私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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皇紀2676年、今年も既存メディアのプロパガンダを注視していきます

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 皇紀2676年、あけましておめでとうございます。昨年に引き続き、本年もブログ「私的憂国の書」を宜しくお願い申し上げます。

日の丸


 2015年は歴史戦の年でした。戦後70年という、かなり中途半端な節目に、様々な議論が飛び交った年です。報道各社はこぞって戦後70年特集を組み、先の大戦とそれ以降の日本を、独自のイデオロギーを交えて振り返ろうとしました。「もはや戦後ではない」は、1956年(昭和31年)の経済白書に書かれたことばですが、2015年に起こった歴史論争を客観的に見る限り、日本は今も先の戦争を精神的に克服できず、私達はいまだに戦後を生きているのだと強く思います。

 昨年の平和安全法制に関する議論のなかで、「戦争に巻き込まれる」と、国民の中に空想的強迫観念を植え付けようとしている市民団体があります。SEALDsという団体が発足し、左派政党やマスメディアがこぞって彼らを取り上げ、彼らがさもまっとうな主張をしているかのように持ち上げました。元旦の朝日、毎日の社説を読めば、左派メディアがこういう市民運動のマッチポンプ役を進んで引き受けていることがよくわかります。

2016年を考える 民主主義 多様なほど強くなれる(毎日新聞)

 メディアも、公平・公正な報道で民主主義の一翼を担う。

 民主主義に公平さ、公正さが欠かせないのは、政治的決定を社会に浸透させ、国論の分断を防ぎ、社会の融和を図るためである。

 従ってそれは、多数決ではなく、少数意見の側がその選択の過程に納得しているかどうかで測られる、とも言えよう。メディアの公平さ、公正さも、異論や批判を多様に吸い上げることで確保される。


 今までメディアが公平・公正であったためしがないのですが、毎日新聞のようなメディアは、少数意見を取り上げることこそが「公平・公正」だとし、自らの正当性を主張したいのでしょう。

 朝日の元旦の社説もかなりイカしてます(笑)。経済的格差や沖縄の基地問題を取り上げ、日本国民の連帯が分断されようとしていると、朝日的な警鐘を発する社説を掲載しています。

分断される社会 連帯の再生に向き合う年(朝日新聞)

 社会の分断は民主主義にとって脅威だ。「私たちみんなで決めた」という感覚がなければ、人々は政治的な決定を尊重しようとはしなくなる。そしてそれはさらに社会を細分化する悪循環を招く。

 私たちの社会が抱える分断という病理を直視し、そこにつけ込まない政治や言論を強くしていなかければならない。

 民主主義さえも台無しにするほどに深刻化する前に。


 ひと言で斬れば、世論や連帯を分断しようとしているのは、むしろ朝日新聞の方でしょう。

 両紙とも、現下の日本があたかも民主主義の危機にあるように主張しています。しかし、民主主義とは最終的には多数決で決定されるもの。2009年の多数決戦では、民主党がその多数を取ったために、多くの国民が苦しみ、政治に失望し、政権与党となった民主党が日本の憲政に汚辱の記憶を刻んだのです。その当時、朝日や毎日は、多数決に対する批判などしなかったはずです。従って、これら元日の社説は、単なる左派メディアのポジショントークでしかありません。

 少数意見を抹殺せよなどと言うつもりはありません。ただ、朝日や毎日は、「少数意見を尊重せよ」と主張するその裏で、「自らのイデオロギーのためにその少数意見を利用している」というのが私の見方です。

 メディアが権力を監視するという責務を自認するなら、私たちがメディアを監視するという図式も成り立つはずです。ブログ主は、今年も朝日、毎日のようなプロパガンダ紙の主張を注視して行こうと思います。

 本年も宜しくお願い致します。


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[ 2016/01/01 09:32 ] メディア | TB(0) | CM(20)
あけましておめでとうございます。
そう、メディアです。
日本の偏向メディアは反日さよくの中心に居ます。
それを核に日本社会を網羅し広がっています。

