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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2018年05月29日

笑点の政権悪口問題 ~ 落語家は庶民の代表ではないし、少なくとも私を代表して欲しいとも思わない

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 最近は笑点という番組から個人的に遠ざかっているが、三遊亭円楽が安倍総理嫌いということぐらいは知っていた。度々政治ネタを採用する円楽だが、過日、カンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞し、「アジア近隣諸国に申し訳ない気持ちだ。日本もドイツのように謝らなければならない」と吐露した映画監督の是枝裕和と同じように、政治的無知を晒しているだけのように思われる。宮崎駿もそうだが、一芸に秀でた人物だから近現代史に造詣があるという公式は成り立たず、硬直した戦後民主主義でのさばってきた進歩陣営の流れの中で発言しているだけだと思う。

 その笑点で、円楽、たい平、木久扇らが、安倍総理や麻生財務相をコケにしたネタを披露し、ネットで物議を醸している。


笑点の政権批判


 この笑点に反発したのが、石平氏だ。


 この石平氏のツイートに、すかさず反応したのが、やはり左傾斜の政治的発言を繰り返すラサール石井。この石井のツイートを、ウーマン村本もリツイートしている。


 二条河原の落首(二条河原落書)とは、建武1年(1334年)、京都二条河原に立てられた政治批判の落書のことを言う。ラサール石井は、その二条河原の落首を引き合いに、時の権力を揶揄し、笑いにするのが庶民のエネルギーだという。現代において、その最たる例がワイドショーだ。庶民相手にスキャンダルや政治ネタを披露し、権力や有名人、著名人を揶揄することで、ウケを狙っている。そして、大新聞も昨今、そのワイドショー的なレベルに近づこうとしている。

 ただ、昨今のメディアによる政権批判や、笑点の政治ネタを見る限り、それは比喩、揶揄、批判の類とは少し違うように思われる。敢えて言うなら、単なる誹謗中傷の域を出ていない。権力は批判されるものだという前提が、くだんの落語家や、ラサール石井のような人たちの認識なのだろう。しかし、落語とは言っても、政治的な発言というのは、言論のひとつであり、その言論には責任がついて回る。この場合、揶揄、批判が事実に基づいたものという前提が必要ではないのか。

 進歩的文化人の流れをくむ芸能関係の人々は、権力を批判することが文化人の必須条件であると、勘違いしているように思う。そもそも、ラサール石井が言う「庶民の代表」とは、ごく一部の庶民であって、庶民全体を意味しない。落語家や石井に、庶民を代表してもらおうとも思わない。むしろ、彼らは、戦後の進歩陣営と同じく、反権力の代表を勝手にやっているだけで、そういう連中に無知とか無教養と説教されること自体が迷惑だ。


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