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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2015年10月07日

枝野幸男の「民主党こそ保守」「私が保守本流」発言を嗤う

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 私は保守という言葉を安易に使うことを控えたいため、「私は保守だ」ということは言わず、政治的立場を表明する時は「保守的」とか「保守派」ということばを用いるようにしている。まだ勉強不足で、保守の神髄が自分の中で血肉化されていると感じることができないためであって、そんな状態で胸を張って保守などというのは、保守の安売りだと思っている。このことは度々書いて来た。

 しかし、最近、この「保守」ということばを弄ぶような政治家が散見される。そのひとりが、岸田外相だ。岸田外相は自身の派閥(宏池会)の勉強会で、「憲法9条自体は改正を考えない。これが私たちの立場だ」と述べ、加えて、「『保守本流は絶滅危惧種』などと言われるが、力強い者でなく時代の変化にしっかり対応できた者が生き残るというのがダーウィンの進化論だ」と語ったという。

 私は、宏池会を保守本流だと考えたことはない。むしろ、その逆だと考えている。宏池会は自民党内のリベラル派の群であり、いまだに古賀誠の息がかかる組織である。野田聖子の総裁候補擁立を画策した件で物議を醸したことは記憶に新しく、それ以前に、「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」が安倍総に批判的な小林よしのりを招き、勉強会を開催しようとした件でも分かる通り、保守本流という看板の裏で様々な活動を行う「党内野党」という見方も成り立つ。こういう集団に「保守本流」を標榜して欲しくはない。

 岸田外相以上にとんでもない発言をしているのが、民主党の枝野幸男である。今年6月、産経新聞のインタビューに「私こそ日本流保守」とのたまい、保守派の失笑を買った枝野。今度は地元さいたま市内で講演し、「民主党こそ保守」「私こそ、保守本流の正統な継承者である」と豪語した。

枝野氏「民主党こそ保守本流」 講演でアピール (日経)

 「保守は歴史と伝統を重視する。保守は民主党でしょ、とそろそろ言いたい」。民主党の枝野幸男幹事長は4日、さいたま市内で講演し、こんな見解を示した。来年の参院選で保守層を取り込む狙いで「多神教である日本は古くから寛容と多様性と支え合いを重視してきた。私がその保守本流を継いでいる」と訴えた。

 共産党との選挙協力が取り沙汰される中、保守票が逃げるのを避ける思惑がうかがえるが、講演後、共産党との連携について記者団に問われると「立憲主義の破壊と戦うという点は保守だろうが革新だろうが関係ない。別次元の話だ」と含みを残した。


枝野


 私自身、福田恒存の「保守とは何か」、江藤淳の「保守とはなにか」等で勉強してきたつもりだが、民主党に保守を標榜されたら、このふたりの故人が怒り出し、あの世から降りてきそうなものである。かつて、民主党が担ぎあげた鳩山由紀夫は、「日本は日本人だけのものじゃない」と語った。鳩山は党をスピンアウトしたが、国歌国旗法に反対した菅直人をはじめとする極左は、まだ党内に生息中だ。民主党が保守なら、有田芳生は保守なのか。

 福田恒存は、「私の保守主義観」のなかで、こう語っている。

保守的な態度といふものはあつても、保守主義などといふものはありえないといふことを言いたいのだ。保守派はその態度によつて人を納得させるべきであつて、イデオロギーによつて承服させるべきではないし、そんなことは出来ぬはずである。


 また、保守は非イデオロギーであるという考えは、江藤淳も同じだ。その名も「保守とはなにか」という論文の一節だ。

保守主義というと、社会主義、あるいは共産主義という主義があるように、保守主義という一つのイデオロギーがあたかも存在するかのように聞こえます。しかし、保守主義にイデオロギーはありません。イデオロギーがない――これが実は保守主義の要諦なのです。


 今さら、このふたりの保守の神髄たる知識を引用するまでもないのだが、この「保守=非イデオロギー」というテーゼを用いれば、民主党が保守ではないということは明白だ。民主党はイズム(主義)の塊のような政党である。

 政党というものは、主義以前に政治信条、政治理念や政策があるべきで、その基本的なものを明文化したものが綱領である。民主党は長く綱領を決められずにいたが、2013年にようやく決めたものが、公式サイトに掲載されている。しかし、その綱領の内容は曖昧模糊で、憲法観にいたっては、「国民とともに未来志向の憲法を構想していく」と逃げた。

 もともと、民主党は政策が一致した者の集まりではなく、政権を取るための烏合の衆であったし、今もその構成は変わらない。彼らの価値観を代表するのは「反自民」であり、これが「政権交代」という言葉とともに、イズム化していった。その証左が、TPP大筋合意後の細野豪志のコメントに顕れている。「国益に即しているとは評価できない」――そもそもTPPを掲げた野田政権の閣僚にあった人物が言う台詞ではないだろう。彼等はいまだに「反対のための反対」を叫ぶ、反自民主義の政党でしかないのだ。

 枝野の「私こそ保守本流を継いでいる」という発言は、論評にすら値しない。核マル派に支援される保守など、日本の悪夢である。少なくとも保守を標榜するなら、保守層が納得できる政策を提示してみたらどうなのだ。保守層の票を取りたいのだろうが、言葉で保守を弄ぶなら、保守層の反発が強まるだけである。

江藤淳 保守とはなにか
江藤淳 保守とはなにか
保守とは何か (文春学藝ライブラリー)
福田恒存 保守とは何か

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