私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2017年08月01日

守旧メディアは、モーリーの主張に反論してみよ

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 集英社が発行する週刊プレイボーイ。大昔によく読んだ娯楽週刊誌だが、当時は真面目なコラムよりグラビアのほうが目当てだった。その週刊プレイボーイの公式ニュースサイトである「週プレNEWS」が、ジャーナリストであるモーリー・ロバートソンのインタビュー記事を配信している。

 モーリーは大忙しだ。ジャーナリストとしての仕事はもとより、最近はテレビの情報バラエティやクイズ番組にも出演し、言論と活躍の場を広げている。モーリーは、私が見る限り、リベラリストだ。しかし、モーリーが体現する世界標準的なリベラリズムと日本のサヨク・リベラルは全く違うことが、彼の発言を聞いていて良く分かる。

モーリー・ロバートソン


 さて、その週プレNEWSのインタビュー記事だが、配信の時期は4月末。3か月前の記事だが、3か月経ったいまでも、その主張はすべて通用するし、正しい。モーリーは日本のジャーナリズムの問題点を的確に指摘している。

相次ぐ茶番の“見せ物報道”――メディアが見放されるタイムリミットは刻一刻と近づいている」より抜粋

例えば森友学園。はっきり言えば「おかしな幼稚園」の些末(さまつ)な問題でしょう。それなのに、各メディアは続々出てくる虚実ない交ぜの情報に振り回され、大きな時間・スペースを割き報道合戦を展開。特に森友学園周辺から発信された、マスメディア側にとっては「伝聞」でしかない情報を注釈もつけずにそのまま報じたことは、ジャーナリズムの本質から逸脱した自傷行為だったというしかありません。

豊洲移転問題も同様です。この問題を政治利用したい都知事、それに乗りたい議員や活動家、さらにそれをうのみにする支持者…。よくある構図ですが、メディアがその流れを加速させてどうするんですか。

豊洲新市場の安全性が問題ないと科学的にほぼ実証されても「安心できない」と不安をかき立てる側に回る。原発事故に絡む放射能の問題と構図は似ていますが、ファクトを積み上げればもう少しすっきりする問題を、わざわざ陰謀論的な展開に持っていく。取材も検証も俯瞰(ふかん)も放棄したメディアの成れの果ての姿を見せられている気がします。


 なぜマスメディアが「ファクトを積み上げればもう少しすっきりする問題を、わざわざ陰謀論的な展開に持っていく」のかというと、それをすることによって安倍政権を弱体化させ、あわよくば政権を崩壊させること、少なくとも、政権に引導を渡す一助になると思っているからだ。メディアの報道の背後には「目的」があり、その目的が読者、視聴者の頭にじんわりと浸透するまで、彼らは偏向報道を止めないのだ。

 モーリーは続ける。

すでに目を通した人も多いと思いますが、ネット上で活動する一部の論客は、報道合戦が過熱する前からこれらの問題の論点を明確に整理した文章をアップしています。誰にでもアクセス可能なこうした文章を読めば、どちらの問題も基本的には“茶番”にすぎず、政界を揺るがすような深刻なテーマではないことはわかるはずです。

そうした書き手の多くはプロのジャーナリストではなく、普段は別の仕事をしている“素人”。しかし、その指摘はしばしばどの報道より的確です。これはひと言で言えば、「騒ぎを大きくしたい」「長引かせたい」メディアと、純粋に問題を俯瞰できる人々の差なのでしょうが、それにしてもどちらがプロかわかったものではありません(もっとも、ネットにはトンデモな自説を垂れ流す低レベルな書き手も山ほどいますが)。

マスメディアの中にいる人たちが、こうした冷静な指摘を読んでいないとは考えにくい。つまり、彼らがどんな与太話にも正義を振りかざすのは知的怠慢ではなく、確信犯的な悪意あってのことかもしれません。しかし、権力をお気楽に叩ける立場という既得権に甘え、正義をポルノのように量産することがメディア自らの存在価値を毀損(きそん)していることをどこまで自覚しているでしょう。

もしかすると「視聴者はバカだ」「読者は何もわかっていない」と高をくくっているのかもしれませんが、そろそろ襟を正し、“情報を咀嚼(そしゃく)する能力”を示さないと、冷静な人たちからどんどん見放され、手遅れになってしまう。そのタイムリミットは刻一刻と近づいています。


 ここで彼は、既存メディアとネットを対比させ、問題を俯瞰し、論点を整理している点でネットに軍配を上げている。私もブログを書く上で、ネットの信頼できる情報ソースを常にアテにしているが、一次情報に接することができないネット論客のほうが冷静であり、情報収集能力に長けているようにも思える。モーリーが言う“素人”に限らず、蓮舫の二重国籍問題で中心的な役割を果たしたアゴラのように、守旧メディアとは全く別の言論空間がネットには存在し、そこで発信された情報が共有され、問題の重大さ、深刻さが認識され、結果的に蓮舫の代表辞任に結びついたことは、誰も否定できないだろう。守旧メディアが情報を秘匿すればするほど、ネットはその情報を掘り下げるのだ。

 タイムリミットはもう過ぎている。新聞やテレビのような守旧メディアから離れる国民は今後も増加するだろうし、そういう情報源の代替えとしてのインターネットは、今後も力を増すだろう。情報を欲する人たちに必要なのは、情報を取捨選択する「リテラシー」であり、それさえ身につけておけば、ある程度の知的社会生活は可能だ。少なくとも、都合の良い、バイアスがかかった垂れ流しの情報を鵜呑みにする層は、どんどん減っている。守旧メディアにとって生存競争が待っていることになるが、彼らからはそういった危機感は一向に伝わってこない。

 守旧メディアからの反論を聞いてみたいものだ。


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