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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2015年04月24日
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南朝鮮と朝日新聞の「バカの壁」

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 安倍総理が60周年を迎えたバンドン会議への参加を終え、帰国した。

 スピーチは素晴らしかった。「アジア・アフリカはもはや、日本にとって「援助」の対象ではありません。「成長のパートナー」であります」という表現には、経済力(もう落ち目という話もあるが)を武器にして国際社会への影響力を強める、支那への皮肉も込めていたのだろう。謙虚さを持ちつつも、日本のプレゼンスをアジアとアフリカに対して明確に示した。

バンドン会議で演説する安倍総理
バンドン会議で演説する安倍総理


 昨日書いた通り、ソウルはこのスピーチを、脊髄反射の如き素早さで批判した。「歴史を直視していない」「失望と慨嘆を禁じえない」という、マニュアルに沿ったような遺憾の意だったが、彼らおバカの壁は、「超高層ビル」レベルである。今さら驚くこともないし、スルーして構わないものだ。問題なのは、日本の守旧メディアである。

 毎日新聞は、23日の社説で、「日中が角を突き合わせていては地域の平和、繁栄にはつながらない」と書き、まるで日本が支那と同じ低レベルの外交戦を展開しているかの如く、問題を安易に相対化した。そして例の如く、朝日新聞はもっと低俗な社説を掲載している。

70年談話へ―未来への土台を崩すな (朝日新聞社説 2015年4月23日)

 アジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年首脳会議での安倍首相のきのうの演説は、肩すかしに終わった。

 首相は、60年前に採択された「平和10原則」の一つである「侵略行為の抑制」を引用し、「この原則を、日本は先の大戦の深い反省とともに、いかなる時でも守り抜く国であろうと誓った」と述べるにとどめた。

 10年前の会議では、小泉首相が戦後50年の村山談話を踏襲し、「わが国はかつて植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」と表明。この表現はそのまま戦後60年談話に生かされた。

 きのうの首相演説は、歴史認識の表明に主眼があったわけではない。ただ、10年前の経緯もあり、安倍氏が日本のかつての過ちにどのように触れるのか、来週の米議会での演説とともに注目を集めていた。

 首相は会議に発つ前夜のテレビで、村山談話について「引き継いでいくと言っている以上、もう一度書く必要はないだろう」と述べ、戦後70年の安倍談話には「植民地支配と侵略」「おわび」などは盛り込まないことを示唆した。きのうの演説はこれに沿った内容だ。

 この考えには同意できない。

 「侵略の定義は定まっていない」といった言動から、首相は村山談話の歴史観を本心では否定したいのではと、アジアや欧米で疑念を持たれている。

 引き継いでいるからいいだろうとやり過ごせば、疑念は確信に変わるだろう。表立って批判されなくとも、国際社会における信頼や敬意は損なわれる。

 それがいったいだれの利益になるというのか。(以上、抜粋)


 朝日新聞は、安倍総理の演説に「肩すかし」を喰らったと表明している。「肩すかし」の意味は、「意気込んで向かってくる相手の勢いをうまくそらすこと」であるから、朝日新聞は相当意気込んでいたということである。朝日が何に対して意気込んでいたかというと、言うまでもなく「植民地支配と侵略」「おわび」の表明だ。朝日の軸足は、完全に反日国家と同じ側に置かれているのだ。決して珍しい状況ではないが、これぞ朝日新聞!とも言うべき報道姿勢として記憶しておきたい。

 村山談話による対アジア贖罪史観を永久に維持したい朝日にとって、首相談話からその色を少しでも薄めようとする動きが露呈すれば、条件反射的に反応するのだ。これは自虐史観というレベルではなく、朝日新聞というメディア内でイデオロギー化した思想といえる。「植民地支配と侵略」、「心からのお詫び」が、彼等にとっての最低条件であり、言論の自由を声高に主張するメディア側が、総理の表現の自由を拘束しようとしている。

 朝日は、「アジアや欧米で疑念」と言うが、私が報道で知る限り、参加国の中でこのスピーチに難癖を付けたのは支那と朝鮮だけだ。他の国は何ら批判していない。「表立って批判されなくとも」と苦しい表現をしているが、「批判していなくても心良く思っていないだろう」と忖度される支那、南鮮以外の国にとって、失礼極まりないものだ。

 朝日が「アジアや欧米の声」と言及する時、必ずしもその声がマジョリティーを形成しているとは限らない。国内では大手の朝日新聞によるオピニオンが多くの反発を買うように、New York Timesが書いたからと言って、それが米国の声とは限らないのだ。NYTは20日付で、「Shinzo Abe and Japan's History」という社説を上げたが、この社説を掲載したNYTのFacebookページには、特にアメリカ人から、非難の声が多数寄せられていたという。多くの人々が、歴史認識を取り巻くプロパガンダに気付いているということではないだろうか。

 南朝鮮にバカの壁あれば、朝日新聞にも高い高いバカの壁がある。南鮮が辿っている道を客観的に見て、自分たちにも同じ将来が訪れるのでは・・・という想像力は、朝日にはないのだろう。全くおめでたく、そして有害なメディアだ。

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