私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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マイノリティを弱者化し、それに批判的な者を差別主義者とする社会システムは間違っている

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 SNS上で同性愛について批判的な発言をした議員と公務員が、かなり痛烈なバッシングを受けている。ことの発端は、神奈川県海老名市議が同性愛について「異常動物」とツイッターに投稿し、バッシングを受けたのちに謝罪した。このやり取りについて、岐阜県の県職員が「同性愛者は異常でしょ。だいたい、何で同性愛者とかは自分の変態的異常性を公表したがるんだ?」と書き、新聞各紙が取り上げる沙汰になっている。

岐阜県職員:ツイート「同性愛は異常」 (毎日新聞)

 岐阜県技術検査課の30代の男性主任が短文投稿サイト「ツイッター」に「同性愛は異常」と書き込んでいたことが1日、県への取材で分かった。県は処分を検討している。

 県やツイッターの記録によると、主任は先月29日、神奈川県海老名市の市議(71)が「同性愛は異常」とツイートしたことに触れ「同性愛は異常でしょ。何で同性愛者とかは変態的異常性を公表したがるんだ?」と投稿した。

 県に先月30日、匿名のメールで情報提供があり、主任に確認すると投稿を認めた。プロフィル欄に「某県庁職員」と記していた。聞き取り調査に「不適切だった。申し訳ない」と謝罪したという。



 正直なところを言わせてもらえれば、私は心が狭いので、同性愛者についてはある種の嫌悪感を持ってしまうタイプだ。ただ、同性愛者は同性愛者として、自分の生活に入り込んでこない限りは好きにやってもらって構わないし、「異性を好きになれ」という説得が無駄であることも察しが付く。

 ただ、同性愛者が性的マイノリティであることを根拠に「弱者化」し、その弱者に対して批判的な見解を示す者を差別主義者に仕立て上げることによって、差別主義者が弱者を弾圧するという構図を“意図的に”作ろうとする社会システムには、ある種の危機感を持つ。岐阜県諸君の発言には品がないとは思う。ただ、特定の個人ではなく、同性愛者と一般化した対象に対して発したツイートが、職員の処分(読売。ただし現時点では検討段階)に発展するなら、これはある種の言論弾圧ではないのか。

 この、マイノリティを弱者化し、その弱者に批判的な者を差別主義者などと悪魔化するのは、もう手垢がついた手法と言っていい。在日問題、同和問題、沖縄問題なども、ほぼ同質であると思う。こと、個人が自由に表現できるようになったネット社会は、発言は履歴を含めてデジタルデータとして残る。万能な検索エンジンの助けもあり、ログが容易に検索できてしまう時代だ。言葉狩りの環境としてはもってこいなのだ。

 もしこの社会的傾向が助長されれば、自称慰安婦について批判的なことを言ったり書いたりすると、社会全体から総バッシングを受ける、南朝鮮の社会システムのことを言っていられなくなる。そういう社会システムに自ら足を踏み入れるのか、自制を働かせて言論の自由、思想・表現の自由を守るのかは、ネット利用者の常識、社会通念、リテラシーにかかっているのだと思う。

 GHQが敷いた検閲体制と、その検閲体制を「自主検閲」として自らの規範とした戦後民主主義と同じ轍を踏んではいけない。


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[ 2015/12/04 07:14 ] 社会問題 | TB(0) | CM(34)
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[ 2015/12/04 09:45 ] [ 編集 ]
最近の言葉狩りレッテル張りに同調する傾向は異常ですね
[ 2015/12/04 09:51 ] [ 編集 ]
同性愛者が正常でないことは事実でしょ。
黙って同性愛やってりゃいいだけの話。
[ 2015/12/04 10:20 ] [ 編集 ]
韓国語常套句「長文で書くな!」
韓国語常套句「長文で書くな!」

←帰化未帰化在日韓国人および韓国の真実が日本人B層へ知られることを阻止する目的で24時間ネットへ一斉に第1次資料に基づかない韓国式日本人罵倒コメを書き込みまくる「帰化未帰化在日韓国人共同通信社指揮下の地方マスコミ各社の部長クラスの帰化未帰化在日韓国人たち」は、韓国語常套句「長文で書くな!」をコメしまくっている。
[ 2015/12/04 11:11 ] [ 編集 ]
この問題は今ではGHQとは何の関係もない.
これはグローバリズムの一貫として
各国の伝統を壊して世界を平らなグローバリズムの園に
したいと考えているもの達の影響によるものです.

歴史的にはドイツを追い出されたユダヤ系の
フランクフルト研究所が米国のコロンビア大学に
活動の拠点を移して漸化的社会主義革命の思想を
戦後の欧米や日本に広める活動をしてきたことを
田中英道が昔から主張してきた.
田中氏は思想面だけを述べているが, ドイツのフランクフルとは
ロスチャイルド家の本拠地であるとの馬渕大使の
指摘を考えるなら, 大使が警鐘を鳴らしてきている様に,
グローバル的方向性を持つユダヤ系金融資本の影響力が
ナポレオン戦争の後から連綿と続いてきた結果であると言える.

米国はこの本家であって, 苺畑ブログで散々に述べられて
いる様に, 日本より遥かに進んだ言論弾圧状況になっている.
欧州は完全に言論弾圧状況である.

