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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2014年12月29日

戦後70周年を迎える2015年 ~ 安倍談話に期待する

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 2014年は、安倍首相による安全保障ダイヤモンドを基軸にする外交が、支那の要求を無視した形の日中首脳会談として成果を上げた年である。日本は、支那や南北朝鮮など、海を隔てた向こう岸の悪意の塊のような国家に囲まれている。欧州のように、宗教という共通の価値観もないため、ただでさえ意思疎通は難しい。それに加え、その国々が反日を国是とし、教育によって日本に敵意を抱く国民を増産している以上、もともと友好などあり得ない。そのスタート地点を理解しなければ、外交など不可能なのだ。

 日本と特定アジアの外交をいまだに拘束しているのが、言うまでもなく「村山談話」と「河野談話」である。政治的に影響力がなかった「菅談話」など既にきれいに忘れ去られているが、村山、河野両名の談話は、相手国が言質に取っているから、外交が複雑なものとなる。

 安倍総理は、今年3月、戦後70年を迎える来年に出す予定の首相談話について「来年が戦後70周年であることも念頭に置いて、しかるべき時期に、21世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したい」とする答弁書を閣議決定している。既に談話を発表することは、既定路線となっているわけだ。年末になって、時事通信が唐突に、この談話の内容を牽制する記事を発信している。

戦後70年談話発表へ=外交摩擦、拭えぬ懸念 (時事通信)

 安倍晋三首相は、第2次世界大戦終結から70年を迎える来年8月15日の終戦記念日に合わせて談話を発表する。国際貢献への積極姿勢を盛り込んで「未来志向」の性格にしたい意向だ。だが、過去の戦争への反省や謝罪の意思を示した歴代政権の歴史認識と懸け離れた内容になれば、安倍政権を警戒する中国や韓国だけでなく、欧米諸国とも摩擦を生じかねない

 首相は衆院選に先立つ今月1日の党首討論会で、戦後70年談話について「先の大戦の反省と戦後の歩み、さらに、これから日本が地域や世界にどういう貢献をしていくかを書き込みたい」と説明。外交・安全保障政策の柱に掲げる「積極的平和主義」を反映させる意向をにじませた。政府は年明けにも有識者で構成する検討会議を設置し、文案の調整を進める。
 課題となるのは、過去の植民地支配と侵略に「痛切な反省とおわび」を表明した村山富市首相の戦後50年談話や、これを踏襲した小泉純一郎首相の戦後60年談話とどう整合性を保つかだ。中韓両国は、対日外交で歴史認識を重視する姿勢を貫いている。米国も、昨年12月の安倍首相の靖国神社参拝に「失望」を表明した。70年談話が「歴史修正主義」と取られる内容になれば、関係国の反発は避けられない
 首相は「歴代政権の歴史認識を引き継ぐ」との説明を繰り返してはいる。しかし、靖国参拝に加え、昨年4月の「侵略の定義は定まっていない」との国会答弁や、従軍慰安婦問題に関する河野洋平官房長官談話の作成過程検証などから額面通りには受け止められておらず、首相に向けられる各国の視線は厳しい
 また、首相は昨年と今年の終戦記念日の戦没者追悼式典式辞で、1993年の細川護熙氏から歴代首相が毎年言及してきたアジア諸国への加害責任に一切触れず、波紋を広げた
 談話取りまとめに当たり、外務省幹部は「世界からの評価を常に意識していく」と強調。首相側近の一人も「外交問題を起こさないことが大事だ」と話しているが、最終的には首相の胸一つであることは間違いない。 (2014/12/28-14:15)


 通信社の名を伏せれば、何処の国のメディアが発信した記事かを見極めるのは困難だろう。時事通信が主張したいのは、文中の太字の部分だ。要するに、戦後体制における歴史認識 ―― 日本はアジア諸国に対する侵略国・加害国であり、痛烈な反省とともに、過去の歴史に学ぶ ―― を、一ミリたりともずらすなということである。ひとたび安倍総理がその枠を超えれば、日本は外交的に孤立するという、今までサブリミナルの如く繰り返して来た、サヨクメディアの常套句だ。

 そもそも談話というものに、法的拘束力はない。法的拘束力を持たせるには、衆参両院の合意を得て、法律を公布し、施行するいうプロセスが必要だ。従って、談話というものは、その時々の政府の考え方を述べたものでしかない。だから首相が代わる度に、「踏襲するか?」と質問が出るのだ。法律ならそんな問いは必要ない。

 しかし、例えば支那との関係を考える時、村山談話は両国関係を強く拘束する。平成10年の、小渕首相と江沢民の間で合意した「日中共同宣言(平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言)」に、「1995年8月15日の内閣総理大臣談話を遵守し」と明記しているから、村山談話を破棄すれば、日本がこの共同文書も(部分的に)破棄することを意味する。共同宣言に村山談話を組み込んだのは中共の要求だろうが、それを呑んだ外務省は極めて罪深いのである。

 従って、「村山談話を破棄せよ」と政府に勇ましい言葉で迫っても(実は私も言っているのだけれど)、実際のところ、談話破棄は極めて困難な事業と言わざるを得ない。村山談話は、日本国民にとってはただの「時の政府の見解」であるだけで、法律でもなんでもないのだが、時の政府と外務省が外国との約束事に「村山談話」を盛り込んだため、日本国民は国内法以上の制約を受けるという、しゃれにもならない結果を生んだのだ。

 この状況を打開することは容易ではない。唯一の希望は、戦後70年を契機とした転換となる、安倍談話だ。「歴史の分析は歴史家に任せるべき」という前提を置く安倍総理は、過去の歴史に深く踏み込むことはしないと思われる。総理は、自身の言葉通り、未来志向の談話を発表することなるだろう。安倍政権の後継となる政権が、「村山談話を踏襲するか?」と問われた時、「私は安倍談話を踏襲します」と答えれば、村山談話という負の連鎖は解消される。その意味で、安倍談話は、日本が歴史の転換点を迎えられるか否かの試金石となるのだ。


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[ 2014/12/29 08:41 ] 外交 | TB(0) | CM(4)
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