私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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村山談話のライター、谷野作太郎氏が語る“談話誕生秘話”を疑う

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 ダイヤモンド・オンラインに、村山談話の実質的なライターである谷野作太郎氏のインタビュー記事が掲載されている。タイトルは、「「村山談話」を書いた元官僚・谷野作太郎氏、その誕生秘話と意義を明かす」。谷野氏は、1995年、村山談話が発出された当時、内閣官房内閣外政審議室長であった人物。ついでに言うと、河野談話が発出された1993年8月当時も、同じ職にあった。

谷野作太郎
村山談話のライター、谷野作太郎氏


 戦後50年を迎え、社会党の党首を神輿に乗せた自社さ政権・政府与党は、不戦決議(歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議)を衆院で採択されたものの過半数を得られず、参議院では上程すらされなかった。政治的には、この決議は国民によって否定されたのである。それではとばかりに準備されたのが、あの村山談話だ。

 談話は当初、閣議決定を前提としていなかったらしい。ところが、内閣改造があって、官房長官が野坂浩賢に替わり、野坂が閣議決定を取ろうと言い出した。当時の内閣には、「この問題で一家言おありのおっかない方が何人かいらっしゃった」(記事より)。閣議で紛糾して通らなかったら笑いものになる。そこで、内閣参事官室の面々が、閣僚に根回しに回ったとしている。

 この部分こはかなり疑問が残る。村山談話は、「抜き打ち」「だまし討ち」として有名だ。当時の江藤隆美総務庁長官、平沼赳夫運輸大臣は、産経新聞の取材に答え、こう語っている。

  • (8月15日の)閣議で突然、首相談話が出てきて仰天した(江藤氏)
  • 事前の相談は全くなく、唐突に出た。(村山氏は)社会党出身とはいえ、何でこんなの出すのかなと思った(平沼氏)

 谷野氏のインタビューには、橋本龍太郎(通産大臣)には事前に相談したとあるが、恐らく押さえるべき閣僚には根回しし、残りは抜き打ちだったのではないか。その傍証が、河野洋平(当時外相)の対応だ。

 でも、今ふり返ってみて、あの「談話」は村山さんが総理の内閣であったればこそできた、つくづくそう思いますね。連立のパートナー、自民党については、私は河野洋平外務大臣(自民党総裁)のところへ内々に案文をもってご相談に行っておりましたが、河野大臣は、テキストを懐にしまわれただけでした恐らくあの案文を党にはかるとできるものもできなくなると思われたのでしょう


 河野洋平のもみ消しだ。いまや、記者クラブ等に揃って出てきては、安倍総理の批判にタッグを組む国賊二人だが、この二人の絶妙の連係プレーは、当時すでに成立していたようだ。野坂官房長官(当時)は、「異議を申し立てる閣僚がいれば、内閣の方針に合わないということで即刻、罷免するつもりでいた」と後に語っている。これも、抜き打ち閣議決定の傍証のひとつだ。

売国デュオ 村山と河野


 谷野作太郎という人物は、宮沢内閣当時、慰安婦問題における「強制」の定義について、「物理的に強制を加えるのみならず、脅かして、畏怖させて本人の自由な意思に反してある種の行為をさせた場合も含む」と、「強制」の解釈を無理やり広げた答弁をした人物である(産経記事)。かつ、河野談話における日韓間で文言のすり合わせ等の調整疑惑について、「韓国政府と一言一句文言を詰めたということは絶対になかった。また、そういうことがあったとの根も葉もない噂が出ること自体も大変遺憾なことだ」と強く否定していた(産経記事)。後にこの言葉が産経の調査報道によって完全に否定されたことで、氏の言葉の信憑性にはかなり大きな疑問符が付く。

