居られましたでしょ。都合の良い読み飛ばしはお止めなさいな。

他所様のブログに前後・脈絡不明な個人のつぶやきを書くのも失礼な事です。人並みの礼儀を守って下さい。

[ 2016/01/19 18:40 ] [ 編集 ]
日本を糾弾することで自らの存在理由を確認する「敗戦利得者」
>いわゆる慰安婦の実像描写や、ヘイトスピーチ防止条例などは、そのGHQによる検閲の焼き直しを、当の日本人がやっている(自主規制)ということではないか。

渡部昇一教授が、以前から指摘している敗戦利得者(とその後継者)問題ですね。
故サッチャー英国首相の経済政策は支持出来ませんが、英国版自虐史観を修正した教育改革は参考になるかもしれません。


公職追放が「敗戦利得者」を大勢生み出しました――渡部昇一教授
http://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/fc3b4466e9789f7e56034665a541558d
(引用開始)
▼日本を糾弾することで自らの存在理由を確認する「敗戦利得者」

【渡部】 自らが卑怯であることを認めたくないから、偽善的な「反戦平和」や「友好第一」などといった衣装をまといたがるのです。
私は「戦前の反省」などと言いながら、戦前戦中の日本の指導者を一方的に非難する人たちは、日本の敗戦によって利益を得た「敗戦利得者」だと思っています。

先の大戦を遂行するに当たって日本の目的が「主として自衛のためであった」というマッカーサー証言が戦後日本国内で普及しないのは、独立回復後も日本の敗戦によって利益を得た人たちがその構造を維持しようとしたからだと考えます。

とくに、公職追放が「敗戦利得者」を大勢生み出しました。
公職追放は、「日本人民を戦争に導いた軍国主義者の権力および影響力を永遠に排除する」という建前で行われましたが、追放の選別はGHQの恣意で、最初は戦争犯罪人、陸海軍人、超国家主義者・愛国者、政治指導者といった範囲だったのが、経済界、言論界、さらには地方にも及び、本来の意味で公職ではない民間企業、民間団体からのパージも行われました。
その隙間(すきま)を埋めた人は、大きな利益を手にしたわけです。

【八木】 GHQの狙いは、敗戦によって沈む者と浮かび上がる者とをつくりだすことで、日本国内に日本人の敵を生ぜしめ、日本社会を歴史的にも、人的にも分断することにあったと言ってよいと思います。

【渡部】 追放指定の基準は、あくまでGHQの占領政策を推進するのに障害となりそうな人物の排除で、それは裏返せば愛国心を維持する人や、戦前の日本史の事実を守ろうとする人にとっては不利益を強いられ、それを捨て去る人には恩恵をもたらすという構図になっていたわけです。
政界からは鳩山一郎、石橋湛山、岸信介らが追放され、戦前の日本を指導した各界からの追放者は昭和23年5月までに20万を超えました。

追放された人たちに代わってその地位に就いた人が、「戦前の日本はよかった」と言えるはずはなかった。大きな得をしたわけですからね。
そしてその恩恵をもたらした「戦後」という時代を悪く言うこともないわけです。

マッカーサーが証言したように、戦前の日本の戦争目的が「自衛」のためであれば、それを指導した人が追放されること自体がおかしなことになり、それによって得た自らの地位の正当性を失うことになる。
(中略)
【渡部】 いちばん得をしたのが左翼でした。GHQの民生局はケーディスをはじめ左翼の巣窟でしたから、彼らが公職追放を主導した当然の結果でした。

ケーディスの右腕だったのがハーバート・ノーマンで、ノーマンはのちに共産党員だったことが発覚して自殺しましたが、このノーマンと親しかったのが、一橋大学の学長を務めた都留重人氏です。
彼は明らかにコミンテルンと言ってよいと思いますが、ほかにも東大総長を務めた南原繁氏や矢内原忠雄氏、京大総長を務めた滝川幸辰氏、法政大学総長になった大内兵衛氏ら、コミンテルンの思想的影響下にあったと思われる人たちが戦後いかなる地位に就いたかを数えれば、いくらでも敗戦利得の実例として指折れます(苦笑)。

こうした敗戦利得者、追放利得者が後進に与えた影響はきわめて大きく、戦後、雨後の筍のごとくできた大学の教授として日本中にばら撒かれたわけです。あっという間に、進行性の癌のように左翼が日本の教育界を占めてしまった。