不当な近隣反日国やそれと結びつく在日反日勢力との戦い(歴史戦など)の正当な愛国日本側の核は産経です。

その愛国の核からの発信が論理的正当性を持つが故、昨年はその影響力の広がりがあったと思えます。
逆に言えばその正しい影響力増加を妨害するが為に韓国は加藤前ソウル支局長を拉致したとも言えるでしょう。

そんな昨年の延長の戦いは今年も続きます。

本年も宜しくおねがいします。
[ 2016/01/01 11:09 ] [ 編集 ]
おめでとうございます
今年もブログを楽しみにしております。
朝日は新年早々から今年も日本に挑戦(朝鮮)しようと企んでいる様子ですね。
既にアジビラ新聞化した同紙がこのまま部数を拡大するとは思われませんが未だアジビラ新聞を聖教新聞同様に崇拝するキチ害共が存在する事実をきちんと整理して「日本国民」は対応して行く事です。
昨年の犬HK大越(偏向)が世の批判を浴び交代、今年は古館、岸井の降板と露骨な偏向キャスター共が淘汰され、多少は後任に期待したいと思いますが無理でしょう。
我々はメディアが発信する情報を鵜呑みにしがちです。しかし、裏に隠された悪質なプロパガンダに今年も充分に注意しながら監視していくべきですね。
今年もブログ主様のご健康とご多幸を祈念申し上げます。
[ 2016/01/01 13:07 ] [ 編集 ]
謹賀新年
謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。

天皇陛下万歳!

皇紀2676年(平成28年)1月1日
[ 2016/01/01 15:18 ] [ 編集 ]
終焉に向かうリベラル民主主義
明けましておめでとうございます。

それにしても、高校生の時に読んだ朝日新聞の社説とちっとも変わってませんな、雀百まで?

朝日、毎日は変わらなくとも、世の中も私も変わりました。朝日のような変態プロパガンダ紙は別格にしても、今や世界ではリベラル民主主義そのものに懐疑的な見方が広がっています。

例えばマスコミでは「極右」の烙印を押されているオーストリア自由党、オーストリアの地方選挙では今や第一党に躍進しておりますが、難民問題に対しては「政治的難民は当然の如く受け入れる。ただし経済難民(便乗組)は困る」と言っているに過ぎず、至極当然の生活人の代弁をしているに過ぎないと私には思えますが。それが何ゆえに「極右」認定なのでありましょうか。


結局、世界のマスコミの大半の座標軸になっているリベラル民主主義も単なるイデオロギーに過ぎないのです。少数者や弱者の保護は文明社会として当然のこととしても、社会の大半を占める健全な納税者の意向を無視しての、少数派によるイデオロギー的な「専制」は到底受け入れられるものではありません。

今年はリベラル民主主義のメッキがさらに剥げる一年となりますでしょう。まずはめだてし。
[ 2016/01/01 15:22 ] [ 編集 ]
少数意見を尊重したくても明らかな間違いは尊重できない。
[ 2016/01/01 16:52 ] [ 編集 ]
新年明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

基本的に情報乱立のネット社会ですが、情報の真実を見極めるのは非常に困難なのが現実です。しかし確認や様子見で時間に阻まれると結果として異常事態が起こる、この繰り返しになってからもう何年も経ちます。更なる見極めが出来る人間になる事が今年の目標ですが、これは多分皆さんもお考えであると思います。
せめて今年が日本にとってそういう人間の増える年であることを切に願います。
[ 2016/01/01 17:56 ] [ 編集 ]
それでも新年
新春のお喜びを申し挙げます
主様はじめご一統様?ご一家のお幸せを曳き寄せましょう。

プロパガンダ紙・毎朝も足許の危機感は持っている様な社説ですね。「民主主義命」と縋り付いて居る気配。
民主主義を唱えていればおどろおどろしい自社の姿勢が誤魔化せるとでも思って居る様に見え、国民から観れば頭隠して尻隠せず状態かと。
今年のフレーズは「民主主義」と「分断」なのかしら。

昨年は362本、ならば今年は375本狙おうぜい!・・・ん? 
     