 谷野氏はインタビューで、過去に対する謝罪の連鎖について、「いつまでたっても「歴史」を克服して前へ進めません」と否定的だ。しかし、一方で、氏が仕えた宮沢内閣、村山内閣が生んだふたつの悪しき談話が、謝罪の連鎖のきっかけを作ったことは、まぎれもない事実である。谷野氏は官僚であるから、直接的な責任を取る立場にない。しかし、ことの重大さ、日本外交に与えた影響の大きさを鑑み、石原信雄氏のように真実を語るべきではないか。

 少なくとも、密室で決められた村山談話に比べ、極めてオープンに議論され、その過程が国民にも開示され、そして発出となった安倍談話のほうが、よっぽど民主主義に則していると言えるのではないか。

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[ 2015/08/19 07:15 ] 政治 | TB(0) | CM(34)
開いた口の塞ぎどころ
開いた口がふさがりませんが、この開いた口のまま、

 こん国賊サンピキ

に襲ひかかり全員咬みコロしてしまふ、といふんはどうでせう。(*^_^*)/V。
大阪での夏休みの間、竜馬がゆくを数回、幕末を数回読みふけつてをりまして、
 天誅
といふ言葉、行為をなんども見ましたが、世が世ならこんサンピキなどすでに消え失せてをります。とりあえずは、こんサンピキを、

 国会証人喚問のお白砂に

引き出して遠島に、するぐらいか、それさへできぬ国会自民党とはナニか?。
ちなみに、司馬遼太郎の歴史観ですが、大東亜戦争の価値については、浅い認識で終わつたか。
正論、での長谷川三千子氏と桶谷秀昭氏との対話、

 精神史からの再生
 …昭和20年8月15日正午、日本人は何を経験してゐたのか

を読んで、このお二人の考察のやりとりど迫力です。
 レッドバロン閣下
 こはるさま
 末田さま
 NPさま
 諸精鋭かたがた
いかが読まれてをられます?


   飯舘村便り 14.
 勿来越え白河超えて 這ひもどれば 秋風そふくJR福島駅まへ
[ 2015/08/19 11:19 ] [ 編集 ]
なんだかものすごい他人事のような話っぷり。
「私は言われた仕事をしただけで、責任とかありませんから。」って、今のうちに逃げておこう・・・なんてね。


矢嶋様、早くも福島なんですね。夏の疲れが出る頃ですのでご用心くださいませ。
[ 2015/08/19 17:22 ] [ 編集 ]
Y子さま
正岡子規の句に、

 毎年よ 彼岸の入りに寒いのは

が、ございます。なんのことはございません。子規の母が何気なしに言ふたそのママを【句】に昇華させたものでございますぞ。ちゃんと季語=彼岸の入りが入ってをります。その傳に、

 ヤシマサン、早くも福島なんですね。夏の疲れが出るご用心

で、/5/8/5/7/7/ 。立派に一首。かとも。
子規は偉い人で、このやうなつくりの【佳品】を数多く残してをります。
友人へのハガキのお知らせが  /5/7/5/7/7/  に化(ナ)っているものなど。

[ 2015/08/19 19:51 ] [ 編集 ]
矢嶋兄、またもやアホに無理難題を! (アイゴ~、、哭、、)
長谷川女史に関しては書評を見ただけの知識しかなく、桶谷秀昭氏の名は
今回初めて見たものであり、まったく解らず答えようがありません。 <(_"_)>

司馬遼太郎氏は好きで、氏の大東亜戦争史観に概ね賛同しています。
軍の上層部の奴らの無能・無策・倨傲ぶりは、まさに今の害務省を凌いでおり
「万骨枯らしても一将の功、毀損せず」、に始終したとしか思えません。

一例を挙げれば戦艦大和の艦長が、3年8ヵ月の戦争期間に7人交代している
ようで、これは将官らに名誉職を歴任させ戦後の勲章と昇進を謀ったのしょう。 
将官の中では脇役であった山口多門少将らや、現場の将兵の方々が、至誠の
極みを尽しておられるだけに、軍令部の無能と怠惰が目立ちます。

