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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2014年01月25日

米国、「安倍首相よ、二度と靖國参拝するな」という外圧を画策

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 他国に対する宗教干渉というのは、最も恥ずべき行為である。キリスト教国がアラーを侮辱すれば、イスラム教を国教とする諸国は怒り狂うだろう。実際、歴史上の殺し合いは、その多くが宗教間の対立によって起こっている。回教徒に対して一日5回の礼拝を止めろという権利など、どの他宗教の信者にもない。一神教を頑なに信仰する民族にとって、異なる一神教の教徒は邪悪な存在に見えるのだろうが、少なくとも理解しようとする努力を怠れば、歴史が繰り返される可能性は否定できない。

 ウォールストリートジャーナルが米国政府筋からの情報として伝えるところによれば、米国政府は安倍首相に対し、靖國神社を二度と参拝しないようにと圧力をかけようとしているようだ。

米政府、靖国参拝後の安倍政権にさまざまな注文 (WSJ)

 【ワシントン】米政府関係者は、安倍晋三首相が中国と韓国を怒らせた靖国神社参拝を繰り返さないことを確約するよう日本に求めており、日本政府がこれまでの第2次世界大戦に関する公式の謝罪を確認することを検討するよう首相に要請すると述べている。

 しかし、米政府が冷静さを求めてはいるものの、韓国と中国は23日、安倍首相の靖国参拝に関する新たな発言に再び強く反発しており、米国による外交的な努力の難しさが示された格好だ。

 米政府関係者は、安倍首相が同首相の政策アジェンダに疑念を抱いている近隣諸国を刺激するような新たな発言や行動を控えることを確約するよう日本側に求めている。日米の一連の外交会合で伝えたという。

 また、両国間の論争に終止符を打つために、韓国に歩み寄るよう日本に求めているという。この問題によって米国の重要な同盟国である両国は東アジアでの広範な問題について協力するのが難しくなっている。また当局者らは、戦争中の慰安婦問題についても日本側に何らかの対応を期待している。

 こうした要請がはねつけられた場合、米国がどう出るのかは不明だ。日本外務省の報道官はコメントを拒否した。(以下、略)


ソウルの反日デモ

 米国は、時の元首によって変質する。米国だけではないだろうが、オバマ政権になって以降、日本に対するアプローチは確実に変わった。ブッシュ(息子)政権のとき、ブッシュは真剣に靖國参拝を検討し、日本側に打診していたという話がある。それを断ったのは、特亜からの批判に怯えたヘタレ外務省だ。事なかれ主義は往々にして国益を損なうが、その時、小泉・ブッシュが並んで靖國を参拝していたとしたら、どれだけ国益に利したか計り知れない。少なくとも、靖國問題は今の状況のようになっていなかった可能性が大きい。

 記事は、「米国による外交的な努力の難しさが示された」と飾っているが、米国がやっているのは外交努力どころか、「地域の火種を風霜に発展させて、俺たちを巻き込むことだけは止めてくれ」という事なかれ主義であり、孤立主義の肯定である。

 米国は明らかに孤立主義に向かっているが、この孤立主義は結果的に、地域の紛争を助長しているのだ。シリア情勢にコミットせず、イスラエルを憤慨させ、サウジでも反米感情が噴出している。同様に東アジアにおいては、腰が引けた米国の姿勢を読み取った支那が尖閣で日本を挑発し、南鮮は間接的な同盟国である日本を貶め、自由民主主義陣営にはあるまじき共産主義国との接近を行っている。秩序に混乱をもたらしているのは米国なのだ。

 いくら外交上の政策であっても、他国の宗教や習慣、風俗に関する干渉は反則である。その対象がいち日本国民であっても、政治家であっても本質的には干渉できる領域を逸脱している。米国に、日本人による先祖の慰霊を止めろという資格も権利も、断じてない。

 産経新聞の阿比留氏が自身のFacebookに、拙ブログでも度々取り上げる江藤淳の文章を載せ、多くの共感を呼んでいる。

 江藤淳氏の著書『国家とは何か』に収められている論文「日本人の『正義』と『戦後民主主義』」からの引用です。深く共感します。読んでみてください。

……神々の法はどうなるのだ、ということです。その神々の法とは敗戦国日本の二千年来の持続であり、そのなかで培われて来た日本人の風俗習慣です。大東亜戦争が不義の戦争だということを主張する人が何人いるにせよ、その議論が毎日どこかの新聞に出ているにせよ、しかしうちの兄さんは、うちの息子は、お父さんは、国のために血を流して死んでいったからこそ、靖国神社に祀られてるんだといって、僅かに心を慰め、セピア色になった軍服姿の写真を今でも大事にしている人々のよっている法です。
八月十五日の戦没者慰霊祭になると両陛下がお出ましになって慰霊祭がある。その際もう孫、曾孫の代の人まで出席するようになった。その人々にも、家族と国家のため立派に戦ったのだと考える権利は当然あって然るべきです。この権利は基本的人権のうちには数えられないのでしょうか?敗戦国とその国民を、蔑視し、差別し、その心を不当に傷つける「正義」を、勝者はどこから得たのでしょうか?
(中略)アメリカ人にもこのことはわかってもらいたい。アメリカ人が誇りにしているエイブラハム・リンカーンが、南北戦争の最中、1863年に南北戦争の死者を弔うために行った簡潔なスピーチがあります。「ゲティスバーグ・アドレス」です。アメリカのすべての政治家が行ったうちでも最も感動的な演説ですけれど、その中でこの戦いのために命を捧げた死者たちに対してリンカーンが捧げている言葉は、そのままソポクレースに響き合い、そして日本の人々の深い心に通じる種類のことです。


 ゲティスバーク・アドレスとは「彼らがこの地でなしたことは,永遠に世界の記憶に留められるのです.この地で戦った人々がこれまで気高くも進めてきた未完の仕事を完遂するために,私たち生きている者は,むしろ自らの身を捧げるべきなのです.
 私たちの前には大いなる責務が残されています.名誉ある戦死者たちが最後まで完全に身を捧げた大義のために,私たちも一層の献身をもってあたること.これらの戦死者たちの死を無駄にしないと高らかに決意すること.神の導きのもと,この国に自由の新たなる誕生をもたらすこと.そして,人民の,人民による,人民のための政府をこの地上から絶やさないことこそが,私たちが身を捧げるべき大いなる責務なのです.」のことですね。

 とても大切なことを述べていると思います。無知な米国に対しては、このリンカーン演説と江藤氏の言葉をかみしめてほしいと願います。


 戦勝国に信教の自由と信仰継続の自由が保障され、敗戦国のそれには戦勝国の許可が必要だ、などという理論がまかり通って良いはずはない。神道が宗教であるかどうかは別として(私は習慣、風習、風俗に近いと思っている)、そのことに対して他国からとやかく言われる筋合いはない。米国がこの傲慢な視座から脱皮しなければ、東アジアの国々を分かつ海の波は、益々高くなるだろう。そして、米国の孤立主義の深まりによって、彼等がアジア最大の同盟国日本に対して事なかれ主義を押し付けは、日本国内の反米主義者を増やすこと以外、何も生まない。

江藤淳:日本人の「正義」と「戦後民主主義」


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