だから, 日本はこれからなのだと思う.
つまり, 日本は世界の庶民の「唯一」の希望の国である.
これは戦前からそうであった.
[ 2015/12/04 12:44 ] [ 編集 ]
井上太郎 ‏@kaminoishi 12月2日

私は同性愛者は普通ではないと思います。だからと言って決して悪でもなければましてや犯罪でもありません。個人の自由であり批判もしません。でも決して一般的でもありません。そうなった理由だか原因は色々でしょうし医学的に障害となってます。ただ同性婚は、憲法違反で絶対に認められません。


[ 2015/12/04 12:53 ] [ 編集 ]
韓国式同性パートナーシップ条例 = 日本国憲法違反
韓国式同性パートナーシップ条例 = 日本国憲法違反

韓国式同性パートナーシップして日本国伝統文化を破壊したい日本人なりすまし帰化未帰化在日韓国人たちは、とっとと日本国籍を放棄して、韓国へ帰還して、韓国内で韓国式同性パートナーシップして下さい。
[ 2015/12/04 13:18 ] [ 編集 ]
欧米社会は何処を目指しているのか
文明の変わり目?
子供・女性・人権・平和・環境・動物愛護弱者利用~反論・思考停止
[ 2015/12/04 15:26 ] [ 編集 ]
『親中・反中』
[ 2015/12/04 16:32 ] [ 編集 ]
乗っ取りの常套手段 移民を入れて コミュニティー分断
転々と広がる移民達のコロニー
たちまち出来る 勝手なコロニー自治体其処には日本の法律番外街
[ 2015/12/04 17:31 ] [ 編集 ]
それは無理、無理。
数ヶ月前のこと、アメリカで同性婚のウェディング・ケーキの製作を断ったたケーキ屋さんが市当局から巨額の罰金を課せられ、廃業に追い込まれるという「事件」が発生しました。

注文の拒否は信仰上の理由から。キリスト教では明確に神の言葉として同性愛を禁じていますからね。ユダヤ教、イスラム教共に同じです。

何とアメリカでは、場所によってですが、圧倒的なマジョリティを占めるこれらの信者が己の宗教倫理を貫徹すると、当局から行政罰を下されるという錯乱した状態にある訳です。

怒ったのはキリスト教系の団体です。夫婦二人でやっているこの小さなケーキ屋を全面支援し、ケーキ屋は何とか廃棄を免れた由。

確かに、アメリカ社会ではインディアン、黒人、同性愛などのマイノリティに対する差別が極端でした。英国では20世紀に入ってなお、同性愛が発覚したら、刑務所にぶちこまれていました。

その反動だか反省だか知りませんが、欧米社会のやっていることは極端に過ぎます。

私の同級生の某君のご先祖は美貌のお小姓として、三代将軍家光の寵愛を受け、最後は大老にまで成り上がりました。やっかみから殿中では、蛍大名と呼ばれたかどうかまでは定かではありませんが(笑)一神教ではない日本では、もともと同性愛に対する構造的な差別はありません。歴史的に武士階級がバイセクシュアルは当たり前のこと、ギリシャ・ローマ世界に近いと言うべきか。オバ様たちも青田買いで目をつけた宝塚の凛々しい男役を追っかけ回しているし。自由にやっちておくれ。

但し男同士、女同士が婚姻するのはおかしいですよ。だいたい、生物学的に交配できませんものね。相続その他で愛する人に遺したいというなら、他に手段があるでしょう。無理なものは無理です。
[ 2015/12/04 21:50 ] [ 編集 ]
同性愛は少数派かもしれないが、確かに異常です
そもそも、「同性愛を認めよ」と言われても、大半の人はあまり容認しないようにも思えます。同性愛ってそもそも性的な乱れのような気もしますし。

別に思想良心の自由は誰にでもありますから、同性愛自体はしたいのならば、合意の上でしていれば、はしたないとは思いますが、容認せざるを得ないかと思います。しかしながら、少なくとも公の場で堂々とやるような行為でもないかと思います。

公の場での性的行為の肯定発言は問題になるにもかかわらず、同性愛を否定する発言がダメになるという理屈は何故成り立つのでしょうか。

勿論、公人の立場として色々言えない事というものがあるのも事実ですが、同性愛の肯定発言というのは、廃人やロリコンを公に肯定するようなものですし、やるならば他者に被害を出さない程度に楽しむべきものだろうと思います。

「同性愛」は世界中でも否定的な見方が強いです。ユダヤ、イスラム狂は完全にダメ、キリスト教圏で若干認めているところもありますが、それでも賛否があるくらいなので、世界的にも厳しい目で見ているのは事実でしょう。

通常、成長すると異性に興味がいくはずなのですが、同性愛者は何故か異性ではなく、同性に政敵興味を抱くので、異常なのは事実です。

そもそも、「同性愛」って非生産的だろうと思います。同性愛を認めたとしても、同性では子供はできませんから、異性同士でなければ意味が無いようにも思えます。

つまりは、「同性愛」はやりたいのならば、公に晒さない程度ならば、仕方が無いので認めるという程度です。ただし、非生産的である上に、周りから見たら異常であり、気持ちが悪い存在であるという事です。

[ 2015/12/04 22:07 ] [ 編集 ]
自己責任
百万の理屈を並べても、同性愛は異常な事だと思います。
ただ、この世に異常な事は何でもありなので、そういう嗜好の人がいても構わないとは思います。ただですね、何故超センシティブな情報を自ら晒して幸福になれると信じているのかが理解出来ません。人間黙っている事も大事なのではないでしょうか。

