私的憂国の書

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改正か破棄か ~ 憲法問題を考える

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日本国憲法をめぐる議論が、今までにない盛り上がりを見せています。
今日はこのことについて、私的見解を述べてみたいと思います。

まず、憲法破棄もしくは無効化か、それとも憲法改正かという問題があります。
何度かブログに書いているように、私の信条としての憲法観は破棄・無効化です。ただし、手法としての改正は是とします。
このことを書いたとき、メールで何通かクレームが来ました。
メールに共通していたのは、「おまえは保守を騙った売国奴だ」という文脈です。
別に、そういう方々に申し開きをする必要は全く感じていませんが、様々な考え方があるということはご理解いただきたい。

まず、憲法を考えるとき、失礼ながら私は、憲法学者の考え方はあまり重視していません。どちらかというと、憲法学から少し離れた、思想家、評論家などの客観的見地を参考にします。例を挙げるなら、福田恒存や江藤淳です。
この昭和を中心に活躍した保守論壇の重鎮がどういう考え方を示しているか。
福田も江藤も、どちらも基本的には破棄論者です。
江藤淳が「一九四六年憲法 ― その拘束」を発表した当時、この論文が一部では大変物議をかもしたらしい。ただ、この論文が広く注目を集めることはなかったと聞きます。それは、昨日書いた江藤と大新聞幹部の会話から推し量ることができる、時代の空気故かもしれません。
いま、現行憲法が占領軍から押し付けられたものであるという事実が、緩やからがら広く知られるようになっているのは、政治家がそう発言し、メディアがそれを報じるからでしょう。少し前まではなかった現象です。

まず、現行憲法そのものの出自に大きな問題がある。先に発表された日本維新の会の綱領において、「押し付けられた占領憲法」という刺激的ともいえる文言の意味はそこにあります。
これは現代史を少しでも勉強すればわかることですが、独立国にあらざるものに憲法を制定する権利も資格もありません。GHQは狡猾にも、表面上は日本が自発的に憲法を起草し、国会での手続きを踏んだうえで現行憲法を制定したという工作をしています。ですが、自発的に憲法を制定したならば被占領国ではないし、被占領国なら自発的憲法制定などはあり得ないわけです。こんな簡単な矛盾を学校では教えないけれど、現行憲法の法的根拠すら疑わしくする歴史的事実は踏まえておかねばなりません。
昨日のブログで、維新の松井幹事長の「変えるか変えないかが大事。押しつけられたか押しつけられてないかは大した問題じゃない」という発言を批判したのは、こういう歴史認識を共有できない政治家の危うさに警鐘をならしたかったからです。

福田恒存は、逆説的に、現憲法は改正できるわけがない。改正なんかしたら、それは革命になると言っています。憲法破棄が革命だという安倍総理の見解とは真逆です。福田が何故そういうかと言うと、「憲法前文が、第96条を空文化しているからだ」と。つまり、前文で、「これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」と宣言し、この原理 ― 基本的人権、戦争放棄、主権在民 ― に反する改正ができないとすれば、改憲派は沈黙する以外に手はないと言っています。
江藤淳は「1946年憲法廃止私案」のなかで、「改正には両院議員の三分の二が必要となっているが、廃止についてはなんの規定もない。であれば過半数でいいのではないか」と言っています。この見解は、江藤の盟友であった石原慎太郎氏の、予算委員会の質疑の中に盛り込まれています。

さて、前置きが長くなりましたが、改憲か破棄かという問題についてです。
「改憲を肯定する場合、押し付けられた占領憲法を肯定することになる」という意見があります。これは、原理原則としては正論です。そもそも、欽定憲法の改正手続きを正規に行ったかすら疑わしく、天皇のお身柄までも脅迫の材料としたGHQに押し付けられた憲法に、正統性など見出すことは不可能だと思います。
GHQはこの脅しを狡猾に行いました。押し付け憲法の受け入れを認めさせるよう、吉田茂邸にわざわざ出向き、この脅迫をほのめかすと同時に、吉田邸の上空にB29を低空で飛ばしました。「拒否すればただじゃすまないぞ?(更なる軍事行動の示唆)」ということを知らせたかったということです。
こういう事実を知れば、憲法そのものを破棄すべきだという意見は、歴史をしっかりと直視したものだということははっきりするでしょう。
ただし、本当に破棄などできるのか?
今の政治勢力のなかに、党是として「破棄」を主張する政党が存在するでしょうか。破棄論者であった石原氏、および旧たちあがれ日本の先生方も、結局「改正」という部分で妥協しました。自民党は結党の理念に自主憲法の制定を規定していますが、今やっていることは「改正」です。
つまり、現下の政治勢力には、「破棄」を主張する政党が存在しないということになります。これで憲法を「破棄」できるでしょうか?

民主主義の大原則として、「憲法破棄」を訴える政党や政治家が多数派を形成しない限り、憲法破棄は現実的ではありません。それは、現実から離れた理想論になります。
一方で、改正を論じる政治家が議会で多数派を形成すれば、この硬直した一九四六年憲法に楔を打ち込むことができる。もはや新興宗教化した“平和憲法”を、改正という手続きを以って否定できる。
改正派と破棄派に共通する敵は護憲派です。両者は、この対立軸を大事にするべきだと思います。従って、手法としての憲法改正を是とすべきなのだと考えるのです。


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[ 2013/04/06 13:07 ] 政治 | TB(0) | CM(3)
ウソ憲法は無効
>こういう事実を知れば、憲法そのものを破棄すべきだという意見は、歴史をしっかりと直視したものだということははっきりするでしょう

つまり、多くの国民が歴史をしっかりと直視できていないから「改正」「護憲」になっているわけです。学校教育もマスコミも憲法学者も直視できないように誘導していますからね。
国民として自国の歴史・国柄としての憲法をちゃんと知りましょう、そうすれば占領憲法は無効・自主憲法=帝国憲法へと進むはずです。
西田先生などもそういうお考えであると思います。
そういう意味で憲法論議(改正論議も含めて)には賛成です。
[ 2013/04/06 16:29 ] [ 編集 ]
No title
イカサマ政党の公明より
維新の方がなんぼかましという
管理人殿のご意見はもっともです。
当方も破棄できればそれに越したことはないが
改正できるというのなら、その邪魔立てもしない
が当方のスタンスでもあります。
しかし、参院選で自民、維新が勝利して
新連立を組んだとしても96条改正のための
3分の2のハードルはとてつもなく高いと思います。
松井のような低レベルの議員も含まれているので
維新の何割かは必ず造反します。
維新と連立しても3分の2確保は危ういと思われます。

なので鈴さんの指摘される通り
国民が現行の占領憲法をちゃんと知ることができるように
欺瞞あふれる占領憲法の本質を成立当時の背景とともに
義務教育課程できちんと学べるようにしなくてはなりません。
[ 2013/04/06 22:19 ] [ 編集 ]
日本国憲法は日本国民の宝
極限すれば、GHQの押し付けかどうかはどうでもいいのです。
現在の日本国憲法の文言が日本国、日本国民にとってとても美味しいことが重要です。

日本国憲法があるので、たとえ核兵器を装備したとしても、それは武力では無いのですから。
[ 2015/12/26 19:37 ] [ 編集 ]
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