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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2020年08月16日

安倍総理の式辞に「反省」が消えたと批判する朝日は、自社の過去も謝罪し続けよ

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 昨日の終戦の日、安倍内閣の4閣僚が靖国神社を参拝した。萩生田文科相、高市総務相、衛藤内閣府特命担当相、小泉環境相の4人だ。閣僚の参拝は4年ぶりだという。参拝後、記者団の一部から「中韓からの反発が予想されるが」と質問された衛藤大臣は、「われわれの国の行事として慰霊を申し上げた。中国や韓国からいわれることではないはずだ。そういう質問のほうが異常だ。こういうことを七十何年間続けてもしようがないのではないか」と返した。ど真ん中ストレートの解答だ。実際、靖国参拝というのはこれ以上でも以下でもない。

 これに先立つ広島と長崎の原爆犠牲者慰霊の式典では、安倍総理の式辞が酷似しているという話がニュースになった。まず共同通信が6日の広島の式典の総理のあいさつが「『コピペ』だと批判を集めている」と書き、続いて朝日新聞が10日の朝刊で、長崎でのあいさつの冒頭が広島に続いて昨年と「ほぼ同一」だと追っかけ、東京新聞は9日、10日と連続で、長崎の式典の総理のあいさつ全文を掲載し、昨年と同じ部分に網掛けをするご丁寧な批判記事を掲載したという。

 広島の日も長崎の日も、もちろん昨日の終戦の日も、もう75回目を数える。そもそも、毎年、毎回言葉を変え、趣向を凝らすこと自体が不謹慎ではないのか。原爆被害者や戦争戦没者を追悼し、平和を祈念することばであれば、それほどの違いがあることの方が奇妙だ。そもそも式辞はウケを狙うものではない。最大の目的は追悼なのであって、原爆犠牲者や戦没者を追悼するという普遍的な行為はバリエーションを求めるべきものではないはずだ。朝日も東京も共同も、ただ単に安倍総理を批判したいだけなのだ。

 そして、安倍総理がことばを変えれば、やはり朝日のような新聞は批判する。

首相式辞から「歴史」消える 今年も加害責任は言及せず (朝日)

 安倍晋三首相は15日、政府主催の全国戦没者追悼式に参列し、式辞を述べた。今年の式辞では、昨年まで繰り返し用いてきた「歴史」という文言が消えた。一方で、首相が外交・安全保障戦略を語る時に使う「積極的平和主義」が初めて盛り込まれた。アジアの近隣諸国への加害責任には今年も言及せず、戦後75年の節目のメッセージは「安倍色」が強くにじんだ。

安倍総理


 首相は天皇陛下の「おことば」に先立ち、式辞を述べた。式辞の構成や内容は、少なくとも過去数年、ほぼ同じだ。2019年に「歴史の教訓を深く胸に刻み」としていたくだりは今年、「世界をより良い場とするため」と変わった。12年末に発足した第2次安倍政権では昨年まで「歴史」が式辞に入り、「謙虚に向き合う」「教訓を深く胸に刻み」などと組み合わせて表現していた。

 また、近隣諸国への加害責任については8年連続で触れなかった。1993年に細川護熙氏がアジア諸国への「哀悼の意」を表明し、94年には村山富市氏が「深い反省」を加えた。その後の自民党の首相も踏襲し、安倍首相も第1次政権時の07年には使っていたが、第2次政権では一貫して式辞で言及していない。(抜粋)


 原爆の式典では型にはまった式辞を批判していながら、戦没者追悼式でことばを変えると、朝日は何事もなかったようにスタンスを180度変え、安倍総理を批判する。ダブルスタンダードも甚だしいが、彼らはこういう自己矛盾については度し難く無頓着だ。安倍総理批判という目的のため、報道倫理や公平性、公正性という概念がどこかに飛んで行ってしまっているのだ。

 朝日は、「近隣諸国への加害責任については8年連続で触れなかった」と書く。これは平坦な文章に見えるが、中身は、加害責任に言及しなかった安倍総理への批判だ。しかし、日本のアジアにおける戦いは、朝日新聞の言う「加害責任」ということばで片付けられるものなのだろうか。

 インドネシアからの留学生で、広島原爆の被爆者でもあるアリフィン・ベイ氏は、「魂を失ったニッポン」でこう書いている。

 「日本軍に占領された国々にとって、第二次世界大戦とは、ある面で日本の軍事的南進という形を取り、他面では近代化した日本の精神的、技術的面都の出会いであった。日本が戦争に負けて日本の軍隊が引き揚げた後、アジア諸国に残っていたのは外ならぬ日本の精神的、技術的遺産であった。この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献をしたかを認めなければならない」


 かつて海部俊樹首相がアジアで謝罪外交を展開した平成のはじめ、同じくインドネシアの新聞記者は、「アジア、アフリカを500年に渡って搾取したヨーロッパが謝罪しないのに、3年半の日本が謝罪するのは外交オンチ」と痛烈に批判した。海部元首相のみならず、日本の歴代政権は等しく、この謝罪外交路線を守ってきた。朝日は「アジアに謝罪し続けなければ、日本は再び戦争を起こし、アジアを侵略する」とでも思っているのだろう。この薄っぺらい思想が、朝日の社是なのである。

 戦争とは加害と被害を同時に体験するものだ。いわば加害と被害の混合体である。アジアにおける日本の戦いを上記のように肯定的に取られる人もいれば、否定的な人もいる。だから条約などの戦後処理によってそれらを関係国同士で清算し、いったん区切りをつけ、新たな関係に向けて進むのだ。反省や謝罪を恒久的に続けろというのであれば、あれだけ戦争を煽りに煽った朝日新聞も、終戦の日には一面トップに謝罪記事を載せるべきだ。朝日新聞もある意味、戦争の加害者なのだ。


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