私は文学音痴で、読書量は人並みですが、変なポイントばかり気になり、作品の本質を理解する能力に欠けていると、よく教師に注意されました。
中学生時代に読んだトオマス・マン(望月市恵先生の翻訳だったと記憶)は、断然ブッデンブロークスが好きでしたが、今記憶に残っているのは延々と続く晩餐の美味しそうな描写と、神々しい生木のクリスマスツリー、それから、一族最後の男の子が瀕死の床にあり、同級生(元気な男の子)がその子の手に口ずけをした、と追想される場面です。
同性愛は、精神性が高い故に選ばれた人々のものと思っていましたが、何かを胸に秘めるという事が少なくなり、肉体関係や利害が重視される現代では、状況が少し異なっているのかも知れませんね。
[ 2015/12/04 22:27 ] [ 編集 ]
いきぐるしいことで
黙って居れば周囲に溶け込め、差別の、弱者の、と言立てる必要もない今の日本で、敢えて自分達の「特殊性」と「権利」を要求する、そのいじましい根性が嫌ですね。

大昔からどの世界でも階層でもあったらしい個人嗜好話ですが、特に最近の、この一般普通人にとって息苦しい傾向は、オバマ大統領の「何でも公平、何事であっても差別は許さない」明確化が大きな影響を与え、更にはローマ法王の同性愛許容発言だったのではないか、と思います。
節度の無さを権力者が後押しするのですから、世も末です。

若い時分の仕事上で複数のその手の人を知っておりましたが、その頃の同性愛者は身ごなしで分っても、自分達の少数派である事や「普通」ではない事の自覚はあり、「権利主張」など間違ってもしては居ませんでしたし、廻りも「そういう人」として問題にすることもありませんでした。
「私たちはフツーじゃないから世間の隅で閑かに(しかもノーノーと)生きるのよ!厳しいのよ~。世間様に大手振って大通り歩ける身分じゃない覚悟よ~」と楽しく言い放っていましたっけ。こういう人なら家族にしたいとは思いませんが、ちょっと知り合いでもイイわ。と思います。

弱者ビジネス(非営利であっても)に利用する事で日本の礼節を壊しまくり社会転覆を謀る者達には、負けては居られません。

ちび・むぎ・みみ・はな様 馬淵睦夫氏は只今大使では御座いません。細かな事ですが、現役大使には諸制約がある筈ですから敢えて申し上げます。
[ 2015/12/05 00:16 ] [ 編集 ]
記事の趣旨には賛同しますが・・・
コメント欄には反吐が出ました。

主の見解の、

>正直なところを言わせてもらえれば、私は心が狭いので、
>同性愛者についてはある種の嫌悪感を持ってしまうタイプだ。
>ただ、同性愛者は同性愛者として、自分の生活に入り込んでこない限りは
>好きにやってもらって構わないし、
>「異性を好きになれ」という説得が無駄であることも察しが付く。

は、異性愛者として全くもって穏当で、これを差別という輩がいたらバカでしょう。


 しかし、「異常動物」とほざいた特大級のバカに対して、
同性婚反対と同性愛嫌悪を絡めて、

>同性愛者が正常でないことは事実でしょ。(←少数だから正常じゃない?正気ですか?)

>だいたい、生物学的に交配できませんものね。(←不妊に悩む方々に同じこと仰ってみては?)

>同性愛ってそもそも性的な乱れのような気もしますし。(←貴方は自分が同性に対して発情するのを
                                    理性で抑えて異性愛者のふりをしてるんですか?)


・・・等と放言し、挙句の果てには、


>少なくとも公の場で堂々とやるような行為でもないかと思います。
>公の場での性的行為の肯定発言は問題になるにもかかわらず、
>同性愛を否定する発言がダメになるという理屈は何故成り立つのでしょうか。


「公の場で同性愛者と宣言すること」と、「公の場での性的行為をすること」の区別がつかない、
正気とは思えない方まで・・・・・頭が痛いです。



 みなさん、どうせ関心は無いでしょうが、お暇な時で結構ですから、
「同性愛 迫害」で検索して勉強してください。


異性愛者が同性愛者に行ってきた犯罪を知ってください。

同性婚の可否と、同性愛者迫害の正当化を混同しないでください。









[ 2015/12/05 13:12 ] [ 編集 ]
多数派であることと横暴であることとは無関係
コメントの流れが同性愛者に行っちゃったようですが、ブログ主様のポイントは同性愛者の話ではなく、
「弱者に対して批判的な見解を示す者を差別主義者に仕立て上げることによって、差別主義者が弱者を弾圧するという構図を“意図的に”作ろうとする社会システム」に対する懸念
ですよね。

これこそ実は、日本人が最も気を付けねばならない弱点だと私は思います。
「弱きを助く」を美徳とし「強きが弱きに向ける横暴」に義憤を感じる精神、国民性。その弱点。

考えてみれば、マイノリティかマジョリティかは関係ないんですよね。

ただ、そこに「多数派=横暴という命題は真」という前提を入れると「マイノリティ=弱者」の論理が成立してしまう。

「多数派=横暴という命題は真」と考える人は、
自分がたまたま多数派に属すれば、横暴に振舞うだろうし、
自分がたまたま少数派に属すれば、多数派の横暴を訴えるでしょう。

前者は、民主党政権中の強行採決の多さに一致するし、
後者は、今年の安保法案可決の前に民主党が言ってたことと一致する。

「民主党=卑劣という命題が真」というのは自明なので(笑)
要するに「多数派=横暴という命題が真と考えること」が、問題なのだと考えます。

結局、
ブログ主様が懸念する「弱者に対して批判的な見解を示す者を差別主義者に仕立て上げることによって、差別主義者が弱者を弾圧するという構図を“意図的に”作ろうとする社会システム」は、
「”多数派=横暴という命題が真”という間違った観念を捨てないと、日本は危うい」という、
憂国的警鐘ということなのだと思います。