[ 2016/01/01 17:57 ] [ 編集 ]
プロパガンダは巧妙、かつ執拗です。
あけましておめでとうございます。

皇紀2676年。
ということは零式戦闘機が開発されて76年経ったということでもあるわけですね。

皇紀と西暦の表示をみて、かつて元号表記での一悶着を思い出します。
公的機関の文書日付を元号で表記するとの動きの中で「元号は天皇賛美。戦争につながるものだから許せない。」という例によっての彼らの猛烈な反対運動がありました。
卒業証書の日付も西暦しか認めず、国歌斉唱も猛烈な反対運動の渦に巻き込まれました。

このような状況を遠目、近めに眺め、耳にしたものですから、暦の表記には感慨深いものがあります。
元号や国旗が当たり前に存在する。このような当然すぎることが戦後、長らく阻止され続けてきました。是非、当時を知らない方々に伝えて欲しいものです。

わが家の近くに美味しいケーキ屋さんがあります。
ここのご主人、ただ者ではありませんでした。5年前の大震災のとき彼は店の前に大きな国旗を掲げました。そしてそこには「頑張ろう日本」と書いてありました。無口な職人さんではありますが、熱い心の持ち主でした。
いまでも国旗は翻っています。

国旗が国歌が、元号が「堂々と」存在するまでにどれだけの時間を必要としたか。忘れるわけにはいきません。

加えて、もう一つ。
プロパガンダを注視するということですが、昨日から放送されているNHKの「映像の世紀デジタルリマスター」、なかなかの曲者です。
朝鮮戦争については北の攻撃で始まったことは言いませんでした。この調子です。
聞けば、紅白歌合戦では、有名女優が「戦後70年の平和への思い」を熱く語ったそうで、業界用語でいえば、「巧みにぶっ込んで」きています。

「そんなNHKなんか見るなよ」と言われそうですが、だから監視することも必要かと感じた次第です。

皆様の知恵と経験に示唆を受けながら対プロパガンダ戦、続けていきましょう。


[ 2016/01/01 17:58 ] [ 編集 ]
2016年 歴史戦
新年のご挨拶も済ませたあとなので早速本題です。

本日、1月1日元旦も数年前からの傾向である「ジャパン・リスペクト番組」の一つである「日本食堂」がテレビ東京で放送されていました。
そうそう、「和風総本家」もやっていました。

その他、「YOUは何しに日本へ」などという番組も有りますし、反日偏向メディアでもそんな「ジャパン・リスペクト番組」は放送します。
矛盾していますね。

古くはあのアフリカで命を落とした野口英世、あの台湾での八田さん與一、そして直近では去年ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智さんなど。
まだまだ事の大小合わせ星の数ほど人類、世界、社会に貢献した無償の心を持った日本人は居ます。

つまり日本人とは精神的伝統としても、教育としても高潔な精神を持った民族であるわけです。
昨今、日教組教育で偏向教育を受け、反日偏向メディアの悪影響を受け、個人主義、拝金主義に偏り自己中心の世情があり、それを表す犯罪も日々起こっていますが、基本は全世界的比較でもまだ精神の善性の多数残った国であると思います。

そんな日本を「保守」する歴史伝統と結びついたものを古いであると、革新が良いものと誤解した者たちもいますが、古い歴史を持った日本的なものには良いものは多数あり、また新しい考えにも考慮するものはあるとはいえ新しいから全て良いというものではなく、これも最近で言えば夫婦別姓などの問題も有りました。

そんな日本の良質の培われた伝統・歴史から来る精神性が拝金・自己中心の伝統・歴史を持つ隣国の反日国から攻撃を受けるというある意味、日本の良さがあるが為に自分で自分の首を締めるという状況が戦後続いているとも言えると思います。

日本の精神性を維持しつつ、反日プロパガンダ、覇権主義に対峙するという、ともすれば甘さで敵対国(また在日反日組織)に付け込まれる要素を持つ日本でありながら、毅然として戦える国でもありたいものです。