彼らの歴史観は戦前否定、“日本悪しかれ”ですから、日本人であって日本に愛国心を感じない。むしろ日本を糾弾することで自らの存在理由を確認するという構造に組み込まれてしまっています。
(引用終了)
[ 2016/01/19 19:02 ] [ 編集 ]
発言撤回
櫻井議員の慰安婦発言は撤回するべき箇所は何も無いと思いますし、するなら最初から言うな、と言いたいです。
ですが、これは安倍政府が年末に発表した「慰安婦日韓合意」故に禁句になった事で、その意味では「いまだに」ではなく新たに政府が禁じた「慰安婦問題」ではないでしょうか。
国内に真実を語れない屈託を積み重ねるだけの政府の方針の理由も説明されないままで、どうして「日本を取り戻す」事が出来るのかこの件では不満だらけです。
河野洋平が元凶のこの件を、自国の近現代史のお勉強も知識も放って国と国民と御英霊に大迷惑と屈辱を与えているのは河野自身。それが他人様を批判するなんて!厚かまし過ぎ。

ヘイトスピーチの大阪市の事は、在日が多い地域故という事以外私には何も分りません。
ヘイトという限り、南鮮・北鮮の事だけでは無く、彼等が日本を貶める言動も対象になるのでしたら、正々堂々戦えば良い、と思いますが、それも裁くのが左傾の裁判所ですからねえ・・・
訴訟する費用も市が用立てる、という法も成立したのでしょうかね?大阪市民が決める事ですが、この馬鹿な風潮が他地域に影響する事のない事を祈ります。

TV界では今や「頑張れ」という言葉にも”コメンテーター”の忌避がジワジワ及んで居るという記事も見かけました。
言葉の自主規制は自己の内に留める慎みが欲しいです。
[ 2016/01/19 19:13 ] [ 編集 ]
河野洋平ももちろん政治家失格だし、桜田議員に対し言論封殺を行った安倍晋三も当然、政治家失格ですね。
過去最高レベルの売国奴だと思います。
[ 2016/01/19 20:00 ] [ 編集 ]
ナナシ奴、ノウガキだけはいつちょまえにタレとるじゃないか
アホのわしは感心するわい、うらやましいのう。 されど、、
第一に、「余命」ブログと「私的憂国」ブログの見解の違いを、あたかも瑕疵で
あるかのような「感想をもらしたまで」の説明にはなっていませんな。

第二に、ナナシで捨て台詞を張り付ける理由にもなっていない。

第三に >「民主主義の先進国の国民がすることでしょうか?」
ナナシがこんなエラソ~なせりふ喚く資格がないわ。 何を云うのも自由だが、
それには「それなりの言い方」という暗黙の前提=先進国のマナーがあるのだ。
[ 2016/01/19 20:33 ] [ 編集 ]
不毛な訪問者
書くのは自由
しかしそこには二つの事があります。
それは書くというある意味余計な行為に何のこころざしがあるのか?
そして目的は何か?
と大げさに言えばベースに付いてです。

書くのは自由、だからこそ唯の嫌がらせも有れば、悪意を持った荒し、中傷などこのブログに限らず保守という特定の目的に対しての不毛な妨害活動までも許容するかしないかはブログ主の判断というものでしょう。

それは度量ではなく、無駄なことに必要以上関わる無意味さというものでしょう。
正に日本が韓国に関わらされている様なもの、国の安全保障に楯突く沖縄の様なものです。

管理人の常識的指摘に沿えず、内容もない邪魔なものを継続的書き込みをどうするかは管理人の判断として当然でしょう。
[ 2016/01/19 21:29 ] [ 編集 ]
平均すればかなり上
nari様と違って、私は安倍総理を「過去最高レベルの売国奴」とは考えません。
今までの政治姿勢を覧ても、仕上げた法案の数にしてもその中身にしても、一応立派な日本の政治家であり、例えば河野洋平、宮沢喜一、福田康夫、村山富市、鳩山由紀夫、菅直人、小沢一郎とその烏合の衆などとは隔絶した、国家観を持つ政治家だと承って居ります。
ただ、時々偶々、おかしい事がある、様に拝見致します。
[ 2016/01/19 21:55 ] [ 編集 ]
匿名の問題と差別利権連合
人様のブログを訪問する時は、最低限のマナーぐらいは守るべきだと思うのですが、頑なに無責任な匿名を貫こうとしている上に、「名乗らなければいけないのならば、名乗ってやるよ」といった、その傲慢な態度は何様なのかと思う程です。