「少数派であることと弱者であることは無関係」と同時に「多数派であることと横暴であることとは無関係」という見識こきちんと持った人を増やすことが大事なのだと思います。

かつての日本を支配していた武士は、威厳のある振る舞いが必要であったが、横暴に振舞えば重罪だったと聞きます。
威厳のある振る舞いと、横暴な振る舞いの区別がついていたから、武士は尊敬されたのだと思います。決して恐怖で押さえつけていたのではない。
時代劇では、悪代官の横暴に振舞いが定番だが、あんなのは「劇」。作り話。
ああいうもので、日本人は「権力=横暴」を刷り込まれている。
「多数を取った党=権力」と刷り込まれ、「多数派政党への投票=横暴に手を貸す行為」という、幼稚な思い込みで、選挙に行かない若者も少なからず居る。

わかりやすい例では、「オヤジ」も「威厳のあるオヤジ」と「横暴なオヤジ」は違う。
ほとんどの日本人は、この辺はちゃんとわかっていたはず。
ただ、最近はそれが解らない人増えてるんじゃないかという危惧は持ちますけどね。

こういう違いがちゃんとわかる人が大多数を占める国であるためにも、日本が日本でなければならないと私は思いますね。

まとまりがない長文ですみませんでした。
[ 2015/12/05 20:00 ] [ 編集 ]
少なくとも公で性的表現や暴力表現などを容認するのは難しい問題である
当方のコメントに対しての反論があったので再反論させていただきます。何か勘違いをされているみたいですが、

当方の

>同性愛ってそもそも性的な乱れのような気もしますし。

のコメントに対して

>貴方は自分が同性に対して発情するのを理性で抑えて異性愛者のふりをしてるんですか?

おそらく「同性愛」は生理的現象であるのだから、容認しなければおかしいだろうと言いたいのでしょう。

しかし、当方は

>別に思想良心の自由は誰にでもありますから、同性愛自体はしたいのならば、合意の上でしていれば、はしたないとは思いますが、容認せざるを得ないかと思います。しかしながら、少なくとも公の場で堂々とやるような行為でもないかと思います。

としています。これは「同性愛」というのは思想良心の自由の範疇には入るだろうが、だからと言って公で堂々と言うような事でも無いという意味です。

また、

>少なくとも公の場で堂々とやるような行為でもないかと思います。
>公の場での性的行為の肯定発言は問題になるにもかかわらず、
>同性愛を否定する発言がダメになるという理屈は何故成り立つのでしょうか。

に対して

>「公の場で同性愛者と宣言すること」と、「公の場での性的行為をすること」の区別がつかない、

これ、後半の部分を少し変な所で切り取っていますね。自分は、「公の場での性的行為の肯定発言は問題になるにもかかわらず」と書いているのですが。

まあそれはいいとして、

これも「自分は同性愛者だ」という事を公の場で宣言するようなものなのかどうかという事に尽きますね。

問題は「同性愛」の存在そのものというよりも、例えば公の場で「ロリコンの何がいけないんだ、幼気な少女とセックスしたっていいじゃないか!人を愛するのは誰でも自由じゃないか!」などと宣言出来るかどうかという事です。

例えば、パリ食人事件の佐川一政、神戸連続児童殺傷事件のサカキバラや、埼玉連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤なども猟奇的な生理感覚として持っていましたが、他の一般の多くの人間からしてみれば、その感覚(生理?)自体が理解できないでしょう。

もちろん、これらはその中でも特殊な例だろうとは思いますが、やはり異常生理現象に対しての一般人の嫌悪感が強まるのも、こういった事件がそういった生理感覚を持つ人々から頻発しているからだろうと思います。

U-18(性的表現を含む)やU-20(暴力表現を含む)などの年齢制限が書かれているようなものは、公で堂々と発表できるようなものでは無い為、一定の年齢以上に限定している事は確かでしょう。一般には同性愛は、こういった類のものと同じような扱いを受けているのだと思います。

勘違いしないでいただきたい事は、ロリコン、同性愛、猟奇趣味などを持つこと自体は本人の思想の自由であり、当事者同士の合意があるのならば、個室などで勝手にやればいいと思います。

しかしながら、一般人の感覚からすればそういった人々は、気味が悪い存在であり、公の場でそういった行為をする者を受け入れる事ができるかどうかという点については、難しい問題であるという事です。
[ 2015/12/05 20:20 ] [ 編集 ]
え~?
西様 ちょっと違うような気が致します。
ロリコン、猟奇趣味は趣味で終わっているならば本人の自由ですが、お挙げになった宮崎事件や佐川事件、榊原事件は趣味を遙かに逸脱した(昂じた、とは思いません)犯罪です。
それと、ロリコンは大抵の場合、被害者と加害者になるのではないでしょうか?