私めはエロい「ごまめ」でありますが、「寅さん」になりかわって申し上げます。
リッパで賢い哲学者センセイが、何を仰るのも結構でございますが、、、
敗戦の総括とやらを為されるなら、まず、敗戦の張本人、旧軍・軍令部の無能
ぶりを「哲学」してくだされと。 

個人的なボヤキでございますが、保守系の方々に司馬史観は不評のようです。
司馬氏を全面的に信ずるなど有り得ず、司馬氏に批判的な見解を認めるのに
吝かではございませんが、なぜか? 気のせいか? 司馬氏が逝去された後に
批判が群がり出てきた印象がございます。 

私めが全著作に眼を通そうと努力しております日下公人氏も、上記に倣った
ところがありますから、「君子危うきに近寄らず」で大人の知恵なのかも・・・
[ 2015/08/19 21:36 ] [ 編集 ]
「~~20年目の真実」
次世代の党議員・和田正宗氏等の検証に依る「村山談話 20年目の真実」というご本が、今出版されています。
書店欠乏の市内では入手出来ず、アマゾンにと思ったらこちらは人気一番で只今の処再入荷予定立ってない、という状態で・・・ジュンク堂に手配中。

平沼先生が何度かこの件に就いてはお話下さっていますので、大抵の事は驚きませんが、元社会党左派というのは村山と云い土井たかこと云い、共産党より反日ですもんね。
よくまあこんなのと目を瞑りながら自民党は手を組んだものだと、自民党に文句を言いたい。
細川氏を見ていればその後の鳩と同じ運命を辿ったであろうが、長期政権を手放した後遺症だったのか?自民自らがキリリと党建て直しを計る覚悟があれば、こんな醜態にはならなかったであろうものを、と云っても仕方のない事だが思います。

河野洋平は田中角栄氏を首相にする為に一族挙げて画策し、田中氏がロッキードで問題となるや脱党して田中氏引きずり降ろし、成功したら、如何にも自分達は身綺麗な議員であるかのように装い、それをあちこちで誇る様な、無節操で政界かき回しが趣味だけの人間ではないのか?と見受けます。ひと言も信を措ける人では無いと観察して居ります。
[ 2015/08/19 22:28 ] [ 編集 ]
只今熱中しております
矢嶋師匠 ようやく淡路マクドというものの正体を知りました。
要するに 淡路町にあるマクドナルド、ですよね?
淡路島にマクドという遊園地のようなものがあるのか?と思ったのが始めで、それも違う様だし、大阪地図は分からんし、と。ご無礼仕った。

今度は正論を読めと?今はダメ。
急激に幕末に何度目かの熱中期になりまして(と云っても、末田様ご指摘の様に、わたくしも司馬遼史観には賛意が持てない質でして)。
我が愛しの伊庭八郎様主人公の「幕末遊撃隊」とその関連に多忙なのです。悪しからず。
[ 2015/08/19 22:54 ] [ 編集 ]
【言葉】に無責任な役人共
【言葉】というものは、非常に重要であり、この【言葉】の意味で相手に与える印象が180度変わってしまう事も有り得ます。

したがって、役人が談話案を作成する際に【言葉】というものに非常に注意して作成しなければなりません。

しかしながら、谷野氏のように【言葉】を曖昧に使用すれば、自分が使用した意味の【言葉】を、相手が同じ意味の【言葉】として受け取るとは限らない為、このような大きな誤解を与えてしまうという事を氏が認識できなかったのだろうか。だとしたらやはり無責任と言わざるを得ない。

【言葉】を使用する時は、相手が好意的に受け取ってくれるとは限らないというある意味では当たり前のことを認識できなかったとこに対しては、氏の責任も重大であると言えよう。

