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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2014年09月14日

朝日新聞と他紙との明確な違いは、イデオロギーが事実に優越すること

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 朝日新聞の“ほぼ”全面敗北会見から2日が経過した。“ほぼ”と付けるのは、朝日が自社の慰安婦問題に対するスタンスを、論点を変えた上で継続しようとしているからで、その点を除けば、彼等は土下座したに等しい。日本人は「水に流す」という美徳を持っているが、朝日だけは別だ。それは、私たち日本人の名誉を貶める嘘を突き続けたからだ。彼等が犯した罪は、窃盗とか障害とは、レベルの違うのだ。

朝日新聞 謝罪

 あの謝罪会見の次の日の社説に朝日が何を書くか、密かに注目していたのだが、出てきた社説は法曹養成制度シリア空爆の2本立てで、思わずズッコケてしまった。本格的な社説での謝罪は、昨日、「論じることの原点を心に刻んで」という打ち出しで掲載された。

論じることの原点を心に刻んで (朝日新聞社説 2014年9月13日)

 朝日新聞は、戦後に例がない大きな試練を自ら招いてしまいました。
 一昨日、木村伊量(ただかず)社長が記者会見し、福島原発事故での「吉田調書」をめぐる誤報や、慰安婦報道での間違った記事の撤回の遅れなどを謝罪しました。(中略)

 私たち論説委員は、社説などの欄で、あるべき社会の姿について主張をし、ときに人や組織を批判する役割を担っています。
 しかし、その土台を大きく損なってしまいました。どんな主張をしても「お前にそれを言う資格があるのか」と厳しく問われるからです。
 私たちはその批判と誠実に向き合い、読者の信頼回復に努めなければならないと感じています。そのうえで、論じるべきことを論じるのは依然として自分たちの責務だと考えます。


 社説はまず、しおらしい反省文から始まる。恐らく、抗議の数は凄まじいのだろう。朝日がどういう論陣を張ろうが、「お前が言うな」と言われる状況が続く。この現実が相当響いていると思われる。

■反証と異論に謙虚に

 読者やほかのメディアから、たくさんの批判をいただきました。一番重く受け止めなければならない指摘の一つは「自分たちの主張に都合の良いように事実を集めたのではないのか」だと思います
 日々、論じることを仕事としている論説委員も、つねにその危険に近いところにいます。
 論を紡ぐ過程で、主張への反証となる事実への謙虚な姿勢を失えば、それは空論や暴論となります。また、そこに陥らないようにする上で、あるいは自分たちが陥ってもそれを批判する視点を読者に確保する上で、大切なもう一つのことは、異論に紙面を開く姿勢にほかなりません。
 朝日新聞はそのためにオピニオン面をとりわけ重視し、社説とは異なる論も含めた多様な意見を掲載することに力を入れてきました。それだけに池上氏のコラムの掲載見合わせは、自分たちが一番大切にしていた価値を損ねる結果になりました。
 慰安婦報道の影響については、今後、第三者機関で検証を進めてもらいます。ただ、たとえば1997年に一度検証をしながら、吉田清治氏の証言を虚偽だと断定し記事を取り消せなかったのは、反証となる事実や異論への謙虚さが欠けていたからではないかと自問せずにはいられません。


 この主張は、「朝日いままで常に「多様な意見を掲載してきた」のだが、こと池上コラムだけが例外だっと」主張しているように映る。これは、根拠のない自己正当化だ。このブログでは何度も書いているが、朝日は自社のイデオロギーに合わない論を虐げるメディアなのだ。「特定秘密保護法」にしろ、「集団的自衛権」にしろ、朝日のオピニオン欄である「声」を見れば、その傾向は一目瞭然だ。

 「自分たちの主張に都合の良いように事実を集めたのではないのか」 ―― これは、朝日の本質を指摘しているのだが、私はこの指摘では十分ではないと思う。

 自社のイデオロギーに合う意見を集め、それを全面に出すということは、何処の新聞社でもやっていることだ。産経で、護憲論が紙面を埋めることはあり得ないし、読売では首相の靖國神社参拝に対する賛成論は、載っても恐らく片隅に置かれるだろう。個人的に産経がエラいと思うのは、定期的に自社と他社の社説を比較したコラムを掲載しているし、毎週金曜日に「金曜討論」というセクションで、一つのテーマに対して異なる意見を対比させる試みを実施ている点だ。だが、それでも新聞社というのは、自社が是とするイデオロギーに沿って紙面を作ることに変わりはないのだ。

 何処の新聞も、間違いを犯す。だが、朝日とその他の新聞が違うのは、その自社のイデオロギーを主張し、理解を広めようとする時に、朝日だけは事実を曲げるという点にあるのだ。32年後の慰安婦検証報道は、朝日がそういう体質からなかなか抜け出せないことの証左である。これは、拙ブログで採り上げてきた、朝日の「拉致事件報道」、「NHK番組改編報道」など、全てに共通する朝日の病なのだ。

 朝日新聞が8月、自身の慰安婦報道の検証を紙面に掲載したのは、慰安婦問題を直視するには、過去の誤った記事が妨げになっていると考えたからです。
 かつての報道を明確に取り消さないかぎり、「朝日の慰安婦報道問題」が前面に出てしまい、本来の「慰安婦問題」が背後に退いてしまう。朝日報道への批判とともに、議論がナショナリズムの対立に大きく傾く。日本で嫌韓本がはやり、韓国の団体は慰安婦の像を国内外に建てる。お互いに挑発する不毛な応酬。その結果、被害者の救済という一番大事な問題の解決が置き去りになっていく――。そんな状況を打開したいと考えたからです。


 朝日は、日本で嫌韓本が売れ、南鮮が国内外に慰安婦碑を建てるようなナショナリズムの対立を打開するために、自らの誤報を検証したと言う。だが、この対立の原因を作ったのは、ほかならぬ朝日なのだ。よくも他人事のように語れるものである。

 私は以前から、「朝日新聞は事実よりイデオロギーを優先させる新聞だ」と書いて来た。イデオロギーに沿って結論を決め、それから記事を書くというのが朝日の手法である。そして、そのプロセスの中で、結論に沿っているものの確認できない事を書くから誤報や捏造が生まれる。この、戦後ずっと染みついて離れない性を、彼等が克服するのは無理だろう。朝日は昨日の社説で、「言論人としての使命を果たしていく」と宣言している。だが、この新聞社に、いま、何か使命は残されているのだろうか。


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