私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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共産党の主張は、「自衛官は死んでもいい」という「自衛官差別」だ

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 およそ自民党から共産党まで、産経新聞から朝日新聞まで、少なくとも建前上は、国を守ることを否定していない。しかし、その国防の基本的スタンスに関しては、その多くが専守防衛という枠組みの中で議論している。いま我が自衛隊は、生命の危機にあっても、自ら攻撃することを許されない。現在、国会で審議されている安保法制では、政府与党の「敵基地攻撃が憲法解釈上は可能である」という見解が、左派の批判にあっている。以下は、しんぶん赤旗の記事である。

集団的自衛権で敵基地攻撃可能に (しんぶん赤旗)

 日本共産党の穀田恵二議員は1日の衆院安保法制特別委員会で、日本がどこからも攻撃されていないのに自衛隊が米国の戦争に参加し、海外で武力行使する集団的自衛権行使の問題を追及しました。安倍晋三首相は他国領域内の敵基地攻撃について、「従来の考え方は法理上、新3要件でも変わりはない」と述べ、集団的自衛権行使による敵基地攻撃が憲法解釈上は可能になることを明言しました。(中略)

穀田


 穀田氏は「判断するのは結局、時の政府だ。日本が攻撃もされていないのになぜ憲法上許されるのか。全く説明にならない」と批判。安倍首相は「敵基地攻撃の装備体系は保有していないし、集団的自衛権の行使としての敵基地攻撃は想定していない」などと弁明しました。(中略)

 さらに穀田氏は、航空自衛隊の内部文書(「航空自衛隊のドクトリン等に関する調査研究」2006年)を示し、当時から「将来の憲法改正、集団的自衛権の解釈変更」(同文書)を見越し、自衛隊が敵基地攻撃の研究を進めてきたことを指摘。「自衛隊が法的枠組みを超えて研究することが許されるのか」と迫り、当時の関係者の国会招致を求めました。(中略)

 穀田氏は、敵基地攻撃が法理上も可能で、そのための戦略研究・能力整備が実際に進んでいることをあげ、「まさに戦争する国づくりそのものだ」と厳しく批判しました。


 現在の法体系では、例え日本の空域に敵機が侵入してこようと、領海に敵船が侵入してこようと、航空・海上自衛隊は自ら攻撃することは出来ない。相手の攻撃に遭うまで応戦できないのだ。例えば、国籍不明機が我が領空に侵入し、我が国に爆弾を落とそうとしている時でも、自衛隊機は見守るしかないのだ。仲間が撃ち落とされるまで、黙って見ているしかない。

 この穀田の発言の中で注視すべきは、防衛に関する研究すら許さないという指摘である。これは、研究が実行に直接的に結び付くという決めつけであり、「研究や想定をすれば、いつかはやらかす」という自衛隊蔑視だ。大震災のときに「想定外が許されるのか」と叫んだ人々が、国防では想定外を許容するというダブスタ。ご都合主義としか言いようがない。

 戦後の日本における左派系メディア、政治家、文化人の思想の根底に、このような自衛隊蔑視が存在する。大戦時の日本軍を絶対悪とする彼等にとって、軍人というのは目を離すとロクなことをしないというレッテル貼りがあるのだ。ロクなことをしないから、先制攻撃はダメだという。明らかに自衛隊に対する偏見だ。

 有事はいつどこから発生するか分からない。あらゆる場面を想定するのは、国防を担う内閣、防衛省、自衛隊に課せられた義務と言える。しかし、想定もするな、先制攻撃もするな、専守防衛に徹しろというのは、いざそういう場面に遭遇した際であっても、「自衛官は死ねばいい」と言うことと同じではないか。

 差別を声高に批判する共産党ら左派系政党やメディアには、「自衛官だけは差別して良い」という不文律があるようだ。こういう人たちは、いわゆるヘイトスピーチを批判する前に、自分たちが実践する差別(=自衛官に対するヘイトスピーチ)を止めるべきである。

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[ 2015/06/07 09:21 ] 政治 | TB(0) | CM(14)
自衛官のリスクは高まる
初めまして。

現在の個別的自衛権専守防衛の下でも、攻撃が差し迫り他に手段の無い場合とかの極めて限定された条件付きでの敵基地攻撃は自衛権発動の範囲内であるとの憲法解釈は従来からあったと思います。
従って専守防衛の範囲内で例えばミサイル防衛他の手段以外に敵基地攻撃の手段を研究しておくことは軍事的観点からは当然かと思います。
また、領空侵犯の相手機が明白に攻撃態勢を見せた場合も自衛攻撃可能と理屈上はならないとおかしいですね。