このように谷野氏のみならず、役人というものは無責任な者が多い。

先の世界遺産での【forced to work】もそうだが、このような無責任集団が昔も今も日本社会を無責任に破壊し続けてきたことが大きな痛手となっている。

正直役人は、①犯罪でも起こさない限り首にならない ②年功序列の自動昇給制度 ③政策に責任を取る立場にいない ④デモシカ役人 ⑤左翼が多い

これらの為に徹底的に無責任、腐敗しきった組織になっていることが今の日本の行政の問題点ではないかと思う。

役人達はいったんジャングルにでも放り出して1か月間サバイバル生活でもさせて生き残った者だけを連れて帰ってくるくらいにした方が良いのではないかと思う。ジャングルでは徹底的な自己責任が要求されるから、甘えなど許されない。素晴らしい研修制度だと思う。

日本語力が低下しているなどというが、役人の日本語力も低下しているのではないだろうか。
安倍談話は及第点以上であったが、やはり【言葉】に無責任であっては困る。

今の役人共は、一旦整理すべきだろうと思う。国の奉仕者になる気が無いような役人はお断りだ。役人にも責任感を持たせなければなるまい。
[ 2015/08/19 23:40 ] [ 編集 ]
民主党、共産党、維新の党が社民党ほどの数(せいぜい1~2ピキ)になり、
次世代の党が100議席を超えた。

 こはるさま
この夢いつごろ見れるでせうか?。
夢ある展望おねがひしまんねやわ!。
来年の参議院選挙では無理でせうか?。
[ 2015/08/20 02:25 ] [ 編集 ]
ハンスト ですって?
8月13日の事なので今はどうなっているか知りませんが、国会前で(と云いながら「実行中」写真は建物の中のような)都内大学生四名が呼びかけ人になって「ハンスト」だそうな。

処が、コレらのあま~い認識には、大抵の大人は驚くぞw
「ハンスト、座り込み、集会を行うに資機材と水、氷、荷物運搬に費用が掛かる。ついてはカンパして欲しい」
「(平和安全法案を)止めるのはもう議会の力は無い。僕らが日常の生活を犠牲にしてでも抗議しなければ、と思い」
「実行中は水を欠かさず、ドクターが毎晩チェック、ドクターの指示に従えない場合はハンスト中止する決まりも作った」
と、堂々と言うのだわ?

ドクターの指示に従えない場合、とは普通何が何でも決行続行、と解釈すると、わたくしは思うのですが・・・今どきのお子様方の言葉は難しくて分からないわ~

コレが彼等の「自己犠牲」。
ドクター付きの断食だけって事で他人様にカンパ=お金頂戴 ですよ?
体のイイ乞食じゃないですか!只坐って居るだけの、芸もしないで!

30年ほど前、広島原爆忌参加する為に旅費をカンパしてくれ、と社宅を回っていたバカ学生も居ましたが、何でこんなに他人頼りで「犠牲的精神」だと思えるのか?オバサン金輪際理解出来ないし、したくない。
[ 2015/08/20 02:36 ] [ 編集 ]
矢嶋師匠
知るか!
[ 2015/08/20 02:38 ] [ 編集 ]
やっぱり!
 こはるさま

おはやうございます。
次回の総選挙でおねがひしまんねやわ。
しかしなんでございますなあ、いまどきのセイガクやりますなあ、コレでスツカリハンストといふ四文字が以降、ギャグとしてのみいきながらえることになりました。パンスト=要求完徹までパンツと靴下を絶つ、の方はまだ健在でせうか恐悦至極におもひをり候。

ところでけふの産経新聞「正論」。
長谷川三千子氏が安倍晋三談話をほめてをられます。

 愛語

といふ二字を上げてをられます。善き文でございます。


 反歌

わが歌を愛語に満たさむ。憂国の書の愛語に満たされむ世 を



[ 2015/08/20 05:57 ] [ 編集 ]
そうですか
おはようございます。
今朝の「正論」拝読致しました。
結論を先に申せば師匠の様には受け取れませんでした。

安倍談話の素晴しい処は当然認めておりますし、特に今後の日本を背負う世代への処置には、感謝も致します。
余程の知恵者に依る文面文脈だと承わって居ります。
只、大東亜戦争に関しては、そりゃないわ、と思う部分があって、とてもこの長谷川三千子氏のお書きになった様な気持ちには、狭量な私はなれません。

