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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2018年03月03日

時代に取り残される人々、その象徴としての田原総一朗

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 日教組の組織率が、昨年10月1日時点で22.9%と、過去最低を記録したそうだ。前年より0.7ポイント下げ、1977年以降、実に41年連続の低下だそうである。昔は、先生と医者は尊敬すべき存在として教えられた時代だが、その尊敬すべき先生方がのぼり旗をもって「〇〇はんたーい!」とか叫んでいる姿を見ると、その教えが恨めしくもなる。日の丸や君が代を脊髄反射で拒否し、日本は悪い国だと教える教育というのは、本当に国力を削ぐ。彼らの思想は、サヨク全盛の時代ではまだ聞く耳を持った人がいたが、今は拒否反応の方が多いということだろう。

 そんな時代に取り残されているのは、日教組の教職員だけではない。ジャーナリズムの世界にも、ひと昔前の思想や言論で、今の社会を説得できると考えている人がいる様だ。その一人が、かの田原総一朗である。田原のインタビュー記事がネットに掲載されているのだが、語っていることが相変わらず過ぎて、ネタ切れの感すら漂ってくる。

「子供心に大人は信用できない。国は国民を騙すものと思った。言論統制がなければ戦争は防げたかもしれない。だから僕は戦争を知る最後の世代として、言論の自由は体を張って守ります」


 戦争を知る世代が減少する中、実体験を以て戦争を語る人材が貴重であることは確かだ。しかし、そこに戦後民主主義的な思想が見えた段階で、話の信頼性が急激に薄らぐ。田原の「言論統制がなければ戦争は防げたかもしれない」というのは、あまりに一面的すぎる。そして、ジャーナリズムに身を置くものとしても失格だ。先の戦争は、言論が統制されたから起きたという、内向きの議論では全く不十分なのだ。田原は米国やABCD包囲網、白人至上主義のような外的要因をきれいにスルーしているが、そのような国際情勢があってはじめて、あの戦争は起きたのだ。そして、いま田原が身を置くジャーナリズムも、言論統制どころか、戦争を煽った側である。煽っておいて「言論統制が」というのは、ジャーナリストとして無責任極まりない。

田原総一朗


 私が最近全く見ていない「朝生」。先月末の放送は、「~女性論客大集合~ 激論!異議あり!ニッポン」という、女性パネリストを集めた回だった。その中で田原は、天皇についてブチ切れている。その論旨は、悲しくなるほど響かない。


 田原は、民主党政権下で俎上にのぼった女性宮家創設に関する有識者へのヒアリングで、こう述べていた

 【女性宮家】創設に基本的に賛成だ。当主の配偶者の男性は皇族に準ずる身分とし、子供も宮家(を継ぐこと)でいい。宮家の対象は小規模にするべきだ。旧宮家の復活に反対ではないが、だからといって「女性宮家はいらない」という意見は正しくない。(不必要との意見は)女性差別だ。男女共同参画社会になり、時代が変わったわけだから、女性宮家を認めないのはアナクロニズムだ。


 男女共同参画と皇室の伝統を同じテーブルに乗せて議論すること自体、論点の飛躍である。先月の朝生で田原が述べたことも、この有識者ヒアリングの内容と同じだ。要するに、二千年以上つづく皇統の議論に、つい先週語られるようになったようなジェンダーを持ち込んだということだ。これは、時代の先端を行っているようで、全くそんなことはない。今の価値観を、二千年の伝統に当てはめること自体が無理なのだ。

 田原は御年83歳だそうだ。そろそろ引退を考えた方がよい。彼の論法は、もう通用しないのだ。


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