しかし、集団的自衛権発動での敵基地攻撃となるとまた次元の違う話になってくるのではないかと思います。
集団的自衛権発動というと例えば半島有事で米韓軍と連携しての北朝鮮軍基地攻撃などが考えられると思いますが、これはかなり様相が違ってきますね。

そもそも集団的自衛権が憲法違反ではないのかという議論があるわけですが、そのことはおいておくとしても今回の安保法制が成立すれば、やはり自衛官のリスクが高まることは避けられないと思います。
例えば他国軍の支援ということで弾薬輸送などを行えば、明らかに武力行使と一体とものと見なされて攻撃を受けることは必至で否応なく戦闘に巻き込まれます。
この意味で戦争法案であるとの指摘は間違いではありません。

中国の脅威に備えるためだが、戦闘や戦争に巻き込まれることになるのは必至で自衛官のリスクを飛躍的に高めるであろうことに果たして政治家の皆さんがどれだけ自覚的であるのかと思うところです。

初めてで長文失礼しました。
[ 2015/06/07 11:03 ] [ 編集 ]
国家の存在意義は国民へのサービスではない
こういう連中に共通しているのは、国家が国民へのサービスのために存在していると考えていることではないか。

ここが、根本的な間違いと私は思います。

都道府県や市町村という自治体の行政は、住民への行政サービスを効率的効果的に行なうという目的が非常に強い。

しかし、国家は違う。
国家の存在意義は、国民へのサービスのためにあるではない。

少なくとも現代の国民国家の場合、その存在意義は、
「国民が、国民各々の価値観に沿った幸福を追求して生きて行くための領土と主権と社会を、確保し運営すること」である。

そのために、共通の困難や外的から自らの生活の地である居住地と主権を隔離防衛し、社会を良い方に発展させる。

平たく言えば「群れの存在意義」があって「そういう群れを実存させる手段を実行する。この違いを明確に認識すべき。

国家の意義を改めて考えると、主語は「国民が」で、述語は「確保し、運営すること」。 だから、国家運営は、国民がやる。
ここを他人がやってくれると勘違いしている日本人が非常に多いと私は思います。

国家は、国民が運営する。
だから、警察官も消防士も自衛隊員も国会議員も大臣も国民がやる。公務員だけではなく、私的な企業経営もその労働力役も、そのサポート役も、みんな国民。
国民自身が、国家運営している。
我ら国民はみんな国家の意義に基づいた国家構成員という自覚を持たねばならない。

私は全体主義を唱えているのではない。国家のために国民が居るのではない。国民のために国家があるのは確か。
ただ、その国家運営は国民が行なっている、国民が社会と関わること自体が国家運営の一部であるということを自覚すべき。
サイズの大小はあれ、まぎれもなく国家運営の一部。

国家運営を、自分とは別の「サービス装置=公務員」がやってることと考えると、共産党のような発言になる。

まぁ、元々共産主義は「階級闘争史観」に基づいて、世界をまずブルジョワとプロレタリアに二分した上で「暴力によるブルジョワジーの転覆」を存在目的としている政党。 いわば、国家の意義を正しく理解しないところにしか成立しない考えだから、国家の存在意義を正しく理解したとしたら、解散するしかない。
彼ら自身に、社会に役立つためなら自分の立場や名誉を投げ打つという覚悟がない限り、理解は無理だろう。

まぁ、共産党はどーしよーもないとしても、
国家が国民のサービスのために存在していると考えている国民が非常に多いのではないだろうか。

国家運営を他人事と考えるから、政治に関心を持たないし、選挙にも行かないのではないか。

政治と経済を別物とする意見が喧しいが、政治と経済は別物ではない。国民生活の基盤たる国家を確保し運営するのが国家の政治、すなわち国政。国政の一つの側面が経済。

「政冷経熱」なんていう言葉を、国家元首が方針として打ち出すアホな国もあるが、あれは、国家元首自身が自身を国民の一部と思っておらず、「自分は国民に施してやる存在」と考えているから出て来る言葉。国家の存在意義がわかっていない。これに同調する国民もまた、負けず劣らずアホ。

