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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2014年03月06日

「戦争を出来る国」と「戦争をする国」の区別もつかない、老人の妄想癖

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 また同じ顔ぶれかと思わせる活動家のメンバーが揃い、安倍政権が推し進める集団的自衛権行使容認への反旗をあげた。サークル名は「戦争をさせない1000人委員会」。発起人の顔ぶれは、大江健三郎、落合恵子、瀬戸内寂聴、佐高信といった、ついこの間まで官邸前で反原発運動を展開していたサヨク連中である。特定秘密保護法で名をはせた、菅原文太や湯川れい子も発起人に名を連ねた。反原発運動が萎み、次のお楽しみ企画を探していたのだろう。今度は集団的自衛権問題で、安倍政権に噛みつこうとしている。

戦争をさせない1000人委員会

 折角なので、このサークルのアピール文を引用してみよう。酸いも甘いも知る大人たちが書いた文章としては、酷く拙劣で、思わず笑ってしまうような内容なのだ。作家やジャーナリストが一枚も二枚も噛んでいるのに、よくこんな恥ずかしい文書をアピール文として出せるものだ。

 いま、日本はいままでとまったくちがった国に姿をかえようとしています。わたしたちが願い、誓ってきた、人間と人間が殺し合う戦争はもう絶対にしない、国際的な紛争は粘り強く話し合いで解決する、という人類普遍の理想を、安倍政権は、なんの痛みも感じることなく捨て去ろうとしています

 東洋の海に浮かぶ島国は、かつて無謀な政府のもとで背伸びをして隣国を侵略し、さらに世界を相手にして戦い、他国で2000万人以上、自国で310万人とも言われる尊い人命を奪い、深く人間の尊厳を傷つけました。

 わたしたちの軍隊が行った侵略戦争は、沖縄戦をはじめ東京、大阪など各都市への空爆とヒロシマ、ナガサキへの原爆投下をもたらし、その傷跡は戦後69年たってなお、いまだ癒えていません。

 焼け跡の中から生まれた「日本国憲法」は、このような過ちを二度と繰り返さない、という心からの誓いによる平和主義を基調としています。この69年間、日本は一度も戦火を交えることなく、武器によって殺しも殺されもせず、世界に平和を訴え続けてこられたのも、この平和憲法が世界で支持されてきたからでした。

 ところが、いま、政府は愚かにも、人類の英知というべき平和憲法を廃棄し、「国防軍」を創設することを公然と語りはじめました。そして、「戦争のできる国」をめざして、これまで憲法違反としてきた「集団的自衛権」行使の合憲化をはかろうとしています。そのため内閣法制局の長官を交代させ、さらに、アメリカに倣った「国家安全保障会議」(日本版NSC)を創設し、ろくに国会で審議をしないまま、 秘密国家とすべく重罰を科す「特定秘密保護法」制定を強行しました。また、沖縄の犠牲を解消することなく名護市辺野古への新基地建設も強行しようとしています。

 そして、消費税増税を尻目に防衛予算を増強し、本格的な戦争準備のために、南西地域の防衛体制の強化と水陸機動団の創設、航続距離の長いオスプレイや空中給油機、水陸両用戦車、無人偵察機などの導入を図っています。そればかりか、「武器輸出」を拡大させようとしています。

 このように、戦争のための準備がすすめられています昨年暮の安倍首相の抜き打ち的な靖国参拝は、政教分離の違反であるばかりでなく、自衛隊員の「戦死」を想定したものとも言えます。また、原発政策の基となる原子力基本法にも、宇宙開発政策の方針を定める宇宙基本法にも、「安全保障に資する」という文言が盛り込まれました。

 ハードとソフトの両面からの戦争体制が整備されていることに、わたしたちは深い疑念と懸念を抱き、いまここで、未来を平和であり続けたいと願う人びととともに、あらゆる行動を起こすことを呼びかけます。

 平和のうちに生きたいとする願いは、世界の人びとの共通のものです。わたしたちはそれをさら拡げるために、憲法九条を空文化し、集団的自衛権の行使を認め、戦争準備をすすめる秘密国家をつくろうとする政府への批判活動と行動をつよめます。


 ひとつひとつにツッコミを入れていたら、ブログエントリーが3本か4本書けてしまえそうだ。なので、簡単にツッコんでおくと、まず、この人たちの想像力のたくましさは、東京大空襲やふたつの原爆は、日本の侵略戦争が落としたものという域まで突っ切ってしまうものらしい。(それも、ヒロシマとかナガサキとか、カタカナで書くメンタリティは何なのだろう。)どうしても日本を悪者にしておきた人たちのレトリックなのだが、こんな悪い冗談を平気でアピールする気が知れない。

 ついでに言えば、憲法は焼跡の中から生まれたものではなく、米国が、天皇陛下のお身柄まで脅しながら、日本に押し付けたものだ。焼け跡から云々は気のきいた比喩のつもりで使ったのかもしれないが、作家やジャーナリズムなら、言葉を大事にしてほしい。首相の靖國参拝が「自衛隊員の「戦死」を想定したもの」という部分に至っては、反論する気も起こらない。この団体が老人妄想クラブなのならまだ納得できるが、政治闘争をする気なら、もう少しましなアピール文を考え直した方が良いだろう。

 発起人のひとりであるルポライターの鎌田慧は「戦争前夜が迫っている」と、妄想癖を隠しもせずに語っている。その他にも面白発言が目白押しだが、くだらないので割愛する。物好きな方は、朝日新聞が嬉々としてこの会見を伝えた記事をお読みになればいいだろう。

 さて、あまり長くならずにサラっと読めるエントリーを目指すブログ主としては、妄想老人クラブのアピール文を全文引用してしまったために、エントリーが長くなってしまったので、そろそろ結論を書こう。この妄想癖患者の集まりの誤りは、「戦争をする国」と「戦争をできる国」の区別がつかないことである。そんな簡単なことは分かっているはずなのだが、彼等のイデオロギーが、その区別を許さないのだ。

 憲法9条が世界に誇れる、世界が称賛する憲法の条文なのであれば、この広い地球上で、その条文を自国の憲法に取り入れる国があっても良いはずだ。だが、憲法9条を輸入した国など、どこにもない。日本以外の国は、憲法9条が単なる空想的平和論であることを知っており、そんなものを取り入れたら、いつ他国から侵略されるか分からないことを知っているのだ。

 支那のような特殊な国は別として、普通の国々は常識に基き、戦争を起こさないために武装する。集団的自衛権行使の容認が、即戦争に結びつく「戦争前夜」などという妄想は、単なるプロパガンダであり、ミスリードだ。集団的自衛権は戦争を直接意味しないし、むしろ、今にも戦争を仕掛けようとしている支那のような国が隣に存在することに対する抑止力としては必須である。文句を言いたいなら、全人代で今年もふた桁増の国防費を計上した支那や、クリミア半島有事を引き起こしたロシアに言ってきてからにしてほしい。近隣諸国の軍事的脅威に目を瞑り、日本の国防を否定するくらいなら、本物のお花畑でも作って、遊びながら余生を謳歌することだ。


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