私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2017年05月14日

民進党、ネット民の声を遮断 〜 「安倍総理は器が小さい」という山尾のことばはブーメランだ

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 インターネットには双方向のコミュニケーションという特徴がある。拙ブログのように、どこの馬の骨が書いたかわからないブログにでさえ、管理人の情報発信や問いかけがあり、それに対するコメントをいただく。もちろん、いただくコメントには賛否両論あり、コメント投稿者の方々の意見交換も日常のものになっている。

 個人ブログならいざ知らず、政治家や政党が情報発信をしたり、意見を述べたりするメディアにおいては、情報の一方通行はありえないというのが私の考えだ。一般市民が情報発信のツールを持たない時代は、情報は一方通行だったが、パソコン通信がインターネットになり、およそ全ての国民が情報発信ツールを持った時代においては、情報を発信する側も、そのような社会環境を前提にすべきである。ベキ論という以前に、それが当たり前なのだ。

 最近、民進党の議員にTwitterをブロックされたという書き込みがネット上に散見されるようになった。かくいう私も有田芳生にはブロックされていて、有田に直接意見する術を断たれている。有田のような雑魚議員ならまだしも、ガソプリ山尾や、なんと民進党公式アカウントまでも、ブロックを連発しているようだ。そういう「聞きたくない意見」は遮断することが日常化している民進党が、今度はYoutubeやニコ生で同じ対応に出た。LIVE放送での一般視聴者からのコメントを遮断したという。

民進党の言論封鎖


 国会で、ガソプリ山尾が安倍総理に対し、「器が小さいんだよ」と捨て台詞を発したことが最近話題になった。が、ネットの生放送で視聴者のコメントを遮断する器の小ささを見ていると、山尾の捨て台詞も、またひとつのブーメランだ。民進党だけでなく、自民党にだって批判的な意見はあるはずである。しかし、自民党が聞きたくない意見を遮断するという行動に出たことはない。批判的意見も国民のひとつの声であるし、そもそも政治家というのは批判対象になりがちなものなのだ。しかし、「耳障りの良いこと」ばかりを聞き、「聞きたくないこと」には耳を貸さなくなるようになれば、政治家も政党も終わりだ。批判も含めて民意なのだ。

 民進党のキャッチコピーは、「国民とともに進む」である。が、どうやらその「国民」には、彼らに対して批判的な国民は含まれないらしい。これでよく「民意」などということばを口にできるものだ。彼らはまだ、党の支持率がなぜ低空飛行を続けるのかを理解していない。そして、その理解をすすめる上で恰好の情報である「ネットの声」を遮断するようでは、救いようがないということである。

 民進党には、金輪際、「民意」ということばを使用しないでもらいたい。


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[ 2017/05/14 07:18 ] 政治 | TB(0) | CM(10)
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