それに、「愛語」ですが、<全ての人間に対する慈愛の心から発せられる言葉であって、はじめて人の心に届く>という愛語。
この談話の隅から隅まで目を皿の様にして待ち構えて居るであろう奇妙な二つの国も含む「全ての人への慈愛」など、御免ですね。
私は今現在の日本の総理に「全ての人への慈愛」などは求めません。

ともかく、安倍談話は総合的なものとして首肯致しますが、今朝の「正論」の様に、智恵を絞った文面を腑分けした論評が必要だとは思えません。

[ 2015/08/20 08:03 ] [ 編集 ]
矢嶋様
お、お~ なるほど!
小難しく考えないのが肝心なのですね。

お盆に一首作ってみました。

墓掃除終えて汗ふき麦茶でいっぷく遺影のみ知る舅を思ふ

おそまつです。
[ 2015/08/20 10:56 ] [ 編集 ]
こはるさま
う~むぅ。
鋭い。
重い斧の激情。

改めて尊敬の意を深くしました。


[ 2015/08/20 18:01 ] [ 編集 ]
矢嶋師匠さま拝
勿来の関から北は、秋の訪れも早いことでございましょう。そう言えば、昔々、まだ列車に冷房がない時代に、常磐線を北上して行くと、勝田を過ぎた辺りからにわかに風が涼しくなった覚えがあります。もはや、今の人達は味わうことがない、爽やかな記憶です


さて、お尋ねの長谷川三千子、桶谷秀昭ご両名の対談ですが、昭和20年8月15日正午、陛下の玉音放送が流れた時、天皇も国民の命も等しくホローコーストの薪の上にあったという長谷川三千子先生の著者「神破れたまわず」の表現がベースになった議論と理解しております。昭和天皇=イエス・キリスト説ですね。


三千子先生以前に、気違いにして天才学者の小室直樹が昭和天皇はイエスになった、自ら犯していない罪を引き受けて十字架に昇ったのだという説を既に主張しています。

私個人の説としては明治国家の、とくに教育政策は「宗教なきプロティスタンシズム」或いは、天皇をキリストに代置して日本中の町村にあまねく福音=勅語を伝達する教会として小学校があった、師範学校出の訓導(先生)は全てこれ「天皇教」の宣教師というイメージを持っておりました。


明治国家は欧米社会を具に観察して、一神教の「聖性」なき社会は、近代国家も資本主義も成立させることが出来ないことを、直感的に理解していたのではないでしょうか。今の中国や朝鮮の惨状を見れば、むべなるかな。それで天皇にイエス様の役割を引き受けてもらった、というのが私の仮説です。

実際、昔の尋常小学校のデザインや雰囲気が一番似ているのはプロティスタントの教会でしょう。どんな田舎の、どんな粗末な建物であっても、聖なる光を分かち持っているかのような。それは学校にご真影が飾られ、何かの式には校長による勅語の奉読があったからです。校長も父兄も必ず礼服を着て、式に臨みました。
かかる「天皇教」国家が昭和20年8月15日を迎えた。それで昭和天皇は本物のイエス様になってしまった、というのが私のこの対談への理解です。

ということは8月15日以前の天皇はイエスではなく、ヤーウェだったのですかしらね。

まず、入り口の議論ですが、ご参考まで。
[ 2015/08/20 18:12 ] [ 編集 ]
Y子さま


 墓掃除終へて汗ふき 麦茶のめば、遺影のみに知る舅を思ふ

第三句を、魔法の六オン。にいたしました。君が代の、

 さざれ石の

の六オン、わたくしのもつとも畏敬する聖なる聖なるオン数でございます。

 遺影のみ【に】知る

助詞、こそは神のみわざであります。
佳き歌です。死者=舅、を眼前にするのが、

 短歌

の威、畏、であります。
やよ 励まね でございます。おたがいに、ですぞ。



[ 2015/08/20 18:21 ] [ 編集 ]
矢嶋師匠様
「昭和二十年八月十五日正午、一体日本人は何を体験したのか」
桶谷秀昭氏長谷川三千子氏対談
読みました。(ざっと、と云う程度ですが)

