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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2019年08月14日

全責任を津田大介に転嫁して国民が納得すると思ったら大間違いだ

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 愛知県の大村知事は、河村名古屋市長の「表現の不自由展・その後」に対する発言について、「検閲だ」と批判し、憲法21条を持ち出して反論している。しかし、トリアンナーレ事務局(=県)も同じようなことをしているようだ。トリアンナーレのサイトには取材申し込みのページが存在するが、そこにはこういう記述がある。

誌面掲載、番組放送前に原稿を確認させていただいております。必ず校正段階での原稿・映像等を事前に広報専用メール(press@aichitriennale.jp)へご提出ください。

トリアンナーレの検閲


 報道する内容を、事前にチェックするというのだ。「検閲」とは公権力の側が表現物をチェックし、気に入らないものの発表を禁止する行為を言うが、県も県民にとって公権力に等しい存在であることを考えれば、これも立派な検閲ではないのか。

 メディアは、報道への公権力の介入には常に敏感だ。2015年、自民党が報道ステーションに対して「公平中立」を求める文書を出した件では、日本民間放送労働組合連合会が「報道への介入だ!」と講義し、こうした文書が「言論・表現の自由、番組編集の自由への極めて重大な侵害に当たる」と談話を発表している。今回の件ではそんな抗議は皆無で、朝日新聞などは「表現の自由大キャンペーン」をやる始末である。彼らの軸はいったいどこにあるのだろうか。

 さて、昨日の記者会見で大村は、「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた件についての責任を問われ、こう反論している。

「芸術監督の企画展なので、芸術監督が全責任を負う。中身ついては芸術監督の責任で仕切ってもらう。県は事務局として全体の円滑な管理運営を行う。それが役割分担」


 要するに、金だけ出して口は出さないというスタンスだということだ。しかし、これは本末転倒ではないのか。津田大介を芸術監督に任命したのは、他ならぬ大村知事だろう。当然、任命責任を伴うし、公金を投入している以上、企画展の内容についての責任も免れない。企画展の中止を最終的に決断したのは大村本人だ。その責任を津田大介ひとりに背負わせようとすることに、愛知県民や多くの国民は納得しないのではないか。

大村知事と津田大介


 大村本人は、8月2日の自身のツイートをすべて削除した。大村はこう釈明している。


 やれ憲法違反だ、他県の知事が哀れだと物議を醸すような発言をした張本人の弁明としては、あまりに軽い。大村は自らの発言によって炎上したのだが、あまりに逆風が強い過程に耐えかねたのか、ツイート削除という幕引きを図った。危機管理としては、あまりに稚拙である。

 大村は、「表現の不自由展・その後」と関係のないお知らせの関係者に対して迷惑をかけたといっている。しかし、天皇のご真影を焼かれ、将来世代の我々のために命を捧げた特攻隊員を侮辱された多くの国民に対する迷惑には一切言及しない。河村市長のお誘いもあるのだから、自ら設置を表明した「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」のようなお手盛り検証組織ではなく、国会で堂々と語っては如何か。


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