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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2015年02月16日

池上彰氏のネトウヨ批判と、グラムシの「ヘゲモニー論」

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 中西輝政先生の「救国の政治家 亡国の政治家――吉田茂から安倍晋三まで、歴代総理の器量」を読み終えた。大変に勉強になる本であり、ネットで政治を語る人には、是非とも読んでもらいたい良書だ。民主党をはじめとする左翼政党を批判する声はネットで多く聴かれるが、ただ単に声を張り上げ、ネットに罵詈雑言を記すだけでは世の中は変わらない。私は保守派も知的に理論武装する必要があると思うけれども、そこに必要な治世の積み重ねにおいて、このような良書は必ずや一助になるはずだ。

救国の政治家 亡国の政治家――吉田茂から安倍晋三まで、歴代総理の器量

 ちなみに、私は後で読み返したいページの端を折る習慣があるのだけど、この本を読み終わったら、こんな風になってしまった。

 何故中西先生の書籍に言及したかと言うと、池上彰氏の「「国益に反して何が悪い?」池上彰が朝日叩きとネトウヨの無知を大批判!」という記事をネットで読んだからである。岩波系オピニオン誌である「世界」で、池上氏はこう語っている。

〈今回、一番私が違和感を覚えるのは、「国益を損なった」という言い方です。極端な言い方をすれば、メディアが「国益」と言い始めたらおしまいだと思います。〉
〈これが国益に反するかどうかと考え始めたら、いまの政権を叩かないのが一番という話になるわけでしょう。それでは御用新聞になってしまう。私は、国益がどうこうと考えずに事実を伝えるべきで、結果的に国益も損ねることになったとすれば、その政権がおかしなことをやっていたに過ぎないと思います。〉


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 池上氏は、メディアの報道はひたすら事実を伝えるべきであり、国益などという視点は全く必要ない、結果的に国益を損なうことになっても、政治の責任だと言っている。池上氏の論法でいけば、メディアが発する情報は全て「事実」でなければならないことになるが、現実は全く違う。だから、「事実じゃない報道で国益を損てるんだよ」とツッコミを返したくなるが、池上氏のこういった「あたかも正論の如き」言説に、B層は流されるのだろう。池上氏は他にもいわゆる侵略戦争論や慰安婦問題についても言及しているが、いちいち反論しているとこのエントリーの趣旨に合わないので、興味のある方はこちらから読んでいただきたい。

 メディアが発する情報が全て事実であるという前提は、メディア側にいる人々の立場を主張するものであって、情報を受け取る側の常識ではない。朝日新聞の慰安婦報道という嘘が最たる例である。事実であるなし以前に、情報操作による世論の形成というという工作もある。ここで、中西輝政先生が前述の書で書いている、イタリアの共産主義者、アントニオ・グラムシの「ヘゲモニー論」を挙げてみたい。非常に重要なことであるので、熟読願いたい。

 グラムシはイタリアの共産党創設者の一人であるが、第一次大戦後、「ロシアや中国などの後進国では労働者や農民を結集した武力革命が有効かもしれないが、普通選挙の定着した西ヨーロッパの先進国では、もはやその方法は取り得ない」として、労働者すなわちプロレタリアートを「市民」と読み替え、その結集によって革命を目指す「ヘゲモニー論」を提唱した。ヘゲモニー論とは、簡単に言えばマスコミや教育、司法、映画・演劇などの文化芸術、イデオロギーなどの世界で、革命を志す一部知識人やジャーナリスト、労組などの先鋭分子がまず「前衛」として隠れた形で、メディアや学会、教育界などで一つの流れを作り出した上で、マスコミや各種のネットワークを通じて巨大な「うねり」を起こし、ノンポリ大衆やブルジョアのなかの“良心派”も吸収して、社会の関心の方向や流れに対するヘゲモニー(主導権)を握ることによって、選挙を有利に導き政治権力を奪取し、平和裏に革命を実現しようとする考えである。
 その際には、穏健な革新派を「偽装」してマスコミを引きつけ、一見、現実的な政策を論じて、メディアの中に混入している志を同じくする分子や無意識の協力者を通じて支持を広げ、世論の中で主導的な位置をキープして、さらに一旦その流れができれば誰もが気付かないうちにそれを徐々に左へ左へと方向付けしていくことが大切だ、とグラムシは言う。

(中西輝政著 「救国の政治家 亡国の政治家」より)


 日本の有権者なら、必ずや身に覚えがあるだろう。「市民」ということば、左派が多い映画・芸能人、教育現場における日教組、極端に左傾斜するジャーナリズムと彼等がつくり上げた「うねり」に流されたB層というノンポリ大衆・・・。2009年の総選挙における民主党の政権交代は、すべてこの共産主義革命を指南する「ヘゲモニー論」で説明できてしまうのである。

 マスメディアが公正・公平であるという前提は、朝日新聞の歴史を見れば簡単に覆る。公正・公平どころか、朝日は支那や朝鮮の工作に加担し、彼の国々の反日言動のためのマッチポンプとして、その役割を果たして来たのだ。池上氏は朝日バッシングを批判するが、朝日に対する批判はなにも昨年の慰安婦関連報道に限ったことではなく、朝日の戦後一貫した侮日姿勢と、紙面をありったけ使った数々のイデオロギー主導型記事に対して注がれているという事実を、池上氏は強く認識すべきである。

 以前書いた通り、故中川昭一氏は生前、「今のマスコミには、自らも国家発展の一翼を担おうという使命感が、希薄なのではないでしょうか」と語り、マスコミに対し、「国家発展の一翼を担おうとする気概」と「民主主義国家にふさわしい、自由で、闊達で、誇り高い言論の場を創りだすこと」を求めた。自民党が「公正・公平な報道」を求めたことがメディアへの圧力と批判される今のご時世、中川氏の持論すら、圧力と認定されるのだろうか。



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