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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2019年03月17日

朝鮮学校側敗訴で、「区別」を「差別」に置き換えて日本を貶めるエセ・ジャーナリスト

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 朝鮮学校への教育無償化適用は、パヨクの大好きなテーマだ。「差別」を言論や活動のキーワードとしている彼らにとって、無償化の適用から除外される朝鮮学校は象徴的な「被差別者」であり、北朝鮮が「地上の楽園」と言われた時代から彼らパヨクが引きずる北へのシンパシーも相まって、「差別をなくせ」という彼らの活動のメインテーマのひとつとなっている感がある。

 だが、彼らにとって形成は圧倒的に不利だ。九州朝鮮中高級学校の卒業生68人が、朝鮮学校を高校無償化の対象から外したのは違法だとして国を訴えた裁判で、福岡地裁小倉支部「国の裁量権の範囲は逸脱していない」として、原告の請求を却下した。これまで広島、大阪、東京、名古屋、小倉で朝鮮学校に関する同種の裁判が起こされたが、原告側は全敗である。大阪地裁で原告側が一勝したが、大阪高裁で判決はひっくり返った。裁判の判決は前例主義に基づくものが多く、今後起こされるであろう裁判でも、朝鮮学校側は圧倒的不利な立場になる。

 そんな傾向を嘆くのが、パヨクの性だ。元朝日新聞記者、現在は慶応大でジャーナリズム専攻の非常勤講師を務めながら、五月書房新社の編集委員会委員長をしている佐藤章という御仁が、彼らの合言葉である「差別」を持ち出し、日本を「最も恥ずかしい醜い国」と嘆いている。


 この佐藤、キャリアの大部分をジャーナリズムに携わってきたわりには、ボキャブラリーが少なく、表現の下品さは目を覆うばかりの人物だ。以前は麻生副総理のことを、「口が曲がっているだけならまだいいが、麻生の場合、言葉も姿勢も、心も政治信条もすべて曲がってる」と批判した。その他数々の語録を確認する限り、理性の歯止めが利かないタイプの人物なのだろうと推察する。

佐藤章(元朝日新聞)
佐藤章(元朝日新聞)


 朝鮮学校で学ぶ子らは気の毒だと思うが、気の毒だからといって法を曲げる場合、それは情法治国であって法治国家とは言えない。憲法9条は忌まわしい条文であるが、その9条に反対する人々も、9条が改正されない限りそれに従う。同じく、朝鮮学校は一条校ではなく、朝鮮総連の指導の元で運営されている各種学校であるから、もともと一条高と同等の扱いではない。

 例えば、地裁の判決をひっくり返した大阪高裁は、朝鮮学校と朝鮮総連の関係について、(1)指導する関係が成立、(2)幹部レベルの人事交流、(3)財政面の支援などを指摘し、「教育の自主性をゆがめるような支配を受けている合理的な疑いがある」とし、就学支援金の管理が適正に行われないことを疑わせる相当な根拠がある」と判決の理由を述べている。至極真っ当な判断と考える。

 佐藤章のようなパヨクが使うのが、「区別」を「差別」に置き換えるレトリックだ。国や裁判所は、朝鮮学校を「区別」しているのであって、「差別」しているのではない。その「区別」は、朝鮮学校が非一条校であるという事実に基づくもので、教育基本法で教育行政に求められている「不当な支配に屈することなく」という条文から来ている。

 感情論でものを言うのは自由だが、佐藤章はジャーナリズムを教える立場の人間だ。「区別」と「差別」の違いを理解するオツムを持っているはずの人間が、こうやって差別を煽るのが、日本のエセ・ジャーナリズムである。佐藤は、日本を恥ずかしい国という前に、まず自分のことばを恥じるべきではないのか。


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