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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2016年10月08日

瀬戸内寂聴の「殺したがるばかども」という暴論について

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 瀬戸内寂聴という人物は、僧侶というより活動家である。出家とは、世俗の生活を捨てることだが、瀬戸内の言動は世俗そのものに固執しているように思われる。

 6日、日弁連が開催した死刑制度に関するシンポジウムに、瀬戸内がビデオメッセージを寄せた。そのメッセージは、プログラムの冒頭と終盤の2回にわたって流されたというが、メッセージの内容に批判が集中している。

「人間が人間の罪を決めることは難しい。日本が(死刑制度を)まだ続けていることは恥ずかしい」
。「人間が人間を殺すことは一番野蛮なこと。みなさん頑張って『殺さない』ってことを大きな声で唱えてください。そして、殺したがるばかどもと戦ってください」


瀬戸内寂聴


 会場には全国犯罪被害者の会(あすの会)のメンバーや支援する弁護士らも同席しており、「被害者の気持ちを踏みにじる言葉だ」と真っ当な反応を見せている。

 こんなメッセージを2回にわたって垂れ流す日弁連の非常識さにも呆れるが、日弁連自体がイデオロギーの塊のような集団であることを考えると、彼らのイデオロギーが善悪の判断基準を曇らせているということだろう。そのくらいしか、理解のしようがない。

 死刑制度の是非に関して議論のあるところは承知している。死刑制度の廃止を訴える勢力は、国際社会の潮流が死刑制度廃止に向かっていることを主張の根幹に据えているように思われるが、その国際社会の傾向などを、国家や民族の歴史がつくってきた文化や宗教、思想に当てはめることには無理がある。我が国は独自の文化や思想、死生観を以て、死刑制度を考えればよいのであって、何でもかんでも国際社会に右へ倣えでなくてもよいのである。

 瀬戸内のことばには、死刑制度を是認する「殺したがるバカども」はでてきても、人を殺める者たちに対する「殺したがるバカども」は出てこない。死刑廃止派である瀬戸内や日弁連の論点は、加害者側のみに向けられたものであって、被害者の立場を棚に上げた片手落ちの論である。

 司法制度は国家が被害者に代わって犯罪に罰を与えるもので、死刑は犯罪の抑止にある程度の効力を持っているはずだ。ただ単に「死刑を廃止せよ」というのは理想論に過ぎず、瀬戸内や日弁連に顕著な「イデオロギーが価値判断を曇らせ」た典型例と言えるだろう。


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[ 2016/10/08 14:32 ] 社会問題 | TB(0) | CM(22)
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