私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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道義・人道を重んじる先人 ~ タシケントの奇跡と堀内豊秋大佐

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 先日発表された、米国議会の調査局報告書の中で、安倍総理が「ウルトラ・ナショナリスト」だと指摘された。この報告書の裏で、特亜のロビー活動と札束が動いているのではないかと勝手に想像しているのだが、そういった裏事情があるかないかは別として、こういう破廉恥な報告書を上げる米議会の非常識には辟易とする。日本が、国と民族の真っ当な歴史を掘り下げようとすると、戦勝国と特亜が騒ぐ相関関係は、今に始まったことではない。そういう雑音は、「日本は戦後秩序の中で黙して動くな」というメッセージだと思うのだが、日本人は日本人としての価値観を、こういう雑音にひたすら耐えつつ、希求する権利がある。

 日本維新の会の中山恭子先生が、5月9日の産経新聞に寄稿された「正論」のなかに、「タシケントの奇跡」とも呼ぶべき先人の偉業が紹介されている。先の大戦前後の“真っ当な”歴史を学んだ人には割と知られた話だが、どんな状況に置かれても、日本人が日本精神を失わなかった例として、記憶されるべきものだ。まさに、“教科書に載せるべき”お話である。


≪道義国家を体現した抑留者≫
 大使として3年を過ごしたウズベキスタンの首都タシケントに、ナヴォイ劇場という素晴らしい建築物がある。壁面のプレートに、「45年から46年にかけ極東から強制移送された数百人の日本国民がこの劇場の建設に参加し、その完成に貢献した」と刻まれている。「日本人捕虜」という表現を、91年、ソ連からの独立後初の外交案件として「日本国民」に改めたとカリモフ大統領から伺ったことがある。「日本と戦争したこともなければ日本人を捕虜にした覚えもないから」との理由である。
 シベリアに抑留され中央アジアで重労働に従事させられた「日本国民」の働きぶり、生活ぶりは現地の人々に感銘を与え、今も語り継がれている。66年に首都を大地震が襲い、周りの建物は全て崩壊したにもかかわらず、この劇場はびくともしなかったという。
 戦争に負け帰国できるかすら分からない中にあってなお、若者達は日本人として恥ずかしくないように陰日向(かげひなた)なく働き、良い物を残した。彼らは各地で任務に就いていた混成部隊である。当時の若者達に、「お天道様が見ている」という教えが家庭や社会を通じて広く浸透していた証左だろう。

ナボイ劇場

 不当な拘留によって、再び故郷の土を踏める確証もないなかで、先人たちは道義を貫いた。「お天道様が見ている」という言葉を、今の若い人たちがどれだけ知っているかはわからないが、良心に恥じない生き方を求め、「自分だけがよければいい」という精神を蔑む日本人の精神を表わす言葉である。忘れてはいけない言葉だ。

 日露戦争のとき、対馬沖で敵艦リューリックを沈めた海軍は、こういう指示を出した。

すでに戦闘能力を失った上は、彼らを苦しめるのは日本男児のすることではない。生存者は全てこれを収容せよ。また捕虜については、異常がある者はもとより、勤めて親切丁寧に取り扱うべし。負傷者には相当の手当てを行うべし。これは仁愛に富む陛下の大御心である。


 これによって、救助されたロシア兵は日本水兵の衣服や靴が与えられ、その靴を戦後も大事に持っていたロシア兵もいたそうだ。人道とか道義を口で説くのは易しいが、行動に移すことは並大抵のことではない。

 イラク戦争の際、サマワに派遣された自衛隊が帰還する際、「自衛隊帰らないで」という前代未聞のイラク人によるデモが行われた。ゴラン高原に展開した自衛隊の活動では、イスラエルとシリアの男女が結婚する際、自衛隊が花嫁道具の輸送を担った。古くから道義とか人道を重んじる日本精神において、こういう逸話には事欠かない。

堀内豊秋大佐 「自衛隊帰らないで」と同じことが、支那でも起きている。支那の福建省アモイに派遣された堀内豊秋大佐は、現地の人々との会話を通じて食糧や物資の困窮を知り、その支援を行って大変喜ばれた。司令宅も門を開放し、誰もが自由に出入りできるようにした。堀内が一年後に転任すると聞くや、住民から「帰らないで」という運動が起こり、嘆願書が出された。堀内は嘆願むなしく転任するが、住民たちの募金で、堀内司令の仁徳を讃える顯彰碑が建てられた。

 堀内はその後、インドネシアに赴任する。占領下で、一部の陸軍兵士が現地住民の家財を取り上げた時、「日本人の恥だ」と激怒し、陸軍に赴き、奪った者を返させたという。オランダの圧政に苦しんでいた現地住民が、オランダ人捕虜に仕返しをしたいと押し掛け、オランダ人捕虜に暴行するという事件が起きた。堀内は激怒したが、それらの責任転嫁はせず、自らの負うところとした。この堀内大佐は、B級戦犯として処刑された。オランダ人捕虜を虐待したという罪だった。

 「自国日本を誇るな」とか、「戦前・戦中の日本人は悪い人たち」という歴史観が刷り込まれてきた日本の近現代史において、誇るべきものは山ほどあり、誇るべき先人たちにも事欠くことはない。タシケントの捕虜、旧軍人、自衛隊などに象徴される、道義や人道を尊重してきた日本人が存在し、今も存在することを、同胞としてもっと学ぶべきである。日本のマスメディアが反日を是とする今、教育の再生が急務である。


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[ 2013/05/12 11:41 ] 史観 | TB(0) | CM(0)
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