そもそも、自分の思いついた事を書きたいだけであるのならば、自分のブログを開設して、そこで好きなだけ述べればいいだけです。

コメント欄を細かくチェックするような時間が無いと言い訳を述べる割には、随分と長いコメントと、管理人様の他の多くの投稿に対してコメントしているようですが。

人様のブログに入り込んで、手前勝手なルールを押し付けたり、身勝手な態度を貫く方が余程失礼です。

そもそも、ネット上でHNという仮名が使用されるのは、他の読者が発言者を区別する事と、自分の書きこんだ投稿に対して責任を持つ事を明らかにするためです。

一般に、匿名や捨てHN(「あ」とか「通りすがり」とか「名無し」など)は、自分の発言に責任を持たないという意味で、他の人に受け取られます。

書き殴り、一過性の投稿の場合であったとしても、名乗るのが投稿する時の最低限のマナーであるという事です。区別ができなくなりますから。名無しの場合は、いずれにしても無責任発言と見なされ、まともに相手にされなくとも文句は言えません。

名乗れないのには、相応の疾しい理由があるという意味ですね。一般社会でも通名特権を利用して、犯罪を繰り返している在日のような存在もいますからね。名乗らないというのがどういう意味を持つのかは理解しなければなりません。

また、匿名の場合、如何なる投稿であっても、投稿が消された場合は、文句を言う筋合いはないと思います。そもそも、無責任発言に対して管理者やその他投稿者がまともに付き合う理由は無いからです。

匿名が許されるのは、組織や団体の内部告発などのように、匿名でなければ、組織や団体からの圧力によって、告発者に重大な被害が及ぶ可能性がある場合のみです。

したがって、ブログなどに書き込むならば、せめて名前くらいは名乗りましょう。無責任発言と見なされないように。

また、慰安婦問題は南鮮が発信の中心地ではありますが、米国で慰安婦像が立ち続けたり、地方議会などで慰安婦非難決議などがされているという実態から、米国にも問題があるのは明らかです。

また、東京裁判を開廷したGHQ自身も、慰安所の存在は把握していたはずですが、この裁判では、慰安婦問題なるものを訴状に上げていませんし、そのような問題が元々存在しないものである事は米国も理解しているはずです。

つまり、米国にも何らかの意図があってこの問題を放置しているとしか思えません。

元々、慰安婦問題なるものは戦後40年以上も経ってから突然湧き出て来たものであり、吉田清治と朝日新聞(植村隆)が捏造した問題に過ぎません。

それをあろう事か、河野洋平や福島瑞穂などが、国連や国際社会に向かって、軍が組織的に関与した問題(この部分が曖昧になっているのが問題)であるとして発信し、他国には「慰安婦=性奴隷」として認識されるようになってしまった。

これは、実態を知り得ているはずの米国にも問題はあるが、日本の愚か者達(サヨク)が、宣伝工作の為に海外に嘘八百を宣伝しているのも大きな問題ではあるだろうと思う。

生活苦の為に致し方なく、不本意な水商売に就かざるを得なかった人々、もしくは悪質な業者によって売り飛ばされた、悪徳業者の被害者がいた事は認め、また、そういった社会問題を防ごうと政府が適切な努力をしていたのかどうかという点で、政治的責任、反省は必要だが、法的な問題とは異なるものであるというのが事実だろうと思います。

また、曲りなりとも慰安婦(娼婦)は、水商売であっても、当時は職業として認められていた事は事実ですし、奴隷のようにそもそも法的な問題のある制度とは異なるものです。

今回の桜田議員の発言が、撤回せざるを得なくなったのも(撤回するくらいならば発言しない方が良かったとは思うが)、党全体に影響が出る可能性があった為か、ある程度は仕方が無いとはいえ、先の拙速感のある日韓合意の影響もあるが、未だに日本国内ではマスゴミも含め、(従軍)慰安婦=日本軍に強制された被害者の説がまかり通っているという事なのだろう。

サヨクは、自分達の発言は【善良な市民】【正義】、反対する者、異論を唱える者は【レイシスト】【ネトウヨ】【差別主義者】などと言論弾圧を加える者達ばかりですから、とことん、都合の良いクズな集団なのだなと思いますね。

大阪市のヘイトスピーチ規制条例の制定(問題表現があるのならば、既存の法律でも対処できるのではないかと思うのだが)も含めて、真実を語ろうとするものを弾圧しようとするサヨク連合の動きには、今後も危険性を増していく可能性があるだろうと思います。

本来、政治的な発言において、事実である場合は、表現や言論の自由の範疇に入るはずで、「殺せ」とか「死ね」のような類の発言には問題もあるが、一時的な者である場合は、言われる側に落ち度がある場合も多く、言論ではなく、司法に訴えるというのは、言論・表現弾圧になりかねず、危険であると思います。