[ 2016/01/01 18:28 ] [ 編集 ]
自民党麻生太郎政権のとき、ウジテレビの麻生太郎スペシャルに、帰化未帰化在日韓国人マスコミの時事通信社の背乗り帰化在日韓国人疑惑の田崎史郎が書店のおやじに韓国式なりすまして出演していましたよ。
自民党麻生太郎政権のとき、ウジテレビの麻生太郎スペシャルに、帰化未帰化在日韓国人マスコミの時事通信社の背乗り帰化在日韓国人疑惑の田崎史郎が書店のおやじに韓国式なりすまして出演していましたよ。
[ 2016/01/01 20:21 ] [ 編集 ]
なんと清々しい写真であることか!
あけましておめでとうございます。
 
ブログ主様、コメント欄諸賢の方々、今年もよろしくお願い申し上げます。

写真がいつも見かける岸井醜狸とか、ズラ南鮮外相と異なり、あまりに清々
しいので写真に見とれてエントリーの内容がアタマに入りませんでした。

「祖国」、という言葉を見聞した時、何時もスメタナの交響曲が心に流れます。 
言葉のイメージを、この名曲を通すことで自分が納得しやすい心象に修正して
いるのかもしれません。 

ところが燦然と翻る「日の丸」とスメタナの「祖国」はハッキリ合わない、何故
なのだろう、とボンヤリしてしまいました。 アホの考え惰眠に似たりですが、
「永遠の0」のBGMにスメタナではオカシイということなのかも知れませんね。
[ 2016/01/01 20:29 ] [ 編集 ]
我が祖国
末田様

日の丸と「モルダウ」は、それは合いませんよ。

「モルダウ」はご存知の通り、スメタナの連作交響詩「我が祖国」の第二曲で、スメタナの祖国ボヘミアの森や川や平原、城、農民たちの暮らしぶりを描いたものですから。

19世紀には他にノルウェーのグリーク、フィンランドのシベリウスなど、民族色の濃い作曲家が輩出しますが、いずれも事情は一緒。残念ながら日の丸に合う曲はありません。(笑)

民族派のウェーブに乗り遅れた日本は明治維新の後にようやく西洋音楽の世界に参加しますが、祖国を音で表現する方法論では今一ですかしらね。それに豪勢な管弦楽の洪水は「日の丸」に合わないような気がします。滝廉太郎は若死にしてしまいましたし。


私見ですが、昭和に入ってからの信時潔の曲は素晴らしいです。ことに「海行かば」は日本そのもの。誰かが創ったのではない。最初から日本と共に、大伴家持の歌以来、そこにあるという感じ。

でも、正月から「海行かば」とはいきませんので、そこが私の悩みのタネです。
[ 2016/01/01 21:50 ] [ 編集 ]
新年早々に
あけましておめでとうございます。

日の丸を嫌い君が代を嫌う朝日毎日新聞が、
この一年の害毒散布宣言とばかりに
恥知らずな文面をぬけぬけと書ける神経には、参ります。

そもそも「天声人語」なんて掲げてですから。
真っ当に羞恥心のある人では書けません。
天性塵語がお似合いどころでしょう。

PM2.5に匹敵する環境汚染というのでしょうか。
いやそれ以上でしょう。
長い間、身体内部に深く入り込み、
日本人の精神を破壊し、世界に日本の悪宣伝をしてきました。
敵国を利する言論活動がその本性ですので、
他のマスコミ共々、要監視が絶対です。

その為にも、読者の目を見開かせていただける
卓抜な記事を今年もどうぞ宜しくお願いします。
[ 2016/01/02 00:00 ] [ 編集 ]
レッドバロン閣下、ご教示ありがとうございます。
仰るとうり、正月から「海ゆかば」では、いくらなんでも公序良俗に反するのでは
ないかと思えますねぇ・・ それに保守のオバサマ方からも疎まれそうですw~

