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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2014年03月01日
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日本の統治と西洋列強の植民地化

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 我が国には、西洋列強による植民地化と、日本による外地の統治の区別がいまだにつかない、残念な人がまだまだいるようだ。これは、日教組と朝日新聞等の反日メディアの責任によるところが大きい。毎日新聞は、村山談話を形容する際、「日本の植民地支配を謝罪した村山談話」という表現を使っている。朝日新聞は、「歴史は生きている 東アジアの150年」という熱のこもった特集記事のなかで、「日露戦争と朝鮮の植民地化」というタイトルを掲げて解説している。NHKは、反日番組の代名詞ともなった「JAPANデビュー アジアの一等国」で、台湾のことを「日本の最初の植民地となった場所」と言っている。

 大辞泉によれば、植民地は、「ある国からの移住者によって経済的に開発され、その国の新領土となって本国に従属する地域。武力によって獲得された領土についてもいう。」と説明されている。言葉から受ける印象は当然否定的であり、武力によって獲得され、宗主国から搾取されるという、ネガティブな印象が強くなるのは自然なことだろう。

 しかし、台湾は、日清戦争を受けた下関条約により、清朝から日本に割譲されたのが統治の始まりであり、朝鮮の場合は条約によって併合され、統治に至ったのである。この二国は、武力によって奪取されたのではない。パラオは、第一次大戦の終結によって、ドイツの植民地から日本が解放し、委任統治をした。いきさつも統治形態も、白人によるアジア、アフリカ諸国の植民地化とは性質が全く異なる。

 台湾やパラオは、同じ統治下にあった国のなかでも極めて親日的である。朝鮮は逆に反日だが、これは彼等の小中華思想によるところが大きい。プライドの高さが、歴史研究と真っ当な認識の邪魔をしているのだ。

 西洋の植民地とはどういうものだったのか。日本の統治とどう違うのか。フランスとギニアの例を取ってみよう。

 19世紀の後半、ヨーロッパ列強によるアフリカの植民地化が一気に進み、ギニアも1890年、フランスの支配下に下った。そして間もなくフランス領アフリカに併合された。1958年、ギニアはフランスから完全独立を勝ち取ったのだが、それには代償があった。フランスはギニアの独立を認める代わりに、一切の援助を絶ち切った。そのとき、シャルル・ドゴールはこう語ったという。

「独立するのは自由だ。だが、その先に何があるのかを思い知るだろう」

 現地に駐在していたフランスの職員が引き揚げる時、彼等はギニアにあった公共施設を徹底的に破壊し尽くした。そのため、ギニアの政治は大混乱に陥り、彼等は世界最貧国となったのである。

 フランスとギニアの例が全てだとは言わない。ただ、日本の統治は概ね寛容であり、統治下の人達にもチャンスは与えられた。そうでなければ、朴正煕のように日本の軍隊で将校になるようなことは起きようがない。南朝鮮の「歴史を直視せよ」というのはよいアドバイスだ。慰安婦証言の検証と同様に、過去の日本による統治についても、いちから学んだ法が良い。



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