また、こういった動きは、元々嫌悪感を持っていたわけではない人物にすら、嫌悪感を持たせる可能性があり、更に「嫌韓」を助長させる可能性があるのですが、あちら側は理解しているのでしょうか。

国や自治体の責任も大きいと思います。本来在日問題を解決するべきなのは、国や自治体のはずなのですが、それらに目を瞑り、こういった悪法を制定しようとするのは、自分達の責任を棚に上げて、責任を在特会や一般国民に押し付け、在日問題の解決を先送りにしようとしているに過ぎないだろうと思います。

いずれにしても、こういったサヨク連合の動きは危険です。我々一般国民は、サヨクの圧力に負けず、ネットでの普及活動もそうですが、具体的な行動として、国(官邸メールが最善の手段)や一般社会、国際社会に向けて、真実を発信していかなければならないだろうと思います。





[ 2016/01/20 00:37 ] [ 編集 ]
ここは日本か
ダンマリ決めてる一般の大阪の日本人のせいで、
変な日本人差別を可決されてしまった。
決まってからやっても遅い。
なぜわかっていたのに反対する人がいなかったのだろう。

こんどは東京だと言ってるよ。
[ 2016/01/20 09:18 ] [ 編集 ]
名前空欄さまへ
名前空欄さま

私のエントリーの意図は、諸悪の根源が米国/GHQにあるとしながら、それを今まで野放しにしてきた戦後日本、および戦後民主主義への批判です。
拙ブログについて「残念だなあ」と思われるなら、それは読者の方のひとつの感想ですから、それまでですが。

私は別に、名前/HNを書くことを強要してはおりません。
ただ、コメントを書くことは、貴方には単なる感想であっても、他の方にとっては意見表明であって、例え貴方が議論したくなくても議論の種になりえます。
意見の交錯や対立がある以上、意見表明された方がご自身をある程度特定する前提が、ある程度は必要ではないかと、私は管理人として思います。
こはる様流の表現でいえば「礼儀」ということになるかもしれません。

ここは私の庭みたいなものですから、ルールは私が決めるのですよ。
今のところ、コメント欄は開放です。
批判的なコメントを意図的に消すなんてこともしていません。開放の意味がなくなりますから。
FC2ブログの仕様もあり、現時点で「HNを書かない人のコメントはお断り」などと言うつもりはありません。
私は単に、コメント欄の私なりの運用をお願いしているだけです。
[ 2016/01/20 11:09 ] [ 編集 ]
GHQの「洗脳」について
私は「右派」であると思っている。今回の集団的自衛法案の成立を喜んでいるし、何よりも憲法第9条は改正すべきだと考えている。

ところが(一般的に)右派と自称する人たちの一部認識に違和感がある。

その一つがGHQによる「洗脳」論である。
GHQによる言論統制があったことは理解している。
戦勝国が敗戦国の言論の自由を制限することは珍しいことではない。とりわけ日本のように事実上の無条件降伏を受け入れた国では当然である。(負け方が問題。たとえばベトナム戦争での敗戦国アメリカを見れば歴然)。
しかし問題はそのことではない。
右派の学者までもが「GHQの洗脳がいまだに消えていない」と本気で論じていることだ。

日夜を問わぬ空襲に逃げまどい、命からがら終戦を迎えた多くの日本人にとって「(この)戦争の責任は日本にある」とアメリカから言われたら「その通りだ」と思うのは当然だ。当時は「洗脳うんぬん」をいくら主張してもアメリカはもとより多くの日本人が納得しなかっただろう。

私は、洗脳うんぬんは「最悪の自虐史観」だと思う。何故ならサ条約で独立後は十分機会はあったのに(右派からの)目ぼしい反論は聞いたことがない。
田中正明、小堀桂一郎が‘発掘’した「マッカーサー証言」で「自衛戦争だった」(と述べた)と曲解し、それを後生大事に繰り返す愚は自虐史観でなくて何だろう。
ネットを探していたら次のような言葉があった。
-------------------------------------------------------
・・・・脚色されたかつての敵将の言葉に、自国の正当性を求めねばならないほど、日本人は矜持を失っているのでしょうか。戦略説明のために登場したに過ぎない発言を、創作を加えてまで有難がるということに、私は激しい屈辱感を覚えます。( http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20150516/1431794907 )
--------------------------------------------------------
そのほかにもパル判事などの言を引用し先の戦争を正当化しようとする人が後を絶たないが、恥ずかしい次第だ。日本は過去の侵略にはきちんと区切りをつけてきた。安倍さんの70年談話にもあるように、これを間違いだときちんと否定し、その後の日本の平和的発展に誇りをもって主張すべきだ。