一般的な異性愛者にとって異常であり嫌悪感を感じる根底には、同性愛者へも基本は同じ部分はあると思いますが(他人事に書いてますけど、私も含めて)バッサリ一括りにされると大分違う様な気になりました。

異性愛者ですが様 「生物学的に交配できませんでしょ」というコメント批判に不妊を例にお出しになっていますが、不妊と先天的構造原因の交配とは全く別物だと思います。
私は他臓器に問題があって子供は産めませんでした。妊娠が難しい、問題があって妊娠できない事と、身体の本来の造りで「両親」の子供は絶対無理、というのとは全然違うと思います。
私でも命を掛けたら産める可能性はあるのでしょうが、同性愛者間の出産はハナからあり得ませんから。比較にもならないし同列で語られてもそりゃ違う、と思います。
実際、同性愛は非生産的だと思います。大抵の宗教もそう考えての禁止だったのではないでしょうか。
[ 2015/12/05 22:29 ] [ 編集 ]
そういう二項対立の考え方自体がまずいでしょうが。
同性愛が「生物学的に交配できない」というのは事実の指摘であって、

>不妊に悩む方々に同じことを仰ってみては

とは何じゃ?こういうのを言いがかり、或いは女の腐ったような物言いというのですよ。(女性の皆さん、ごめんなさい。)

当方は同性愛が婚姻という社会制度には馴染まない、「家庭」という社会の最低単位は、当然のことながら社会の維持に協力し再生産に適合したものでなければならない、と言ってるに過ぎません。結果として、子宝に恵まれない人たちを引き合いに出して、何なのさ?


それを中国人民の前で、沖縄県民の前で、或いは原発被災者の前で言えますか?このように絶対弱者を設定して、(自分はそうではないのに)相手の議論を封殺する、そういう手口はここでは通用しないから止めなさい。ここのブログ主はそういう手法に警鐘を鳴らしているのではないですか。

>異性愛者が同性愛者に行ってきた犯罪を知って下さい。

これも異性愛者と同性愛者というより、イスラム教やキリスト教など一神教による宗教倫理の問題と言ってよいでしょう。我が国では同性愛で死刑になった例などありませんよ。だいたい信長や家光のような絶対的権力者がその道の人なのに、誰がどうやって、彼らを処罰するのですか。(笑)

綺麗な若衆をめぐって殺し合いになったことはあります。荒木又右衛門による有名な札の辻の果たし合いも、元を正せば、池田侯の寵愛を受けた美しいお小姓に他家の男が横恋慕したのが原因で。

これら歴史上に有名な人々も(義務として?)子孫は残しているので、彼らは同性愛者であって異性愛者、いわゆる両刀使いであったのです。

異性愛者さんとやら、もうちょっと日本人の「豊かな」性愛の歴史を、実体験はできなくとも、勉強してから、議論を挑まれてはいかが?
[ 2015/12/05 23:03 ] [ 編集 ]
辻ちがい
閣下 うっかりしてはイカン。鍵屋の辻よ、札の辻は港区よw

異性愛者ですが様、それとね、「異常動物」を特大バカと書かれてますが、人間も動物ですし、何処がバカ?
他の動物に同性愛ってあるのかどうか?余り聴きませんけど・・・居るのかな?
異常よ、多分他の動物としても。普通じゃ無いもの。
なので「反吐が出る」という書き出しから汚い事はお止めになって。

[ 2015/12/06 00:43 ] [ 編集 ]
辻いろいろ
こはる様

鍵屋の辻でした!札の辻はオイラ達が前に住んでいた田町の近くで。

辻ついでに、軽井沢の六本辻という、旧道が六本集まった場所の近くに「ミハエル」というルシアン・カフェがあります。私の同級生の兄貴がやってまして、静かな森の中の、白木造りのロマンチックな喫茶店は、ご婦人方にぴったり。オーナーは白系ロシア人の二世ですが、ちょっとプーチンに似てるかも。(笑)
軽井沢におこしの節はぜひお立ち寄り下さい。もし、お嫌いでなければ、ジャム入りのルシアン・ティーがお薦めです。

動物に同性愛がいるのか?疑問ですが、元祖一神教の民ユダヤ人はもともとが羊を飼う生活でしたからね。子孫(家畜)が増えない行為を毛嫌いしたのは当然と言えます。

一方において生殖行為とは関係ない同性愛は、それだけ純粋であり、抽象的であり、ある意味では都会的な作為であるとも言えます。観念論的にはですよ。


そういえば、家畜と一緒に暮らし、作物を育てる農村地帯において、同性愛というのはちょっと聞いたことがありませんね。同性愛とは生産関係から離れた生活を送る人々や階層の間で起こりがちなことなのではないか、という仮説を、私は立てています。
[ 2015/12/06 01:28 ] [ 編集 ]
同性愛自体は個人の自由ですが、それはともかく
>こはる様

「同性愛」である事自体は問題ではないのです。ただ、今の時代で公に堂々と「同性愛」を肯定する発言できるかどうかというのが問題だろうと思います(非難覚悟で発言するというのならば別にいいのですが)。

猟奇趣味のようなものは実際にその行為を行えば犯罪になるので、それはそれで問題になりますが、同性愛というものも、犯罪行為ではないとはいえ、公で堂々と肯定できるかと言えば、自分も難しいのではないかと思っています。

日本では同性愛者がどの程度存在しているのかまでは分かりませんが、少なくとも公の場で性行為に臨んでいるだけならば、特に問題にならないでしょう。

ただ、人間である以上、性的な興味を持つのは致し方ないとはいえ、あまり公の場で性的行為を晒すのは嫌悪されるかと思います。これは、多くの人間にとって、同性愛というのが生理的に受け付けないものである事が原因ではないかと思います。

