私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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呪われた日、5月3日 ~ 現行憲法がある限り、戦後は終わらない

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 今日5月3日は、一般的には憲法記念日と呼ばれる祝日である。なんでこんな日を祝う必要があるのか。会社員にとって休日は有難いのだが、かと言ってこんな日を祝う気になれるはずもない。1947年5月3日、現行憲法が施行されたことを記念する日とされているのだが、個人的には、記念するどころか屈辱感しか覚えない。憲法は1947年のこの日に施行されたが、その前の年の1946年5月3日は、極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷した日である。GHQはこの日の施行を狙ったのだろう。そういう意味では、5月3日は“呪われた日”なのだ。



 以前ブログで書いたとおり、GHQは日本を占領する過程で、徹底的な検閲を行った。昭和21年にCCD(民間検閲支隊)が発布した「検閲指針」全30項目には、このような禁止事項があった。

(3) SCAPが憲法を起草したことに対する批判
(4) 検閲制度への言及
(5) 合衆国に対する批判
(6) ロシアに対する批判
(7) 英国に対する批判
(8) 朝鮮人に対する批判
(9) 中国に対する批判
(10)他の連合国に対する批判

上記の(5)から(10)に至る検閲対象を見て、勘の良い方なら憲法のある部分を連想されると思う。現行憲法は、この(5)から(10)の項目を、見事に憲法に盛り込んでいる。憲法前文である。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。


検閲による批判禁止対象(5)~(10)が、憲法前文の「平和を愛する諸国民」という言葉にすり変わったのだ。

 前述の通り、CCDの検閲は、合衆国、ソ連、英国、朝鮮人、中国その他の連合国の批判を禁じ、第三次世界大戦の可能性や冷戦の進展を論評することを禁じて、日本人の心の中にすべての連合国が「公正と信義」にもとづいて平和共存し、日本だけが戦前戦中のために孤立させられているという、虚の世界像をつくり出すことに全力を傾注した。
 一九四六年憲法の前文に描き出されている世界像は、CCD当局がつくり出したこの虚構の世界像と完全に一致している。換言すれば、CCDの検閲方針の意図した虚像は、憲法前文に採り入れられることによって、占領が終了し、CCDの検閲制度が廃止されたあとになっても、憲法そのものが改廃されぬ限り、日本人をいつまでも拘束しつづけることになったのである。


 要するに、この憲法前文というのは、連合国が彼等の守るべき戦後秩序という空間に、日本を永遠に閉じ込めようとした産物なのである。この前文が破棄されない限り、日本は戦後何十年経とうとも、敗戦国としての国柄を維持し、いわゆる戦勝国と呼ばれる国々に従属しなければならないのだ。

 この日は、色々な談話が飛び交う。憲法が今夏の参院選の争点となるが予想される中、社民、共産などの護憲派談話は、議席配分に比べて多く取り上げられる。民主党の細野モナ夫幹事長は、「本当にこの国を戦争のできる国にするのか」と語ったという。9条信仰だ。社民党福島瑞穂と寸分違わぬ言質である。

 これにも江藤さんに答えてもらおう。

 「交戦権」の回復は、もとより戦争への道を進むことを意味せず、実は核武装すら意味しない。それは主権の回復のみを意味し、日本が強制された憲法上の拘束によってではなく、自らの意思によって選択した基本的政策として、平和維持のあらゆる努力を継続することを意味するにすぎない。つまり、それは日本が通常の自由な主権国家となり、ふたたび事故の運命の主人公になるということを象徴する行為にすぎない。


 サヨクと呼ばれる人たちは、交戦権とか自衛隊というものを誇大に取り上げる傾向が強い。交戦権が認められ、自衛隊が正規の軍隊として明文化されることで、結果として戦争が起こると言う発想・・・これは言霊である。交戦権の回復とは、江藤氏が言うとおり、主権の回復に他ならない。言い換えれば、これなくして独立国家とは言えず、日本は戦後というものをいまだ克服していないということになるのだ。