しかし時代は変わった。もはや一国「平和主義」(あくまでもカッコつきだ)は成立しない。だから不完全ではあるが、集団的自衛権が必要なのだ。
[ 2016/01/20 23:07 ] [ 編集 ]
ii1920様
ご意見や歴史観として読ませて戴きましたが
洗脳ではなく、GHQの焚書・言論統制・朝鮮人優遇等の方針を占領終了後も「お手本」にして日本に様々の「罪」を着せる事に熱中しているメディアを中心とする反日行為者の「意志」はあると思います。

それが「洗脳」の亜流であることで一般的に「洗脳脱却せず」としても、私にはそれを「自虐史観」だとは考えられません。
[ 2016/01/20 23:45 ] [ 編集 ]
真の独立
自分は、独立とは経済的・軍事的な独立に加え、精神的な独立をする事で、初めて「真の独立」であると考えている。

今の日本は、この3つにおいて、全て「独立していない」と言えるだろう。

3つの独立が、全てアメリカ依存である以上、「真の独立」とは言えないのは明白であると思っている。

「洗脳」というよりは、「独立心が無くなった日本」と言うのが正しいのではないだろうか。

思えば、左派は特亜に依存しようとするし、親米保守は、米国に依存しようとする。

依存しているうちは曲りなりとも「属国」である。その事実は、屈辱であろうとも認めなければならない。

日本は、先の大戦において「敗戦」した。その事実は保守の側も認めなければならないだろうと思う。

嘗ての大戦に対しては色々な解釈があるのは分かるし、大戦中に過酷な生活や体験をした人々が多く存在する事は我々にも理解できる。

嘗ての大戦において、日米両軍に法的な問題なども多く存在していたのは事実だし、そういった問題において、法的責任などは取るべきだとは思っている。

また、政治的に誤った判断により、犠牲者を増やした経緯に対する政治的な責任、反省は必要だろうと思う。

それらの問題は、サンフランシスコ講和条約を締結した際に「解決した」としているはずだ。東京裁判が遡及法によって裁かれた違法な代物だとは思っているが、それも敗戦責任として、日本も受け入れた。これが「法」というものなのだろうと思っている。

しかしながら、「歴史観」において、自国の歴史観はすべて無視をした上で、相手国の歴史観のみを受け入れなければならないというのは違うと思っている。

自分は、侵略の定義は国際法的にも歴史的にも定まっていない為、「侵略」という文言を何らかの条約や声明等に盛り込むべきではないと思っている。

双方に歴史的事実に対して様々な解釈があるのは事実だろうし、どちらかの解釈が全面的に正しいとは限らない。

ある歴史上の行動が「正しかったかどうか」というのは、政治家が結論を出すべき問題ではないと思っている。なぜならば、政治的判断においては、どのような判断にも少なからずリスクというものが付き纏うからだ。歴史に「もしも」をはさむべきではないというのは、それが理由だ。

例え、開戦決定を行ったとしても、「正義」の名の下では正当化される。それが正しいかどうかなど、誰が判断できるというのだろうか。

後の世代がこの判断が、「ある点において、この判断は間違っていた」と見解を述べるのは自由だ。

しかしながら、時の政府が差し迫った問題において、誰からも批判の浴びない政治的決定ができるなどと言う事は不可能だろうと思っている。

だから、政治的判断というものは、ワーストを避け、ベストではなくベターを選ぶべきであるという事だ。

左派のように、先の大戦の時の政府の判断を全面的に否定し、日本軍悪玉論を展開するのはおかしいのではないかと思っている。

日本軍行動が全て正当化されるわけではないのは事実だろうが、だからといって、日本軍というものがまるで性からの悪のように描く左派の歴史認識には嫌悪感しか抱かない。

ナチスドイツについても、ホロコーストのみが取り沙汰され、ホロコーストの内、事実が確認できないものまで事実として宣伝されたり、ホロコーストを持って、それ以外のナチスの政策が全て誤りであったかのように吹聴されるのはさすがにおかしいと思っている。

経済政策などは、WWⅠによって疲弊したドイツ経済を立て直すのに有効な政策であった事は事実だし、軍事行動も直ちに侵略とは言えないようなものもある。これらの政策がホロコーストと直接関係があったとは思えない。

