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安倍自民にとって、秋葉原は「ホーム」である。私はよくサッカー観戦に行くが、相手チームへの声援は、ホームチームのサポーターの圧倒的な声によってかき消される。私は案の定、前日からの風邪が悪化してしまい、秋葉原へ行くことは叶わなかったが、ネットのLIVE中継で見た秋葉原の熱気は、凄まじいものがあった。

昨日の秋葉原にも「こんな人たち」が来ていたらしいが、彼らの声はいわゆる「屁の突っ張り」程度にしかならなかったようだ。不要な混乱を避けるために集会を管理するのは警察の役割の一つで、パヨクがデモをやるときも、それは必ず警察の管理のもとで行われる。昨日の秋葉原も、警察が管理下に置いていた。しかし、パヨクは自分らの場所や声が思い通りに伝わらない状況に置かれると、それを「戒厳令のよう」と批判する。明白なダブスタだ。戒厳令とは、非常時に自由や権利をいったん縛り、国や地方の機能を軍に委ねることを言う。自由や権利が制限されるどころか、秋葉原に響いた「アベシンゾー」コールは、自由や権利の最も象徴的な行使ではないか。
聴衆の矛先は、反安倍パヨクの選挙妨害に留まらなかった。
安倍・麻生の揃い踏みを取材に来ていたメディアは、有権者の批判を直接浴びる状況に置かれた。無理もない。権力の監視を自任するマスメディア自身も、第四の権力と言われる立場なのだ。彼らの報道姿勢は、一般国民によって監視されている。彼らが報道の自由を謳歌し、権力批判を自由奔放に行うのと同じく、彼らは国民の批判を受ける義務があるのだ。
さて、そんな選挙戦も昨日で終了し、今日は本番の投票日である。この日に及んでも、朝日新聞は反安倍の御旗を降ろさず、自民党以外の政党、候補者へ票を誘導するような社説を書いている。
昨年の米大統領選。世界中がまさかと思っていたトランプ氏が当選し、ヒラリー・クリントン氏は一敗地にまみれた。
投票率は50%台だった。過去に比べ特に低かったわけではないが、選挙が終わった後に、多くの市民から「実は投票に行かなかった」と謝られたと、ヒラリー氏が近著で明かしている。「市民としての責任を最悪の時に放棄したのね」という言葉が口をつきそうになったという。
街の灯が一つ消えても、目に映る風景はほとんど変わらない。やがて「なんだか暗いね」と皆が気づいた時には、もう元に戻れない地点に来ているのかもしれない。
投票行動を促すセンテンスを装った、反安倍のプロパガンダ的表現であり、ヘイトスピーチの類いでもある。こういう誘導に惑わされず、国民の暮らしをよくする政党、政治家を自分の目で見定め、投票権を行使していただきたい。少なくとも、議席確保のために主義主張を変えたり、政党を渡り歩くような候補者、過激派サヨクや活動家と繋がっている候補者を選ぶことは、日本の歩みを止める一票となることを自覚していただきたい。
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