FC2ブログ

私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2014年03月11日

震災から3年 ~ 我々は常に賢者の選択を求められている

← 応援クリック、ありがとうございます。

 あの東日本大震災から今日で3年。警視庁が発表した2月末の被害状況によれば、死者は12都道県で15,884人、行方不明者は6県で2,636人ということです。昨年の3月11日に書いたエントリーでは、行方不明者の数は2,668人(産経新聞発表)でしたから、1年で32人が家族のもとに帰られたということでしょうか。改めて、震災で亡くなられた方々、その家族の方々へ、心から哀悼の意を表します。

 あの大災害に関する様々な報道写真の中で、今見ても目頭を熱くさせるものは数多くあります。恐らく、渦中におらずとも、例えその災害のほんの一部ではあっても、経験を共有した者としての感情には特別なものがあるからでしょう。私の中で、強く印象に残っているのはこの写真です。

昭和天皇のお写真

 津波に流されたがれきの中にあった、昭和天皇、香淳皇后両陛下のお写真。仲睦まじい老夫婦が、ご自宅の壁にかけていたのかな…。そんなことを勝手に想像し、そのご夫婦のその後に想いを及ばせたりします。天皇皇后両陛下のお写真だけでなく、多くの方々にとっての想い出が津波で流されたことを想像すると、胸が詰まります。

 3月11日を記念日とする案が浮上しているようです。あの震災の経験を、教訓とともに後世に伝えるという意味においては、良い案だと思います。しかし、人間は常に賢い選択をするとは限りません。あの1995年の阪神淡路大震災。時の首相は村山富市でした。大災害への対応に無能なことを証明しただけの村山内閣は、ほぼ時を同じくして起きたオウムの地下鉄サリン事件を受けてもなお、あのテロ集団であるオウム真理教に破壊防止法すら適用しなかった。そして村山政権は、その後約1年も生き永らえています。

 東日本大震災の時、首相は菅直人でした。無能どころか有害であったこの人物は、自然災害を人災に転換させた悪しき宰相として、後世まで語り継がれることでしょう。だが、菅直人が後世の笑いものになったところで、救えた命、食い止められた災害は戻せない。一時の風に流され、民主党政権を誕生させてしまった責任は、国民の側にあります。それは賢い選択でも何でもなく、愚かな選択でした。ただ、事が起こってしまってから悔やんでも遅いのです。我々国民は、常に賢い選択をしなければならない。東日本大震災の教訓として、最低限、そのことぐらい学ばなければ、罰があたる。

 歴史にタラレバはないけれど、あの時もし、まだ麻生政権が続いていたら、安倍政権になっていたらなどと、考えを巡らせてみることも決して無駄じゃない。反面、産経新聞が慰安婦の虚構をスクープした時の政権が、仮に菅政権、鳩山政権だったら、政権はどういう反応を示したか。これも考えてみる必要がある。恐らく、愚劣な宰相たちは産経のスクープを無視しただろうと思います。災害ももちろんのこと、日本の汚名を晴らすチャンスは、いつやってくるとも限らない。我々国民は、そのような少ないチャンスを活かすめに、相応しい政治リーダーを選ぶという責任を、片時もも忘れてはならないのだと思います。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。
当ブログはブログランキングに参加しています。ご面倒ですが、是非ともバナークリックをお願いいたします。
にほんブログ村 政治ブログへ
バナーが表示されない場合はこちらから。
人気ブログランキング | にほんブログ村 政治ブログ | FC2 ブログランキング

[ 2014/03/11 07:26 ] 外交 | TB(0) | CM(2)
カレンダー
02 | 2014/03 | 04
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
Banners
人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ



憲法改正を実現する1,000万人ネットワーク 美しい日本の憲法をつくる国民の会
twitter
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