ナチスの政策も歴史的文脈においてその評価をするべきだろうと思っている。

それは、まるで「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という事なのだろう。

政治家としては、歴史観まで受け入れるという事まで、するべきでは無かったと思う。

敗戦直後に日本政府内で、連合国側の歴史観を押し付けられることに抵抗したのは、白洲次郎くらいだろうと思っている。

米国もベトナム戦争で痛手を被ったが、双方に多大な犠牲者が出たり、ベトナム人も米国に対しては批判的な人、嫌悪感を持つ人々は多いだろうと思う。

しかしながら、米国はベトナム戦争に負けたからと言って、ベトナム側の歴史観を全面的に受け入れた(つまり、加害者=米国、被害者=ベトナムという単純構図)わけではないだろう。

米国にとって、ベトナム戦争が防共の為の紛争であったというのは事実だし、敗戦した米国の「歴史観」を、戦勝した(南)ベトナム側であっても、完全に否定する事はできないだろうと思う。

自分は、先に大戦を体験した世代の、過酷な戦争体験談は良く聞かされてきたし、戦争などというものは、極力避けるべきものだとは思っている。

しかしながら、同時に「真の独立」をしようと考えている日本人がどれだけいるのかとも考えている。

独立というものには非常に大きな覚悟が必要になるのは事実だろう。しかしながら、経済や軍事いおいて、米国の言う事に強く抵抗できない現状に、我々は屈辱も感じている。

左派は勇ましいように「米国の依存から脱却せよ」などと主張するが、彼らが日本の独立を願っているわけではなく、特亜への依存、即ち属国にしようとしている事は、目に見えている。

集団的自衛権は、必要悪だろうと思う。仮に米国の言いなりになる側面があったとしても、独立心が無い現状の日本においては、自国民ですら政権に逆らえば殺害する、独裁国家の特亜の言いなりになるよりはましだ。

自分は、日本がいつまでも謝罪しなければならないとは考えていない。本来、「条約」を結んだ時点で互いに「解決」したという確認をしているからだ。

嘗ての大戦を美化する必要などは無いが、相手国の「歴史観」をそのまま全面的に受け入れなければならないというのは違うと思う。

「嘗ての大戦には間違った部分もあったとは思うが、だからと言って、必要以上に罪悪感を感じる必要は無い。反省はしつつも、日本として、平和へと一歩一歩、前に進んでいく事が重要だ。」と、日本が自らの立場で、歴史問題を総括できる時が来る必要があるのだと思う。


[ 2016/01/21 00:35 ] [ 編集 ]
「礼儀」というより
名前空欄の方への先の私の意見を主に「礼儀」と書きましたけれど,「礼儀」と肩肘張る迄もなく「一般的お行儀」の方が適切な言葉でしたね。

<民主主義の先進国の国民>のあるべき姿勢、を真剣に考えた事はなかったのですが、言われてみれば考える価値はありそうです。(ただ、貴方が言うの?という気分は100%ありますが。)
名前空欄の方に簡単に云えば、自由と自分勝手の区別がつかない様では先進国国民として大いに疑問な態度だと言えると思います。

なんだかこの方、以前もいらした様な感じを受けました。錯覚かな?
[ 2016/01/21 03:46 ] [ 編集 ]
「自虐的」ということ
やす@管理人さんの次の言葉を引用するのを忘れていた。
--------------------------------------------------------------
私のエントリーの意図は、諸悪の根源が米国/GHQにあるとしながら、それを今まで野放しにしてきた戦後日本、および戦後民主主義への批判です。
--------------------------------------------------------------
米国やGHQの「押し付けた」歴史観に問題があるというなら、それに対する有効は反論を示せなかった戦後の保守派、右派にこそ責任がある。
実は今でも私はそういう議論を寡聞にして知らない。

少し逸れるようで申し訳ないが、戦争の評価は法的な問題だけでなされるべきではない。いくらマッカーサーが「(先の戦争は日本にとって)自衛戦争だった」と認めてくれたとしても・・・そんなこと絶対にありえないのだが・・・それを「正当化」の理由にするのは情けない。

クラウゼヴィッツが述べているように戦争は政治の継続だから、国益の観点を抜きにした議論はあまり意味がない。
つまり先の戦争はどのような国益を追求し、それが達成されたかどうかで「正当性」というより「妥当性」を判断すべきである。左派は問題外としても右派でも法的な正当性しか論じておらず、国益については見たことがない。

真珠湾攻撃に始まる対米英戦争はいわゆる「支那事変」泥沼化からの脱出が目的だったと思うが、この目的はとてもじゃないが国益に沿っていたとは思えない。そもそも先の支那事変が「蒋介石への膺懲」が目的だったらしいが、これでは終わりは見えず国益とは程遠い。

