私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2017年03月15日

責任だ!辞任だ!と叫ぶ、自らの責務を忘れた「永田町のチンピラ」ども

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 稲田防衛相が、過去に森友学園が起こした民事訴訟に原告側代理人弁護士として出廷した事実を認め、謝罪した。「自分の記憶に基づき答弁した。虚偽の答弁をしたことはない」と説明した上で、「この件について、責任を取るということではないと思う」と述べ、自らの責任を否定した。

 13年も前のことを正確に記憶しているはずもないのに、確認もせずに答弁した稲田氏の謝罪は当然だろう。しかし、質問通告もせずに13年前のことを質した民進党議員のやり方も姑息である。様々な落とし穴を仕掛け、首相や閣僚の失言を取るのは、野党の常だ。だが、民進党の場合、政党としての目指すものがないのに、そればかりが目的化しているから、国民に見透かされるのだ。支持率低迷は当然の結果なのだ。

稲田防衛相


 稲田氏の事実誤認と謝罪について、民進党の蓮舫は強く批判している。

「あそこまで堂々と『会ったこともないし、弁護を担当したこともない』と言い切っていたので、とてもではないが、記憶違いで済まされるものではない。都合の悪い事実を隠しているとしか受け止められず、納得できない。辞任を求めるかどうかは答弁を聞かないとわからないが、答弁に納得できなかったら、迅速に判断せざるをえない」


 聞いて呆れる。この蓮舫という人物は、都合の悪いことはすべて忘れることができる特殊な能力を持っているようだ。あの二転三転した二重国籍問題の釈明は、勘違いで起きたものではなく、都合の悪い事実を隠していたことによる「まやかし」だったというのが、世間一般の見方だろう。

 稲田氏の場合、森友学園の弁護士として出廷したのは2004年であり、稲田氏が国会議員になったのは2005年である。従って、事実誤認があったこと以外で、政治家としての責任を問われるなどということはあり得ない。一方の蓮舫の場合、国籍詐称(あえて詐称という)は、国会議員どころか、野党第一党の代表選で露呈した事実である。どちらが責任が重いのかは、論ずるまでもない。余程ブーメランが好きなのか、どうしてこうも墓穴を掘り続けるのだろうか。

 そもそも森友学園の問題というのは、国政の場で議論するに相応しいイシューではない。疑惑があるなら、司法に委ねるべきで、1日億単位の税金を投じて議論すべき問題ではない。野党の役割とは、与党を批判し、間違いを明らかにすることだけに留まらず、ましてや首相や閣僚の首を取ることが目的化してはならない。与党にない選択肢を、対案というかたちで国民に分かり易く提示することが、彼らの責務なのだ。

 与党の政策を妨害し、やれ責任だ、辞任だと叫ぶだけなら、チンピラと同じである。いまの民進党を見る限り、個人的には、「永田町のチンピラ」という表現が最もしっくりくる。


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