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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2015年03月22日

小西洋之の過剰な自己愛が示すのは、小西自身の狂信さ

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 世の中には「こうはなりたくないな」と思わせる人物が必ず存在するものである。犯罪者は言わずもがなだが、公人たるもの、言動に自身の影響力を鑑みるべきなのは当然だ。ましてや、国民の代表たる国会議員にはノブレス・オブリージュという道徳感を常に頭の片隅に置いてもらいたい。身分のある者は、その身分に果たさねばならぬ社会的責任と義務を併せ持つというノブレス・オブリージュの発想は、与野党問わず、国会議員の行動規範として共通であるべきだ。これは、抽象的な要求でもなんでもなく、国民の要請だ。

 「安倍晋三首相が行ったことは法令解釈ではない。日本の法秩序を根底から覆すクーデターだ」「憲法を何も分からない首相とそれを支える外務官僚を中心とした狂信的な官僚集団…」と言い放った子どもクイズ王こと、民主党の小西洋之は、予算委員長から発言を注意され、「日本の法の支配を思うあまり不適切な発言があったらおわびしたい」と謝罪したが、後に「『後日の議事録の調査で不適切発言が確認されたのならおわびする』と述べただけ」であり、謝罪などしていないと開き直った。

小西洋之



 文脈で解釈すれば、小西は「日本の法の支配を思いあまり」と、自分の行き過ぎを認め、「不適切な発言をした」ことを半ば認めているわけだから、これは謝罪である。議事録を確認する以前に、テレビで国民が観ているし、Youtubeなどの動画が残されているわけで、議事録云々の問題だろう。「議事録の調査で不適切発言が確認されたのなら」という前提条件は無意味であり、小西は自身が罵った総理と官僚集団に謝罪するのが当然である。

 自分の主張のみが正しく、相手の言うことは全面的に間違っている、だから相手にその間違いを認めさせ、撤回や謝罪の言質を取ろうとする輩は良く見かける。だが、そういう人物に限って、自分の言う事の間違いは認めたがらないものだ。支那や南鮮の対日謝罪要求と構造的に良く似ている。共通するのは、度を越した自己愛だ。この小西、かつていち国民を恫喝し、Twitterで「法的手段に訴える」と執拗に恫喝し、その方のアカウントを閉鎖に追い込んだ。そして、自らの飲酒運転を匂わすツイートを削除したことに対して、「なかったことにしてしまう国会議員は、「人間のクズ」だ」とツイートした百田尚樹氏の発言を「名誉棄損」だとアピールした。

 小西洋之の考える名誉とは、あくまで自分のみに内包されるものであり、他人には名誉なんてものはないということなのだろう。だから、総理や官僚を「狂信的」と罵っても、恥じ入り、詫びることも否定するのだ。

 小西には、自身の立場が国民の代表であり、国会での発言が国民の名誉にかかわることも重々考慮してもらいたいものだ。議論における不寛容さは、彼が糾弾する総理や官僚以前に、小西自身の狂信さを示している。民主党も野党第一党としての矜持があるなら、こんな低俗な質疑をする議員を表に出さないことである。鳩山や菅で、十分懲りたはずなのではなかったか。

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