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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2015年01月29日
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ひとりの命に勝る価値観があるとすれば…

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 もう5年も前のことになるが、鳩山由紀夫が平成22年の通常国会で施政方針演説に立ち、「いのちを、守りたい。いのちを守りたいと、願うのです」と、声をひっくり返して絶叫した時、私は「命の価値とはこんなに薄っぺらいものになったか」と愕然とした。鳩山は異次元の人間だから、彼の口から何が発せられても驚かないのだが、さすがにこの演説には辟易とした。

 官邸前では、「平和!平和!」と連呼する暇人たちがたむろしているようだ。彼らが平和の対極として存在する戦争を忌避し、命を大切にしろと主張するのは勝手である。だが、こういう人たちは、自衛隊の武器使用を極端に制限することにもご執心で、そのために自衛隊員の命が危険に晒されることには全く関心を持たない。彼等にとって、戦争で失われるであろう命と、国と国民を守ろうとして危険に晒される命の重さは違うらしい。主張も勝手なら、価値判断も随分と勝手なものだ。

 命を守れという主張は正しい。だが、ISILに拉致された日本人の一人が殺害され、もう一人が命の危険に晒されていることにいま抱く怒りや危機感を、拉致被害者とその人たちを拉致した北朝鮮に対して抱いたことがある人は、一体どのくらいいるのだろうか。同胞ということには変わらないのに、拉致被害者の命には無頓着であり続け、自主的に危険区域に渡航した人の命に対して熱くなるダブルスタンダードを、一体どのくらいの人たちが感じているのか。

 かつて社会党は、拉致などないと言っていた。イデオロギーまみれのこの政党は、北朝鮮を礼賛し、日本を貶めることを生業としてきた。その本質は、社民党になったいまも変わらない。彼等にとって、拉致被害者の命などどうでもよかったのである。その政党が、囚われの後藤氏の命を案じ、後藤氏の母親の石堂順子氏に散々世話を焼く。福島瑞穂の天秤にかかえれば、命の重みに差異がでるということだ。

 ISILに代表されるイスラム過激派こそ、その命の価値を蔑ろにしてきた者たちである。彼等はムスリムにイスラム原理主義を強い、異教徒の命など虫けらのそれ同然に扱う。日本国内には、中東への2億ドル支援を表明した安倍総理の演説がテロを誘発したと、政権批判する人たちがいる。中には、首相退任を以って捕虜の命を救えというバカな元官僚やエセジャーナリストもいる。彼等にとって、人の命など政争の具に過ぎないのである。

 ネットでは後藤氏に元朝鮮人疑惑が浮上し、中には「元朝鮮人の命を何故日本が救わなければならないのか」という過激な意見も出ているようだ。私はこの意見はナンセンスだと思う。後藤氏が日本国のパスポートを所持している以上、日本国は等しく保護する責任があるのだ。これを否定すれば、日本国は日本国たり得ない。

 人命は尊い。だが、批判を承知で書くが、敢えてひとりの命の価値に優先するものがあるとすれば、この国を引き継ぐ次世代の命に価値を見出すことである。戦争で命を賭した先人たちは、将来日本を担う世代のために戦い、命を落とした。それと同じく、その次世代の命がテロの脅威にさらされる危険があるとすれば、ひとりの命に代え難い価値があるのだと考える。

(今日は随筆です)


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[ 2015/01/29 07:24 ] ぼやき | TB(0) | CM(11)
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