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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2014年08月15日

終戦の日 ~ マスメディアの「反靖國翼賛体制」を批判する

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 私は「終戦記念日」という呼称が大嫌いだ。それは、「戦争から解放された。よかった、よかった」という、戦後民主主義の精神を丸出しにしたような呼称で、そこには戦場で斃れた私たちの先輩に対する敬意や感謝が微塵も感じられない。今日8月15日は、正しくは、今から32年前に閣議決定された「戦没者を追悼し平和を祈念する日」であり、能天気に「記念」する日などではあり得ない。

 ただただ、戦没者を追悼する日のはずが、8月15日という日は、マスメディアとサヨクの喧騒によって祈りが妨げられる、非常にかまびすしい日になっている。一度靖國神社に参った人なら分かると思うが、参道で正午を迎えたときの静寂は、神秘性さえ漂わせる。それは間違いなく、自分が日本人だと認識することができる瞬間だ。堕落した日常を送る自分が、ほんの少しだけ英霊と近づくことができると感じる瞬間 ―― 歴史は繋がっていると感ずる瞬間なのだ。大多数のメディアは、それを邪魔する存在でしかない。

靖國神社
昨年の8月15日 (筆者)

 支那や南鮮がどう言おうと、言わせておけばよいのだ。首相に参拝を止めろというなら内政干渉であり、宗教干渉である。どこかのキリスト教の国に、「お前らは悪い事をしたから、クリスマスは廃止せよ」という国があるわけもなく、誰も支那に対して「煩くて環境汚染になるから、正月に爆竹は鳴らすな」とは言わない。宗教や習俗はその国のものであり、口出しする側がおかしいのだ。総理の靖國参拝に「失望」などと言う同盟国も、こと靖國に関しては一顧だに値しない。言い返すならば、「恥を知れ」である。

 靖國神社に関しては、支那や朝鮮、米国がしきりと干渉するが、その干渉にエネルギーを与えているのは、サヨクでもなく、社民党や共産党でもなく、日本のマスメディアだ。靖國神社が政治問題化し、国際関係において問題化した背景には、マスメディアの「反靖國翼賛体制」がある。政治家、特に首相の参拝に関しては、朝日、毎日らのサヨク新聞に、普段は保守面している読売が加わり、産経が四面楚歌の状態に陥るのだ。

 靖國神社にはA級戦犯が合祀されており、これらの先般は国のために命を落としたのではなく、裁判で死刑に処せられたものである。したがって、日本人がもし道徳的判断を失うならば、危険なこととなろう。(中略)日本の首相の靖國神社参拝は、私が絶対に我慢できないことである。

 今後誰が首相になるかを問わず、いずれも靖國神社に参拝しないことを約束しなければならず、これは最も重要な原則である。安倍氏は参議院選挙の後に引き続き首相でありつづけるが、私も彼に絶対に靖國神社に行ってはならないと進言しなければならない。もしその他の人が首相になるなら、私もその人が靖國神社を参拝しないと約束するよう求めなければならないさもなければ、私は発行部数戦数百万部の「読売新聞」の力でそれを倒す。


 これは朝日新聞から発せられた言葉ではない。株式会社読売新聞グループ本社代表取締役会長兼主筆の、渡邉恒雄の言葉だ。発言は2007年8月、終戦の日を目の前にした8月10日、支那の北京時報のインタビューにおけるもので、第一次安倍政権の末期と重なる。

 何たる傲慢か。「私は発行部数戦数百万部の「読売新聞」の力でそれを倒す」という言葉は、「安倍の葬式はうちで出す」という朝日新聞の傲慢極まりない言葉と、全く同質なのだ。彼等にとって、民意など関係ない。普段は「これが民意だ!」と言わんばかりに世論調査の数字を垂れ流すが、彼等にペンを取らせるのは民意ではなく、社是なのだ。ナベツネの発言は、第四の権力を笠に着た恫喝であり、脅迫であり、ペンの暴力だ。ちなみにこのナベツネ、自他共に認める元共産党員である。

 A級戦犯とはなんなのか。我が国は、昭和28年の国会で、「東京裁判で戦犯として処刑された人々は法務死であって戦死者とみなす」と決議している。しかもそれは、社会党が提起し、共産党を含む全会一致の決議である。中西輝政氏は、「靖国神社と日本人の精神」のなかで、こう書いている。

 1952年4月に占領が終わると、東京裁判はじめ各地の戦争裁判の結果、「戦犯」として服役している人たちの早期釈放を求める国民運動が起きた。日弁連の「戦犯の赦免勧告に関する意見書」が政府に提出されたことなどをきっかけにして4千万人もの署名が集まり、政府は10月までに全戦犯の赦免・減刑勧告を旧連合国に対し行った。
 圧倒的に多くの日本人は東京裁判の判決にはとらわれず、「ご苦労様でした」と監獄から戻ってくる日本人を迎えたのである。


 これが日本人の姿だ。

 それではいわゆるA級戦犯に対する諸外国の反応はどうだったのか。重光葵は国連全権として、加盟76か国の全会一致で日本の国連加盟を成し遂げた人物である。A級戦犯であった重光は、国連総会における加盟受諾演説で、「日本は東西の架け橋になる」と表明し、出席していた加盟国の代表団から万雷の拍手で受け入れられた。そして彼が亡くなった時、インドネシア代表が黙祷を提案し、国連総会は彼のために黙祷し、弔意を表した。これが、ナベツネが罪人と嫌う戦犯の姿だ。

 首相や政治家の靖國参拝に異を唱え、いわゆる戦犯合祀に反対するのは、朝日、毎日、東京・中日の場合はイデオロギーによるもので、読売の場合はナベツネの私怨によるものだろう。そういうもので民意を操作しようとするマスメディアには、後世の私たちのために命を投げ出した先人たちへの尊崇の欠片も感じられない。そんなメディアに翻弄されることなく、私たちは私たちの心に従い、靖國を参拝する。彼等があって、いま我々が生きているという想いを実感しながら、九段の坂を上る。その想いは、一般国民であろうと政治家であろうと、変わらないはずだ。

 今年の15日も、また暑くなりそうだ。



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