この対談にもある様に、対談の土台になっている桶谷氏の「昭和精神史」は本棚にあり、読んだ形跡はありますが殆ど覚えていません。(情けなや)
また、長谷川氏の「神やぶれたまはず」は読んで居ませんし、その中で取り上げられている批評の対象になっている、という折口信夫、橋川文三、桶谷秀昭、太宰治、伊東静雄、磯田光一、吉本隆明、三島由紀夫各氏の中には、一冊も読んだ事もない人も三人居て、そしてこの対談内容からすれば、それらを読まなくては理解出来ない内容が多く、結局、お手上げです。
特に前段の部分で取り上げられている橋川氏は、恥ずかしながらお名前すら 誰?の状態の上、キリスト云々に至っては「ワタシャ分からん」もので、どうもこうも言い様が無いです。

それにしても、他にも多くの人名とその業態が述べられて居て、スゴイですね。

桶谷氏のご意見は分かり易いのですが、長谷川氏が「直感で思った」と何度か言われて居る部分には、ああそうですか、でしかないし・・・
桶谷氏の「八月十五日にいろいろ言うのは、もううんざりしている」お気持ちは分る様な気が致しました。実際にその日を体験しているお人の気持ちは、体験して居ない者には「分かります」とは言えませんが。

基本的に私は、批評書と云うのは対象に挙げられている著書を知らねば、部分的に提出されたものを読んでもその部分しか理解出来ない者で、”やっつけ”で答える事も、何を感じるかも、申せません。 でしたとさ。

ちなみに、わたくしが読んだのは今年九月臨時増刊号の方で、初出のものではありません。多分省略されていないとは思いますが。
[ 2015/08/21 03:46 ] [ 編集 ]
こはるさま
おはやうございます。
わたくしなど、桶谷秀昭、といふ名前を見たのが初めて、長谷川三千子といふ名前を見たのが三度目かそこら…といふアリサマの幼稚園児でございしてよ…とほほ~。「神やぶれたまはず」はここ二三年で、金を出して買い読みたい、と触手ピクピクした唯一のものですが、未だ手に入れませぬ(^_^;)。

 折口信夫、伊東静雄

の項のみが、読んで見たい。
と、申しますのも、わたくし日本近現代で、歌人では折口信夫、詩人では伊東静雄、のみを認めてをります。
長谷川三千子が、この二人を採り上げている!そのことに候、この長谷川三千子といふお人ただものではなき、と推察いたしをり候ところ、JR福島駅前のブックオフの100円棚に出てくる日を、夢みをり候なれば、こはるさままにはこの窮状をお察しくだされたく、
中央公論社から出ているさうな、セヴンイレブンで頼んでみませう。


 汪然(ワウゼン)と涙くだりぬ。古社(フルヤシロ)の秋の相撲に 人を投げつる
  倭をぐな・昭和30年1955年 折口信夫

日本短歌史上紛れなき最高傑作であります。
真実の日本人が深奥の日本人の行為を目の前にして、ただただ涙を流すままに立ち尽くしてをります。涙をぬぐふことなどおもひもよりませぬ。理由などありませぬ。

[ 2015/08/21 04:47 ] [ 編集 ]
矢嶋様
うわっ、ちょっと手を加えて頂いただけで、こんなに変わるのですね。
日本語っておもしろいですね。
だから難しいのかな?