しからば、、、どうするか?
天皇陛下と首相が靖国神社で英霊の御霊安らかを祈る姿を映像にし、その時の
BGMに「海ゆかば」を使えばどうでしょうか。 歌詞とその所縁を英訳にして
世界に配信すれば、日本の伝統文化の深みと奥行に世界は驚嘆しそうですよ。
特に、トーマス・マン氏などは泉下で感涙に咽ばれるかも・・
[ 2016/01/02 00:02 ] [ 編集 ]
邦楽ならば
青空に日の丸には、お正月定番曲ですが「春の海」もよろしいかと思いますが、宮城道雄が「モルダウ」に曲想を得たと云われる「瀬音」も日本の渓谷から海に流れる水の景色を描いて良さそうです。

それとも、いっそ賑やかに「元禄花見踊り」、勇ましい所ではルルーの「抜刀隊の歌」、富士山があれば「愛国の花」いっぱいありますでよ
[ 2016/01/02 00:14 ] [ 編集 ]
日本で最後を飾ったエトワール
トーマス・マンの他にポール・クローデルもおりますでよ。

20世紀ヨーロッパを代表するこの二人の文学者が、滅びゆく帝国日本への最高の告別の辞を語ってくれました。

今の無学・無教養な「国際社会」とやらが何をほざこうと、けっ、些かの興味も関心もないレッドバロンであります。


フランスのバレリーナにして世界最高の踊り手と言われたシルヴィ・ギエムが引退公演を日本で行いました。それも今年の渋谷オーチャード・ホールでのシルヴェスター・コンサート、大晦日の0時ちょうどに合わせて、彼女のバレエ人生最後の「ボレロ」を見事に踊り終えました。


彼女も日本が大好き、クローデルの衣鉢を継ぐ人でした。

フランス人で古典的な教養のあるレベルで、日本が嫌いな人間はいません。唯一、サルコジが日本を嫌ってましたが、シラクやドヴィルパンはじめ周りのENA出身のスーパー・エリート達が余りに日本趣味をひけらかすことに対する反発が原因だそうで、解る気がします。彼も教養がないので。(笑)
[ 2016/01/02 00:52 ] [ 編集 ]
どちらも「平壌」運転
毎日変態もアカヒも摩訶不思議な論理を振りかざし
元日も「平壌」運転をアピールしたようですな。

>メディアの公平さ、公正さも、異論や批判を多様に吸い上げることで確保される。

異論や批判しか掲載しないのは
一般的な日本人にしてみれば「偏向」でしかないのにね。
毎日変態独自の牽強付会な見解だな。

>社会の分断は民主主義にとって脅威だ。

民主主義の最大の脅威は多数決で問題を解決できないことだ。
多数意見が軽んじられ、声だけ大きい少数意見に偏るのは人治主義という。
[ 2016/01/05 17:01 ] [ 編集 ]
プリセツカヤ女史も
バロン閣下
ギエムの親日、日本伝統への讃仰をお書きならば、是非昨年亡くなられたロシアの永遠の舞姫、マイヤ・プリセツカヤ女史もお忘れなくお願い致したし。
[ 2016/01/05 17:35 ] [ 編集 ]
闘う白鳥
こはる様、プリセツカヤ女史、忘れてませんよ。


実演で「瀕死の白鳥」を観ましたが、凄いものでした。そこに居たのは人ではなく、まさに死にゆく白鳥そのもの。毅然たる舞台のマナーから超気難しそうに見えますが、実は大変に気さくな人で、引退したシルヴィ・ギエム…マドモアゼル・ノンと言われた…と、好対照だったと今回話題に上りました。

プリセツカヤやギエムに愛されただけでも、大変なことです。日本よ、しっかりせいや。
[ 2016/01/05 18:43 ] [ 編集 ]
50代まで
プリセツカヤ女史の踊りは彼女が50代までの数回拝見出来ました。
その当時はご両親の事など報じられませんでしたので、あんなにソ連に監視されているバレリナだとは思いもしないで、ただただ舞台に熱中。
一度だけプログラムにサインを戴いたことがありま~す。

彼女等は芸術家というより職人さんではないかしら、と職人気質に敬意を抱く私は思っております。
[ 2016/01/06 00:01 ] [ 編集 ]
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