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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2016年09月04日
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カリモフ大統領の死去とテレ東の教育勅語批判

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 ウズベキスタンのカリモフ大統領の死去が、2日、発表された。日本のメディアはカリモフの独裁体制に批判的だが、技師出身であるカリモフが大統領になれた精神的な背景に日本人の存在があったことは、あまり知られていないし、報じられもしない。ポイントは、1966年4月、タシュケントの建造物の3分の2を崩壊させた直下型大地震で、びくともしなかったナヴォイ劇場、そしてその建立に携わった日本人たちにある。

 3年前の拙ブログ・エントリー「せがれ、ご覧、あの日本人の兵隊さんを。」から引用する。

5月13日 参議院予算委員会 中山恭子議員の質疑より

中山恭子委員 麻生大臣は、ウズベキスタンでは、Taro Asoと呼ばれて大変尊敬されていらっしゃいます。カザフスタンのナザルバエフ大統領にもお会いになっていらっしゃいますが、中央アジアの国々での日本人の動きについて、ひとことお話いただけませんでしょうか。

麻生副総理 カリモフという大統領がおられるんですが、1997年だったと思いますが、日本の閣僚として初めてウズベキスタンという国に行きました。大統領と接見があって、我々同友会から数十人同行されたと記憶します。

 「子供の時、毎週末、日本人捕虜収容所に連れて行かれた」。ご存知かと思いますが、45年から46年にかけて、シベリアからウズベキスタンに2万5千人捕虜が移送されております。そのことを言っておられるんだと思いますが、

「その捕虜収容所に連れて行かれた。母親が私に言った台詞は毎週末同じだった。『せがれ、ご覧、あの日本人の兵隊さんを。ロシアの兵隊が見ていなくても働く。人が見なくても働く。お前も大きくなったら、必ず人が見なくても働くような人間になれ。』 おかげで母親の言いつけを守って、今日俺は大統領になれた」。


カリモフ大統領


 なかなか一緒に行った私より、もっとご年配の方が多かったもんですから、非常に感激をしておられましたけれども、これは徹底して、この人が大統領でおられたために、色んなところにこの点は徹底して、今言われたナヴォイ劇場の話だと思いますが、これはナヴォイ劇場はその捕虜が建てたものですけれども、これはウズベキスタンの大地震の時に、このナヴォイ劇場だけが倒壊しないで残った。したがって、そこには、「日本人捕虜」と書かず、「日本国民」と書き直されて、我々は捕虜にした覚えはないので、日本国民によって建ててもらったということが書いてあるんで、これはウズベキスタンという国という中央アジアの中において大勢力ですけれども、この国において、日本人が非常に定着し、日本の文化というものが広まっていった基の基はその2万5千人にのぼる捕虜収容の、捕虜収容所に入れられた方々のひとりひとりのご努力の結果、今日の日本・ウズベキスタン関係、出来上がった基礎は、そこにあると、私も、伺った時そう思いました。

中山恭子委員 ありがとうございます。日本の文化のすばらしさをみんなでもう一度誇りを持って過ごしていきたいと思います。委員長、大変ありがとうございます。


 カリモフだけではない。ウズベキスタン中央銀行副総裁のアブドマナポフという人物も、子供の頃、日本人の働く姿を見たと言い、友人と一緒に日本人の宿泊所の庭先に、自家製のナンや果物を差し入れに行ったというエピソードもある。

 捕虜という身でありながら、勤勉さを失わず、責任感を持って仕事に取り組む日本人の姿は、ウズベキスタンの人々の心を打った。その日本人たちの行動の基礎には、現代日本で批判的に語られている教育勅語があったと、私は思う。

 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。(教育勅語の口語訳)


 テレビ東京が、園児が朝礼で君が代を歌い、教育勅語を復唱する大阪の塚本幼稚園を取り上げ、日本会議と結びつける批判的な報道をしたと、ネットで話題になっているようだ。教育勅語を「戦前の軍国主義の象徴」と断定し、民主主義の敵であるように言われているが、それは一面的な解釈にすぎない。カリモフやアブドマナポフが見たのは、その戦前の教育で育った日本人である。戦前がすべて悪ならば、ウズベク人が心を動かされた日本人の姿を説明できない。

 戦前はすべて悪であるというレジームから、そろそろ脱却すべき時ではないのか。



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