 この憲法を主導したダグラス・マッカーサーは、1946年1月30日、来日した極東諮問委員会の代表に対して下記のように語った。

 どんなによい憲法でも、日本人の胸許に銃剣をつきつけて受諾させた憲法は、銃剣がその場にとどまっているあいだだけしか保たれないというのが自分の確信だ、と彼(マッカーサー)は語った。占領軍が撤退し、日本人の思い通りになる状況が生まれたとたんに、彼らは押し付けられた諸観念から独立し、自己を主張したいという目的だけのためにも、無理強いされた憲法を捨て去ろうとするだろう。これほど確かなことはないと彼はいった。

ジョージ・H・ブレークスリー「極東委員会―国際協力の研究」より


 マッカーサーは、この占領憲法が施行される遥か1年以上も前に、押し付け憲法の短命を予言していたのである。このマッカーサー談話とは裏腹に、憲法は今日に至るまで生き永らえた。即ち、今日この瞬間も、日本は半ば占領された状態にあるということだ。佐藤栄作元首相はかつて、「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国の戦後は終わらない」と語ったが、「自主憲法の制定・施行が実施されない限り、戦後は終わらない」と言い換えるべきだろう。



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[ 2013/05/03 10:21 ] 史観 | TB(0) | CM(11)
No title
「うれしくも 国の掟の定まりて
明けゆく空の 如くもあるかな」
と、押し付けではありましたが現行憲法制定に際し
昭和天皇がお詠みになったのに‥残念なブログタイトルでした。

「8月15日は革命ではなく皇室は万世一系である」
とするための知恵だったのに‥

実家がドイツとご縁があるのですが
ドイツ人には日本人のような反米感情はありません。
「ほんとはこっちが上なのよ」とほんの少し見下しているだけです。
「『血』が一番汚い」と、地方の株と商品の市場の
胴元だった曽祖父が申しておりました。
血とは、血縁や民族のことです。

お空の上の昭和天皇を悲しませるような日本人は
ネットにも多いのですね‥
[ 2013/05/03 17:37 ] [ 編集 ]
すみません訂正です
☓ブログタイトル⇒◯本日記事タイトル
[ 2013/05/03 17:54 ] [ 編集 ]
莫迦の一つ覚え
反日変態サヨクが莫迦の一つ覚えで
昭和天皇の御製を占領憲法の正当化に悪用している。
御製に政治的意味合いなどこれっぽっちもない。
お気持ちを言葉にしただけ。
この反日変態サヨクこそ占領憲法を踏みにじって
護憲ヅラしているのだから嗤えるよ。
牽強付会の暴論を振り回す前に
亡き陛下の御製を政治利用する違憲行為をまず恥じなさい。

[ 2013/05/03 18:52 ] [ 編集 ]
私達、日本人は陛下の大御心を忖度するようなことはあってはならないと思います。


改憲草案では象徴から
「元首」とありましたが、 私個人としては天皇陛下はもっとずっと上におわす 御存在だと思うのですが…。

[ 2013/05/03 19:53 ] [ 編集 ]
元凶は東大法学部
ではないでしょうか・・・。
東大法学部こそカルト護憲派の「聖地」「殿堂」
と思うのです。
他の大学の法学部は全て亜流に過ぎません。
元を断たねば解決しないわけで、占領憲法廃止の暁には
東大法学部も廃止すべきですね。
なお参考URLは表紙の「ニューズレター45号」
をクリックして「犯罪被害者の声」をお読み下さい。
涙なくして読めません。
護憲派・自称人権派こそが「もっとも悪質な弱者いじめ」を一貫して行っていると痛感いたします。
[ 2013/05/04 01:29 ] [ 編集 ]
No title
ケルトを除く英国のご先祖がドイツより流れ来て更にその支流の米国ですもの、当然ドイツ人に優越感はあっても不思議では無いでしょう。
「欧州間・欧米の歴史」と「日米の歴史」とは全く異質であるのは論を待ちません。