レッドバロン様がおっしゃるように、歴史上の人物の中には同性愛者もいたようですが、まあその時代の事はそこまで詳しくないのでどのような性行為(?)に臨んでいたかまでは分かりません。ただ、それはその時代の武士などの風習として容認されていたと考えるべきであり(例えば昔は日本でも一夫多妻制も容認されていましたが、これも風習であると考えるべきかと思います)、今の時代の風習として考えた場合、やはり違和感があるかと思います。

いずれにせよ、「同性愛者」は一般人の感覚からしたら異常なのでしょう。それでも、社会に受け入られようと、同性愛者が自ら社会の側に働きかける努力をするのは良いかと思います。

ただ、現代社会で社会が受け入れるのはなかなか難しいというのが事実なのだろうという事です。
[ 2015/12/06 02:50 ] [ 編集 ]
追記
公人の発言として「同性愛」自体を否定する事に対しては、賛否あるかと思いますが、ただ「同性愛」の否定=差別されたという固定された構図には違和感を覚えますね。

多くの人間からすれば、生理的に受け付けない存在である以上、微妙な問題だろうと思います。

だから、公の場で「性」や「暴力」などに関する発言は趣味があるとは別としてあまりするべき発言ではないという事です。

逆に、必死に「差別」と騒げば騒ぐ程、偏見の目が強まるかと思うので、注意が必要になると思います。(これは在日問題などにも当てはまりますね)
[ 2015/12/06 02:59 ] [ 編集 ]
西様 そう思います。在日の他に部落問題でも言えるかと。
騒ぐから目立たなくても済む事を敢えて騒いで問題化する根性の根底にあるものが、物議を醸すのだと。

秘すれば花・・・こんな処に世阿弥さんでもないですけど・・そういえばこちらも。
[ 2015/12/06 10:08 ] [ 編集 ]
六本辻
バロン閣下 お店の名前は存じませんが、あのお店では?と思い当たる素敵な喫茶店はあります。雲場池への途中、辻の手前にあるお店ではなかったかと。
行いが悪いのか何度か不運で(満員、お休み中のどちらか)入れた事がありませんでした。季節外れの軽井沢が好きですけど、それでも居るところには居るんですよね、我等オナゴ共はw。

軽井沢は宣教師さんに三代前のご先祖様が作り方を教わった、という中山農園さんのジャムを時々宅配でお願いしております。
これからの季節私もロシアン・ティを淹れますが、ウォッカではないので、やっぱり本物には敵いません。
次に行くときはは粘ってでも戴きに参ります。プーチンさんへ。
女子フィギュアにリプニツカヤという選手がいるのですが、去年までは(今季は多少柔らか目になってますが)プーチン似の冷酷な目をしていて、結構好きですw。

札の辻近辺から杉並に越されて、都落ちという御仁も、ちょっと珍しいですよ、閣下。
そういえばアノ近くの江戸の藩邸(何藩だったか?)でも切腹だったのではなかったかと。勿論本所松坂町の事後のこと。もうじき14日です。
[ 2015/12/06 10:42 ] [ 編集 ]
辻さまざま
こはる様

そう、その店です。雲場池通りを辻に向かって手間の左側にあります。店主の名前はピョートル(ピーター)、弟君はウラジミール(ボブ)と言います。「ミハエル」は亡くなったお父上の弟さんの名前だそうで、名称からしてもはやツルゲーネフやチェーホフの世界ですよね。プーチンにかしずかれて、お茶を運ばせるのはいい気分ですよ、多分。

プーチンの次女の名前がエカテリーナ、27歳、大変な美形だそうです。今、世界で最も敷居が高い独身女性と言われております。昨年、屈強のSSに守られて秘かに訪日し、お台場で買い物をしていったそうで。

ちなみにメルケルの執務室には、エカテリーナ女帝の肖像画が掲げられています。女帝はドイツ出身ですからね。

その辺りのへなちょこ男では、プーチンを「お義父さん」と呼ぶと考えただけでもおしっこを漏らしそうですが、日本の外務省の独身男性は何をしておるのじゃ。日頃から高級ワインやシャンパンをがぶ飲みしているのは、この時の用に供せんがためではないのか。
しかも彼女は大変な親日家というではありませんか。

札の辻近くで忠臣蔵ゆかりの藩邸というと、細川家中屋敷でしょうか?大石蔵之介以下17名がここで切腹して果てました。松の廊下における刃傷の原因は吉良上野介と浅野内匠頭が美しいお小姓を取り合ったせいだという説を聞いたことがあります。さすがにその説を採用したドラマは見たことがありませんが(笑)、それほどまでに江戸時代には衆道が盛んでありました。衆道というのは少年愛のことで、今の同性愛とはまったく系統が違うようです。男でも女でもない、美しい生き物を愛するとでもいったような。ただしロリコンと並んで、今、それを実行したら、ただちに刑事犯罪ですからね。高度の美意識がある人たちには生き辛い時代ではないかと、存じ上げおり候。
[ 2015/12/06 17:29 ] [ 編集 ]
仮名手本忠臣蔵
レッドバロン様
ということは、歌舞伎や文楽の仮名手忠臣蔵が内匠頭の奥方に吉良が横恋慕という仕立てなのは実は、なのかも知れませんね。なにせ何も吉良には覚えがない、という事になって居るのですから、内匠頭の瞬間沸騰型変調神経(つまり瞬間気狂い)の所為だと言う人もいて、残された家臣はどうすりゃいいのよって感じでもあったのかな、と思います。

細川家のお屋敷が高輪近辺にあればそうだったかも知れません。高松宮邸にも近い場所だった様に思います。
松坂町屋敷の一部や切腹の場になったお屋敷の一部、高橋是清邸などの暗殺場所になった屋敷跡が今でも公園になっているのが、なんとなく日本って好いな、と思ってしまいます。

