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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2018年11月26日

(恐らく)読まずに百田本を批判し、ツッコまれて逃亡する山口二郎のお粗末さ

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 先日、かなりくたびれてしまった車を売却し、新しい車を購入した。「車のナンバーはどうしますか?」と聞かれ、迷わず「1192でお願いします」と答えた。もちろん、1192は“いい国”の意味だ。日本はいい国だと思うし、私はこの国に産まれたことに、心から感謝している。

 ところが、産まれた日本を、わざわざ貶めようとする人々が多いことに驚く。国際標準としての左翼は愛国的であることが多いが、和製サヨクはその真逆だ。むしろ、愛国心を危険な思想と断じ、国に対する誇りなどというものを持ってしまうと、また戦争に突き進むことになる、などと、真面目な顔をして言っている。戦後の左翼思想がすべてそうだったわけではない。しかし、最近のサヨクを見ていると、その思想的劣化には目を覆うばかりだ。

 拙ブログでも度々取り上げる山口二郎だが、山口のようなサヨク(パヨク)にとって、思想的に対極に位置する百田尚樹氏の著書が売れること自体、ガマンならぬことらしい。早速、こんなツイートで憂さ晴らしをしている。


山口二郎


 これが百田氏本人の目に留まった。百田氏はさっそく、カウンターで応酬している。


 推測の域は出ないが、山口二郎は恐らく日本国紀を読んで批判しているわけではないだろう。山口は、百田氏のツイートに返信していない。言いたいことだけ言って、その発言には責任を持たない典型例である。山口流に言えば、私も「日本に生まれたことを感謝できる、よほど幸せな者」の一人なのだが、それは悪いことなのか。

 そもそも、「愚かな指導者の下、無謀な戦いで非業の死を遂げた大勢の人」と、戦死者、戦没者をひとくくりにする論法に無理があるように思う。戦争が愚かだったかどうかは、見方によって変わる。あの時、戦わずして欧米の軍門に下れば、戦死者は出なかったかもしれないが、日本の国のかたちが変わっていたかもしれない。例えば、ソ連の侵略の防波堤となり、徹底抗戦した占守島の軍人たちがいなければ、今ごろ北海道から東北はロシア領として存在しているかもしれない。この人たちの死が無謀な戦いであったと定義するのは、戦後を生きる者として明らかに傲慢である。

 山口は、百田氏のツッコミには返信せず、後追いで「歴史とは、まず何よりも検証の対象であり、検証には感情は無用である。」とツイートしている。一種の逃亡だ。安倍政権も、後世、歴史の検証対象となる。その時、「アベ、お前は人間じゃない。たたき斬ってやる」という山口自身の感情丸出しの発言も、同じく検証されることになるだろう。そして、「日本にはこんなバカな学者がいたんだね」と、ため息をつかれることも、また検証のひとつなのだ。



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