国政の場に「国民の生活が第一」なんていう政党を作って打って出た連中もいるが、これまた、国政と自治の違いが理解できていないから為せるワザ。国家の存在意義を理解していない証拠。

かつて「地球市民」なんていう言葉もあったが、これなんかも国家の意義から考えると、違和感しかない。

国政の場に「市民」という言葉を持ち込んではイケナイわけではないが、市民と国民をきちんと使い分ける見識を、国民は総じて持たねばならないと私は思います。

選挙が近づくたびに「選挙に行こう」とキャスターが叫び、解説役の識者が行かなかったら生活にどう跳ね返ってくるかを説明する光景をチョイチョイ見かける。
そういうのが悪いわけではないが、識者なら、もっと根本をわかりやすく解説した方がいいのではないか。

すなわち、
(1)
国家というものの存在意義をきちんと説明すること。国政は県政・市政と異なり、サービスのためにあるのではないと得心できる説明をすること。
(2)
その前提に「日本という国が存在してこそ可能になる、好ましい価値観」とは何かをしっかり考え抜くこと
(3)
その考えに基づいて自分なりの意見を持ち、自分の意見に一番近いを主張している人に票を入れること。

このこと自体は、右も左もないはず。
共産党のような、国家破壊を目指す思想を持つなら別だが。

正しい国家観を持つというのは、まず、国家の存在意義をしっかり認識することだと私は思います。
[ 2015/06/07 12:16 ] [ 編集 ]
早く在韓米軍が撤退して、総理が竹島の件は日本に対する武力攻撃ですと答弁したら、共産党などはどう反応するんだろうね。
まさか、反撃しなかった政府が悪い!って民主党を責めるのでしょうか?
[ 2015/06/07 14:25 ] [ 編集 ]
自衛隊の災難は共産党の甘い汁
何としても日本を護らせない。
在韓米軍の撤退時期に変更がなければ、日本は一二年中には位置的に最前線になる訳で、その上日米同盟の価値を下げるためには、絶対集団的自衛権の行使を禁じたい。
となれば、彼等の目的は何処にあるんだろ?見え見えねえ。

福島第一原発の事故以前、一般的に原発安全の為の方策を政府が検討しようとすると「安全手段を論じると言うことは原発は安全ではないと言うことだ」と頑強に反対して居た野党の「想定禁止」と同パターンです。
彼等は絶対言いますね、事が起こった後で。「想定外など断じてあってはならない」と。
自分達の言った言葉を逐一書いて首に巻き付けておけ!

国会では自衛隊員の死は政府攻撃の利用材料に、学校では教師が自衛隊員の子弟をいじめ抜く。身を挺して国を護る「兵士」の災いは共産党の甘い汁なのでしょう。
口を開けば「人権、平等、働く者の権利要求」なのだから、当然自衛隊員の身にこそ共産党は充分に考慮するべきでしょうに。

[ 2015/06/07 15:48 ] [ 編集 ]
内閣が倒れても安保法制を作り上げる気概
この「安保法制」で問題となっているのが、自民党の最低限日本を守るための憲法解釈変更とそれに関する法整備というものだと思います。
それに対するのが野党の如何に自衛隊の手足を縛り活動をし難くするかというもので、その自・公の安保法制を様々な理由づけをし、反日メディアの拡散力を使い世論誘導し反対運動を盛りたてようとするものです。
その最終目的は廃案にしたいというものでしょう。

具体的には「憲法審査会の参考人中、与党参考人さえ安保法案は違憲と述べている」という自民党のオウンゴールも利用され、また心にもない「自衛隊員の尊い命を危険に晒す」などいう偽善も使っての、「国民が理解していない」など何でも持ち出しての反対のための反対運動です。

この対立の根本は保守と左翼の対立と言ってもよいと思えますが、戦後70年間の『憲法九条』という垢がこびり付き過ぎて落とすに落とせない状態であることが問題で、左翼の思考にどっぷり毒された今の日本に於いて一気に憲法改正が出来ない程国民への洗脳が進んでしまっている不幸です。

それだけに目の前の脅威である中国の急速な軍事的海洋進出や北朝鮮の核兵器開発、中東の不安定さへの対応の準備は急がれるわけでそこに憲法解釈での安保対処という流れになるわけです。

何事も危険なことが起こってからでは遅いのであり、共産党の様な「日本がどこからも攻撃されていないのに自衛隊が米国の戦争に参加し、海外で武力行使する集団的自衛権行使の問題」などと呑気な思考こそ日本国民を危険に晒す元だと思います。