先の戦争の「正当化」を期待するのは無駄な努力であり、今ある危機=護憲派への攻勢に集中すべきだと考える。
[ 2016/01/21 20:34 ] [ 編集 ]
リアリズムの保守
ii1920さんの戦後保守派に対する批判の前段は、福田恆存氏に近いのではないかな。

江藤淳氏の「閉ざされた空間」に始まる一連の労作に対して、福田恆存氏は冷淡を通り越して、けんもほろろ、何それ?という態度であった。

江藤氏はアメリカの財団の費用でアメリカに渡った手前、対米批判をせざるを得ないのだろう。GHQは私の電話を盗聴するほど暇ではないという嫌味付きで。


福田氏は英文学畑出身ということもあるが日本では珍しいリアリストであり、いわゆる理念型の保守ではない。そもそも理念先行の保守主義というのは言葉の矛盾であるが、「保守とは町の蕎麦屋を守ること」という生活人としてのリアリズムに福田氏の保守主義の真骨頂があると言うべきか。ひょっとしたら英国流?


実は彼は江藤氏ら安保反対=左翼転向組の保守主義を根底から疑っていたのだと思う。

ただこの辺り、福田氏と江藤氏との間でどのようなやり取りがあったのか、正確に私も全貌を把握していない。疑問は疑問として持ち続けている状況なので、誰か詳しい人がいたら教えてくらはい。
[ 2016/01/21 21:49 ] [ 編集 ]
歴史の文脈の中で考えるしかない
歴史というものは、つくづく「文脈」というものが必要なのだろうと思っている。

ある出来事が「正しかった」か「間違っていた」かという判断は、時の為政者や専門の研究者であったとしても難しい。

「江戸時代末期における、日本の開国という判断は正しかったか」という問いなど、誰も答える事は出来ないだろうと思っている。

歴史上においては、「勝者の歴史」ばかりではなく、一人一人の人間に対して「さまざまな歴史」というものがある。

・源氏と平氏の長い争いにおいて、平清盛が武士の情けからか、源頼朝を討たなかった事で、後に源頼朝によって滅ぼされた平氏

・天下統一の野望を果たそうとしたが、あと一歩のところで家臣の裏切りに遭い、自害した「織田信長」

・日本悪玉論を展開し、国家、国民の分裂と敗戦革命を目論んだ数多くの共産主義者

・嘗ての大戦において、屈辱の敗北を味わった東条英機

・その他、無名の侍(足軽)のまま討ち死にしていった数多くの兵、旧日本軍兵卒

このように、歴史というものは各人に様々な歴史というものがあるのだろうと思っている。

その意味で「理念的歴史観」というものには、あまり意味が無いのだろうと思って思う。

よって、歴史上の事件などは、誰も「正当化」できなければ、「否定」どちらもできないのではないかと思っている部分はある。

戦後体制も、思えばGHQ、米国の歴史観である「東京裁判史観」が未だに日本国内で支配的地位に位置づけられており、戦後の保守派には、論理的に反証してこなかった事に対して責任があると言わざるを得ない。

自分は、「敗戦責任として東京裁判の諸判決は受け入れるが、歴史観までは受け入れない。歴史観はあくまで日本の側から発信するべきである。」と考えている。

あの戦争は日本にとって、どういう意味を持っていたのか、戦争中に時の政府の判断ミスによって、犠牲者を増やす結果にならなかったのか、本当に支那事変、太平洋戦争などに突入していく過程に、紛争回避の方法が無かったのか、などなど様々な問題を逐一検証していかなければならないだろうと思っている。

日本にとって、あの戦争は「国益のための戦争」であったのかどうか。それが、この歴史上の問題に対する答えなのだろうと思っている。

この問題に対する答えは、歴史の文脈の中で結論を出すべき問題であると思う。

我々がこれからやるべき事は、過去の一時点の出来事を、いつまでも引き擦り続けるのではなく、そういった出来事があった事は認めつつも、未来に向かうことに対する、現在の障害(戦後体制)を一つずつ取り除いていくべきなのだろうと思っている。

[ 2016/01/21 22:49 ] [ 編集 ]
良い批判も悪い批判もない
批判は大事である.

政策に対する批判はその政策を止めろと言うことである.
しかし, 政権側が政策の実施を急ぐ場合には基本政策の
実施を前提として意見を出せと言う場合が多い.

嘘付党や共産党の議論も大変にアレで困るのだが,

安倍政権のTPPに対する態度, 憲法改正に対する態度,
いわゆる保守の安倍政権擁護の態度,
全てについて, TPPが前提, 改正が前提, 安倍擁護が前提,
となっていて基本方針への避難を受け入れずに
対案を出せと避難する場合が多い.