中国戦線から数えると約二十年の戦争が終結し、食うや食わずで生きる全国民の生活が、占領下であってもどうか安定するようにと切に願われた先帝様が、たとえば「この憲法には嬉しくない」とお詠みになれるかも、と思える日本国民が居るとしたら、唖然です。

和歌は御製や御歌だけではなく、万葉の昔から歌に託して歴史が詠まれてきた面が大いにありますから、後世の私たちも順序を間違えずに読めば詠み手の意図を受け取る事が出来ると思います。
少なくとも発表された御製は陛下の国民への大御心と解釈して差し支えない事だと思います。只、御歌の序やそのお歌の詠まれた状況も併せて受け取らねば誤解の素になりましょう。
[ 2013/05/04 06:00 ] [ 編集 ]
今回は、残念
コメントタイミングが遅れましたが、今回の記事には正直、くみできないです。
出自は押し付けであったにせよ、日本国憲法は日本の国会議員が日本の国会で全会一致で決めたものです。仮にこれが日本人の本意でなかったとしても、日本を復活させるために先人たちが命がけで判断したことです。
日本に国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を銘記したこと自体は評価できるし、それを掲げることによって国際社会に復帰できたことも事実。
当時と変わったのは、前文にある前提が通用しなくなったということ。すなわち、
「われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」という前提が、成り立たないことを疑わせる事態が国際社会に増えてきたということ。だから、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」を見直す議論をすべき時期ではないかと言っている。これは、この憲法を受継ぐ我らの世代の責務であると言える。
この状況、我らの責務に目をつぶり、憲法に指一本触れてはならないとしか叫ばず、我らと子孫を危険に晒すことを無視を決め込む護憲派を批判するのは納得できる。しかし、押し付けられた出自を以て恨みがましく言う論法は、品位に欠けていると言わざるを得ない。
植民地時代に国のインフラ整備が進んだことを取り上げずに日韓併合を恨む朝鮮と極めて近い論法とさえ言える。
あんな品位のない未来志向を否定する論法では、賛同者は減る。
日本の憲法は、日本人のもの。改憲は日本人の専権事項で他国にとやかく言われる筋合いはない。
だからこそ、他国が口を差し挟む余地がないほど我らは我らの品位を保たねばならない。
品位のない輩から自国を守る力を持つことで国際的均衡を保ち、世界平和に名誉ある地位を占めたいと思うからこそ憲法を見直すのだと胸を張って示さねばならない。
特亜が口を挟もうとすればするほど、彼らの下劣さがあらわになり孤立していくほどの品位を我らは我ら自身の言動で示さねばならないと思います。
日本人が築き上げてきた現在の日本の国際的評価の高さを自覚し、それに見あった言動を心がけるべきだと思います。
[ 2013/05/06 02:25 ] [ 編集 ]
No title
品位の高低すら理解出来ない幾つかの嘘吐き国が揃って周辺にあり、自らの品位を保つべく一々の反論を控えてきた日本の現実を考えるとき、果たして「品位」で国益が守られるか?と思わずには居られません。

日本が彼らに貶められ続けてきた原因を追及すれば、当然現行憲法と隠蔽されたままの日本の歴史に辿り着きます。
この憲法が如何なる状況でどのようにして作られ、日本国にとってこれがどんな働きをしてきたか、を論じて何処が「品位に欠ける」のか、この問題を具体的にはどう論じれば「品位高く」なるのか、御指摘戴きたいと余所ながら思いました。

四海穏やかな時ならともかく、実際に今現在日本を囲む情勢は「品位」では戦え無い事がこれまでの日本政府の「業績」が物語って居ります。
言うべき時、(言論で)きっちり戦うべき時を失して日本はここまで来ました。
世界に政治的評価を得ている国々が格調高い訳でもありません。それらの国に、むしろ日本が品佳く対処してきた事を利用され続けてきたと思える事も少なくないと思います。
日本が普通の国として世界に伍するに欠ける事柄が明確に顕れている今こそ、品格以前に現実を重視するべきだと私は思います。
管理人様の姿勢がしっかり根を張って居られるので、多少言葉の印象が崩れている、ともしや感じられる方が居られても、それは所謂「賢こバカ」の余裕と思うのですが。
[ 2013/05/06 04:47 ] [ 編集 ]
憲法の出自は、踏まえるべき歴史です。
本エントリーについては、記事のタイトルがダメという御意見と、記事の内容がダメという御意見のふたつがあるようです。
コメントは全て読ませていただいております。
コメント欄には滅多に登場しないヘタレ管理人ですが、大変有難く思っています。

