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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2016年08月14日

鳥越俊太郎、自分が選挙に落ちた理由は「ペンの力」の衰退と「国民のボケ」

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 ハフィントンポストに掲載された鳥越俊太郎のインタビュー記事が何かと話題だ。ジャーナリストを標榜しつつ、ジャーナリズムを否定する鳥越。話題なのはこのくだりだ。

ペンの力って今、ダメじゃん。全然ダメじゃん。力ないじゃん。だって安倍政権の跋扈を許しているのはペンとテレビでしょ。メディアが肝心のところを国民にちゃんと訴えないから、こうなるんでしょ。僕はペンの力なんか全然信用していません。だから、選挙の中で訴えるという一つの手がある。そう思っている。


鳥越俊太郎


 鳥越の言う「ペンの力」とはなにか。それは、「時の政権を批判する力」というものではないのか。良くも悪くも、戦後政治のほとんどを自民党政権が先頭に立ち、担ってきた。その勢力に対抗するのがジャーナリズムだと言っているのだろう。しかし、ペンが時の政府の批判を書くだけで自らの責務を果たすというのは大間違いであることは、安倍政権の高い支持率がいみじくも証明している。

 大衆は、ジャーナリズムに溢れる安倍政権批判に、ほとんど反応していない。都知事選で鳥越は、安倍政権批判を繰り返した。それらは有権者にほとんど受け入れられず、小池新都知事を生み、鳥越は惨敗した。少なくとも、自分の主張が受け入れられない状況をしてジャーナリズムが持つ影響力の低下を語るなら、鳥越は自分の責任をジャーナリズム全体に転嫁しているだけだ。要するに、原因は「鳥越の無能さ」なのだ。

 鳥越は、選挙の敗因を、“ひとまず”は「僕の力が不足していたという一語に尽きる」と語っている。しかし、その一言の以外は、責任は全部他者にあると言っている。ニコ生の候補者討論会や池上彰の開票特番に出なかったことを「選対の判断」「僕は何も知らない」と責任転嫁し、選挙後に自身のサイトから都知事選の記述が消されていることに対しても、「それは知らない。僕は全くノータッチだから」とシラを切る。とどめはこれだ。

――こんなに、リベラルの現状に悲観的とは…

悲観的というか、現実的なんですよ。現実を見ていれば、そうじゃないですか。戦後70年をみてきて、いろんな場面場面を見てきているから、今がどういう時期かわかっていますよ。今、戦後の中で、リベラルは存在します。だけど現実に投票という形になると、世論調査と内閣の支持率を見ると、今の国民ははっきり言うと、ボケてますよ。私に言わせると。


 現状の政治体制という現実を許している現実を「国民のボケ」と言っている。要するに自分は正しい、間違っているのは国民だ、だから僕は落選した、というのが鳥越の本音なのだ。

 鳥越のインタビューを読むと、彼が都政にはほとんど無関心であり、もっぱら憲法改正を阻止するために都知事選に出たという本音がわかる。こんな老害を担いで選挙を戦った民進党をはじめとする野党の連中は、恥を知るべきだ。


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