メルケルさんがエカテリーナ女帝の肖像画を、というのは初めて知りました。プロイセンの皇帝ではなく嫁いで行った人を?なんか意味深にも思います。プーチンはソレを見てどう思うかしら?ちょっと笑えますね。

ところでプーチンのお嬢さんとサムスンの御曹司が結婚、というお話は次女さんでは無いのか、単なる噂だったのか?噂だけでもエライ勇気です。
とても日本の外務省では太刀打ち出来ないでしょうけどw、頑張ってみようとも思わないでしょうね。寝首搔かれる事を先に想像してしまうのではないかしら。搔かれてみレ。その辺は明治の男性に大幅に後れをとりますね。なさけなか~

国内では大名や将軍、高僧などに伝わるお話ですし、海外では現代でも修道院でのスキャンダルもありますし、寄宿制の学校でも昔からの暗黙の事実、と聴きますから、お互いに納得なら本来他人がどうこう触れたい事ではないですよね。親御さんはそりゃあ大変でしょうけれど。
[ 2015/12/06 19:05 ] [ 編集 ]
管理人様は何でこのタイトルでこんなに延びるんだ!とお思いでしょうね。WWWWW

で、お風邪は如何?明日から又御出陣出来ましたら欣喜に御座候。
[ 2015/12/06 19:11 ] [ 編集 ]
何でこんなに延びるんだ?w
こはるさま

この種のコメント連鎖、実は私も楽しんでますので全く問題ございません。

一昨日、微熱に打ち克ち、本日ようやく咳が一段落。
ただ、いまはヤク中ですww
[ 2015/12/06 20:52 ] [ 編集 ]
出勤禁止ですなあ
咳きが治まりつつある状態では出勤はあきまへんでー
レッズ敗退が原因じゃのう おだいじにー。
[ 2015/12/06 22:31 ] [ 編集 ]
他人を異常と呼んではばからぬ感覚は正常か?
なんか「同性愛者は異常」が認められちゃったような雰囲気になることに危機感を持ちますので、述べさせていただきます。

他人に対して、"異常"という言葉を使うのはよほど慎重に考えた上で行うべきだと思います。
私の場合、人に対して使う場合は、嫌悪している対象、差別する対象に好戦的に接する時にしか使わないと思います。
医学的な用語でも、異常という言葉の使用には慎重になっています。
私のような使い方をするケースがマジョリティであることを鑑み、医学用語がそのような解釈のされ方を回避するためだと思います。決して言葉狩りではなく。

もしも「異常は単に正常の対義語で差別も嫌悪もない」などというなら、まるでどこかのマスメディアが自己弁護に弄する詭弁。見苦しいだけ。

同性愛者の感情を知らぬ私が、同性愛を受け付けない方々にうかがっても仕方がない話なのかもしれませんが、同性愛者は好きになったその相手と性行為をしたいがためだけに、一緒に生活をすることを社会的に認めてほしいと言っているのでしょうか?

もしもそうでないならば、性行為とセットにした論理でその不謹慎さを以て異常と断じたり、交配できないことを理由に異常と断じることは、偏見の上に成り立たせた横暴な論理展開とされても仕方ないと思います。

自分がよく理解できない同性愛という性質があることを以て人を"異常動物"呼ばわりする人は、私は"心ない人"という印象を持ちます。

そこのところが理解できぬ人も同じように心ない人という印象を持ちます。

同性愛者が少数であることを犯罪との共通点を引き合いにして語る語りかたは、同じような誤解を生むと思います。

「自分は同性愛が理解できない、自分は賛同しかねる」という主旨だけならいいですが、心ないと誤解されるような表現は慎むべきと思います。

マジョリティが横暴にならない歯止めのひとつだと思います。
[ 2015/12/07 01:59 ] [ 編集 ]
嫌悪感は確かにありますね(理屈とは別です)
> Alinamin2011様

正直に言うと、「同性愛者」に対してはある種の嫌悪感を抱いてしまいます。これは管理人様と同様です。

しかしながら、この種の嫌悪感は、理屈などではなく、生理的感覚によるものだろうと、当方は考えております。

こういった感覚を「心ない」と言われても、困惑します。別に「同性愛者」そのものが悪いという訳ではないのはその通りですが、だからと言って、生理的に受け付けないと思っている存在を無理に受け入れようとするのもそれはそれで受け入れる側が困る側面もあるかと思います。人間は、誰しも無条件に受け入れられるほど完全な存在なのでしょうか?

しかしながら、こういった感覚は別に自分のみに限った事ではないだろうと思います。誰しも理屈や理性とは別に、直感的に「気持ちが悪い」と思うようなものはあるのではないでしょうか。

こういったものが仮にある種の偏見であったとしても、理屈や理性とは別にして、人間の一般的な性感覚として受け付けない者というのがあるのだろうと思います。

これは「同性愛」に限った事ではありませんが、感覚的にあまり好きではない人物と無理に付き合おうとすれば、多大な負担(ストレス)がかかります。

しかしながら、社会生活を送る中ではそういった人物とも付き合わざるを得ない事はあるので、付き合いの面では、ある程度は我慢をする必要もあるのは事実です。(所謂建前と本音です)。