ひとつだけ。

憲法を変える、または自主憲法を制定するために、憲法の出自を知る、即ち、植民地時代の歴史を知るということは、絶対に必要なことだと私は思っています。
私は、幣原首相を筆頭に、先人たちの御苦労があったことは全く否定してもいないし、批判もしていません。
現行憲法の出自を知ることは、隣国のように歴史を都合よく改竄し、捏造してまで騒ぎ立てる行為とは全く別次元の行為であって、純粋に“踏まえるべき歴史”という次元のものです。
押し付けられた出自を恨みがましく言うように解釈されたのかもしれませんが、そのような意図は全くありません。ただ、憲法を含めた占領期の歴史を知ることは、民族にとって必須であると、私は強く思います。
ならびに、国家、国民として一定の品格を保つことは重要ですが、品格の欠片すらない隣国に、「日本の品格が通用する」とは思えません。あくまで“日本らしく”対処すべきですが…。

江藤さんが「一九四六年憲法―その拘束」を出された時、大新聞をはじめとするメディアはこの重大な文献を全く無視したそうですね。
江藤さんはこの文献によって、日本人が知らされてこなかった歴史の一部を世に公開しました。今、憲法改正議論がこれだけ活発になっている状況を、万感の想いで空から見つめておられるでしょう。
[ 2013/05/06 09:54 ] [ 編集 ]
お詫びします
管理人様、こはる様
早速の真摯なご意見を有難く拝見しました。読み返すに、私の早合点が多いに反省されるべきと理解しました。ここに謹んでお詫びを申し上げます。
ご意見は私の考えと極めて近いです。私も憲法の出自始め、日本の歴史を自虐的偏向なく、また、美化改竄なく、事実を真摯に理解することこそが、未来志向の基礎と考えます。
また、無抵抗主義を唱えるつもりもありません。
辱めに対しては断固抗議すべきですし、誤解は解くように冷静に説明すべき。これらの行動が品位を下げるとは全く思いません。むしろ、毅然とした態度にこそ品位があると思っています。
また、日本を恨み蔑む感情の醸成を国策として進める特亜が品位を理解できるとも思っていません。
恨みに基づく発想こそが品位とは対局にあるものと考えるからです。
我らの理解を期待するのは特亜以外の国々です。これらの国々と特亜包囲網形成が、日本の品位を保ちながら戦う策と考えます。
実は、特亜を批判するあまり、恨み・中傷を丸出しにした品のないコメントが、特に保守系ブログに多く見られて残念に思うことが間々あります。
ですが、確かにこはる様のおっしゃるように、管理人様の凛とした姿勢が明快なこのページで敢えて目くじらを立てようとすることは、むしろお門違いですね。
大変失礼しました。
今後も明快で痛快な問題提起をよろしくお願いします。
心から楽しみにしております。
[ 2013/05/07 03:37 ] [ 編集 ]
Alinamin2011 さま
お詫びなど、全く不要です。
寧ろ、否定的な御意見に気付かされることも多々あります。
保守系ブログを賑わす「恨み・中傷を丸出しにした品のないコメント」については、仰るとおりですね。拙ブログがそうだと言うつもりはさらさらないですが、言論に説得力を持たせるためには、ある意味、冷静さも必要だと思います。
私は凛としてなどいませんよ。いつもフラフラで…w
ですが、戴くコメントに勇気づけられることは多いです。
今後ともご指導宜しくお願いします。
[ 2013/05/07 20:42 ] [ 編集 ]
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