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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2019年08月07日

あいちトリエンナーレ問題 ~ 朝日新聞こそ、日本の病理である

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 昨日6日は、広島に原子爆弾が投下され、一般国民を含む多くの日本国民が虐殺された日である。その日に合わせるかたちで、北朝鮮はまたも、日本海に向けてミサイル2発を発射した。その北朝鮮との経済協力によって「一気に日本に追いつくことができる」と、現実を無視した妄言を放つ国家元首が、海を隔てた隣にいる。彼らの頭のなかにあるのは、いかに日本を利用しようかという点のみだ。彼我の間には、歴史認識や民族性、常識など、埋めがたい溝がある。肝心なのは、無理してその溝を埋めようとしないことだ。それを試みてすべて失敗してきたのが、日本の戦後の歴史なのだ。

 昨日、読売、朝日、毎日、産経、日経の全国紙のなかで、唯一「原爆」を取り上げなかったのが朝日新聞だ。朝日が原爆の代わりに取り上げたのが、鎮火の気配が全く見えない「あいちトリエンナーレ問題」だ。公益財団法人朝日文化財団がこのイベントの協賛・協力に名を連ねているが、理由はそれだけではないだろう。朝日はこの事案を利用し、大キャンペーンを張っているのだ。

 そもそも4日の朝刊では、朝日はこの問題を一面トップはもちろんのこと、その裏の2面全てを使った「時時刻々」のスペシャル版、第1社会面の左サイドを割いたという。熱の入りようは異様とさえ映る。朝日新聞デジタルを「あいちトリエンナーレ」で検索すると、都合の悪いことには「報道しない自由」を行使する朝日が、この問題には殊更力を入れていることがわかる。朝日新聞が大好きな自由を弾圧した保守派をアピールし、その保守派が自由の敵だと言わんばかりである。

朝日新聞


 6日の原爆の日に、原爆を差し置いてこの問題を取り上げた朝日新聞は、社説を「あいち企画展 中止招いた社会の病理」と命名し、こう切り出している。

 人々が意見をぶつけ合い、社会をより良いものにしていく。その営みを根底で支える「表現の自由」が大きく傷つけられた。深刻な事態である。
 国際芸術祭あいちトリエンナーレ2019の企画展「表現の不自由展・その後」が、開幕直後に中止に追い込まれた。
 過去に公的施設などで展示が許されなかった作品を集め、表現行為について考えを深めようという展示だった。芸術祭として個々の作品への賛意を示すものではなかったが、慰安婦に着想を得た少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像に抗議が殺到した。放火の予告まであったという。もはや犯罪だ。警察は問題の重大さを認識し、捜査を尽くさねばならない。


 毎日新聞の社説も同じだが、この社説も、数多あった抗議の一部にあった放火等の犯罪性だけをことさら強調し、展示が脅しによって中止されたという構図を導き出そうと試みている。だが、事実がまったく異なることは、事務局の電話がパンクしたという彼らの自供だけで想像がつく。電話がパンクするほど多く、その大半が犯罪を匂わすものであったならば、主催者側の対応は違ってくるし、警察ももっとはっきりと動く。朝日が読者を誘導させようとする構図は、完全にミスリードなのだ。事務局は受けた電話の数と、その概要を公表すべきだ。

 気に入らない言論や作品に対し、表現者にとどまらず周囲にまで攻撃の矛先を向け、封殺しようとする動きが近年相次ぐ。今回はさらに、政治家による露骨な介入が加わった。
 芸術祭実行委の会長代行を務める河村たかし名古屋市長が、「日本国民の心を踏みにじる」などと展示の中止を求め、関係者に謝罪を迫ったのだ。
 市長が独自の考えに基づいて作品の是非を判断し、圧力を加える。それは権力の乱用に他ならない。憲法が表現の自由を保障している趣旨を理解しない行いで、到底正当化できない。


 河村市長は、実行委員会のひとりである。実行委員である以上、そのイベントに対しては責任があり、展示物やその内容に口を挟むのは当然だ。権力の乱用にはあたらない。権力の乱用というなら、知事の大村にも権力はあるだろう。大村が彼が有する権力を使って、河村氏の主張を跳ね返せばいいだけの話ではないのか。“実行委員のひとり”であるだけの河村氏に、展示を中止させるだけの権力があったとは思い難い。これも朝日のミスリードである。

 朝日は、「気に入らない言論や作品に対し、表現者にとどまらず周囲にまで攻撃の矛先を向け、封殺しようとする動きが近年相次ぐ」という。ならば、百田尚樹氏の講演が異論によって中止に追い込まれたとき、朝日は抗議の声をあげ、その言論封殺を批判したのか。そんな事実はなかったのである。既に多方面で指摘されている通り、朝日新聞の言う「言論や表現者への攻撃や封殺」は、そういったダブルスタンダードの上でしか成り立たない。その矛盾を、多くの国民は既に気づいている。

 一連の事態は、社会がまさに「不自由」で息苦しい状態になってきていることを、目に見える形で突きつけた。病理に向き合い、表現の自由を抑圧するような動きには異を唱え続ける。そうすることで同様の事態を繰り返させない力としたい。


 朝日新聞も大手新聞であるから、展示物の内容は調べ尽しているだろう。慰安婦ビッチ像は別としても、昭和天皇のご真影をバーナーで焼き、灰になったものを靴で踏みつける動画も、英霊を傷つけるような「間抜けな日本人の墓」についても、朝日は一切言及しない。少なくともこの社説を読む限り、抗議が何故行われたかは全く読み取れない。それらの愚劣な展示物が表現の自由の範囲ではないとする人たちの声が、事務局の電話のパンクに繋がったのだ。

 表現が、それに触れる人々の多くに不快感を与えるものであるなら、それに対する多くの抗議が発生するのは自然であり、当然だ。その不快感や怒りを無視し、ひたすら表現の自由を売ったるのであれば、朝日新聞こそ日本の病理であるといいたい。そして、そのことを「唱え続ける」ことで、朝日の正体とその病理を、世の常識にしていきたいものである。


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