そしてこれら左翼の根本にあるのが「他国の不透明な軍事力への批判や注意よりも米国の軍事力、また自国(自衛隊)の軍事力を忌避し、出きるだけ身動きが出来ない様にしなくてはならない」という左翼の反米及び日本軍侵略史観から来るものなのでしょう。

自衛隊は危険な仕事をするのが仕事です。

勿論、無謀なこと、危険を出きるだけ排除しながら仕事をするというものではありますが、今野党や朝日、毎日などという反日メディアが言う自衛隊への拘束とは「消防士は危ないから火に近づくな」というようなものではないかと思います。
[ 2015/06/07 16:59 ] [ 編集 ]
法律があろうが、なかろうが、禍の及ぶときは及ぶのだから・・・
昔、福田とかという愚か者がおりました。 ガッコの偏差値は高かったようですが
歴史観、国家観、コモン・センスが著しく偏差値と逆比例したジジイでありました。

こ奴が総理在任中、テロリストが仲間10数人の釈放と何十億円かのカネを要求
してきたのです。 なんと、世界が「ドブネズミにミルクを与えれば次はチーズを
要求してくる」と厳しく諌めたにも関わらず、「人の命は地球より重い」とか妄言を
嘯き、その要求を丸飲みしてしまったのです。

こんなことは法に照らせばムチャクチャ違法となります。 しかし何故か野党は
全く違法行為を追及することなく、ヤミの中に葬られてしまいました。 かような
前例がある以上、それなりの国家観を持つ人が総理であれば法的にグレーな
防衛行動を司令することがあっても、ことの宜しきを得るのではないでしょうか。

蓋然性が高い事柄に対応できる法整備は理想ですが、野党の言うことは反対
のための難癖でしかなく、朝鮮理屈と区別ができません。 まともに相手をする
のではなく世論が肯定的ならば強硬裁決でよろしいかと。 世論が否定的なら
防衛行動の枠が少しでも広がれば、それで良しとすればと思っています。

福田ジジイの決断は非常時の対応への前例を開いたことは評価できると
思います。 ただ、違法行為を冒すなら世に禍根を広げるテロリストの釈放では
なく要求を拒否したことによりコロされたかもしれぬ者の家族に見舞金を支払う
とかの方法であるべきであったと強く思っています。
[ 2015/06/07 20:19 ] [ 編集 ]
前文と九条がつくった物の怪
父母妻子隣人が、目の前で、

 虐殺

されていても、それに武力で抵抗すれば、 

 1. 我が身の命が危ない、
 2. 虐殺しておられるチュコクチョセンカンコク人のみなさまの命が危ない
 3. 付け足しで、ついでに言っておくと自衛隊員の命が危ない

この1.2.3.の命を守るために、

 黙って見ている

この態度こそが日本国憲法に忠誠を誓っている。
未来永劫にこの態度を固執する。

 国よりも国民よりもドグマ(九条)が大切

日本国日本国民が消滅してもどうってコトない、ドグマが残ればよい。

 一切焦土の上にヒラヒラする紙っ裂れ

を想像してうっとりする物の怪をこの国の憲法前文と九条がつくった。
GHQに巣くっていた共産主義者の偉大な勝利というべきである。

 この国は亡びる

でせう。確実に。
今、既に亡んでいる。やうに。

[ 2015/06/07 20:24 ] [ 編集 ]
サイコパス政党は、本質的には命というものを軽視している
サイコパス(参照URL:http://www.psy-nd.info/)政党が命など重んじるわけがありません。

嘗ては革命と称し、武力闘争を初めとして、暴力や破壊、内ゲバなどで同朋も殺害してきた集団ですから、DNA的に命を軽視するサイコパス集団なのです。

「自衛官の命ガー」「戦争ガー」などと口だけで叫びはしますが、不思議な事に自衛隊の不祥事、災害時に到着などが諸事情で遅れれば、「オスプレイは危ない」「もっと仕事しろ」「自衛官の怠慢」などと非難し、更には「人殺し集団」などと誹謗中傷までする様です。

余りにも現実知らず、自衛官の仕事を知らず、幼稚かつ、基地外かつ、本質的な残虐性を持つサイコパスには呆れて物も言えません。

共産党をはじめとした左翼、サヨクの方々はもう少し現実を見た方がよろしいかと思います。

9条があれば戦争しなくて済むと、自身を持って主張しているのですから、是非とも紛争地域に自ら赴き、現地で9条を成立させたり、自宅も戸締りせずに泥棒に入られないという事を(入られたとしても、殺されようとも無抵抗を貫く事)実証して見せてほしいものです。