(だから, 今のチャンネル桜のホームページにある煽り文句は
見るのも嫌だ.)

批判は大事である.
問題は, 国会が高度な議論を行なう周辺条件を備えて
いないことである. 特に, 政権側が国民広報を意識的に
手控えているように見える現状は問題である.

そこには, 安倍政権のTPP戦略, 農協潰し戦略などの
グローバル路線の戦略がある.

そのような戦略を隠して対案を出せと闇雲に
反撃するだけの状況はおかしいのではないか.

民主主義が愚民政治になって最終的に全体主義になるという
一連の流れの中にあるとしか思えない.

対抗勢力が徹底的に無力化されている現在は全体主義の
一歩手前である. ドイツだってあからさまにナチス党の
全体主義政治になった訳ではないのだ.
[ 2016/01/24 13:33 ] [ 編集 ]
野党が弱すぎるのが問題では?
>対抗勢力が徹底的に無力化されている現在

安倍総理や自民党が野党を無力化しているという訳ではなく、野党がそもそも、政治政党としての能力が欠けていると言わざるを得ないのが、現在の自民一強の原因だろうと思います。

ナチス政権が誕生したのも、ドイツの30年以上のデフレによる経済疲弊に対して、有効な手立てを打つことができなかったその他政党にも、大きな原因があった事は事実だろうと思う。

それを無視して、「ナチスを選んだドイツ国民は衆愚」などという批判は、やや的外れであると言わざるを得ない。仮に自分自身がその時代の人間であったら、ナチスを選ばなかったと言えるのだろうか?その点で無責任な発言にしか聞こえないだろう。

ナチスは結果的に悪政政党のように扱われるが、全権委任法以降の下りを除けば、むしろドイツ経済を回復させるために大きく貢献したのも事実だ。

自分は政策というものは、現状維持か改革か、その為に与野党で議論するものだと思っている。

例えば、憲法改正なども現状維持でいいというのならば、現状の日本の周辺国との摩擦や海外でのテロ事件に邦人が巻き込まれた場合などに、現行法で対応できるという事を説明しなければならない。

しかしながら、それらに対して現行法で対応できないのであれば、新法を制定する必要がある。

与党が示している政策にも問題点が無いわけではないが、だからといって、誰もが納得できるような完璧な政策が作れるわけが無いのも、また事実だろうと思う。

だから、政策には一定の妥協が必要になる。しかしながら、野党はそもそも政策の議論すら放棄しているようにしか見えない。

野党が、与党案を突き崩して有権者の支持を得られるような政策を打ち出せない以上、与党案が消極的であろうとも支持されるのは当然だろうと思っている。

TPPには自分も反対しているが、同時に米国の経済圏に入らずに国際経済の中で日本が生き残っていけるのかどうかという点に関して、疑問も抱いている。

TPPに参加しないのならば参加しないという判断もあるだろうが、それならば参加しない場合のリスクも引き受けなければならない。今の日本にそのリスクを背負うだけの覚悟はあるのだろうか。


自分は、批判そのものは問題視していない。しかしながら、無責任な反対論には否定的な考えも持っている。

その意味で、与党案を突き崩す事ができない野党に対して「対案くらい出してみろ」と考えている。

問題なのは、野党が政治政党として弱すぎる事だろうと思っている。少なくとも政策などをまともに考える事ができずに、リスクなども度外視した原理主義を貫いているような集団には、現政権に打ち勝つことなどできないだろうと思っている。






[ 2016/01/24 15:03 ] [ 編集 ]
Re.良い批判も悪い批判もない
はぁ?? 政策に対する批判を大別すれば、、
1.政策が間違いである。 2.基本は正しいが瑕疵があり、そこを糺せ。
3.批判は正しいが批判の対象が身勝手。 等々が有るはずです。
恣意的な前提から論を展開されても、私めには理解し難いものです。 

TPPとは民主党がUSAへの媚びとして批准すると言い出したものです。
民主党が約束したものであれ国家間の約束であり破れば信用を損うでしょう。
安倍政権はいわば戦後処理として取り組まされていて、しかも合意に至るまで
その内容を公表できない縛りがあると仄聞しています。

「基本方針への避難(非難)を受け入れずに」、と述べるなら、安倍がTPPの
締結を引き継いだ時点で、どこまでの修正が可能であったのかを明らかに
してからの批判でなければ牽強付会の誹りを免れぬのではないでしょうか。
[ 2016/01/24 15:17 ] [ 編集 ]
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