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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2014年04月16日

取り戻すべきもの ~ 憲法、皇室典範、教育勅語

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 前回の朝まで生テレビのテーマは「教育」だったそうだが、私は観ていない。観そこなったというより、この番組はここのところ全く観ていない。ずっと昔は「日本の右翼」とか「部落問題」などを取り扱っていて、結論はさておき、議論はなかなか興味深かったのだが、最近はテーマそのものが身近過ぎて、チャレンジ精神が無くなってしまったように思う。

 その田原氏が、安倍政権の教育政策にもの申したいらしく、ブログに「どうする、日本の教育!僕がどうしても言いたい2つのこと」というエントリーを上げておられる。ご興味ある方は全文を参照いただきたいのだが、結論は「道徳という心の問題を憲法に盛り込むな」ということと「正解を導く教育ではなく、自分の頭で考え、問題解決ができる人材を育てろ」ということらしい。意外な事に、田原氏は教育勅語については概ね肯定的な立場を取っているようだ。

僕が子どものころには、「教育勅語」というものがあった。教育勅語は、大日本帝国憲法が発布された1年後の1890年に発表された。当時の「正義と倫理」を詰め込んだものといっていいだろう。明治国家の外側は憲法、内側は教育勅語だった、と僕は思っている。

戦前の子どもたちは、みな学校で教育勅語を暗記させられた。いまでも僕は暗唱することができる。「朕(ちん)惟(おも)うに我が皇祖皇宗國を始むる」から始まって、「父母ニ孝ニ、兄弟(けいてい)ニ友ニ、夫婦相和シ、朋友相信シ」とくる。父母には孝行し、兄弟は仲よく、夫婦むつまじく、友だちは信じ合う、といった意味だ。「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉シ」という軍国主義に通じると思われる言葉が、なかにはある。だが、ほとんどが現代にも通じる、生きていく上で大事な教えが、たくさんあったと僕は思う。
(中略)
憲法ではカバーできない心の問題を、天皇が「教育勅語」として国民に与える形をとった。先に書いたとおり、憲法と教育勅語は、日本を支える両輪だったのだ。

ところが戦後になって、「教育勅語」は廃止された。新しく日本国憲法はできたが、一方の「心」の指針はなくなったままだ。


教育勅語
教育勅語

 このエントリーは田原氏のことを論ずる趣旨ではないので、敢えて引用だけにする。最後の軍国主義云々が余計ではあるが、田原氏は、明治憲法と教育勅語が日本を支える要因だったと言っている。当たらずしも遠からずだろう。だが、江藤淳はもう少し深い読み方をしている。

 この日本近代の根底にある「改革」の要請は、宿命的に矛盾を含んでいた。たとえば現在の護憲論者は改憲運動に対し明治憲法の復活を狙う企みであると非難しますが、実は明治憲法自体が大変な「改革」憲法である事を忘れてはいけない。明治維新をなし遂げ新しく憲法を作るに際し、我々はイギリスのように日本のコンスティテューションは日本の慣例だと言い切る事はできなかった。そう言ったらおそらく日本は永久に国際社会に仲間入りできなかったでしょう。それどころか一歩間違えれば、他のアジア諸国のように植民地化されていたかもしれない。文明開化というスローガンを掲げて、日本は西洋と同質同種の法体系を持ちますよと宣言し、明治憲法という成文「改革」憲法を制定せざるをえなかった。(中略)
 日本があの時、江戸時代と同じ保守主義でやっていこうとしたら、国際社会の中で生き残ることはできなかった。日本人は「改革」憲法を衝立(ついたて)にして、自ら丁髷(ちょんまげ)を切り落とし二本差しを捨て、洋装を身にまとった。したがって明治憲法というのは、実にハイカラにできている。日本がヨーロッパ並みの立憲君主国であることを証明するための見せ金の役割を果たしていた。
 しかし、その一方で、ハイカラな憲法典は皇室典範によって裏打ちされていた。皇室典範は皇室の家法であると位置づけられ、皇室の祭祀や皇位継承その他のことを簡潔に規定した法典です。日本におけるあらゆる慣習法がそこに吸収されるような構造を持っていた。いわば二重構造です。明治の保守が生み出した叡智と言えるかもしれない。

江藤淳著「保守とはなにか


 重要なのは最後の段落である。つまり、田原氏が指摘した「明治国家の外側が憲法で、内側が教育勅語だった」という定義は間違ってはいないけれども、それ以前に皇室典範というものがあって、それこそ明治以来の日本の保守の原点 ―― 国柄だったという説である。この「憲法と皇室典範の二重構造による国柄の保持」という説は、まさしく目から鱗だった。

 米国は狡猾にも、この保守を構成していた明治憲法、皇室典範、教育勅語を廃し、米国製の憲法と皇室典範を戦後日本に押し付けたのである。いわば、国柄の破壊だ。日本という国が今も存在していること自体が奇跡かもしれない。

 憲法の中に内心にかかわることを書くと言うことについては賛否があるかもしれない。しかし、米国によって取り去られたものを「取り戻す」ことは必要である。安倍自民の「日本を取り戻す」が、「民主党から取り戻す」というような矮小な目標でないことを祈るが、「日本を取り戻す」というスローガンを掲げるのであれば、こういう高い目標も持ってほしいものだ。



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