共産党をはじめとした新左翼が使用していた「暴力装置」という言葉、広くは社会学者のマックス・ウェーバーが使用した国家権力としての軍隊、警察組織を指しますが、所謂左翼用語としての「暴力装置」は「目を離せば暴走をする」から、「文民が監視、束縛しせなければならない集団」としての意味を持ちます。

彼らが暴力や破壊が好きなのは、武力闘争や内ゲバなどに明け暮れている所からして言うまでもありませんが、被害妄想と国家権力悪玉論の為に誹謗中傷される自衛官はたまったものではありません。

集団的自衛権行使容認で攻撃を受けるリスクは高まると言えば高まるのでしょうが、国防上、ある程度の危険は避けては通れない事です。その辺りの認識があまりにも弱すぎる。

「戦争したければ自分が行け」、「戦争も知らないのに指揮するな」などと主張する者も時々いますが、そもそも指揮官と現場隊員では果たすべき義務が違うので、この批判は的外れもいい所です。

指揮の立場にいる者が自衛官の命を軽視するなどもっての他です。その為に指揮の立場にいる者には組織全体の状況を俯瞰する冷静な判断能力と行動力が要求されます。

しかしながら、現場隊員は時には危険を冒す可能性があるといえども、やらなければならない事もあります。

その為に「攻撃可能な状況」はネガティブリストになっているのですが、この辺りを国会質問でもう少し議論すべきです。

共産党が仮に指揮官に就いた場合は、全体を俯瞰する能力も無い上に自衛官の命を軽視しているので、奴隷のようにこき使った挙句、闘争にも敗北するでしょう。

ヘイトスピーチなど批判・非難する資格も無い左翼の集団ですが、もう少し現実的に自分達の置かれている状況などを俯瞰できる目を持ってもらいたいものです。
[ 2015/06/07 21:21 ] [ 編集 ]
二十世紀の遺物
1914年第一大戦を境に、世界の社会主義運動は社会民主党系の第2インターナショナルと、コミンテルン=共産党系の第3インターナショナルに分裂します。

その後、ソ連崩壊によって10ヶ国の社会主義政権と前衛党(共産党)が一挙に崩壊、それで現在10ヶ国の前衛党はすべて第2インターに属し、社会民主党系に差し換えられています。ヨーロッパにおいては、もはやマルクス・レーニン主義などという代物は悪夢以外の何物でもありません。

資本主義国の前衛党においてレーニン主義的な原則を保持するのは、日本共産党とポルトガル共産党のわずか2党となりました。共産党より過激といわれた旧社会党左派は社民党というより、民主党に流れ込んで生き延びているのはご存知の通り。

レーニン主義とその亜流がいまだにこんなに蔓延っている国は先進国では日本をおいて他にありません。彼ら変態左翼の頭の中身ときたら、相変わらず古りしレーニンのテーゼ「戦争から内乱へ」なのでありますが、共産帝国主義の本家本元、シナ共産党が内部の不満を外に逸らすために、ひたすら膨張政策をとり続ける様を泉下のレーニンが見たら、何と評したでありましょうか。

「従北派」が存する韓国と共に、名うての変態左翼を内部に抱えているという意味では日本も五十歩、百歩か。はやく世界標準に達して、日本も普通の国になりましょうよ。
[ 2015/06/07 23:19 ] [ 編集 ]
共産党或いは赤色
幾つか前のタイトルの志位演説と同じ文言を、吉田茂第一次内閣時に(1946年)、共産党・野坂参三が使っていました。
「戦争には二種類ある。不正な戦争(=侵略戦争)と正しい戦争、すなわち侵略された国がする自衛戦争である。」
この御仁は後に延安のスパイだったのが党に認定されて除名、党宅からも追われたのが百歳の時。政党に社宅の様な物があるというのも私には驚きです。
普通現党首が、この様な不名誉で著名な「先輩」の言を、自らの発言として再現はしないものだと思うのですが、しちゃうんですねえ。

そして同じ国会で、徳田球一は「憲法論議よりまずは食料だ。憲法は人民の手に依って作られるべき」志賀義雄「人民の意志を取り入れる用意がない(ので上程延期しろ)」と共産党が最も激しく新憲法に抵抗。
その「新憲法」は一字一句そのままなのに、共産党は今や強固な「護憲党」。何処で何が変ったのか?

