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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2013年12月12日

一年生議員のそのまんま東、早くも限界を感じて議員辞職

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 日本維新の会の東国原衆議院議員が、唐突に、維新からの離党と議員辞職を表明した。離党し、比例当選だから議席を返上するというのは、如何にも潔い身の引き方のように映るが、それは穏健すぎる見方だろう。私にしてみれば、彼の決断は横暴そのものである。

 東国原はブログのなかで、「日本維新の会の中で、私の一定の役割は終わったと考えております」と書いているが、その文章の後にカッコ書きで、「ていうか、最初から余り役に立っていないですが(笑)」と書き、茶化している。全くもって国民を、とりわけ比例代表の票を東国原と維新に入れた有権者をバカにしている。報道によれば、「衆院議員としての活動に限界があり辞職したい」ということだったが、それが事実なら、この人物の見識を疑うべきだ。彼は衆議院で議席を得てからたった1年足らずの一年生議員である。参議院の任期が6年であれば、衆議院は4年間、参議院議員よりも速く濃い活動で、国政に貢献しなければならない筈だ。「その程度に考えていたの?」と聞かれたら、彼はどう答えるのか。

そのまんま東

 思い起こせば2009年、自民党が苦境にある時に、古賀誠が東国原を口説きに、宮崎まで出かけた。誘う古賀も古賀だが、東国原は古賀の出馬要請を逆手にとり、引き換えに総裁の座を要求した。当時は呆れかえったものだが、結果として古賀は、傷ついた自民党に塩を塗り、威信を失墜させたのだ。もとより東国原は、支持率が急降下していた自民党から出るつもりもなかっただろう。

 東国原の政治デビューは、宮崎前知事が官製談合(贈収賄)事件で信用を失墜させた直後に行われた知事選である。有利と思ったら動く ―― これが行動哲学だ。その後、国政に進出する際、東京都知事選に出馬する際も、間際まで出馬を明言せず、周囲の状況を見極めた上で判断する。都知事選は石原慎太郎氏の再出馬によって敗戦したが、石原氏が再出馬しなければ、東国原は勝っていたかもしれないのだ。

 猪瀬都知事が窮地に立ち、辞職ともなれば、東国原は都知事選への野望は隠さないだろう。どんなに言葉を繕っても、議員辞職は「それしかない」というようなタイミングだ。話が少し前のめり気味であることは承知の上で言うが、宮崎のマンゴー売りで名を馳せたタレント議員に、東京のような巨大都市の知事が務まるかというと、そう簡単な話ではない。彼の去就は今後の注目だが、一年足らずで「限界」を感じる程度の政治家に、議員バッジも地方の首長も相応しくない。橋下氏や旧太陽の党を批判する前に、彼は自らを批判すべきであり、その上で政界から身を引くべきだ。


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