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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2015年11月24日

「美化」と「敬意」の違いも判らない、SEALDs奥田の発想力

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 昨日23日午前、東京九段の靖國神社のトイレで、爆破事件が起きた。靖國神社といえば、英霊が眠る神聖な場所でありながら、戦後民主主義者や特亜系によって、度々政治的に利用される場所だ。近年でも、支那人がガソリンを撒いて放火しようとしたり、南鮮人が神池に放尿したりと、特亜系による蛮行が度々発生する場所として知られる。

靖國神社 爆弾事件


 加えて、11月23日は、数ある祝祭日のなかで最も重要な新嘗祭の日。戦後民主主義は、呼称の変更によって日本の歴史的価値を消そうとしており、現在この日は勤労感謝の日とされている。が、新嘗祭は伝統的な宮中祭祀であり、日本古来の価値観を共有すべきおまつりだ。犯人側に新嘗祭に関する知識があったかどうかは不明だが、もしあったとすれば、靖國という場所とあわせ、極めて政治的メッセージを込めた暴力といえるだろう。我々日本人にとって神聖なる場所を汚す者は、どんな手段を使ってでもひっ捕らえ、罰を負わせるべきである。

 放火未遂や放尿、今回の爆破事件など、英霊を汚す行為は実際の実力行使だけでなく、言葉による冒涜もある。SEALDsの奥田愛基が2013年に発したツイートが、いまになって話題を呼んでいる。

自分的には特攻も、良く誇り高き日本みたいな美化されるけど、本当は戦争や日本の未来なんかに一ミリも関係のない無駄死にだらけだったと思う。でも、何かしら意味を求めたい気持ちもわかるけどね。でも戦争ってそんなもの。

SEALDs 奥田


 何かしらの意味を込めたい行為は、奥田のような者には「美化」や「賛美」ということになるのだろうか。百田尚樹氏の著書「永遠の0」が評判を呼び、映画「永遠の0」がヒットしたときに、「特攻賛美だ」という批判が左側からしきりに湧いてきた発想力と同質である。すなわち彼らは、「美化」と「敬意」の違いすら分からない、残念な人たちだということだ。

 九死一生ならず、十死零生と言われる特攻作戦は、戦争の悲惨な面であることは間違いない。しかし、奥田のいうように、特攻隊員の行為が戦後日本にとって一ミリも関係のない無駄死にだらけだったなら、靖國神社の参拝者はもっと少ないだろうし、永遠の0も共感を呼ばなかっただろう。特攻隊員はなぜ敬意を集めるのか。それは、人のために生きるという価値観ゆえのものであり、彼らの行為が次世代を生きる者たちのためのものだったという価値観が、その次世代である我々にしっかりと伝わっているからだろう。

 我々は特攻隊員を賛美したいのではなく、敬意をもって感謝したいだけだ。米国の占領政策が日本に据えた戦後民主主義は、戦前と戦中を悪とし、戦後世代はその悪から解放されたというシナリオの上に書かれたものだ。奥田の主張は、そのシナリオに忠実に従った戦後民主主義の象徴的なものであるから、先人に対する敬意など、1ミリも感じられないのだ。

 彼らにとって、靖國に参拝する人はすべて右翼に見えるのだろうし、靖國が爆弾で汚されようとも、恐らくなんの感情も持たないのだろうと思う。極めて残念な人たちである。


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