大東亜戦争末期にかけて、近衛文麿側近の他に、天皇側近にも御皇室周辺にも、関東軍幹部にも入り込んでいた「アカ」が、今明らかになりつつあるようで、一般国民から見れば「軍人は目を離すとろくでもない動きをする」様に画策、していたのが共産党だという事はありそうです。
[ 2015/06/07 23:44 ] [ 編集 ]
あしたのジョーがノーガードという戦法を取ったことがありますが、避けまくるなど至難の業であります。そんなことを続けていけば、避けきれなくてまともに受けてしまった強烈なパンチが蓄積されてやがて廃人となります。
常に丸腰で「私は一切戦いません」と言うのなら、攻撃されないにはどうすれば良いのかという絶対的な方法がなければ、日本という国は廃人同様になってしまいます。ミサイルを直接撃ってくるだけが攻撃じゃ有りませんしね。
唯一考えられる事として、湯水の如く金を使うという方法があります。
しかし共産党ときたら表面上、金儲けの話はしちゃいけない風で、「さあ、みんなで仲良く貧乏になりましょう!そうすれば誰もが幸せになれます。」スタンスのようですから、金で解決も無理ですね。
この世界から日本という国が無くなれば、みんな幸せ・・・by共産党
[ 2015/06/08 00:32 ] [ 編集 ]
自衛隊が可能性の研究をするのは当たり前。それを怠れば、敵の攻撃やテロリストの攻撃を防げない。原発には1000年に一度の地震にも備えろとか、根拠の無い大地震、隕石落下など持ち出すくせに、南シナ海で中国が軍事基地を実際に造っているのに、それに備えるなと言う矛盾。
戦争をさせないためにも核武装しよう。
[ 2015/06/08 07:50 ] [ 編集 ]
さまざまなリスクに臨むのが自衛官の使命
>今回の安保法制が成立すれば、やはり自衛官のリスクが高まることは避けられないと思います。

だから何?
部外者の心配は無用だ。
全自衛隊員は入隊時に以下のごとく宣誓している。

私はわが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身を持って責任の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います

リスクが高かろうが低かろうが危険を顧みず、身を以て任務にあたるのが自衛官の使命だ。それができなきゃ除隊すればいいだけ。
[ 2015/06/09 15:08 ] [ 編集 ]
自衛隊員を侮蔑する歌
去年8月18日ヅケ朝日馬歌壇。
例の共産主義者でありながら歌会始の選者をしているという永田和宏某選の第2等賞。↓。

妻も子も親もうからも憂ふらむ自衛隊員本音語らず
(前橋市・荻原葉月某)

この葉月某ですが、朝日馬歌壇の常連です。自衛隊員を強盗か殺人を職業にしている日陰者と思ってをりますね。そのとんでも共産党党是ヘイト独断を、

 自衛隊員もそう思っている

と、冤罪被せカマしてをりますね。こいつらが、集団的自衛権をつぶすために、

 自衛隊員のリスク

などの聞いたふうの言葉を出します。二重三重に自衛隊員の尊厳を犯してをりますね。反吐が出ます。

 妻も子も親もうからも憂う

って、どこで取材したか?。してません!って。朝日馬歌壇だけに朝日新聞紙流の捏造ででっち上げたものです。

 自衛隊員本音語らず

まったくの百万%の捏造です。

 国を守る。国民を守る。他国の民を守る。災害地にたれよりも早く入り、たれよりも深く行き、自らの生死をかえりみず他者の命をのみ優先して救い出し守る。

この姿をわれわれは報道で目にしている。もとより、自衛隊員は人間である、ゆゑに恐怖心も危惧感も十全に持っている、それをおして行く。人間であるからだ、矢嶋博士という六十六歳の老体でも父母妻子孫のためには行く。それらをミゴロシ(見殺し)にのうのうと生きてゆけるか?生きて行けないで、フツー。
自衛隊員はその普通の上に自らの意志で立つものどもである。

 妻も子も親もうからも

その崇高。を見ている。
たれが、

 憂ふ

てをるのか?。
共産党員荻原葉月某よ
共産主義者永田和宏某よ

 答えて見よ

コケ(虚仮)が!ッ。


[ 2015/06/09 16:58 ] [ 編集 ]
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