「魔法の六オン」、以前も書いていらっしゃいましたね。
次に挑戦してみます。(予定は未定w)
[ 2015/08/21 10:14 ] [ 編集 ]
「朝顔」
終戦の玉音放送を聴いた伊東静雄は次のように日記に書いています。

「十五日陛下の御放送を拝した直後。太陽の光は少しもかはらず、透明に強く田と畑と木々を照らし、白い雲は静かに浮び、家々からは炊煙がのぼつている。それなのに、戦は敗れたのだ、何の異変も自然におこらないのが信じられない。」

伊東静雄は無駄なことは一切言わない人でした。


では、伊東静雄の詩より「朝顔」の一篇を。夏の終わりゆえに。

去年の夏、その頃住んでいた、市中の一日中陽射の落ちて来ないわが家の庭に、一茎の朝顔が生ひ出たが、その花は、夕の来るまで凋むことを知らず咲きつづけて、私を悲しませた。その時の歌、


そことは知らぬ吹上の
終夜せはしき声ありて
この明け方に見出でしは
つひに覚めいしわが夢の
朝顔の花咲けるさま


さあれみ空に真昼過ぎ
人の耳には消えにしを
かのふきあげの魅惑(まどはし)に
己が時逝きて朝顔の
なほ頼み入る花のゆめ

[ 2015/08/21 16:36 ] [ 編集 ]
国賊コンビのぼさ眉
国賊コンビはぼさ眉がクリソツ!
年とっても眉毛はきちんと整えよう。
国賊と間違われるのが癪だから。
[ 2015/08/21 16:54 ] [ 編集 ]
レッドバロン閣下
 レッドバロン閣下
 オストリッチ麾下軍団に

わたくし憑(追)いてゆきます。どこまでも。

[ 2015/08/21 18:14 ] [ 編集 ]
哲学
桶谷本は「中世のこころ」という、中世=方丈記 頭のわたくしには嬉しいご本でして、それでお名前を知ってつい「昭和精神史」に手が出たのだろうな、と今記憶オボロに思います。そんなに前のことじゃあない筈なんですが。w

幼少時の卑近な事で、とても事の大きさに於いても比べものになりませんが、二歳上の親しんだ友人が儚くなった時に、何日経っても何も変らない事にものすごく不思議な思いを抱きました事を、レッドバロン様の伊東静雄氏の言葉で思い出しました。

長谷川三千子氏は野上弥生子さんのお孫さん、ではなかったか?

要するに、わたくしは哲学とは縁遠いのだと、改めて思いました。嗤え!
[ 2015/08/21 19:41 ] [ 編集 ]
哲学。とはなにか
 こはるさま

無機質の切れ味スルドイ剃刀、ではありません。

喉から血を吐く激情の重い鉈、か斧。であります。

 こはるさま

幼い日の不思議な思いした日。それこそが哲学を始められた日 かとも。

あなたさまは 斧。でございましてよ。
[ 2015/08/21 20:20 ] [ 編集 ]
何だか「八つ墓村」辺りに出没する凶女を想像してしまう。夏の夜

寒川猫持氏のお歌でね、とっても好きなのがあるのです。

  わたつみの淵より水漬く屍たち 甦りませテレクラのある

震災の見舞いを言いたいだけなのに 誰も教えぬ人妻の姓

  セナがゆくどうしようもないセナがゆく 追い抜き難きものを追い抜き

このお歌は皆淡路阪神大震災前後のお作だと思います

愛猫の歌は挙げきれないので本日はカット
[ 2015/08/21 22:10 ] [ 編集 ]
訂正
「テレクラもある」でした。
[ 2015/08/22 00:46 ] [ 編集 ]
反歌
   激情のこはるさま

 のどかなるテレクラの世はも、スマホなるラインなる世をブツ壊せ 斧。は

 こはる。といふ名をつぶやけば、永遠とおもひをりにし冬の 敗(ヤブ)れめ

[ 2015/08/22 04:54 ] [ 編集 ]
異議申し立て
 
 尋常に、普通に、常並み、一般的 我は手弱女斧など持たぬわ

 己の身の何処が斧やら激情やら?猫に聴いても腹見せゴロン
 (猫も否定して居ります)