見識を持った大人ならば、流石に公の場で「生理的に受け付けないんだけど・・・」などと発言する事は無いでしょう。しかしながら、感覚的に嫌悪感を抱く人物と自然に距離を取ろうとする事は異常なのでしょうか。むしろ、人間の生理感覚としてはある種の嫌悪感を抱いてしまう事も正常だろうとは思っております。

「異常」という言葉の使い方が若干差別的になるのも、ある程度やむを得ない事だろうとは思います。これは理性とは別の、生理的な感覚として「異常」と感じてしまう事に対するものでしょうから。

だから、公の場で「性」に関する発言や行動は慎むべきであると言いたいのです。「同性愛者」であったとしても、公の場では普通に振る舞っていれば問題にはならないかと思います。

「性」の問題が難しい所以は、この辺り(理性とは別の生理感覚のよるもの)にあるのかもしれない、と当方は考えております。
[ 2015/12/07 02:41 ] [ 編集 ]
嫌悪感は持ちます
私は今の様な、「権利」や「人権」を煩く訴えそれを批判的に思う人達を批難する同性愛者には嫌悪感しか持てません。
昔居た中ピ連の様な人達と同じ匂いがしてしまうので。
正常に対する異常だと思いますしその意味では「心ない」と言われてもそうですか、としかお応えしません。

「私たちはネエ、ある意味カ○ワなのよ。それは自分でも分るし、まともですとは言わない。だから世間の隅っこでこうして好きな子と一緒に居るのを見過ごしてくれるだけでイイの。
私たちはアンタの様な普通の人がこうして一緒に話して笑ってお茶飲んでも嫌じゃなければイイナ、と思う。でも、そうして下さいとは絶対言わないし思わない。だけどねえ、言っとくけどアンタの男の趣味疑問よ~」等と笑い飛ばした元男性の知人が居ました。既に故人です。
親御さんからは「二度と敷居をまたぐな」と一旦は親族の手前もあって宣言されて、家業の経営は弟君が嗣いで、落ち着いたところで親子関係だけは元通り。それでも相手の男性には親御さんは一度も会ってなかったと思います。何人か代っても居ましたし。
鉄鋼関係だったようで「あんな荒々しい事なんて野蛮だわ~」と嘯いていましたが、内心はどうだったか?
彼の様な、どうしようもない自分の性情を、権利だの人権だのと騒がずに、自分の人生を静かに楽しんで居る同性愛者は、私はその人柄次第ですが嫌いでは無いです。

反対に人前でピッタリくっついてこれ見よがしにくねくね触りまくって歩く様な人達なら同性同士カップルでも異性カップルでも嫌悪感がフツフツ湧きますけど。
[ 2015/12/07 03:33 ] [ 編集 ]
地獄に落ちた勇者ども
皆さんの同性愛のイメージは、どうも「男どうし」に偏っているように見受けられますが、女性同士というのもありますよ。

アメリカの美人女優ジョディ・フォスターは最近、同性と再婚して話題を呼びましたし、マレーネ・ディートリヒは両刀使いで昔から有名でした。テニスのナブラチロワもその道の人らしい。

いずれもが孤高の存在、或いはミステリアスな美女達で、いかにもそれっぽい感じ?そう言えば、私が準追っかけをやってる元宝塚スターもデビュー以来ウン十年立つけど、男性の影を一度も感じたことがないな。普通の男役と違って、永遠の少年という姿形の人ですが、ひょっとしたら、ドキッ?

それに引き換え、むくつけき男どうしの評判の悪いことよ。(公的にはご自由にとしか言い様がありませんが、個人的にはホモ集団のナチス突撃隊同様に、死刑にしたいと思っております(笑)

ナチスの台頭期、クルップ家を思わせる鉄鋼財閥の没落を描いたルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「地獄に落ちた勇者ども」には、ありとあらゆる性的な倒錯者が登場します。いわく女装趣味、幼女性交、近親相姦、男色、ネクロフェラス(死体愛好)…。

この映画を観た三島由紀夫氏が素晴らしい批評を書いています。そんな性交倒錯など、ちっとも恐ろしくはない。恐ろしいのはナチスの「健全さ」なのだと。

三島氏はこの映画で真に恐ろしい人物は、性的な倒錯など微塵も感じさせない、常に健康そのもの、金髪碧眼でハンサム、口許にいつもエレガントな微笑を浮かべている親衛隊のアッシェンバッ大尉(ヘルムート・グリーム) なのだと言ってますね。

例えば、鉄鋼財閥の相続人(ヘルムート・バーガー)がユダヤ人の幼女を犯し、その子は首を吊って自殺してしまうのですが、ニュールンベルグ法の施行以来、ドイツ人のユダヤ人に対する犯罪は法的には存在しません。しかし、かような性的な趣味を公表されたら、彼は社会的に破滅してしまう。
「知っている、だけど、黙っていてやる」なるほど、これが収容所にぶちこむよりも何よりも、秘密警察的な権力の源泉なのですな。この映画は、ナチスの圧倒的に「健全な」コントロール能力を描いて、余すところがありません。

超プライベートな性と権力は、きわめて微妙な問題を孕んでいます。マイノリティ側が余り「権利」を強調すると、かえってマジョリティによる専制=ファシズムの台頭を招きかねないのは、歴史の教えるところです。

安倍ちゃんがファシストとか?冗談はよし子さん!
ファシズムはそんな甘いものではありませんよ。ファシズムとは民主主義の行き詰まりの果てに、やって来るものですからね。皆さまの健康な精神と肉体、平常な心理に働きかけて。

何事もほどほどに致しましょう。
[ 2015/12/07 11:57 ] [ 編集 ]
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