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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2014年01月14日
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特亜の反日教育と日本の教育勅語

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 昨日のエントリーで教育のことに関して書いたので、多少補足したい。まずは、レコードチャイナに載ったこの衝撃的な記事。少し長いが、全文を掲載する。

日本人小学生の放った言葉に中国人家族が絶句、「われわれの愛国教育は間違っていた!」―中国メディア (Record China)

2014年1月8日、中国のゆがんだ愛国主義教育が、純粋な子供の心をねじ曲げてしまったことを如実に示すエピソードを、中国人ユーザーが軍事関連ネット掲示板・米尓社区に投稿した。以下はその内容。

日本人男性と結婚した従姉が、夫と彼の親戚の男の子を連れて中国に里帰りした。男の子は俊夫という名の小学校1年生。見知らぬ国で言葉の通じない人々に囲まれて、とても緊張している様子だったが、一生懸命カタコトの中国語で私たちに挨拶し、深々とお辞儀をした。その姿がとても愛らしく、私たちはいっぺんで俊夫のことが大好きになった。

だが、その従姉の一番上の姉の子、小学3年生の鵬鵬(ポンポン)だけは違った。最初から敵意むき出しの顔で俊夫をにらみつけ、こぶしを振り上げると「打倒小日本(ちっぽけな日本をやっつけろ)!」と叫んだのだ。これには俊夫も周りの大人もビックリ。鵬鵬の父親が彼を叱ると、「だって、日本人は中国人の敵じゃないか!学校の先生もそう言ってたもん。パパたちは中国を愛してないんだ!」と言って泣き出した。そこで、「先生が言っているのは歴史だ。今は日本と仲良くしなきゃ。それに俊夫は私たちの大切なお客さんなんだから」と言い聞かせると、「じゃあ、パパやママはなぜ毎日、日本が中国の土地を奪ったから日本製品をボイコットするなんて言ってるんだよ?学校で見せられた教育アニメでも、日本帝国主義を打倒しろって言ってたよ!」と反論した。

幸いなことに、中国語の分からない俊夫に鵬鵬と父親の会話の中身を知られることはなかった。俊夫は本当にいい子で、自分でできることは自分で全部する。礼儀正しく、大人を敬い、食事の際は全員が箸をとり、従姉が日本語で「いただきます」と言ってから、自分の箸をとる。それに比べて、鵬鵬はどうだ。部屋は汚い。自分では何もしない。食事は当然のように自分が好きな料理を一人占めし、彼を溺愛する大人たちもわざわざ好物を取り分けてやる。

私たちは「鵬鵬が俊夫みたいだったらいいのに」と心から思ったものだ。そんな鵬鵬もだんだん俊夫に打ち解け、2人で遊ぶことも多くなった。お互いに日本語や中国を教え合っている姿を見て、「やっぱり、子供は子供同士だ」と安心した。

最後の晩、従姉とその夫は買い物に出かけていて、私たちはみんなでテレビを見ていた。そこへ鵬鵬が得意げな顔で俊夫を連れてきて「俊夫がみんなに言いたいことがあるって」と言った。俊夫は顔を赤くしながら恥ずかしそうにほほ笑んで、たどたどしい中国語でこう言った。

「僕は死んで当然の日本人です。僕は中国人に謝ります」

俊夫のこの言葉にその場の大人たちは全員凍りついた。鵬鵬の父親はすぐさま彼をトイレに引きずって行き、中から「パン!」と引っぱたく大きな音が聞こえた。真相はこうだ。鵬鵬は俊夫に「みんなが喜ぶ言葉がある」とだまして、あの言葉を覚えさせたのだ。

こんな小さな子供がここまで日本を憎むとは、あまりにもおかしい。鵬鵬の愛国観はすでにゆがんでしまっている。善良で純粋で友好的な日本の子供を前にして、中国の子供がどれほど恐ろしい敵意と憎しみを日本に抱いているかを私たちは思い知らされた。中国の愛国教育はもっと客観的で冷静であるべきではないのか。(翻訳・編集/本郷)


 この記事を読んで、身の毛がよだつ思いがした。支那における「愛国教育」と銘打った教育の歪みが、小学3年生の子どもに偏狭さを植え付け、その子どもは日本に対する憎悪を抱くことに何の疑問も覚えていない。洗脳とは恐ろしいもので、特に幼児期に刻み込まれた知識は、大人になってもその人間の思考をコントロールする力を持つと言われる。支那ではこんな人間が量産されている。友好や相互理解など、望むべくもないのだ。

 支那も朝鮮も同じだが、彼等の愛国教育は犯罪的といっても過言ではない。彼等の国では、自国への愛国心を涵養するために、日本という悪者を仕立て上げ、その日本を憎悪することによって自国の優越性と愛国心を子どもに教える。ここが、日本と特亜の決定的な違いだ。

 教育勅語を見てみよう。

12の徳目
  1. 父母ニ孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)
  2. 兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)
  3. 夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)
  4. 朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)
  5. 恭儉己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)
  6. 博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)
  7. 學ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)
  8. 以テ智能ヲ啓發シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)
  9. 德器ヲ成就シ (人格の向上に努めましょう)
  10. 進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)
  11. 常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ (法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう)
  12. 一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (国に危機があったなら自発的に国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)

 教育勅語は1890年に公表され、先の大戦後の1947~8年にかけて廃止された。1890年に出来たものと言っても、全く新しい概念を勅語として発布したわけではなく、これらの徳目は、日本人が、それ以前からの歴史のなかで、民族の価値観や矜持として培ってきたものだ。私はこの徳目を再び教育の中に盛り込むべきだと強く思うが、一方でこれらの価値観が全く失われているとは思っていない。

 日本人は、人を恨めという教育は決して是としないのだ。それは、聖徳太子の「和を以て尊しとなす」以来の、日本人の生き方の基本なのである。教育勅語は、人に謙虚さを求め、和を大切にし、慈愛と相互理解を求めている。だから、日本では、相手の立場を貶めることによって相対的に自分等の価値を高めるという手法は取らないのだ。これは日本人の民族としての美徳とも言える。

 支那や朝鮮は違う。根拠なく日本を貶め、恨むことを教えるのだ。彼等の国では政治家もメディアも人民も、この法則に従っている。だからサッカーの試合で「歴史を忘れた民族に未来はない」という横断幕を掲げ、浅田真央を貶めることによって真央に対するキムヨナの優位性を確認し、自己陶酔に陥るのだ。つける薬はないと言える。

 支那や朝鮮で反日教育が続く限り、友好などあり得ない。形だけの友好はあっても、心が通じ合うことはない。それがあるとするならば、特亜が反日教育を止めた100年後である。今を生きる世代で彼等との友好を確立することは無理であることを、我々は自覚しつつ付き合うべきだ。


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[ 2014/01/14 07:29 ] 教育 | TB(0) | CM(6)
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