 こはるとは居座りし犬に付けた名で 天と家とを行き来する 今は 
(可愛い子だぞい。お盆に還って来てくれたけど、アチラで届けを出してすぐ戻って来る約束なのだ!)
[ 2015/08/22 05:46 ] [ 編集 ]
能ある鷹は
 能ある鷹は斧を隠す
 賢い蛙はヘソを隠す
 綺麗な薔薇には棘がある
 
といふ証拠のうへは、異議は却下。


[ 2015/08/22 06:13 ] [ 編集 ]
棘ある薔薇よりもワタシャ鷺草・桔梗が好き。

桔梗って根に猛毒があるのよねー
[ 2015/08/22 06:46 ] [ 編集 ]
水色桔梗の旗印
桔梗は明智日向守光秀公の紋所なり。

根に毒を孕むとはいえ、いや、それ故にか、秋の訪れを告げる美しい花ですね。

先年、江守徹演じる天海僧正が「権現様ゆかりの地(日光)に、明智平とは…」との名台詞を吐いてました。ミュージカル「本能寺が燃えた」という舞台でです。

水色桔梗の旗印はあらゆる戦国武将の軍旗の中で、最も涼やかで美しい色のものと思われます。戦国のグッドデザイン賞ですね。

実は明智家は我が祖の一つなのです。残念ながら、もはや血は繋がっていないと思いますが。

今でも時おり、ムラムラと「敵は本能寺(築地)にあり」と呟くのは、祖先の精神的DNAのなせるわざか、討ち入りたい症候群。
[ 2015/08/22 16:41 ] [ 編集 ]
桔梗濠
 こはるさま

桔梗濠のサクラに添ひて 春をゆかば、大手門に至る皇居への道

こはる。といふ名にしあらば、賢くてみめうるはしき御かたなりけむ

桔梗濠の白鳥のこと いつもおもふ。ご機嫌うるはしうをはしますやうに

ききやうのはな 咲くとき Pom ! と音せむに かの蓮のはなに負けじ劣らじ


古今より 毒を以て毒を亡ぼすならひあり。オストリッチの兜桔梗の鎧 は

[ 2015/08/22 17:55 ] [ 編集 ]
なるほど! それで
赤穂浪士の討ち入りにも、閣下は何度か触れておられましたね。www

土岐家に繋がる方がWW1のドイツ空軍伝説のパイロット!シュールだわ~w

徳川政権の基礎を築いた功労者のお一人の、天海僧正というお人が実は明智光秀ではないか?という(私的には)興味を掻き立てる説もありますね。
なにせこの天海様、入寂のご年齢が百歳超え?
春日局も光秀公と運命を共にした家老・斉藤家の息女。
家康公は武田の家臣を信長に隠れて抱え、その戦場スタイルの「赤備え」を井伊家に伝えさせた方ですから、明智家のなにがしかを守るにご援助はして居るかも知れませんよね、と期待してわたくしは頑固に勝手に思って居るので御座います。(信長、きらいなの)
ただ、光秀公は特徴のあるご容貌だったそうなので、生き残りの織田・豊臣家臣と徳川陣営に見知った人が居ない訳もない?この点が唯一の気弱になる処。

武家の紋所はとかく角張った文様が多いですけど、仰る通り「水色桔梗」は、その名も形も楚々として古雅。
光秀公が室町幕府にも宮廷古学にも通じたと聴きますから、一種の「名は体を顕わす」文様でしょうか。

桔梗、鷺草、都わすれ、情けを感じるお花です。
[ 2015/08/22 18:10 ] [ 編集 ]
矢嶋師匠
はい!こはるは見目美しきそれはそれは健気でカシコイ犬で御座りました。
何故かウチを「選んだから、ここに棲む」とばかりに居座る猫も犬も、テーヘンな美男美女なので御座る。カワユイのだわ~

白鳥って、実は結構な意地悪さんなの、ご存知ない?
実に実に、矢嶋師匠がご推薦の「物体」には反面問題有り、なのだ。世の中の鏡であることに感服仕る。
[ 2015/08/22 18:20 ] [ 編集 ]
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